第63話 隠し玉
私も南郷村長の様子を見たくはありませんでしたが、南郷村長はNJMと癒着はしているものの現役メンバーではありませんので、NJMの代表として出てくることはありませんでした。
代わりに姿を見せたのは、NJMの母体である近畿武装企業連合MIYACOのM、牧島農産と同じ名前の、たおやかで母性的な雰囲気の女性冒険者でした。
「NJMの医療・広報部長の牧島国母と申します」
<意外とまともそうなのが出てきた>
<バブみを感じる>
<もうちょっと胡散臭いおっさんが出てくるかと思った>
<NJMの良心>
<国母さまマジ聖女>
<今ナイチンゲール>
<今太閤みたいな言い方だな>
チャット欄の反応と、国母という名前の通り、強い母性を感じさせる女性でした。
直接接触する機会はありませんでしたが、聞いたことのある名前です。
京都奪還作戦では負傷者の救護活動にあたり、関わった人間の大半が死んだり、地位や評判を落としたりすることになった作戦で声望と社会的評価をあげることに成功した数少ない人間の一人。私が最後に所属していた小隊にも、彼女の治療を受けた人間がいて「大したことのない打撲で騒ぎ立てる武装企業令息を無視して怪我を癒やしてくれた」という話を聞きました。
結局その話をしてくれた人は潜伏型のアンデッド因子感染症を発症し、私に殺されてしまったのですが。
今ナイチンゲール、とはさすがに呼ばれていませんが、NJMの聖女、ナイチンゲールやマザー・テレサの再来という触れ込みで、NJMの広告塔を務めているそうです。
<NJMにこんな隠し玉が>
<別に隠れてないけど関西でアンデッド因子感染症の防疫活動にあたってた>
<京都奪還作戦でやらかした連中の代わりに担ぎ上げられた>
<案外NJMまともになるかもしれない>
チャット欄の反応も好意的です。
「どうかよろしくお願いいたします」
牧島国母がふわりと微笑んでいうと、
<ママ……>
<ばぶー……>
<母になってくれるかもしれない女性……!>
少し様子のおかしいコメントが流れてゆきました。
「では、NJMの探索拠点を簡単にご案内させていただきます」
「ありがとうございます。それでは潜入レポート開始! レッツ・爆神・スニーキングレポート!」
<意味もなくスニーキングすな>
<普通に案内されとるやろがい>
<おまえみたいなうるさいやつにスニーキングなんかできるんか>
牧島国母に対するコメントと爆神暴鬼へのコメントの温度差が激しい気がします。
牧島国母のガイド、爆神暴鬼のレポートで、生産村の商店街や公共施設の一部を接収する形で構築されたNJMの探索拠点や、規律正しく礼儀も正しいNJMの冒険者たちの姿。そんなNJMを支持して応援する生産村の住人達の様子などが紹介されてゆきます。
<うーんPR映像>
<さすがにきれいなNJM過ぎる>
<事前にリハーサルしてそう>
<国母ママの前だときちんとしたくなるのもありそうだが>
チャット欄の評価はやや疑わしげ、といったところでしょうか。
<時々ゲリュオンの球が映るのがすげぇ気になる>
<どうするつもりなんだ>
そんな心配のコメントに反応したように、生産村上空に浮かぶゲリュオンの黒い球が大写しになります。
「現在生産村の上空には、レイドモンスターの一角、ゲリュオンが陣取っているわけですが、こちらへの対応はどのように?」
「一線級のメンバーによる監視体制を取っています。現在攻略中のレイドモンスター、鷲獅子ネメアーの討伐が終了次第、排除作戦を実施、生産村の安全確保を行う予定です」
「ここで爆神・クエスチョンなのですが、すぐにゲリュオンの排除を行わないのは何故でしょうか」
「ゲリュオンについては同時に出現した九体の赤い牛の全討伐が出現フラグとなっているようで、現時点での攻撃は無効となります。赤い牛の配置を考えると、NJM以外の冒険者による赤い牛の討伐を待ったほうが戦力の損耗が少なく、ゲリュオン討伐時の生産村の被害も抑えられる、と判断しました」
<なるほど>
<真っ当な判断>
<あのNJMとは思えない>
<これが新生NJMですか>
<某村長と手を切ってくれれば普通に推せるんじゃが>
チャット欄の評価も良好のようです。
「ありがとうございます。ところで、NJMのほうから発表があるそうですが」
「はい、イベントの準備段階や開始当初の行動方針に行き過ぎた点があり、NJM以外の冒険者の皆様や、高尾山生産村の一部住人の皆様との間に不要な諍いを招く恐れがありましたので、行動方針の見直しを行いました。詳細については本日夜21時、NJM公式サイトより発表させていただきますが、高尾山生産村で行われていたNJM特別提携店制度を全面的に見直し、NJM提携店舗とNJMに所属していない冒険者の皆さんとが自由に取り引きをしていただけるようにいたします。また、事実上NJMが独占利用していた高尾山駅ゲートについても、一般の冒険者の方々が利用しやすいようNJMの人員の配置移動を行います」
「配置移動といいますと?」
「生産村の治安維持とモンスター襲撃対策として高尾山駅ゲート付近に大規模な詰め所を設置していたのですが、結果的に全ての冒険者に開放されている高尾山駅ゲートを利用しづらくなることになっていましたので、規模を最小限に縮小。ゲリュオンと赤い牛などの見えている脅威への対応に注力します。もちろん高尾山生産村の防衛活動については当初の予定通り継続いたします」
牧島国母は真摯な表情で告げました。
<NJM譲歩?>
<というか某村長のハシゴ外されてないかこれ>
<N村長切り捨てキタ?>
<コムギエルさまにぼこぼこにされてたからな。薬師院連合なんてのも出てきたしゴリ押しは無理って判断だろう>
<まともに殴り合ってたらじり貧で終わりそうだしなぁ。妥当な判断か>
<妥当な判断が出来るなんてすごいぞNJM>
<たまにいいことをした不良みたいだな>
「独占提携店制度については生産村の南郷村長の主導とうかがっていますが、南郷村長から反対意見などはなかったのでしょうか」
「はい、快く聞き入れていただけました」
牧島国母は穏やかに微笑んで言いました。
<ズブズブのスポンサー企業がそう決めたら聞き入れざるをえんわな>
<N村長の芸風だと負け戦でも負けを認めずゴネ続けるしかないから、スポンサーからの要請ってのはちょうどいい助け船だったのかも>
「生産村の南郷村長とは引き続き連携を?」
「はい、強力に連携を取りつつ、このイベントを攻略して行きたいと考えております」
牧島国母はたおやかな雰囲気を崩さないままそう応じ、NJM探索拠点の取材はひと段落となりました。
<手は切らないのか、残念>
<ここまでズッブズブ状態で手を切ろうすると逆ギレしてなにをやらかすかわからんからな>
<政治ゴロ配信系冒険者から逆ギレ暴露系冒険者にクラスチェンジしかねない>
<今もあんまり変わらない気はするけれど>
そうして場面が切り替わり、レイドモンスター、鷲獅子ネメアーの討伐に向かうNJMのトップ、MIYACOのIである今西鉄道の御曹司にして、NJM総監今西大道率いるNJM主力部隊の出陣を、NJMの雇われ用心棒の黒縁セルロイドと一緒に遠くから見守るパートが始まりました。
<なんでこんな遠くから録ってんだ?>
「出陣式とネメアー討伐は取材許可が出ませんでした」
とのことです。
そうして黒縁セルロイドと一緒に赤い牛の捜索と討伐の取材に出た爆神暴鬼は、途中で「なにか変なものがいる」と気付いた黒縁セルロイドと共にわさび田近くまで足を運んでサメラドンにふきとばされ、私や群馬ダークに接触することになったようです。
何故雇われの黒縁セルロイドが取材対象になったのかというと、元々はネメアー討伐に密着する予定だったのが、今西大道の参加が急に決まったことでキャンセルとなり、他で話題性にありそうな人間がいなかったためだそうです。
あとで爆神暴鬼に聞いてみたところ、今西大道がブラックアウトに追い込まれたり、判断ミスで犠牲を出したりしたときごまかしが利かないので、密着取材NGになったのでは、とのことでした。




