第55話 穴
「えらいところにえらいのが出てきた」
群馬ダークは頭痛を覚えたようにつぶやいたあと、
「いったんふさいどこか」
建築スキルで金属とコンクリートの壁を作り、手早く大穴を封鎖します。
ですが、
サメラ!
ドドドン!
今度は斜面の別のところからサメラドンと、頭三つのサメラドドドンが飛び出してきました。
字面でいうと冗談のようですが、サメラドドドンくらいまでいくと胴体の太さも三倍になり、相当の威圧感があります。
「ヒィィィィィッ」
爆神暴鬼が声にならない悲鳴をあげて、マンドラゴラたちがゴゲー! と威嚇の声をあげました。
反射的に放ったアルフォンスの水弾がサメラドドドンの左の頭を捉えましたが、頭が増えると防御力もあがるのか、一発では破壊できませんでした。
トリガーを引きっぱなしにしてさらに三発あて、どうにか手応えを覚えましたが、サメラドドドンの動きは止まりません。
「壁作るっ!」
群馬ダークが建築スキルを発動。地面から分厚い防壁が突き出し、水中のサメのようなスピードで迫るサメラドドドンと、それとサメラドンを受け止めます。
「もしかして邪魔やった?」
「いえ、正しい判断だと思います」
あの防御力とスピードだと、仕留めきる前にわさび田に突っ込まれていたはずです。
水弾を当てた左の頭は破壊できたようです。残った二つの頭を持ち上げ、壁を乗り越えようとするサメラドドドンの真ん中の頭に水弾を三発当て破壊します。
残った三つ目の頭には小さな太陽のような光球が直撃、閃光とともに焼き尽くします。
私と同時に動いた黒縁セルロイドの攻撃でした。
光球はブーメランのような軌道を描いて黒縁セルロイドのもとに戻り、小さな翡翠の石になってその手に収まりました。
いわゆる勾玉のようですが、数字の6や9ではなく、8に近い形をしています。
眼鏡型の勾玉でしょうか。
サメラドドドンを撃破しました。
アイテム入手:鮫蛇の強皮×2
鮫蛇の大牙×2
鮫蛇の上鰭×1
PP入手 :100,000 PP
サメラドドドン撃破。
皮と牙の他にも鰭が手に入りましたが、まだもう一匹、サメラドンのほうが残っています。
ゴゲーッ!
マンドラゴラが警告の声をあげ、
「地面にもぐって来る!」
群馬ダークが翻訳してくれましたが、その声で注意を引いてしまったようです。防壁の下をくぐり抜け、わさび田に入ったサメラドンがびっくり箱のように飛び出して群馬ダークに襲いかかります。
アルフォンスの水弾で阻止しようとしましたが、今回は余計な手出しだったようです。
ギャイイイイイインッ!
物騒な駆動音を立てた回転鋸の歯がサメラドンの鼻先に触れたかと思うと、その巨体を一気に粉砕、ばらばらの粒子の群へと変えていました。一瞬遅れで到達した弾丸はそのまま粒子を通り抜けて飛んでいきます。
メェ (鮫嵐式回転鋸剣)
メエェ(イベントチェーンソー)
メメェ(買っている人間が身近にいたとは)
ゴゲー!
ゴゲゴゲー!
心配と喝采の声をあげるマンドラゴラたちに「だいじょうぶやった?」と声をかけながらチェーンソーを止めたのは、サメラドンに狙われた群馬ダーク本人です。
鮫嵐式回転鋸剣『フィン』。
水中適応S、鮫・神特効が謳い文句のイベントチェーンソーです。
確かにサメラドンに対しては効果的な武器になりそうですが、群馬ダークが持ち出してくるというイメージはありませんでした。
目を丸くされていることに気付いた群馬ダークは少し気恥ずかしそうな表情で、イベントチェーンソーをアイテムボックスに片付けました。
「……そんなびっくりした顔せんといて」
メェ (考えてみると、確かに)
メエェ(クラス構成上は得意武器になるのか)
メメェ(建築家に農家だからな)
建築用の木材の調達、開墾や整地のための伐採作業で使うので、チェーンソーに関するスキルは一通り持っているそうです。三つ目のダークエルフには直接チェーンソーを使うスキルはないものの、植物関係の作業全般にプラスの補正がかかる特性があるので、結果的にチェーンソーや斧などの伐採用具に関する熟練度も稼ぎやすくなっていたそうです。
「きほん伐採とか建築用のスキルやから、防御とかはできんけど」
さすがにチェーンソー戦のエキスパートだった、という話ではないようです。そこまでいくと「解釈違い」になってしまうので、少し安心してしまいました。
「しかし、ここまでぽこぽこサメラドンが出るとなると、マンドラゴラはしばらく引き上げさせんといかんかな」
「そのほうがいいと思います」
今回は無事にすみましたが、わさび田を守ろうとサメラドンに突っかかって行ったりするとどうなるかわかりません。
そんな話をしていると、黒縁セルロイドが「少々よろしいでしょうか?」と声をかけてきました。
「よろしければ、あの穴の奥を調べさせていただけないでしょうか。結果の保証はできませんが、サメラドンの出現を抑える方法が見つかるかも知れません」
「あそこを、ですか」
「はい、NJMとの間にトラブルがあったことは聞いています。難しいようであればこのまま引き上げますが」
黒縁セルロイドは冷静な表情でそう言いました。対する群馬ダークのほうはどうしたものか悩んだ様子で「……十分だけいただけますか?」と言いました。
「はい」
黒縁セルロイドが首肯すると、群馬ダークは私の方をみて、「ごめん、ちょっと、相談させてほしい」と言いました。
「なんか全然、冷静な判断できる気がせぇへん」
「わかりました」
とはいってみたものの、私の方もきちんとした考えがあるわけではありません。
「……どう思われますか」
とりあえずバロメッツたちの意見を聞いてみます。
メェ (即座にこちらに振ってきたな)
メエェ(割り切りが速い)
メメェ(我々より紙燭円山に相談してみてはどうか)
バロメッツたちは苦笑気味にアドバイスをしてくれました。
「紙燭さんですか?」
メェ (ああ、我々は一応薬師院連合側だ)
メエェ(いきなりNJMの人間の手を借りたとなるとあとでトラブルの種になりかねない)
メメェ(窓口の紙燭円山に話をしておいたほうがいいだろう)
「わかりました、ありがとうございます」
薬師院連合は冒険者団の連合組織のため、個人勢である私や群馬ダークは正規メンバーではないのですが、正規メンバー以上の便宜を図って貰い、NJMや南郷村長からの圧力を避けるための後ろ盾になってもらっている立場です。いきなりNJMの用心棒である黒縁セルロイドの手を借りた、という形にはしないほうがいいでしょう。
さっそく紙燭円山に連絡を取ろうとしたのですが、『現在通話に出ることができません』とのことでした。
「つながりません」
メェ (間が悪い)
メエェ(ではゴーシュ駒人はどうだろう)
メメェ(ドクター背脂は……今回は関係ないか)
「だめです」
ゴーシュ駒人とも連絡がつかないようです。
とりあえずもう一度紙燭円山に呼び出しをかけようとすると、ダンジョンネットのウィンドウを開いていた爆神暴鬼が遠慮がちに声をかけてきました。
「テ、テガ……ハナセナイノカモシレマセン、コ、コレヲ……」
そう言った爆神暴鬼が見せてくれたのは、ダンジョンネットのSNSでした。
トレンド一位が『サメラドン』となっていて。
<こちら八王子、サメが! 地面からサメが!>
<お台場なう。こいつら水中は泳がないが水上を這う!>
<サメラドンに効く武器ってなに>
<間違いなく効くのはチェーンソー、他は微妙>
<電気、モリ、刺身包丁は効いた>
<チェーンソーの販促イベントかよ!>
<どさくさにまぎれてディオメデスの人喰鮫が!>
混乱気味のコメントが勢いよく流れていました。
「サメラドンが、東京中に?」
「ハイ、ココトオナジヨウナアナガ……100コクライアラワレテ、サメラドンガ……タ、タイリョウハッセイ、シテイルヨウデス……」
メエェ(二日目でもうスタンピードイベントか)
爆神暴鬼が消え入りそうな声を出し、ワトソンが唸るように鳴きました。
危険度の高い地下迷宮などから、地上の平和なエリアに向けてモンスターが進攻するイベントだそうです。
東京全域に多発的に発生しているイベントのため、紙燭円山やゴーシュ駒人にも通話に出ている余裕はないのでしょうか。




