第49話 出店準備
ドンレミ農場に戻って確認してみると、神代の巨牛肉セット(極大)は、全部で五〇トンありました。
赤い牛一頭からおよそ一五〇トンの肉が取れるそうで、その三分の一が回ってきたようです。
メェ (単純計算で)
メエェ(200グラムのステーキが25万食)
メメェ(さすがに自家消費できる量ではないな)
「そうですね」
ある程度は売却を考えたほうが良さそうです。実際紙燭円山やゴーシュ駒人からは買い取りの提案ももらっています。それぞれ東京の外に勢力を持ち、社員と消費者を抱える企業系の冒険者ですので、使い道には困らないそうです。
また、セットのおまけとして疑似空間を利用した食肉倉庫までついていました。
肉を冷凍保存、ではなく時間を凍結するアイテムボックスタイプの倉庫となっており、理論上は永久に鮮度を保てるそうです。
「おまけでつける規模ではないと思います」
食べ物というより建築資材のように切り出され、フィルムや紙でくるまれた肉が、何列もの棚に詰め込まれた倉庫空間に足を踏み入れた私はやや放心気味につぶやきました。
ちょっとしたスーパーマーケットまたはホームセンターくらいの敷地面積があります。
時間ごと凍結されているせいか、肉の匂いなどは感じられません。
並べられた肉は部位ごとに並べられていて、既に加工されたひき肉やビーフジャーキーなどもありました。
取り出しに関してはウィンドウ操作で可能ですので、今回はバロメッツにジャーキーを渡すだけにして通常空間へと戻ります。
「戻りました」
「どんな感じやった?」
台所で包丁を握り、昼食用のチキンライスを炒めていた群馬ダークが言いました。
「会社が作れそうでした」
肉屋が開ける、程度では済まない気がします。
「どうしてそんな大量の肉を受け取ることになったのか」「どうやって赤い牛を仕留めたのか」についてはバーネットのドライブレコーダーの映像を見せて説明してあります。例のエトワールスイーツ騒動で巨蟹宮を攻略した扱いになり、大星石をもらったことも話したところ「理不尽が理不尽を呼んで誘爆してへん?」と言われてしまいました。
私を表現するキーワードが理不尽で固定されてきている気がします。
「あの大きさの牛三人で狩ってしまったらそうなるかー。貴富さんとかどうするんやろ」
フライパンで焼いた卵焼きでチキンライスを包みながら群馬ダークは呟きます。
「シュバリエと三帝に譲渡するみたいです」
「ソルちゃんはどないするん?」
「わかりません。群馬復興基金に寄付しましょうか」
「気持ちは嬉しいけど、ちょっとだけかちょっとずつにしといてね。あんまり一気に送られると向こうもパニックになると思うから」
「1トン単位くらいなら大丈夫でしょうか」
「最初何トン単位で出す気やったん?」
10トン単位でした。
群馬ダークが作ってくれたオムライスにドンレミ農場で売っているケチャップをかけ、クルトンを添えたサラダをつけて昼食を取ります。
メェ (まっとうな美味さだな)
メエェ(伝統洋食の味)
メメェ(キッチンカーで出しても良さそうだ)
小さめに卵をまいたオムライスをスプーンでつついたバロメッツたちが賛辞を述べました。
「キッチンカーはソルちゃん目当てのお客さんがほとんどやから、私メインでオムライス出してもあんまり注文ないと思う」
群馬ダークは苦笑気味に言いました。
「明日にでも農場の配信で売るつもりやけど」
「よければお手伝いします」
「ありがとう。じゃあサラダ作りだけ手伝ってもらっていい?」
「はい」
そんな話をしながら昼食を終え、営業準備を再開。いよいよキッチンカーの営業時間が近づいてきました。
薬師院探索拠点までは自走で移動しようと思っていたのですが、その前に紙燭円山がやってきて、瞬間移動をさせてくれました。
「インターネットのほうで、ソルさんと群馬さんに賞金がかけられてるようなんです。しばらくは私が送り迎えさせていただきます。弁慶さんたちもそれを警戒してるんじゃないでしょうか」
とのことでした。
南郷村長の顔を連想しましたが、そのあたりのことは現在シュバリエ・ワークスとその母体であるシュバリエ本社が主体となって調査に乗り出しているそうです。
「細かい事情は教えてもらえなかったんですが、シュバリエ上層部が血相を変えているみたいで。なにかお心あたりは?」
とぼけた調子で探りを入れられましたが、守秘義務契約にひっかかりそうなので「いえ」とだけ回答しておきました。
「そうですかー」
あっさり引き下がってくれた紙燭円山ですが、誤魔化したことには気付かれていそうな気がしました。
あとで背脂所長に確認してみたところ、「ぐぜひかり」の件で、シュバリエの要人リストに載せられているそうです。
ともあれ予定通り薬師院探索拠点のイベントスペースに入り、キッチンカーの営業準備に取り掛かります。
午後二時までは他の生産型冒険者たちが露店や屋台などを営業していたそうですが、事故などを避けるために午後三時から六時までは貸し切りとなっています。
初日営業となりますので整理券の配布数は五〇枚。薬師院連合所属の冒険者のみを対象とする、本番というよりはプレ営業、最終リハーサル的な営業になります。
特別な宣伝などは必要なさそうですが、群馬ダークが採ったアンケートによると「行けなくても見たい」「飯テロされたい」という意見が多かったので、バーネットの配信機能を使い、ライブカメラの映像を配信しながら営業準備を進めてゆきます。
ドンレミ農場のライブカメラと同じように、ただ車両の内外の様子を見せるだけの環境映像的な配信となります。
メインメニューはマンドラゴラ印とバロメッツ印のホットサンドにドッグパンサイズのカスクートフランスを使ったドンレミ農場産野菜のカフェサンドイッチ。
野菜と一緒にはさむ肉の方はとりあえず普通のベーコンやターキー、ローストビーフなどを使うつもりだったのですが。
「三帝からの出店祝いです」
と、三帝の肉屋が焼いた、丸太サイズの『神代牛のケバブ』が搬入されて来たので、こちらもサンドイッチ用に使うことになりました。
価格設定に少し悩みましたが、三帝からの無償提供食材という名目で普通のBLTサンドなどにあわせてしまうことにしました。
お礼を兼ねて配達と説明担当の肉屋の男性にサンドイッチにして食べてもらうと、
「ブモニャー!」
という想定外の声をあげられてしまいました。
ライブカメラのチャット欄には、
Ꮚ・ω・Ꮚメー/はじまったな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/三帝とシュバリエの仁義なき面子争い
Ꮚ・ω・Ꮚメー/これははじまりにすぎない
Ꮚ・ω・Ꮚメー/神代牛のローストビーフくらいは確実に運び込まれることになる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/肉汁で肉汁を洗う食の企業間抗争
Ꮚ・ω・Ꮚメー/コムギエル様の神代牛の調理も見たかった
Ꮚ・ω・Ꮚメー/神代牛カツとか揚げて脳を焼き尽くしてほしい
などという予言が書き込まれ、後日本当にシュバリエから神代牛のローストビーフ、シュリンプやロブスターなどが届きました。
それともうひとつ、ヒュドーラとカルキノスの要望で焼いたスフレパンケーキもメニューに入れてあります。
前回作ったものは迷宮主の直接関与によって食事効果が暴走していたようで、私がひとりで作ったものはバイタルゲージの長さが8時間、1.2倍程度にのびるというレベルに落ち着きました。
コーヒーや紅茶、ジュースなどのドリンクは群馬ダークが調達・準備したものをバーネットに備え付けのドリンクサーバーで提供します。
最後に探索用の携帯食としてクッキーやマカロン、ショートブレッド、マドレーヌやフィナンシェなどを並べ、イートイン用にテーブルや椅子を並べて準備完了です。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なんてすてきなところなんだろう
Ꮚ・ω・Ꮚメー/おいしいパンにおにくとおかし
Ꮚ・ω・Ꮚメー/すいーつ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/てんしさまにだーくえるふさま
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ばろめっつにまんどらごら
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なんでぼくらはここにはいれないんだろう
Ꮚ・ω・Ꮚメー/うらやましいなぁ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ねんがんのせいりけんをてにいれたぞ(うそ)
Ꮚ・ω・Ꮚメー/こ◯してでもうばいとる
チャット欄にひらがなの怨嗟の声が満ちてしまいました。




