第50話 お手伝いに来たッス
そうしていよいよ営業時間がやってきました。
五〇人の同時入場には対応できないので五人ずつ入場してもらい、群馬ダークに接客を任せて調理を進めてゆきます。
一五時から一八時という時間帯のせいかイートインの注文はスフレパンケーキが中心となり、持ち帰りでサンドイッチやホットサンド、焼き菓子を買うパターンが多いようです。
ホットサンドは事前にマンドラゴラとバロメッツたちが調理の練習をしていて、サンドイッチはバーネットのオーブンで焼いたカスクートに具材とソースをはさむだけなので、一番手がかかるのはスフレパンケーキづくりとなります。
営業開始から一時間での入場者は三〇人で、スフレパンケーキのオーダーは二五件。次回以降は一般枠が五〇人増えて総計一〇〇人に対応しなければなりません。オーブン・石窯召喚のスキルを使えばパンケーキ五食くらいは並行して焼き上げられますので間に合わないことはないと思いますが、かなり忙しくなりそうです。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/スフレパンケーキのオーダーから提供までの時間がおよそ二分なんじゃが
Ꮚ・ω・Ꮚメー/まじか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/すごいのかそれは
Ꮚ・ω・Ꮚメー/普通にゼロから作ると三〇分コース
Ꮚ・ω・Ꮚメー/確かスフレパンケーキは生地の作り置きができないと聞いた
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なにゆえ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/生地をふわふわのしゅわしゅわにするためには空気を含ませないといけないんだけど、放置すると空気が抜ける
Ꮚ・ω・Ꮚメー/そのへんの問題はアイテムボックスで時間をとめてクリアしてると思われる。ただ、焼成時間を通常の一五分の一に短縮しながら完璧な焼き上がりをキープしてるのは神の御業
Ꮚ・ω・Ꮚメー/で、仕上がったパンケーキがことごとく光ってるってわけ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/普通の材料からレアパンケーキを量産しとる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/まさにキッチンの錬金術
Ꮚ・ω・Ꮚメー/視聴覚レベルで脳を破壊されるのは覚悟の上だが、レアリティの概念まで破壊しないでほしい
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あまりにも魔性すぎる
オーダーから食べ終わるまでの時間は三〇分程度が標準でしょうか。食べ終わってしばらくは「にゃーと鳴く液体」のようになってしまうひとが多いので実際の滞在時間は五〇分前後になるようです。
次回以降はやはり大分ギリギリになりそうです。様子を見にやってきた紙燭円山に相談をしてみたところ、
「暇そうな知り合いをあたってみます」
と言って出てゆきました。
紙燭円山本人はそれきりもどってこなかったのですが営業時間終了間際、冒険者ではなく、イベント主催モンスターでもないので暇を持て余していた、シュバリエ側でも三帝側でもない都合のいい地元モンスター、皆頃シエルが「紙燭さんに聞いてお手伝いに来たッス」と顔を出しました。
ひとりで来たのではなく、赤鬼のお面をつけた、子供のような体型の冒険者を連れています。
着物に袴姿、種族変更系クラス保持者、あるいは本当にモンスターなのか、鬼のお面の向こうに本物の鬼の角のようなものが見えました。
子供でないと断定できたのは『酒』と書かれた大きな壺をぶら下げていたためです。
タバコの匂いはしませんでしたが、帯には大きなキセルをさしています。
「村長?」
五〇人目の冒険者に持ち帰りのサンドイッチと焼き菓子を渡して見送った群馬ダークが不審そうに呟きました。
「今のところは赤鬼仮面ってことでお願いしたいッス」
皆頃シエルは微苦笑して言いました。
バーネット内外での会話は配信に乗らないようにミュートがかかっていますが、謎の赤鬼仮面の姿はバーネットのカメラにも入っていたようで、
<……まさか、これ>
<先代の村長?>
<戻ってきとったんかワレ!>
<小麦粉でwww 前村長がwww 釣れたwww>
といったコメントが流れて行きました。
南郷村長の前の生産村の村長のようです。
体型面だけでいうと児童、といった表現しかできないような雰囲気ですが。
赤鬼の仮面をつけていたのは一応の配信対策だそうで、キッチンカーの営業が終わり、配信をストップするとお面を外し、自己紹介をしてくれました。
「華菱瞳子、クラスは酒呑童子に花火師と元締。ちょっと前まで生産村の村長をやっていた。よろしく」
やはり七、八歳くらいの子供のような顔立ちで、右目には眼帯をつけています。
見た目は幼女のようですが第一世代冒険者と呼ばれる最古参の冒険者のひとりだそうです。
「はじめまして、ソル・ハドソンです。お手伝いをしていただけるんでしょうか?」
「ああ、そのつもりで来た」
「いつ生産村に戻っていたんですか?」
群馬ダークが訪ねます。
「この拠点を作り始めた頃のどさくさにまぎれてね。薬師院のほうで厄介になってたんだが、ちったぁ働けってことで引っ張ってこられた。小洒落た料理はわからないが、露天商くらいならやったことはある」
華菱瞳子はにやりとしてそう言いました。顔立ちに比べて物言いは落ち着いています。
「生産村の祭りをずっと仕切ってた人なんで、大方の仕事は問題なくこなせると思うッス」
皆頃シエルがそう補足しました。
メェ (手伝ってもらえるのはありがたいが)
メエェ(今まで何をしていて、何故戻ってきたのか教えてもらっても?)
メメェ(普通のアルバイトとして受け入れるにはさすがに変化球すぎる)
「酒でやらかして、ほとぼりが冷めるまであちこちふらついてた。ふらついている間に妙な連中が村に入ってきたと思ったら、今度はもっと様子がおかしいのが出てきたみたいなんで一度戻って様子を見ようと思ってね」
「妙な連中」は南郷村長やNJM、「もっと様子がおかしいの」は私のことのようです。
メェ (やらかした、というのは?)
「村の皆が集まる薬師院の秋祭りの最中に素っ裸で出て行っちまったのさ」
メエェ(何故そんなことに)
「前の日にちょいといい気分で飲みすぎてね。薬師院の地べたでごろ寝をしてるところを皆頃シエルに見つかって社務所で寝かされたところまでは良かったんだが寝てる間に着物を全部脱いで。それに気づかずに祭りの音で目を覚まして出ていった」
「まぁもうそういう人だってのはわかってましたし、人や物を傷つけるってわけでもないんで、その場はこのバカタレがーで流したんスけど、NJMが生産村に入り込もうとした時に盛大に利用されまして。男でおっさんやったら完全にアウトやぞ、見た目幼女だから許すなんて支持者はロリコンか、児童ポルノじゃないのか、みたいなキャンペーンが南郷氏を中心に盛大に」
皆頃シエルが追加説明をします。
メメェ(なるほど)
そういう攻め方をされてしまうと確かに反論は難しそうです。
メェ (なにをしたのかはわかった)
メエェ(次はなにをしたいのか聞かせてもらえないだろうか)
メメェ(レディの様子を見てどうするつもりなのだろう)
バロメッツたちの質問が続きます。
見掛けはともかく、政治関係者が相手なので警戒レベルがあがっているようです。
「私と似た資質を持ってるんじゃないかと思ってね」
そう言った花菱瞳子は、右目の眼帯を外しました。
隠れていた瞳は琥珀色、どこか猫の目に似ていました。
「見てわかるかはわからないが、私の右目はちょっと特殊でね。それも東京大迷宮に来る前からだ。たぶんあんたも、同じタイプの目を持ってる」
「似ているとは思えませんが」
私の目は両方とも黒色ですし、猫っぽい雰囲気はないともいえませんがそれほどではなさそうです。
「見た目の違いは年季の違いで説明がつく。まぁ、今はまだ、私の見立て違いの可能性もなくもないが。あんた、自分が『できすぎる』って思ったことはないかい?」
「どういう意味でしょう?」
異常な食事効果がつきすぎる、ということならいつも思っていますが。




