第43話 開幕
「三頭六腕の装甲巨人ゲリュオンと九匹の暴れ牛!」
「最強クラスの巨人系モンスターと荒れ狂う超高級食材チョッキン!」
「レイドモンスター第一陣の中では最大の脅威度を誇る災害級モンスターです!」
<あれが噂の……>
<ゴクリ……>
<東京屈指の高級肉>
<だが狩猟難度も最高峰と聞く>
<ジュルリラ>
赤い牛は有名食材らしく、メインのはずのゲリュオンをそっちのけで話題の中心になってしまっています。
ゲリュオンと赤い牛。
これもヘラクレスの神話をモチーフにしたモンスターだそうです。
「第二陣、第三陣のレイドモンスターも控えているから震えて待つがいいチョッキン!」
そんな煽り文句でレイドモンスターの紹介は終了。
次はPvPルールとエリアの確認となります。
PvPありといってもいきなり他の冒険者に襲いかかっていいわけではなく、双方の合意のもとで行われる決闘形式の対戦となるそうです。
例えば他のモンスターと戦っている最中の冒険者を横から狙い撃ったりすると、妨害、傷害行為として天秤裁判所に損害賠償請求を持ち込まれ、PP没収などのペナルティを受けてしまいます。
このシステムを利用して橋や洞窟の入り口に陣取って『通してほしければ自分を倒して行くんだな』という『関所行為』『弁慶行為』は普通にアリのテクニックとされています。
ただ、通路を塞ぐだけふさいでPvPも受けずに居座った場合は荒らし行為として運営から警告が来て、最終的には強制移動をされたりペナルティを受けたりするそうです。
最後にPvPランキングの賞金、商品などが紹介されて、事前説明のコーナーは終了となりました。
「まだ少し時間がありますので、アンバサダー冒険者の皆さんから、注目スポットの様子をリポートしていただきます。まずは冒険者センタービル屋上、リポーターは夢姫ぽるるさんから」
「よろしくチョッキン」
アンバサダー冒険者というのは、蟹座イベントの主催者である巨蟹宮と契約を結んで活動する十人の公認配信者のことだそうです。いわゆるニュース系の配信者や、芸能系冒険者から選ばれています。
普段はドラゴンやキマイラなどが巣くっていて、サメとグリフォンの巣となったことで逆に難度が落ちたと目される新宿ラストダンジョン近辺の調査とトレジャーハントを目指す海洋系冒険者たちや、池袋に出現した超巨大ヤドカリ、サンシャインハーミット六〇への攻撃準備をするハンター系冒険者たちの様子が紹介されたあと、高尾山エリアのレポートがはじまりました。
「爆神エクスプロージョン! 爆神チャンネルの爆神暴鬼です。高尾山エリア、高尾山生産村の中心部に来ています」
独特な挨拶でリポートを始めたのは、長身で中性的な容貌をした和服の鬼系冒険者です。
「この高尾山エリアは、イベント以前からアークシャーク、グレーターグリフォンなどのサメ、グリフォン系のレイドモンスターが出現し、デビルオマールやブラッククラブなどの海産物系モンスターなどの目撃情報が多いことから本イベントの重点探索対象として注目されています。冒険者団間の事前のイニシアティブ争いも激化。地元高尾山生産村との完全提携でアドバンテージをとった大手冒険者団NJMに対して、名門冒険者団シュバリエ・ワークス、三帝重工冒険者団が文化遺産エリア薬師院近辺に合同探索拠点を設置して対抗、中小の冒険者団や個人冒険者を巻き込んだ大型冒険者連合を構築、正面対決の姿勢をとっています」
<さすがにシュバリエと三帝とNJMじゃ格が違いすぎんか>
<NJM格下すぎる>
「シュバリエと三帝を向こうにまわすとなるとNJMは厳しいんじゃないかって言われてますが」
チャット欄のコメントを拾ってヒュドーラが質問します。
「そうですね。ブランド力とか実績でいうと、NJMはシュバリエや三帝には及ばないと思われます」
<いい加減なことを>
<具体的なデータとかあるんですか>
<バカ神とか言われたことありませんか>
<NJMの人間出張ってきてないか>
<ネット工作の前にやることあるんと違うのか>
チャット欄が少し荒れたのが見て取れましたが、爆神暴鬼はマイペースに続けます。そもそもコメントは見ていないのかも知れません。
「ただ今回NJMは五〇〇人規模の戦力をこの高尾山エリアに一点投入しています。対する薬師院連合の実動戦力は三〇〇人程度と見られていますので、高尾山エリアに限ればNJM不利とは言い難いと思います。また、イベント限定でエピッククラス保持者との契約に成功したとの情報も入ってきています」
<ガセネタちゃうやろな>
<名前を出せ>
<今どきNJMと契約するようなモラルのないエピッククラス保持者が……いなくもねぇか>
<イベント協力くらいだったら報酬次第で受けるやつはいそうではある>
<いなくはないな。御しきれるどうかを横に置いて>
そんなコメントが流れたあたりで、時刻は8時55分を回りました。
「爆神さん、ありがとうございます。イベント開始時刻が近づいて来ましたので東京レルネータワーに戻させていただきます」
「アンバサダーの皆さんには今後も各地の様子をレポートしてもらうので楽しみにするチョッキン!」
そしていよいよ、イベント開始一〇秒前です。
「それではカウントダウン!」
「スタートするチョッキン!」
「じゅーっ! きゅーっ! はちっ! なな!」
「ロクッ! ゴーッ! ヨン! サンッ!」
配信画面に表示された残り時間表示が減って行き。
「にっ!」
「イチ!」
「ぜろ! ぜろ! ぜろっ♡」
「チョッキンキン!」
いよいよ蟹座イベントが幕をあけます。
「PvP解禁チョッキン!」
「全イベントモンスターのアクティベート完了です!」
巨蟹宮主たちの声に呼応して、新宿冒険者センタービルでは巨大な竜巻が発生、巻き上げられたサメたちが屋上の冒険者たちを急襲。池袋エリアでは標的のハーミット六〇を攻撃しようとした冒険者たちにグリフォンの群が襲いかかって、早速戦いが幕を開けます。
私達の居る生産村は平和な様子に見えたのですが、
「続いてレイドモンスターの投入を開始します! ネメアの鷲獅子は羽田空港上空!」
「ディオメデスの人喰鮫は海に適当にドボンするチョッキン!」
「ゲリュオンと赤い牛は、今話題の高尾山エリアに放り込んじゃいます、イェーイ!」
「ウェーイ!」
巨蟹宮主たちが大変なことを言い出しました。
生産村の上空に黒く巨大な球体と、九つの赤い球体が現れます。
黒い球体は動きませんでしたが、赤い球体のほうが高尾山エリアのあちこちへと散らばって落下、体長二〇メートルから三〇メートルもの巨大牛に変わり、一斉に咆哮をあげました。
メェ (食材……いや、これは)
メエェ (そう呑気なことはいっておれんか)
メメェ (さすがに市街に近すぎる)
九つの球体のうち七つは生産村から離れたところまで飛んでいったようですが、一つは薬師院探索拠点の近く。
もうひとつは生産村の郊外、ダバイン貴富のいる東京玩具流通センター付近に落ち、赤い牛へと変わっていました。
<マジか>
<初手で生産村にぶちこみやがった……>
<まぁあんな目に見える火薬庫があったら>
<おもしろがって爆弾放り込みに行くわな>
<蛇蟹だもんなぁ>
<NJMと薬師院連合の拠点近くに一匹ずつか>
<対応能力が問われるな>
「レイドモンスター第一陣投下完了! 七月イベント! 『雨だ! サメだ! グリフォンだ! 真梅雨は水着で大戦争!』」
「宴の始まりチョッキン!」
画面の中では迷宮主たちが踊り、ポーズを決めていますが、さすがに心配な落下位置です。ダバイン貴富に通話を入れると、すぐにつながりました。
「ソルさん?」
「はい、今、大丈夫でしょうか?」
「状況としては大丈夫じゃないけれど通話は大丈夫、赤い牛の話だよね」
「はい」
「ちょうど今うちの建物の前にいて、NJMが攻撃をしかけようとしてる」
危惧した以上にまずい状況になっているようです。
NJMと赤い牛が交戦し、流れ弾が飛んできたり、赤い牛そのものが建物に突っ込んできたりしたら取り返しのつかない被害になりかねません。




