第46話 黒縁セルロイド
一射で寿命が切れてしまったオーバーボルトから電源ケーブルを抜き、ダバイン貴富に返していると、NJMの冒険者たちの姿が目に入りました。
人数は三〇人ほど、赤い牛を追いかけてきたようです。
西洋のプレートメイルを日本風に改造した南蛮胴と呼ばれる鎧を身に着け、軍配を持った南郷村長が先頭に立っていました。
メェ (織田信長をやりたいのか)
メエェ(武田信玄がしたいのか)
メメェ(はっきりせんな)
従魔石を出たバロメッツたちが呟きます。
ダバイン貴富が生産村から引き離した赤い牛を討伐するために手勢を集めてきたものの、交戦エリアに入る前に私が赤い牛を消し飛ばしてしまったようです。
レイドモンスターを消し飛ばす異常な火力を眼の前で見せつけられた南郷村長は、どうしていいかわからなくなった様子で表情を凍りつかせていました。
ですが、南郷村長は『南郷フミヒコの論破神TV』という配信チャンネルを持つ政治系冒険者です。“NJMが交戦中のレイドモンスターを後ろから撃って誘導、撃破報酬を奪い取った”私達を黙って見送るという選択肢は選べなかったようで、目をぎょろりと見開いて足を踏み出そうとします。
戦闘でなく、得意の舌戦ならばなんとかなる、くらいの計算だったようですが、自慢の演説を披露するまえに南郷村長は足をすくませ、立ち止まっていました。
南郷村長の足を止めたのは、ダバイン貴富と赤い牛が駆け下りてきたリフトコースを一跳びで飛び降り、地響きを立て着地した身長二メートルの大男。ゴーシュ駒人でした。
薬師院探索拠点付近に出現した赤い牛と交戦、撃破した後、こちらの応援のために走ってきてくれたそうです。
戦闘そのものには間に合わなかったゴーシュ駒人のクラス構成は筋肉男、法律家、音楽家。
東京大迷宮最強のパワー系冒険者であると同時に、シュバリエ・ワークスの顧問弁護士を務める文武両道、知勇兼備の怪物として知られています。
ただ現れただけで「ゴーシュ駒人である」とわかってしまう巨大な筋肉を目の当たりにした南郷村長は、その瞬間に打つ手を失っていました。
腕力や暴力が通用する相手ではありませんし、得意の舌戦でも天秤法廷や企業間交渉などでならした百戦錬磨の法律家が相手では勝ち目はありません。
喘ぐように息をつき、目を泳がせる南郷村長。
その横から、黒縁の眼鏡をかけた、黒髪に巫女装束の少女がふっと歩み出てきました。
年齢は十七、八くらいでしょうか。
NJMのメンバーに制止されることなく、ゴーシュ駒人の存在感に気圧されることなく歩み寄ってきたその少女は、感情の色の薄い表情で、
「こんにちは」
と声をかけてきました。
敵対的ではありませんが、友好的とも感じられない、ただ茫洋とした雰囲気の声です。
そこから少し、風向きがおかしくなりはじめました。
「私は黒縁セルロイド」
冒険者名のようです。
「やはり黒縁さんでしたか、ご無沙汰しております」
ゴーシュ駒人は穏やかにそう応じましたが。黒縁セルロイドのほうは、怪訝そうな顔で首をかしげます。
「どこかで会ったことある?」
「ゴーシュ駒人と申します。バトルフロアのほうで三十戦ほどお相手を」
それならばさすがに覚えていそうなものですが。
「ごめんなさい。私は眼鏡でしか人の顔を覚えられない。サングラスでいいからかけてくれたら、それで記憶できる」
随分癖のある記憶能力をしているようです。
メェ (黒縁セルロイド)
メエェ(バトルフロアのトップランカーのひとりだ)
メメェ(NJMが獲得したエピッククラス保持者というのは彼女か)
バロメッツたちがそう教えてくれました。あとで調べたところによると、特定の冒険者団には所属していないフリーの冒険者で『光学の巫女』と呼ばれる光属性魔法の使い手。眼鏡職人にして眼鏡の伝道者なのだそうです。
最後の方はちょっと意味がわかりませんが。
「では、これではいかがでしょう」
ゴーシュ駒人が外していたモノクルをつけると、
「思い出した。シュバリエのマッチョダンディ」
認知できるようになったようです。
「どういった御用向きですかな」
「赤い牛のドロップアイテムの情報が欲しい。代わりに素敵なサングラスをプレゼントする」
自分のペースを崩さずに言った黒縁セルロイドはアイテムボックスからアタッシュケースを取り出し、蓋をひらいて見せます。
言葉通り、大量のサングラスが入っていました。
「ドロップ情報くらいならどうせすぐ広まりますし、ただでもいいですよ。私がもらったのは神代の巨牛肉と神代の黄金でしたねー」
「ありがとう。情報料はちゃんと払う。貴方にはこれをかけてほしい。ナイスメガネ」
むしろそちらが本題のように丸縁のサングラスを選び、紙燭円山にかけさせた黒縁セルロイドは、ぐっと親指を立てました。
「他にもなにかあれば教えてほしい」
「私も同じものでした」
「僕も」
隠してもあまり意味がなさそうなので、情報提供に応じることにします。紙燭円山と重複した情報しか出せませんでしたが、それでもサングラスをかけられました。
「巨大牛肉と神代の黄金、それとハリケーンと言う名の調理用ミキサーがドロップを確認しています。また低貢献度の冒険者でも神代牛のホルモン、神代牛のジャーキー、などを獲得できるようです」
最後に視線を受けたゴーシュ駒人が微苦笑して証言します。
「ありがとう。やっぱり神代の黄金が気になる。貴方にはこの防弾サングラスを、旧時代のアクションスターがかけていた逸品。モノクルもいいけれどこういうのも似合うはず」
黒縁セルロイドはゴーシュ駒人にもサングラスをかけさせました。
「協力感謝する。それと、びしっと言わないといけないらしいからびしっという。獲物の横殴りはよくない。びしっといった」
「はい、御意見びしりとうけたまわりました」
それが正当な抗議なのかどうかはさておき、強硬に抗弁しなければならない場面でも相手でもないと判断したようです、ゴーシュ駒人はサングラスをかけたまま応じました。
「オーケー、グッドメガネ。じゃあまたどこかで、バイバイメガネ」
独特としか言いようのない言語感覚でそう告げた黒縁セルロイドは南郷村長たちのほうに戻り、「びしっといってきた」と告げました。
南郷村長たちの希望する「びしっと」とは相当の開きがあったはずですが、高い報酬を用意して招聘した『用心棒の先生』である黒縁セルロイドが「びしっと言った」と言った以上はどうしようもなかったようで、こちらの様子をちらちらとうかがいながらも引き上げていきました。
南郷村長の手に負える状況ではなさそうでしたので、ちょうどいい助け舟だったのかも知れません。
「黒縁さんNJMですかー」
サングラスをつけてNJM一行を見送った紙燭円山がなんともいえない顔をして言いました。
「敵に回すと厄介なんですよねえ。味方にするとメガネにさせられるんですが」
PvPにおける黒縁セルロイドのPOWは4700クラス。POW5000のゴーシュ駒人には及びませんが、紙燭円山より格上となるそうです。
また、薬師院探索拠点に現れた赤い牛はゴーシュ駒人を中心とする防衛チームが撃破したとのことで、レイドモンスター、ゲリュオンと赤い牛の攻勢は一段落となります。
残り七匹は近隣の城山、景信山、陣馬山、八王子、相模湖のあたりまで散らばっていて、どちらかいうと探索活動を阻害する配置になっています。
一部神奈川に入ってしまっていますが大丈夫なのでしょうか。
中核モンスターであるゲリュオンと目される黒い球体は今のところ動きがありませんが、雰囲気的には九体の牛が討伐されたあたりで動き出しそうです。
赤い牛の撃破報酬は私が貢献度一位で神代の巨牛肉セット(極大)と神代の黄金(中)を獲得。
第二位は紙燭円山で巨牛肉セット(特大)と神代の黄金(小)
第三位はダバイン貴富で巨牛肉セット(中)と神代の黄金(中)
報酬アイテムの内容は固定ではなく、ある程度ランダムになるそうです。
「順位によって引ける箱の種類が変わるくじ引き」だそうです。
基本は神代牛の肉と黄金になりますが、運が良いと牛にまつわるアイテムがドロップすることがあるそうです。
そのうちひとつがゴーシュ駒人が獲得した、調理用ミキサー『ハリケーン』で金属刃の代わりに小さな黄金の牛の角で食材を粉々にするものでした。
「私には使う機会がありませんので、ハドソン嬢のほうでご活用いただきたく」
ということで譲渡されてしまいました。




