第47話 オフライン弁慶
赤い牛を相手に逃走劇を演じ、崖のような斜面を駆け下りてきたヤミーワゴンでしたが、さすがに車体のダメージが大きかったようです。
バーネットのような従魔石への収容機能もないため、ゴーシュ駒人に押していってもらうことになりました。
バーネットでひっぱることもできましたが、それだと少し目立ちすぎるという判断となります。
結果からいうとモンスタートラック用のタイヤをつけたワゴン車を肩にのせて担いでいく筋肉超人という絵面になり、その様子が高尾山エリアを担当するアンバサダー冒険者、爆神暴鬼によって収録、配信されて『バズりちらかす』こととなりました。
爆神暴鬼は生産村に出現した赤い牛の動向を当初から捕捉して追いかけ、ライブ中継をしていたようです。ただ、赤い牛とヤミーワゴンの追いかけっこのあたりで追いつけなくなったらしく、結末については遠くから赤い牛が吹き飛ぶ様子しか収録できていませんでした。
動画のアーカイブを確認したところ、私がなにかしたのではないか、というところまで推察していましたが。
<そんなわけがあるか>
<小麦粉に脳を破壊されたんか>
<どう考えても紙燭円山かゴーシュ駒人だろ>
<バカ神乙>
<さすがのバカ神クオリティ>
と、全否定されてしまっていました。
爆神暴鬼という冒険者名は彼、または彼女が冒険者登録をする以前『暴露系配信者』として活動していた頃からのハンドルネームの流用で、暴露系配信者時代に引き起こした様々なトラブルや炎上沙汰が後を引き、今でもアンチや煽りが多いそうです。
シュバリエに関するガセネタを掴まされ、悪質なデマを流したことで『シュバリエの筋肉法律家』ゴーシュ駒人に名誉毀損で訴えられ、完全敗訴したことをきっかけに暴露系からは足を洗い、今は『健全な実況・報道配信系冒険者』として活動しているそうですが。
「では、このあたりで引き上げさせていただきます」
「また夕方あたりに」
「ありがとうございます」
「お手数をおかけしました」
東京玩具流通センターまでヤミーワゴンを運んでくれたゴーシュ駒人、紙燭円山を見送って、私もドンレミ農場に戻ることにします。
「ソルです。貴富さんのとこから出ました。今からもどります」
群馬ダークに連絡をいれると、
「うん、気をつけて。それと、帰り道なんやけど、オフライン弁慶団ってひとらが関所やっとると思うけど、ソルちゃんやったらなんもされんと思うから通してもらって」
そんな情報をもらいました。
「オフライン弁慶団?」
「なんていうんかな……素直にいわんとどうしようもないか。うちの配信のフォロワーのひとたちが集まって作ったイベント限定のPvP組織」
群馬ダークはやや気まずそうに言いました。
「PvP専門の冒険者団ということですか?」
「そんなかっちりしたもんじゃなくて、本当にただの集まりみたい。NJMとかモンスターとか、PvP系の変な冒険者が来たときのために農場とか玩具流通センターのあたりをチェックしてくれとるみたい。去年のイベントのときにも来てくれとったんやけど、今年も活動するみたい。素性は明かしたくないみたいやから、気づかんふりしといてあげて」
メェ (グンマンドラたちの隠れ蓑というわけか)
メエェ(何故そこまで隠れる必要が)
メメェ(そういう美学なのだろうが)
「なにか特徴はありますか?」
「弁慶やから頭に白い頭巾つけとる。あとはみんなばらばら。前回来た時は持ち回りでやってたみたいで全部で何人おるんかもわからんかった」
不思議な組織が動いているようです。
「わかりました」
正直あまりよくわかっていませんが、とりあえずそう言って歩いていくと、噂のオフライン弁慶団と思われる白頭巾の冒険者が、緑のフェンス状の障壁で区切られたPvPフィールドで戦闘を繰り広げている様子が目に入りました。
オフライン弁慶側はひとり、白い頭巾にプレートアーマー、巨大なタワーシールドと長い槍を装備しています。
メェ (ゲイボルグ・レプリカ)
メエェ(ゲイボルグ弁慶)
メメェ(字面が濃いな)
得物の槍はゲイボルグ・レプリカといい、エピッククラスの魔槍ゲイボルグを模して作られたレアクラスの魔槍だそうです。
対戦相手は三人。
ひとりはホッケーマスクにマチェット、もう一人は帽子に鉤爪、三人目はラバーのマスクにイベント武器の対鮫チェーンソー、フィンを装備しています。
あとで聞いたところによると、名前は田中ジェイソン、河上フレディ、中村ラバーフェイス。
旧時代の映画の殺人鬼と幕末の人斬りの名前を混ぜ合わせて名乗る『残虐系PvPパーティー』だったそうです。
無闇に異様で、無闇にロールプレイをして対戦相手ばかりか無関係の一般冒険者まで脅しにかかる悪質コスプレ系冒険者。放っておけば群馬ダークや私に危害を加えかねないということで、オフライン弁慶団の討伐対象となったようです。
実際私が普通に遭遇していたら隠れてやりすごすか奇襲をかけて排除したくなりそうな雰囲気でした。
戦闘力もまた恐ろしげな見た目に見合ったものだったようですが、今回はゲイボルグ弁慶のほうが格が上だったようです。
時間とともに縮小していく金網デスマッチタイプのPvPフィールドで殺人鬼風冒険者と対峙したゲイボルグ弁慶はチェーンソーで斬りかかる中村ラバーフェイスをゲイボルグ・レプリカの一撃でブラックアウトさせると、続いて飛びかかった河上フレディを盾の打撃で撃墜。最後にマチェットで切りかかった田中ジェイソンに中村ラバーフェイスからもぎ取ったチェーンソーを叩きつけて、あっけなく四散させました。
メェ (鎧袖一触)
メエェ(いい腕だ)
メメェ(重装騎士か)
バロメッツたちが感心した声をあげ、PvPフィールドが解除されます。
フィールドの向こうに陣取っていた頭巾の冒険者たちが、
「やったでござる!」
「さすがゲイボルグの旦那」
と歓声をあげるのが聞こえました。
『弁慶仲間』のようです。
私の気配にも気づいていたようです、ゲイボルグ弁慶はこちらを振りむき、
「うおっ!」
と驚きの声をあげて目を見開き、後退りました。
気配には気付いていましたが、私の素性については気付いていなかったようです。
三〇代から四〇代くらいのベテラン冒険者。ひどくどぎまぎしたような、慌てふためいたような表情でした。
メェ (オフライン弁慶)
メエェ(もう少し若いイメージがあったが)
メメェ(思ったより層が厚いようだ)
確かになんとなくイメージしていたよりも年長の冒険者です。「グンマンドラの方でしょうか」と聞いてみたくなりましたが我慢して「通っても大丈夫でしょうか」と確認します。
「あ、ああ、通るがいい。PvP系の冒険者が集まってきているようだ。気をつけてゆくがいい」
弁慶風の演技でしょうか、ゲイボルグ弁慶は時代がかったセリフをギクシャクと言いました。
「はい、ありがとうございます」
ゲイボルグ弁慶と弁慶仲間たちに会釈をして通り過ぎ、ドンレミ農場への道を歩いていくと、また別の弁慶たちが、今度は3対3でPvPを繰り広げているのを見かけました。
メェ (今度はジャマダハル弁慶とグルカナイフ弁慶にチャクラム弁慶)
メエェ(思ったより頭数が多い)
メメェ(組織の全容がまるでイメージできんな)
バロメッツたちが困惑気味に鳴きました。




