第61話 ヘスペリデスの園
ウィンドウが開いて、
中間ボスモンスター、サメデューサ(Ι(イオタ))を撃破しました。
アイテム入手:神の血(小)
メデューサの血(小)
PP入手 :100,000 PP
中間ダンジョン、ネーレウスの回廊(Ι(イオタ))を攻略しました。
ネーレウスの回廊(Ι(イオタ))から地上へのサメラドンの出現が停止しました。
ネーレウスの回廊(Ι(イオタ))のゲートが完全開放されました。
というメッセージが表示されました。
「ゲートの完全開放というのは?」
メェ (さっきあった脱出ゲートに冒険者センタービルのゲートなどから出入りできるようになった)
メエェ(奥のエリアを攻略するためのショートカットだ)
メメェ(ここはあくまで中間地点に過ぎない)
まだまだ中間地点とのことですが、差し迫った問題のサメラドンの出現は止まったので、とりあえず一息吐けそうです。
なお、サメデューサ攻略の要となった爆神暴鬼ですが。
「アバ、アバ、アババババババ……アワワワワワワワ」
なぜかオフラインのときの爆神暴鬼に戻り、濡れた水着の上にあわてて小豆色のジャージを着込もうとして横にひっくり返ってしまっていました
<なんだこのかわいい生き物は>
<活動限界だぞ>
<素ともいう>
<緊張の糸が切れて爆神スイッチも切れるとこうなる>
<こっちのほうがポンコツカワイイ 10,000 PP>
<これが見たくてメンバー登録してる 30,000 PP>
配信テンションの維持に使っていたエネルギーを使い切ってしまったようですが、この状態のほうが視聴者からの評価は高いようです。
「ゴ、ゴゴゴシチョウアリガトウゴザイマシタ。デハ、コンカイノハイシンハココマデトサセテイタダキマス……」
<ちょっと待て>
<せめて外の様子くらいは見せてほしい>
<五分だけでいいから 5,555PP>
「フ、フエ? ソトデスカ」
「こっちは構わへんけど、黒縁さんとソルちゃんはどう?」
ゴゲー
私から三本のマンドラゴラを受け取りながら群馬ダークが言いました。
「別にかまわない」
黒縁セルロイドは穴の向こうに鏡を飛ばしながら言いました。
「私も大丈夫です」
「ワ、ワワワ、ワカリマシタ……デハ、ソトノヨウスダケ……」
ぎくしゃくと言いながら、爆神暴鬼は自撮り杖を持ち上げます。
そうして中ボス部屋を出ると、外は金色の葉の木々が生い茂る島でした。
「十ヘクタールくらい?」
建築家の群馬ダークが呟きます。
大規模な野球場二つぶんくらいだそうです。
金色の木々の根本にはクルミやヘーゼルなどの木の実がたくさんおちて光っています。
「グリフォンナッツ、でしょうか?」
グレーターグリフォンにもらってキャラメルナッツタルトにしたナッツを思い出しました。
「ちょっとグレードが違うみたい。金のクルミとヘーゼルナッツやって」
金のクルミとヘーゼルナッツの中から更にグリフォンが選り抜いて熟成させたものがグリフォンナッツになるそうです。
噂の黄金の果樹園に入ったのかと思いましたが、地名表示によるとヘスペリデスの園だそうです。
ギリシャ神話準拠で考えると黄金の果樹園はヘスペリデスの園の中にあるとのことなので、ゴールはまだ先のようです。
島の周囲は巨大な地下空洞と地底湖。天井は透き通った空色に塗られ、中心部に描かれた太陽からは明るい光が降り注いでいます。
エメラルドブルーの水面には、石造りの橋が架け渡されています。橋の先になにがあるのかは見えませんが、黒縁セルロイドの観測によると、全部で百ほどある島と島をつないでいるそうです。
目を引くのは、やはり湖の中心部でしょうか。
黄金に輝く、巨大な林檎の木が生えているのですが、その幹や枝には大小数百の鮫頭を備えた巨大な黄金蛇が複雑にからみつき、うごめいています。
メッセージウィンドウによると、
黄金樹の守護竜鮫、メガサメラドン。
だそうです。
黒縁セルロイドの測定によると、天井の高さは五〇〇メートル。黄金の林檎の樹高は三〇〇メートル。
そこにぐるぐると巻き付いたメガサメラドンの体長は七〇〇メートル。
複雑に枝分かれした頭の数は千本とのことです。
「アワワ、アワワ、アワアワアワワワ」
<いやいやいやいや>
<デカイデカイデカイデカイ>
<レイドモンスターよりデカイ>
<下手なダンジョンよりデカイ>
<つーかレイドモンスターだろあれは>
爆神暴鬼とチャット欄が悲鳴をあげました。
「あんなん倒せるもんなん?」
群馬ダークも目を丸くしていいました。わさび田へのサメラドンの侵入を防ぐという目的は達成済みで、もともと戦闘意欲も探索意欲も薄い方なので当事者意識はなさそうでした。
ひとの当事者意識をどうこう言える立場ではありませんが。
「たぶんギミックボス。正面から倒すことは想定してないと思う」
そう言った黒縁セルロイドは、天火明で拾った鏡像を空中に六枚投影しました。
そこに写っていたのは、地下空洞の天井を支える格好で立つ、六体の巨人像の姿でした。
全員同じ、ギリシャ風の大男のデザインですが、ひとつは頭、ひとつは胴体、残る四体は右腕、左腕、右足、左足の部分が光っています。
湖の上ではなく地下空洞の六方の壁際近くに陣取っているようです。
うしろを振り返ってみると胴体が光るタイプの像が見えました。
「アトラス?」
群馬ダークが呟き、黒縁セルロイドは「たぶん」と応じます。
「知っているかもしれないけれど、ヘラクレスと黄金の果樹園の神話にはいくつかパターンがある。まずヘラクレスの目的は、黄金の果樹園から黄金の林檎を手に入れること。その障害になったのが果樹園の番人ラドン。対応の方法は、ヒドラの毒を使って殺すのがひとつめのパターン。ただ今回はそちらのほうが難しいと思う。ヒュドーラとカルキノスのほうがもっと強い」
ヒュドーラの毒ならば、食べ物を使って取り引きすれば入手できるかも知れないと思いましたが。そこまでやる気があるわけでもないので黙っておきました。
「もうひとつのパターンは、ラドンを無力化できる神、アトラスと取り引きをして林檎を取ってきてもらう方法。アトラスは空を支える神だから、天井を支えてるこの巨人像はアトラスをモチーフにしたもののはず。像の方に何かのフラグがあって、それを立てていくと像が動いてメガサメラドンをなんとかしてくれるって流れだと思う」
「メガサメラドンハ、レイドモンスタージャナイ?」
「規模から考えると、集団攻略は想定していると思うけれど、レイドバトルは想定していないはず。この地底湖は琵琶湖くらいの広さがあるし、入り口も散らばっているようだから」
琵琶湖の広さは東京二三区より少し大きいくらいだそうです。
確かに一パーティーで攻略しきる規模ではないでしょう。
「複数のパーティーや冒険者団の同時並行で像の探索を進めて、三、四日で片付ける想定だと思う。そうじゃないと二〇日間の日程に収まりきらない」
黒縁セルロイドはそう説明してくれましたが、さすがにこれ以上探索を進める準備はしていません。
そもそもNJM関係者とアンバサダー冒険者、薬師院連合関係者という、背後関係の複雑なパーティーとなります。
NJMのほうからも「すぐにゲートの招待コードを」というメッセージが入ってきているようなので、ここでいったん解散することになりました。
今回開放したゲートIについては、私達から招待コードを送れば攻略に関与していない冒険者でも利用することができます。
契約上完全無視するわけにも行かないということでしたが、私達とNJM本隊が接触すると面倒なことになることは黒縁セルロイドもわかっています。少しだけメッセージに気付かないふりをしてもらって黄金のクルミやヘーゼルナッツを拾い集め、さらには木や苗なども少し回収して引き上げることにしました。
メー
ゴゲー
「とったー」
<急にほのぼのして来やがった>
<メガサメラドンのお膝元とは思えぬ平和さである>
<結構グリフォンは飛んでるな>
<黒縁が追っ払ってる感じか>
<知ってるか、あれ全部飯テロに使われるんだぜ>
<一体どれだけの脳が焼かれるんだろうな>
そんなコメントが流れていたようです。
コードについては私達から薬師院連合のほうにも共有しましたが、結局NJM本隊も薬師院連合も自力でサメデューサの討伐とゲートの開放に成功。
私達が開放したややこしいゲートについては爆神暴鬼が夜に行った配信で『爆神・インビテーション』として公開され、ゲート開放に至らなかった中小冒険者団や独立パーティーなどに利用されることになりました。




