第58話 対抗策
中ボスモンスターの名前はサメデューサ。
サメとギリシャ神話の怪物メデューサを合体させたモンスターのようです。
ギリシャ神話的にはメドゥーサはラドンが守っていた黄金の果樹園のあるヘスペリデスの園、あるいはその近くに住んでいたという話があるので、神話上はラドンや黄金の果樹園と接点のあるモンスターになります。
サメは全く無関係ですが。
爆神暴鬼がダンジョンネットで調べたところ、今のところは攻略情報はおろか目撃情報もゼロとのことでした。
東京大迷宮全域に出現したサメラドンの穴は現在三百箇所。
私達が探索を始めたときから三倍に増えていますが、私達が攻略してきたものと同じタイプの地下回廊からサメラドンが穴を掘って出てきた結果増えていて、発生源である地下回廊の数は二十から二十五カ所程度と見られています。
実際の地下回廊の発見数は現時点で一六箇所。何人かの配信系冒険者が行っている実況から判断するとどの地下回廊もほぼ同じ構造のようです。
どこもワープフロアやトラップ、床や壁、天井から飛び出すサメラドンの奇襲攻撃に手を焼いているらしく、今のところ突破報告は上がってきていません。
中ボス部屋に到達した、という報告もまだないようでした。
黒縁セルロイドの光学探査と群馬ダークの床抜きが理不尽過ぎ、私達が独走状態となっているようです。
参考にできる情報もないということで、
「とりあえず撃ってみる」
黒縁セルロイドが銅鏡からレーザー照射を仕掛けましたが、有効なダメージを与えることはできませんでした。
サメデューサにレーザー耐性があるのかどうかは不明ですが、
「水蒸気が多すぎて減衰される」
とのことでした。
「最初の偵察の影響でしょうか?」
水しぶきと水蒸気を大発生させてしまいました。
「それもあるけれど、最初から水温が異様に高かった」
メェ (サメデューサそのものの体温が異常に高いのだろう)
メエェ(さっきサメデューサがぶちまけた液体は、おそらく神の血だ)
メメェ(名前はサメデューサだが、青銅巨人の要素が入っている)
そう言ったバロメッツたちが青銅巨人というモンスターの紹介ページを見せてくれました。身長十メートルほどのゴーレム系モンスターで、全身に高熱を帯び、体内には神の血という超高温の液体が流れているそうです。
「私もそう思う」
黒縁セルロイドも賛同します。
「タロスの場合はその神の血の栓が弱点になっているのだけれど、天火明で観測した限りそれらしいものは見当たらなかった。水面下のサメのほうにあるのかも知れないけれど。タロスそのものってわけじゃないから栓なんかない可能性も高い」
「神の血があって鮫で水中にいるってことは、イベントチェーンソーが効きそうな気がしますが」
神特効と鮫特効が両方効きそうです。
「当てられへんと思う、さすがに」
群馬ダークが少し焦ったように言いました。当てられればかなりのダメージが行きそうですが、当てられるところまで近づくのが難題になりそうです。
とりあえずバザールのウィンドウを開いてイベントチェーンソーを一本購入。スキルスフィアを開き、チェーンソースキルをDにしておきました。ついでに水泳と水中行動のスキルもDにします。
「切りつけにいくつもりなん?」
「他に手がないようなら」
チェーンソースキルに限れば群馬ダークのほうが上ですが、その他の補正やスキル構成などを考えると私が行ったほうが良さそうです。
「水の上に足場をつくることは可能でしょうか」
一応大星石の水中行動補正はありますが、サメ系モンスター相手にいきなり水泳で勝負を挑むのは避けたほうがいいでしょう。
「制限がかかってなかったらできなくはないけど、たぶん壊されると思う」
「重麻痺持ちが相手なら、そう難しく考える必要はないわ」
黒縁セルロイドは淡々とした口調のまま言って、爆神暴鬼のほうを見ました。
「爆神さんなら対抗できる」
「……ヒエッ!」
急に話を振られた爆神暴鬼が悲鳴をあげました。
それから一時間後。
爆神暴鬼を軸に作戦を立てた私達は、属性攻撃耐性やステータス異常耐性、攻撃力や防御力、敏捷性などに補正のつく食事を取り、さらに黒縁セルロイドのゴーグルを重麻痺を防げるよう調整してもらい、再び中ボス部屋の扉の前に立ちました。
ひとりだけ可哀想だったのは、
「爆神・サプライーズ! 緊急でカメラを回しております。蟹座イベントのアンバサダー冒険者、爆神暴鬼です!」
テンションの高いエクスプロージョン状態でライブ配信を始めた作戦の要、爆神暴鬼です。
バフとデバフが逆転してしまう天邪鬼というクラスがあるので昼食は食事効果のないオムライスだけ、重麻痺防護のゴーグルもつけていない状態です。
さすがに可哀想なので安全なところで食べるサンドイッチやパイ、クッキーなどを渡しておきました。
「今僕がいるのは高尾山エリアの地下某所、現在東京を騒がせているサメラドンたちの発生源である地下回廊のひとつです。そして現在の攻略状況はなんと、中ボス部屋の攻略寸前となっております! 地下回廊の調査を進める冒険者は数あれど、現時点でこのエリアまで到達しているのはこの僕、爆神暴鬼が同行させていただいている超・スペシャルミラクルエクストリームコラボレーションパーティーだけかと思われます!」
<うるせぇ>
<嘘くせえ>
<うさんくさぇ 10,000PP>
ゴーグルに投影される配信画面のコメントは今日も辛辣なようです。
その辛辣なコメントや、荒らしメッセージをデバフにし、そのデバフを逆転させて力にするのが天邪鬼爆神暴鬼の特異性なのだそうです。
もしかしたら爆神暴鬼の視聴者もそのあたりをわかって毒を吐いているのかも知れません。
そうであればいいと思います。
実際課金チャットを投げながら暴言を吐いている人もいますし、月課金を行うことで特別な配信を見られたりサービスを利用できたりする『メンバー登録者』も結構多いので、『辛辣=アンチ』という単純な関係性でもないようです。
「おっと、そんな態度でいいんでしょうか。今回のハイパーエクレセントコラボレーションパーティーのメンバーを知った瞬間、視聴者の皆さんの脳は焼き尽くされることになりますよ」
<黒縁セルロイドと一緒に居るのは知ってる>
<S級だけどイロモノじゃねえか>
<ちょっと待てメガネ!>
<メガネの神子さまをイロモノ呼ばわりとは許せぬメガネ>
チャット欄が変な荒れ方をしはじめましたが、エクスプロージョン状態に入った爆神暴鬼は気にせず続けます。
「ではご紹介しましょう。まずはチャット欄でも言及のあったバトルフロアのトップランカーS級冒険者の黒縁セルロイドさんです」
爆神暴鬼のカメラが黒縁セルロイドの姿を映します。
「普段はソロ活動が中心ですが、本イベントではNJMの招聘に応じる形で電撃参戦、各方面を驚かせました」
<知ってたっていってんだろ>
<黙ってたら神秘的なんだけどな>
<喋るとメガネオバケ>
<NJMのポンチョも着る人間次第ではかわいいんだな>
<なんでNJMに居るんだ本当に>
「ひとつ、視聴者の疑問にお答えいただいてよろしいでしょうか」
爆神暴鬼はインタビューを始めます。
「なに?」
爆神暴鬼を軸にすることの交換条件が『ライブ配信させる』でしたので、黒縁セルロイドも素直に応じます。
「ズバリ、どうして今回、NJMへの参加を決意されたのでしょう」
「条件が良かった」
「条件とは?」
「旧時代の鼈甲のメガネ百本」
「……アア」
爆神暴鬼がわずかに素に戻り、
<なるほど>
<そういうことか......!>
<やはりメガネ>
<そりゃこの女はメガネでしか動かんわな>
<メガネ次第でどこにでもつくということでもある>
チャット欄に納得の声が流れていきます。
「どういうことでしょう?」
話の流れについて行けません。