第6話 チュートリアルチキン討伐
生産と販売、スキルスフィアのチュートリアルを終えた私たちは、新宿冒険者センタービルの下層にある小さなミーティングルームに移動しました。
メェ (では、ダンジョン探索についてのチュートリアルをはじめよう)
メエェ(まずはクエストの受注から説明する)
メメェ(『クエスト』と念じてウィンドウを開き、受注可能クエストをタップする)
指示通りに『クエスト』と念じてみると『討伐依頼:チュートリアルチキン×3』の文字列を先頭に『自由討伐:巨蟹宮主カルキノス&ヒュドーラ』『自由討伐:渋谷エリア犬王<ロード・ハチ>』『護衛依頼:世田谷地上市街における調査団警護』といった項目が並ぶウィンドウが表示されました。
メェ (討伐依頼や護衛依頼などは事前に受注しておかないと挑戦できない)
メエェ(自由討伐は受注の必要は無く、条件を満たすだけで達成となる)
メメェ(賞金首のようなものだな)
メェ (今回は『討伐依頼:チュートリアルチキン×3』を受注してみよう。報酬は三万PP、名前の通りチュートリアル用クエストだ)
メエェ(チュートリアルチキンは通常モンスターのワイルドチキンと同等のモンスターだ)
メメェ(なめてかかると痛い目に遭う)
ワイルドチキンは東京大迷宮内に頻繁に出現するモンスターで、食肉用として広く利用されていますが、性格は獰猛そのもの、武器や戦闘スキルのない一般男性や通常型のアンデッドくらいなら普通に叩きのめしてしまうほどの戦闘力を持つそうです。
『討伐依頼:チュートリアルチキン×3』の文字列を長押しして『受注しますか?』のメッセージの『はい』を選択します。
メェ (クエストの受注を確認した)
メエェ(チュートリアル区域に移動しよう)
メメェ(ゲートオープン)
バロメッツ達がそう告げると、ミーティングルームの壁際に白く光る魔法陣が現れました。
メェ (行こう)
メエェ(ついてきたまえ)
メメェ(最初はクエスト準備室だから危険は無い)
先に動き出したバロメッツたちに続いて魔法陣の上に乗ると、視界が切り替わり、武器や防具が並んだ武器庫のような空間へ移動しました。
メェ (ここはチュートリアル用のクエスト準備室)
メエェ(取り引き価格十万PP以下の装備を試用できるので試して見るといい)
メメェ(弾薬については百発までは無料、以降は有料で精算となる)
「出てくるのはチュートリアルチキンだけなんでしょうか」
メェ (通常のワイルドチキンも出現するが、ターゲットはあくまでチュートリアルチキンだ。レアモンスターのテスタロッサが出現することがある)
「テスタロッサ?」
メエェ(赤い頭の大型ワイルドチキンだ。通常のワイルドチキンの三倍の戦闘力を持つ)
メメェ(ソロならやり過ごしたほうが無難だろう)
この口ぶりだと『確実に出てくる』とみなしたほうが良いかも知れません。
討伐というよりは潜伏や脱出訓練の相手なのでしょう。
準備室に並んだ装備品をチェックしていくと、アンデッド戦に使うのと同じ型のプロテクターとグローブ、ヘルメットがあったので身に付けます。
靴は最初から作戦行動用のブーツを履いているのでこのままで。
剣や刀と言ったファンタジー系装備も並んでいます。
モンスター相手だと刀剣類の方が有効な場面が多く、銃火器無効、などというモンスターもいるそうですが、私はソルジャーですので、まずは銃火器を軸に選ぶことにしておきます。
ポンプアクション式のショットガンにハンドガンとナイフを身に付け、シャベルやマチェットなど、土木作業向けのアイテムをアイテムボックスに入れました。
贅沢を言うとアサルトライフルが欲しいところですが、最低取り引き価格が十万PPを超えるので、ここには置いていないようです。
「こんなところでしょうか」
メェ (迷いがない)
メエェ(良い兵士だったことがうかがえる)
メメェ(では本番だ。向こうの扉を開きたまえ)
クエスト準備室の扉を開くと、広く明るい森が広がっていました。
ダンジョン内のはずですが、頭の上には青空があり、前方には開けた山道。周囲には背の高い杉林が生い茂っています。
メェ (チュートリアルダンジョン『チキンフォレスト』)
メエェ(無人の洋館に住み着いた凶悪な鶏どもを駆除してもらう)
メメェ(洋館のチュートリアルチキン三羽を駆除し、ここまで戻ってくればクエストクリア)
「戻るまでが成功条件ですね?」
メェ (そういうことになる)
メエェ(ここに戻ってくるまでがクエストだ)
メメェ(おやつにバナナを持って行きたまえ)
何故かバロメッツが出してきたバナナをアイテムボックスに入れて進んで行くと、大きな門が見えてきました。
門から五十メートルほど奥の位置に、問題の洋館らしき建物がありました。
洋館の手前には干からびた噴水があり、その近くに怪鳥の姿が確認できました。
白い羽毛に緑と黄色が半分ずつの不思議なトサカ、血走った目をした、成人男性と同じくらいの大きさの巨大鶏です。
視界に入ると同時に、
モンスター情報:
チュートリアルチキン×1
というメッセージウインドウが表示されました。
「あれですね?」
メェ (ああ、わかばマーク風のトサカが特徴だ)
メエェ(ワイルドチキンの場合は茶色の羽毛に赤いトサカ)
メメェ(テスタロッサは赤い頭に赤いトサカで体高3メートルを超す)
とのことです。
散弾で仕留めるのは難しそうな距離です
装填したカートリッジを一粒弾に交換、ツタの這った鉄柵ごしにショットガンを構えます。
手早く狙いを定め発砲。
ダン、という音と共に、弾丸はチュートリアルチキンの胸部を撃ち抜き、絶命させました。
地上でやったら無惨な骸が転がる場面ですが、東京大迷宮のモンスターの正体は錬金式ナノマシンで構成された疑似生物だそうです。
飛び散ったのは羽毛と光の粒子だけで、チュートリアルチキンの死体そのものも間もなく消えてしまいました。
小さなウィンドウが開いて、
チュートリアルチキンを撃破しました。
アイテム入手:
ワイルドチキンの肉(解体前)×1
PP入手:1,000PP
とのメッセージが表示されました。
メェ (敷地外から一撃か)
メエェ(射撃スキルがAというのもあるが落ち着いている)
メメェ(場数だろうな)
「肉はワイルドチキンなんですね」
メェ (そこを差別化しても意味が無いからね)
メエェ(あとで鑑定や解体をしてみるといい)
メメェ(ベーカーのスキルでやれる)
バロメッツたちの話を聞きながらショットガンに散弾を装填し、門を開きます。
洋館に近づいて行くと、建物の右手から新たな巨大鶏が二羽現れ、メッセージウィンドウが開きます。
モンスター情報:
ワイルドチキン×2
今度はワイルドチキンのようです。
チュートリアルチキンとは色違い、軍鶏のような茶色い羽毛を持っています。
色違いなだけで、能力はチュートリアルチキンと同じとのこと。
ターゲットではありませんが、仕留めておいたほうが良いでしょう。
先に動いた一羽の頭部を狙い、一射。
今度は普通の散弾です。ワイルドチキンの頭が砕けて吹き飛びました。
続けてもう一射。
今度も頭を吹き飛ばして処理します。
二羽の死骸もすぐに消え、メッセージが表示されます。
ワイルドチキン×2を撃破しました。
アイテム入手:
ワイルドチキンの肉(解体前)×2
PP入手:
2,000PP
メェ (危なげがない)
メエェ(普通はもう少し慌てるものだが)
メメェ(腕っこきか)
半開きの状態だった扉を開いて屋敷に侵入すると、エントランスに二羽目のチュートリアルチキンが待ち受けていました。
最初から物音が聞こえていましたので、こちらも問題なく片付けます。
ワイルドチキンの肉(未解体)が増えました。
しばらく鶏肉には困らなそうです。
残りのターゲットはチュートリアルチキン一羽。
洋館の一階にいたのはワイルドチキンが二羽だけ、二階のほうをクリアリングしていくと、背後、頭の上のほうから何か重いものが天井を軋ませる音が聞こえました。
散弾銃の銃口をあげて反転し、天井に向けて連射、その上にいたチュートリアルチキンを天井裏から落とします。
バランスを崩した標的の頭を散弾で吹き飛ばして無力化、鶏肉に変えました。
メェ (三羽目)
メエェ(そつなくこなしたな)
メメェ(それでは脱出だ)
「はい」
チュートリアルチキン三羽討伐を達成、あとは『チキンフォレスト』を脱出すればクエスト完了です。
とはいえ、なにかしらのアクシデント、もしくはイベントがあるものと考えた方がいいでしょう。
このまま例のテスタロッサが出てこなかったらかえってすっきりしません。
ショットガンを構えたまま門を出ると、すぐにメッセージウィンドウが表示されました。
警報:
高ランクモンスター『テスタロッサ×1』接近。
はじまったようです。
メェ (案の定、という顔だが、テスタロッサだ)
メエェ(襲撃に警戒しつつセーフティーエリアまで脱出を)
メメェ(倒してしまっても構わないが、やられるとクエストは失敗だ)
まだ姿は見えませんが、例のテスタロッサが突進してきているようです。
森の木々が揺れ、小型の鳥や獣が慌てた様子で逃げ、飛び去っていきます。
こちらも山道を駆け出すと、木々を吹き飛ばし、巨大な雄鶏が前方に飛び出しました。
軍鶏を思わせる焦げ茶色の体、鮮血を浴びたように赤い頭を持つ、体高五メートルの巨大鶏。
勢い余ったようです。
真横から飛び出してきたテスタロッサは、そのまま林道を横切って向かいの木々に突っ込み、砂煙と激突音、鼓膜をえぐるような雄叫びをあげました。
「コケェェェェェェッ!」
試しに散弾を撃ち込んでみましたが、丈夫な羽毛に阻まれ、ダメージを与えることはできませんでした。
スラッグ弾なら貫通できるかも知れませんが、無理に戦うべき相手ではないでしょう。
テスタロッサが横切った地点を通り抜け、セーフティーエリアを目指します。
テスタロッサが再び林道に飛び出し、猛然と追いすがってきます。
といっても、あくまでチュートリアルのモンスターだからか、逃げ切れないようなスピードはないようです。一気に距離を詰められるようなことはありませんでした。
遠距離攻撃の手段もないようですし、この調子なら逃げ切れる……と、思っていたら。
「コ、コケェェェェーーーッ!」
異様な絶叫が空気を大きく震わせました。
さっきと同じテスタロッサの声なのですが、断末魔のような響きです。
不穏なものを感じて振り向くと、予想もしない光景が目に飛び込んできました。
突如現れた空飛ぶ巨大鮫に頭を呑まれ、ぶらりと吊り上げられた巨大鶏の無惨な姿。
絶命した状態のようです。
テスタロッサは、そのまま光の粒子になって消えてしまいました。
警告:
レイド級モンスター『アークシャーク×1』出現。
そんなメッセージが表示されました。
テスタロッサがどうこうというのは偽情報だったのでしょうか。
体長二〇メートル、人喰い鮫を通り越してクジラやシャチでも捕食できそうな、力強いシルエットのサメ型飛行モンスター。
ゆらゆらと空中に浮いていたアークシャークは体をくねらせ、
「シャアァークッ!」
ちょっとどうかといいたくなるような咆哮をあげ、突っ込んできました。
散弾を一射してみましたが、高ランクモンスターにチュートリアル用の散弾は効かないようです。
あっさりとはじき返されました。
アイテムボックスに入れていたワイルドチキンの肉を引っ張りだして、囮として地面に落とします。
こちらは良い判断だったようです。
アークシャークは地面に突っ込むような恰好でワイルドチキンの肉に食らいつき、一息に呑み込みました。