第44話 赤い牛
「避難はできそうですか?」
『もう商品をアイテムボックスに入れて建物を出るところ。あとで並べ直すのが一苦労だけれど』
ダバイン貴富は小さく息をつきました。
それの数秒後、レイドモンスター、赤い牛との交戦が始まりました。
最初の犠牲者になったのは、NJMの遊撃部隊。
現場で見ていたダバイン貴富によると赤い牛の背後に回ろうとした遊撃部隊の動きを赤い牛が察知、尻尾の一振りで巨大な火球の群を放ち、その大半を消し飛ばしてしまったそうです。
「うおおおおっ!」
「くそったれ!」
簡単にブラックアウトしてしまった遊撃部隊ですが、その間にシスター風の衣装を纏い、NJMのエンブレムをつけた金髪の少女が生産村を守るように進み出て、白い糸の奔流を発生させました。
細かいスキル名などは不明ですが、粘糸の類だったそうです。
昆虫の繭づくりを加速し、巨大化させたような格好で展開した糸は、赤い牛の進路を塞ぐ巨大なドームとなりました。
さすがに生産村全体をカバーするのは不可能で、玩具流通センターもカバーの範囲外だったそうですが。
赤い牛は玩具流通センターより、生産村への進行を阻もうとする糸のドームに注意を引かれ、頭を突き出して突進、ドームを突き破りにかかります。
巨大な角がドームを貫き、赤い牛の頭部がドームの内部から突き出しました。
そのまま口から炎を放ち、糸使いの少女を焼き潰しにかかる赤い牛ですが、
「土壁さんをやらせるな!」
「撃て撃て撃て撃てっ!」
周囲に控えたNJMの冒険者たちがイベント武器の水鉄砲アルフォンスや、モリ系の投擲武器などで猛攻を浴びせ、赤い牛の動きを抑え込みにかかります。
イベント水鉄砲アルフォンスの標準射程は一〇メートル。それだけだと体高二〇メートルの赤い牛の頭部には届きませんが、使い手の魔力に応じて威力と射程が伸び、またイベント補正でダメージが高くなる仕様になっています。
糸使いの少女はさらに糸を出して赤い牛の頭部を覆い、窒息させにかかりましたが、レイドモンスターを相手に力比べというのはやはり無理があったようです。
赤い牛は強引に口から炎を出して白い糸を爆破、そのまま後方へと飛び下がりました。
最初の突撃は阻止した格好になりますが、そこが限界だったようです。破られた糸のドームはもとには戻りませんでした。
赤い牛は、大きく息を吸い込みます。
糸のドームを炎の吐息で焼き尽くすつもりだったようです。
ですがそうなる前に、もう一人、動いた人間がいました。
バシュッ! バババババババババシュッ!
透明なロケット弾のようなものが群れを成して赤い牛に着弾、次々と破裂します。
ブモッ!?
本物のロケット弾ではなく、あくまでもようなもの、撒き散らされたのは爆風ではなく、大量の水でした。
大きなダメージになるような攻撃ではなかったようですが、不意を突かれて混乱した赤い牛は首を振り回して暴れまわり、バランスを崩して転倒しました。
「今、なにかしましたか?」
ダバイン貴富に確認します。
通信越しなので正確な状況が見えていたわけではありませんが、「車に乗り込んだダバイン貴富がなにかした」様子はわかりました。
ダバイン貴富は『うん』と応じました。
『三十六連装ペットボトルロケット。玩具だけど水属性でイベント補正がかかる』
圧縮空気で水を噴射した反作用でペットボトルのロケットを飛ばす科学玩具を改造し、三十六基束ねて車載兵器に仕立てたものだそうです。
爆発したのは弾頭代わりにつけた水風船。乗り込んだ愛車ヤミーワゴンのハードポイントにアイテムボックスから出して接続、赤い牛のお尻に向けて一斉発射したとのことです。
「……無茶しよる」
群馬ダークが困ったように言いました。
『NJMが思ってたより真面目に戦ってくれてたからつい。僕が落ちたら、お店のこと見ておいてくれる? 二日で戻るから』
遺言めたことを言ったダバイン貴富はヤミーワゴンの屋根に載せたペットボトルロケット発射管をイジェクト、車体を切り返して逃走に転じます。
ダメージは軽微だったものの泡を食わされ、地面に転がされた赤い牛のヘイトはヤミーワゴンに向いたようです。全力逃走に転じたヤミーワゴンを、やはり全力疾走で追跡し始めます。
「救援に行きます。位置情報を出しておいてください」
さすがにぼんやり見ていられる状況ではありません。
『ありがとう。旧時代のリフトコース沿いに無理やり降りていくつもりだけど大丈夫?』
「わかりました。取り急ぎこちらも山麓駅まで向かいます」
群馬ダークが出してくれた地図を確認してそう告げました。後方から追いかけていくのは難しいので、先回りをするしかないでしょう。
先回りをする方法ならば、ひとりだけアテがあります。
通話用のウィンドウを開き、三帝重工冒険者団の紙燭円山を呼び出すと、
『オマタセシマシタ、タクシーシソクエンザンデス。ドチラマデデショウカオキャクサン』
こちらの状況と用向きを完全に理解した様子の応答がありました。
「ソル・ハドソンです。もしかして状況を」
『たぶん把握できてると思います。貴富さんの救援ですよね』
「はい、山麓駅跡まで転移させてもらえないでしょうか」
紙燭円山は空間と重力操作に長けた宇宙人。
テレポーテーションで移動することができ、他人を移動させることもできます。
『はいよろこんで』
そんな返事があったかと思うと、群馬ダーク邸の呼び鈴がぴんぽーんと鳴りました。
「こんにちはー、紙燭円山でーす」
「……ええ」
メェ (さすがにはやすぎる)
メエェ(さすが有力冒険者というべきか……)
メメェ(さすが宇宙人というべきか……)
群馬ダークとバロメッツたちが目を丸くしますが、私も想定外のスピードでした。補正のつく水着に着替える時間もありせんでしたが、取り急ぎ紙燭円山の瞬間移動スキルで旧時代のリフトの始発点である山麓駅前まで移動させてもらいます。
前方の斜面ではダバイン貴富のヤミーワゴンが大ジャンプをしたり前転をしたりしながら、やはり転がるように降りてくる赤い牛から逃げてきていました。
斜面と言いましたが、場所によっては崖と言っても問題のなさそうな角度があります。
「うわあ、いきなりすっごいことになって」
最初から補正のつく水着を着ていた紙燭円山が目を丸くする傍ら、私も水着を装備します。一応物陰に入りましたがバロメッツたちが慌てた様子でタオルの壁を作ってくれました。
メェ (急ぐのは仕方ないが)
メエェ(一言相談を)
メメェ(事故になりかねない)
少し怒られてしまいましたが。
泳ぐ場所のない高尾山の麓で完全な水着というのもどうかと思ったので、下はショートパンツ風のものにしてあります。
「ここからどうしますか? 言ってくれればなんでもお手伝いします!」
着替えを済ませた私に、紙燭円山は筋肉ポーズで言いました。
ありがたい申し出ですが、先輩冒険者としてこの場をリードするつもりはないようです。
「おてなみはいけん」と顔に書いてあるような気がします。
「銃撃を仕掛けます。効果がないようなら紙燭さんに撹乱をお願いします」
「了解です。まかせてください」
アイテムボックスからイベント特効武器のアルフォンスを出し、蟹座の大星石の補正をオンにしました。
自動車というよりは旧時代のモトクロスやスノーボード競技のような動きで飛び跳ね、宙返りをしたりしながら走ってくるヤミーワゴンの後方の赤い牛の頭部を照準。
ヤミーワゴンが射線を交差するタイミングとリズムをずらして射撃を開始します。
ドドドン!
いわゆるフルオート武器ですが、途中でトリガーを切ることで三連射。
イベント補正、極大水属性補正の乗った三発の水弾は、戦車の砲撃のような轟音を放ち、空気を歪ませて着弾。液体炸薬のように爆発して赤い牛の巨体をのけぞら、転倒させました。
ちなみにアルフォンスの威力と射程は使用者の魔力依存となっていますが、私の魔力は『レジェンダリーベーカーのおかげでエピック魔法職クラスだが活用できるスキルが取得しづらく持ち腐れ』だそうです。
今回は珍しく役に立ったケースになります。
手応えはありましたが、レイドモンスターのバイタルは通常のモンスターの数十倍、多いもので百倍にもなるそうです。
完全に体勢を崩し、斜面を転がり落ちながらも、赤い牛は「ブゥモォォォォ……ッ!」と叫び続けています。
フルオート射撃でさらに九発の水弾を撃ち込みましたが、まだ決定打にはなりません。
ここまで来ると体長二十五メートルの肉塊が雪崩か落石のように転げ落ちてくるという事実そのものが脅威となってきます。
「回避を!」
「いえっさー」
山麓駅の敷地から横に逃れて赤い牛の直撃を回避。紙燭円山は重力操作ジャンプで離脱。ヤミーワゴンのほうも転がる赤い牛の進路から大ジャンプで飛び出して難を逃れました。
ボロボロになっているヤミーワゴンですが、ダバイン貴富は無事のようです、赤い牛をやり過ごすとそのままこちらに走ってきました。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気、思ったよりおもしろかった」
ダバイン貴富はいつもの調子で言いました。
「……そうですか」
ちょっと微妙な返事になってしまいましたが、尊敬するべき神経の太さなのかも知れません。
ほとんど崖のような傾斜をノンストップで走り降りていました。
一方、山麓駅を粉砕して転がっていった赤い牛は、最終的に高尾山口駅という、旧時代の電車の駅近くまで飛んでいって再び立ち上がりました。
「さすがはレイドモンスター」
「頑丈ですね。もうちょっと殴れば落ちそうですが」
ダバイン貴富と紙燭円山が、両方マイペースに言いました。




