第57話 コレハヒドイ
サメラドンたちが掘った蟻の巣状の空洞を降りてゆくと、石造りの回廊に出ました。
「探査するわ」
黒縁セルロイドが再び天火明を使い、周辺状況の探査に取り掛かりましたが、前方に飛んだ鏡の群は何故か次々と消えていってしまいます。
「ワープゾーン?」
その指摘したのは群馬ダークでした。探索系の経験は少ないのですが、建築家のレアクラス保持者なので『建物の仕掛け』に関する知識が多いそうです。通過した人間や物体を自動的に瞬間移動させてしまう特殊地形、またはトラップなのだそうです。
「そうみたいね。ひとつじゃない。ワープフロアになってる」
一枚の鏡をワープゾーンの手前まで戻した黒縁セルロイドが少しむずかしい顔をしていいました。
一つのフロアに大量のワープゾーンを設置することで冒険者の方向感覚や空間認識を狂わせる謎解き、もしくは足止めタイプのフロアだそうです。
「鏡の制御が面倒になるから探査に手間がかかる。少し待って」
黒縁セルロイドがそう告げる傍らで、
ゴゲ?
ゴゲゴゲ……。
ゴゲッ
回廊の床の上に降り、なにかを確かめるように小さく跳ね回り、最後は床に突っ伏してゴゲゲゲゲゲゲゲゲゲと長く鳴いたマンドラゴラが、最後に群馬ダークを見上げてゴゲーと鳴きました。
ここを掘れ、と言っていたようです。
「ここ?」
群馬ダークがしゃがこみ、床に触れると、石造りの床が四角形に輝いてかき消え、綺麗な断面の四角い穴が口をあけました。
ダンジョンの通路、ではなく、建築物用の解体スキルで床を直接アイテムボックスに取り込んで削り取ってしまったようです。
穴の下には、また新しい回廊が見えます。
下のフロアへの抜け穴を作ってしまったようです。
メェ (床抜きに制限がかかっていないのか)
メエェ(とんだセキュリティホールだ)
メメェ(サメラドンが掘り抜くからだろうが)
バロメッツたちが唸るように鳴きました。
マンドラゴラの音響探査能力で床下の状況を把握、床を直接取り除いて降下ルートを作る。
市街地での突入作戦ならば普通のオプションなのですが、ダンジョンでやられると理不尽に思えるのは何故でしょうか。
「……コレハヒドイ」
通路に開いた穴に自撮り杖をかざしながら爆神暴鬼が呟きます。
「私もやれるとは思わんかった……」
やった本人の群馬ダークもやや困惑気味です。
「調べてみる」
マイペースを崩さずに言った黒縁セルロイドが天火明の鏡を降ろし、光学探査を試みます。
「下はワープフロアになってない。奧のほうに『中ボス部屋』の扉があった。ここから降りましょう」
だいぶ反則めいていますが、群馬ダークに階段を作ってもらいワープフロアを無視して降下します。
次のフロアでもマンドラゴラ探査と床抜きができないかと試してみましたが。
ゴゴゲ。
「下は土だけみたい」
とのことでした。
ここからは正攻法で行くしかない、ということで黒縁セルロイドの言っていた『中ボス部屋』を目指して移動を開始したのですが。
「セイコウホウトハイッタイ……」
「なんなんでしょうね」
『光学的に観測可能』なモンスターやトラップなどについては黒髪セルロイドが天火明の鏡で捕捉し、レーザー照射・反射攻撃で排除。
『光学的に観測困難』な落とし穴や吊り天井、仕掛け弓、鉄球などのトラップ、壁や床を突き破って飛び出してくるモンスターについては。
ゴゲゲゲゲゲ。
「下から来る?」
マンドラゴラが優秀さを見せつけて『音響的に怪しいもの』の存在を群馬ダークに警告。モンスターであれば黒縁セルロイドと私で片付けて、トラップ類は建築スキル持ちの群馬ダークが無効化、撤去してゆきます。
『ダンジョンらしいダンジョン』での集団行動はこれが初めですが、これが普通と思ってはいけないことはさすがにわかりました。
一部のモンスター戦は担当させてもらっていますが、大方のモンスターは近づく前に黒縁セルロイドが排除してしまいますので、私の主要任務は光学探査で脳に負担をかけ続けている黒縁セルロイドにメンタル回復用のクッキーやマカロンを渡す役となります。
私のお菓子を食べた黒縁セルロイドの反応ですが、
「脳に染みる。眼鏡がバグる (*ΦωΦ)ニャー」
本人ではなく眼鏡の上に顔文字が横に流れていました。
メェ (何故眼鏡に)
メエェ(もはや顔の一部なのか)
メメェ(眼鏡が本体か)
そうして移動を続けていくと、黒縁セルロイドが言っていた『中ボス部屋』の入り口らしい広間に出ました。
どうしてわかるのかというと
広間の奧の扉の上に、
このさきには
きょうあくな
ちゅうボスモンスターが
まっています
という警告文があり、扉の前がバザールやスキルスフィアの利用が可能なグリーンゾーンに設定されているためです。
あまり長居すると強制排除でホームエリアに戻されてしまいますが、半日程度ならば仮眠なども可能。脱出のための転移ゲートも用意されています。
昼食がてら食事効果のあるものを用意しようかと思いましたが、どういう食事効果が有効な相手かもわかりませんので、食事の前に偵察を行うことにします。
扉を半開きにして黒縁セルロイドが天火明の鏡を送り込み、爆神暴鬼が自撮り杖を逆向きにして差し込み、バロメッツたちが小型カメラを持って内部へと潜入します。
天火明の鏡が集める光学情報は私達の処理能力では意味不明の光の乱舞、または奔流としか認識できませんので、バロメッツたちと爆神暴鬼のカメラからの映像を覗き込みます。
扉の向こうに広がっていたのは、青の洞窟と言われるタイプの巨大な海食洞でした。
広さは野球場くらいでしょうか、野球場でいうと観客席にあたる外周部以外は水没し、深い水をたたえています。全体的に青っぽく見えるのは、扉の向かい側にある穴から差し込んだ光が、水を透過した結果青色以外の光が減衰しているためだそうです。
問題の『きょうあくなちゅうボスモンスター』は、洞窟の中心に浮かんでいます。
体長十メートルの巨大ザメの背中から、青銅像を思わせる女性の上半身を生やした合成獣型のサメ系モンスター。
女性の背中には金色の羽が生え、さらに髪の毛の代わりに無数の小さな鮫頭蛇が生えていました。
「サメデューサ……」
爆神暴鬼の言葉通り、ギリシャ神話の有名モンスターであるメデューサと巨大サメを合体させたもののようです。
メェ (メデューサか)
メエェ(取り合わせとしては一応おかしくないのか)
メメェ(重麻痺能力があったな)
メデューサといえば石化の魔物として有名ですが、東京大迷宮のメデューサの場合はそこまで強力ではなく、目があった相手を二四時間行動不能にする重麻痺の能力を持っているそうです。
当初は一般的なイメージ通り二四時間石化だったのですが、変な性癖の人間が『石化自撮り実況』などという異様な配信を始めたことに東京大迷宮側がドン引きし、仕様変更に至ったのだそうです。
視線を合わせないように飛び回り、離脱をはかるバロメッツたち。三匹のカメラはもう役に立たない状況ですが、サメデューサが片手を上げ、魔法を放つモーションを爆神暴鬼のカメラがとらえました。
放たれたのは烈風の魔法。
ドアに戻ろうとする三匹を、暴風がまとめて捉えて、洞窟の壁面へと叩きつけます。
メッ (ぐっ)
メメッ (うわっ!)
メメメッ(しまった!)
元々が綿の塊ですので衝突のダメージそのものはほとんどなかったようですが、平衡感覚をなくしたバロメッツたちはそのまま壁面から滑り落ちます。
サメデューサたちがバロメッツたちに向け、青銅の指を伸ばします。
具体的に何をしようとしたのかはわかりませんが、放っておくとまずい気がしました。アルフォンスを手に中ボス部屋に滑り込み、青銅の指を狙って発砲します。
サメデューサが使おうとしていた攻撃は、名前でいうと『神の血』超高熱の体液を噴出することで標的を焼き尽くす攻撃でした。
本来は同じギリシャ神話系のモンスター青銅巨人の攻撃手段だそうです。
超高熱の『神の血』の発射寸前に大星石で強化された水弾を叩きつけた結果、水弾は爆発的な勢いで蒸発。サメデューサの右手を跳ねあげて『神の血』の軌道をそらし、水面へと撒き散らさせます。
結果、水弾の比ではない量の水と『神の血』が反応し、魚雷が炸裂したような大爆発を起こし、水煙を立てました。
さすがにそれで破壊できるほど甘くはないようですが、一応の時間稼ぎにはなったようです。
「従魔石に!」
メェ (すまない)
メエェ(我々としたことが)
メメェ(下手を打った)
洞窟中に立ち込めた水蒸気を煙幕にして移動し、バロメッツたちを従魔石に収容。全速で部屋の外へと離脱しました。
ゴゲ!
「ソルちゃん! 平気?」
血相を変えたマンドラゴラと群馬ダークが駆け寄ってきます。
「はい、大丈夫です」
従魔石に収容したバロメッツたちも、大きなダメージはないようです。
「それと、中ボスモンスターの名前なんですが、本当にサメデューサでした」
きちんと文面を確認している余裕はありませんでしたが、中ボス部屋に入った瞬間、サメデューサという名前がウィンドウ表示されていました。