第45話 オーバーボルト
「もうちょっと殴ってみます」
「ちょっとだけ私も殴ります」
「がんばって」
軽くなってきた給水タンクを取り替え前進すると、瞬間移動スキルで先行した紙燭円山が空中に浮かび「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっ」と言いながら、一気に一〇〇人ほどに分身、攻撃を開始します。
「緑色冷凍光旋」
「黄色破壊光断」
緑色に光るネジ型の氷の礫で身体を凍らせ、黄色い光の巨大手裏剣を投げつけるという戦術で赤い牛を翻弄、火炎攻撃をかわしてバイタルを削り取って行く紙燭円山。
こちらは瓦礫を遮蔽物にして移動しつつアルフォンスでの銃撃を浴びせて行きました。
いいリズムを作れていましたが、そのまま一気呵成に決着とは行きませんでした。
ブモオオオオオオォォォーーーッ!
ひときわ雄々しく、天地を揺るがすような咆哮を放った赤い牛は全身から発火、巨大な火柱を天に向かって立ち上がらせると、全方向に高熱を帯びた衝撃波を撒き散らします。
距離と遮蔽を取っていたので衝撃波の直撃は免れましたが、危険なレベルの熱風が吹き荒れます。
メェ (いかん)
メエェ(尻尾が!)
メメェ(綿毛の身には危険だ)
発火してしまいそうなバロメッツたちを従魔石に収容し、熱風をやり過ごします。
私自身については宇宙パーカーと水着の防御補正のお陰で、ダメージはありませんでした。
空中の紙燭円山は分身を解除してテレポート、距離をとってやり過ごしています。
赤い牛を包んだ火柱が小さくなり、消え去ってゆくと、赤い牛の姿は少し変わっていました。
装甲形態とでもいうのでしょうか、体のあちこちに黄金の装甲や丸盾をつけ、頭部にはサイのような角がついた黄金のマスクがついています。
メェ (また妙な仕掛けを)
メエェ(黄金の赤牛)
メメェ(焼き肉に合いそうだ)
従魔石のバロメッツたちが軽口を叩いて、紙燭円山が再分身。緑色冷凍光旋と黄色破壊光断で攻撃を再開しますが。先程までのような効き目はありませんでした。
メェ (熱のバリアだな)
メエェ(氷の螺子は通らんか)
メメェ(アルフォンスも厳しいか)
周囲に熱のバリアを作り、水や氷属性の攻撃を減衰させているようです。
試しに撃ってみたところ一応届きはしましたが、ほとんど蒸発させられてしまっていました。
防御を固めた赤い牛は再び体から火柱をあげたかと思うと、そこから炎の蛾の群を放ち、紙燭円山の分身群めがけてけしかけて行きます。
メェ (火から)
メエェ (飛び出る)
メメェ (夏の虫)
飛んで火に入る夏の虫の逆のようです。
本当にそういうモンスター名だそうです。
私のほうにも群単位で飛んできましたが、アルフォンスでのフルオート射撃と水風船の投擲で消し飛ばして後退します。
補正のおかげで玩具の水風船が爆弾のように使えてしまいます。
そうしているうちに空が曇り、雨粒が落ちて来ました。
いかにも火属性といった雰囲気の赤い牛、完全に炎そのもので出来た蛾の群を相手取っていることを考えると、今回は好都合でしょうか。
「これはちょっと、パンチ力不足かも知れないですね」
炎の蛾の群と分身群で交戦し、赤い牛の炎のブレスを回避しつつ、紙燭円山が無線で呟きました。
「なにか秘密兵器的なものあったりしません?」
「なくはないけれど、まだテスト不足なんだよね」
後方で観戦しているダバイン貴富が言いました。
「おー、いいじゃないですかそういうの、こんなこともあろーかとってやつですね」
「使うとしたら、撃つのはソルさんになるんだけれど」
話がこちらに回ってきました。
「どんな武器でしょう」
「アルフォンスを改造した使い捨ての水鉄砲。魔石エンジンからの給電でシリンダー内の水の一部を水素と酸素に分解、爆発させて高威力の水流を飛ばす。ただ、シリンダーが一射で壊れる。試してみる?」
「はい」
さすがにここまで危険度の高そうな形態にして放り出すわけにも行きません。
「わかった。持って行くからバーネットを出して待っていて」
バーネットの受領時と違い、アイテムボックスへの直送はできないエリアになります。
「じゃー私はもうしばらく回避盾やってますねー」
気負う様子もなく言った紙燭円山が分身を増量。赤い牛と炎の蛾たちを引き付けてくれます。攻めきれてはいませんが、三帝のエース級だけあって安定感があります。
従魔石から出したバーネットを迷彩色に設定、電源ケーブルを引き出すと、ダバイン貴富がヤミーワゴンで走ってきます。
「これなんだけど」
ダバイン貴富が出して来たのは、イベント水鉄砲のアルフォンスを二丁横並びに合体させて銃口部を一つにまとめ、電池ボックスの代わりに大型のコネクター、さらに小型の電子基板、補強材、照準器などを組み込んだ異形の水鉄砲でした。
メェ (魔改造というやつか)
メエェ(旧時代の男児文化を感じる)
メメェ(嫌いなセンスではないが)
「どちらを持てばいいんでしょうか」
二丁の水鉄砲が合体しているので、グリップやトリガーも二組あります。
「好きなほうでいいよ。水はこれを使って」
ダバイン貴富は給水ボトルを接続する場所に、科学実験用の精製水のボトルをねじ込みました。
バーネットから引き出した電源ケーブルを接続すると、
「「安全性の保証されていない周辺機器『オーバーボルト』の接続を確認」」
「「給電実行にはオーナーの許可が必要」」
バーネットの音声ナビゲートが始まりました。
名前は『過電圧』という意味だそうです。
「許可します」
「「給電許可を確認」」
「「給電開始」」
「あとは手動で。そこのスイッチを」
バーネットから電力供給を受けた『オーバーボルト』のトグルスイッチをひねって電源を入れると、照準器に組み込まれた小型液晶ディスプレイに光が灯り、ボトルの精製水が渦を巻いて、機関部へと消えてゆきます。
――シリンダー注水完了
――射撃可能
液晶ディスプレイにそう表示されました。
「あとは狙ってトリガーを引くだけ、あ、セフティもはずしてね」
「はい」
バーネットの屋根に上がり、紙燭円山との戦闘を続ける赤い牛に照準を合わせます。
雨脚が少し強くなり、霧雨のようになっていますが、狙いの妨げになるレベルではありません。
「『オーバーボルト』発射します」
紙燭円山に合図を送ってセーフティーを解除、トリガーを引き絞ります。
電気信号のスイッチを入れるだけの、少し頼りない感触を引ききって、通電。
チュバン!
二つのシリンダーの精製水に電流が流され、水素と酸素に分解、点火し、爆発。分解されずに残っていた精製水を銃口へと押し出します。
強度限界に達した二つのシリンダーがライフルのカートリッジのようにイジェクトされ宙に舞い、空中で破裂しました。
放たれた精製水の量は射出時点では六十ミリリットル。
おしゃれな言い方をするとエスプレッソ二杯分くらい。
ですが、アルフォンスと言う武器には使用者の魔力によって威力と射程を増加させる特性があります。さらに、イベント補正と大星石の水属性強化(極大)の効果が乗った水弾は発射時の初速からさらに加速、急激に膨張してゆきます。
どうも空からの降雨も含めて大星石の加護だったらしく、空中の雨水まで巻き込み、取りこんでしまっていました。
小さな水弾は、着弾の瞬間には戦艦の艦砲レベルまで膨張、加速。もはや熱のバリアも黄金の鎧も意味をなさない巨大なエネルギー塊となって赤い牛を粉砕。跡形もなく消し飛ばして行きました。
うまく仕留められたようですが、ちょっと想像を超えすぎた威力が出ています。
バロメッツたちが欲しがっていた肉も吹き飛ばしてしまったかと思いましたが、そのあたりの問題はなかったようです。
少し遅れて、
レイドボス、赤い牛を撃破しました。
アイテム入手:神代の巨牛肉セット(極大)
神代の黄金(中)
PP入手 :3,000,000 PP
貢献度ランキング:1位
と言うメッセージが表示されました。




