第56話 爆神・コラボレイション
「四の五のいっとる場合じゃなくなった感じかな」
群馬ダークが呟きました。
「そう思います」
穴がここだけならば薬師院連合に応援を頼む手もあったのですが、東京全域となると連絡をつけるだけでも難しいかも知れません。
自力対応をしていく他なさそうです。
「黒縁さんの手を借りましょう。ここで帰って貰っても、解決までの時間が遅くなるだけだと思います」
「わかった」
群馬ダークは少し安心したように頷きました。
群馬ダーク本人も、黒縁セルロイドの手を借りたほうがいいという認識はしていたものの、ひとりでは下しにくい決断だったのかも知れません。
黒縁セルロイドの『NJMポンチョ』がなければもっと簡単にいったような気がします。
「調査をお願いしたいと思います。黒縁さん」
群馬ダークがそういうと黒縁セルロイドは「はい」とうなずきました。
「ただ、条件として私も同行させてください。自分の農場を守らないといけませんので」
「わかりました。こちらも条件になりますが、爆神暴鬼の同行と撮影を許可してください」
「……構いませんけれど、大丈夫なんでしょうか、御本人は」
群馬ダークはプルプルカタカタビクビクとしている爆神暴鬼に心配そうな目を向けました。
「カメラが回っている間は役に立ちます。今はダメですが」
黒縁セルロイドが淡々と言い、
「ゴ、ゴシンパイナク……」
爆神暴鬼がカクカクとうなずきました。
「それともうひとつ。探索中はこちらのゴーグルを」
黒縁セルロイドはアイテムボックスから小ぶりなゴーグルを三セット取り出しました。
黒縁セルロイドの趣味が出てきたようですが、眼球の保護に加えて暗視機能や通信機能を備えた、単純に便利な装備品でした。
わさび田の休憩小屋でイベント装備の水着に着替えてゴーグルを装備。その間に群馬ダークは農場のマンドラゴラたちに映像通話で連絡を取りました。
マンドラゴラたちによると近くに穴はないとのことでしたが、念の為に緊急用のシェルターに退避させたそうです。
NJMポンチョに巫女装束の黒縁セルロイドですが、巫女装束の下には水着をつけていました。
さすがにそこまで隠してしまうと装備効果はほとんど出ないそうですが。
配信中は役に立つという爆神暴鬼ですが、アイテムボックスから取り出した予備のボディカメラを装備し、泥に埋まっていた『自撮り杖』という配信用のステッキを起動すると、
「爆神・ショウタイム! こんにちは、爆神暴鬼です」
配信で見た顔と口調になって、自撮り杖に向かって喋り始めました。
カメラの有無で雰囲気と物言いが全く変わるようです。曲がっていた背筋もぴんと伸びてしまっています。
こちらも装備効果は落ちますが、着流しの下に競泳水着をつけているようです。
爆神暴鬼のクラスは天邪鬼、配信者、偽者
天邪鬼は鬼系の種族変更クラスで『バフとデバフが逆にかかる』という特性があるそうです。
配信者は名前の通り配信支援スキル。群馬ダークのようなクラスなしの配信者との違いは、戦闘中などの極限状況下、イエローやレッド相当のダメージ状態でも問題なく喋り続けられる継続能力、また、通常の機材では配信の難しいエリアからでも普通に配信ができたりするそうです。
三つ目の偽者は、「なりすまし」を得意とし、本来の自分とは異なる人格やクラスを演じることができる特殊クラスだそうです。
テンションの高い配信者、爆神暴鬼は、三つ目の偽者の特性による『なりすまし状態』となるそうです。
「今私は高尾山エリア某所、東京全域に大量発生している穴の一つの前に来ています。今回はこの穴に潜ってみた……という爆神・ゲームオーバーな企画ではなく、バトルフロアのトップランカーのひとり、黒縁セルロイドさん、今話題の大天使コムギエル様こと、ソル・ハドソンさん、高尾山の農場経営者にして救群馬の乙女、群馬ダークさんとの特別パーティーによる探索の録画配信を行いたいと思います! つまり爆神・コラボレイションです!」
早速カメラに向かって決め台詞と決め顔をした爆神暴鬼は、カメラを止めるとまたぎくしゃくした調子に戻って「ソ、ソレデハ、ヨロシクオネガイイタシマス」と頭を下げました。
「しんどかったらずっとエクスプロージョンしとってもかまへんよ?」
「ソレハソレデメンタルガシンデシマウモノデ……」
メメェ(難儀な体質らしい)
「そろそろ出発していい?」
そろそろ謝罪モードは終わりということで、昨日出会った頃の口調に戻った黒縁セルロイドがいいました。
「ほな行こか」
わさび田のマンドラゴラたちを従魔石に戻した群馬ダークが、大穴を塞いだ壁を外すと、
サメラドーン!
サメラドドドドーン!
早速サメラドンの雄叫びが響いてきました。
「お聞きいただけましたでしょうか。サメラドンたちの声が響いてきます。爆神・アドベンチャーの始まりです!」
光源代わりに自撮り杖のライトを前方に向けた爆神暴鬼がそんな実況をしたあと、
「……ア、スミマセン、スグドキマス」
そそくさと交代しました。
代わりに黒縁セルロイドが前に出ます。
「見える範囲の敵を処理する。ゴーグルは外さないで、目によくない」
そう言いながら自分は普通のメガネのまま、黒縁セルロイドは両手を前方に差し出します。
「天火明」
呟くような言葉と同時に、黒縁セルロイドの周囲に鏡の群が浮かび上がります。
あとで説明してもらったところによると、数は千枚、天火明というのはいわゆる三種の神器のひとつ『八咫鏡』にまつわる神様の名前から取ったそうです。
精密にプログラムされた飛行ドローンのように動き出した鏡の群は音もなく穴の奥へと滑りこみ、整列し、陣形を組んで行きます。
鏡の隊列の役割は、攻撃ではなく状況把握。
いわゆる合わせ鏡の要領で鏡像を拾い集め、自分のメガネに投影することで、千枚の鏡が捉えた鏡像を集約、状況把握を行う観測用魔法だそうです。
常人ならば鏡の制御はもちろん、千枚の鏡像の内容を統合、整理して把握するだけでも困難ですが、それをあたりまえにこなしてしまう点が、黒縁セルロイドという冒険者の怪物性だそうです。
状況把握が済んだら、対処。
「天照」
黒縁セルロイドは新たに八枚の銅鏡を空中に浮かべます。
「目に悪いから気を付けて、照射」
そんな警告のあと、八枚の銅鏡が閃光と共に太いレーザー光を放ちます。
観測用に使った天火明の鏡を今度は反射鏡として利用することで、カーブや高低差のある穴の中をレーザー光が縦横に駆け回り、十数体居たサメラドン、もしくはサメラドン系モンスターを捉え、撃ち抜き、無力化してゆきます。
貫通も計算に入れているので、八本で十体以上の相手を仕留めてしまっています。
私達の場所からは死角になっていましたので、閃光が収まったと思ったら、サメラドンたちの唸りが聞こえなくなった、という形でしたが。
「見える範囲の敵は片付けた。見えないところにいるかも知れないから油断はしないで」
黒縁セルロイドは淡々と言いました。
見えないところ、というのは鏡で映せない範囲。地上で戦ったサメラドンのような土の中を掘り進んでくる相手のことになります。
このあたりの対応については、群馬ダークが連れているマンドラゴラの能力が有効でした。
ゴゲゲゲゲゲゲゲ。
黒縁セルロイドが宙に浮かべた眼鏡型勾玉を光源にして前進しつつ、マンドラゴラが音波で周辺状況を探り、
ゴゲー!
「来る?」
サメラドゥン!
飛び出してくるサメラドン系モンスターをイベント武器のアルフォンスとフィンで片付けて行きます。
根菜系モンスターだから、という解釈が正しいのかどうかはわかりませんが、マンドラゴラは振動に敏感なのだそうです。
一方、私のアルフォンスのほうはイベント武器といっても対空型、対グリフォン戦向けの装備で、サメラドン相手には「あまり使えない」というのが一般的な評価だったそうです。適性のあまりない武器を、大星石のブースト効果に任せて無理矢理運用してしまっていたようです。