第41話 見学ツアー
「全員揃ったようですので、薬師院探索拠点の見学ツアーを始めたいと思うッス」
薬師院の管理モンスターである皆頃シエルと探索拠点の副拠点長、紙燭円山の先導で、見学ツアーがはじまりました。
拠点長であるゴーシュ駒人は今日は挨拶のみということで仕事に戻ってしまったので、全員女性でのツアーとなります。
ゴーシュ駒人はぐぜひかりの使用契約の担当弁護士となる予定だそうなので、そちらのほうでまた接点がありそうですが。
「名前は薬師院探索拠点なんですが、文化遺産を荒らすわけにはいかないので、実際に利用許可が下りているのはこの清心門からケーブルカーの高尾山駅手前の展望台あたりまでになります」
行きのときに通り抜けた清心門の下で足を止め、紙燭円山が解説をはじめます。
「なんでこの清心門前が薬師院探索拠点の中心っていうかスタート地点になるッスね」
「イベントが始まるまでに仮設ゲートを作って探索の起点にする予定です」
息のあった様子で解説をする紙燭円山と皆頃シエルですが、皆頃シエルの本来のパートナーはまた別にいるそうです。
「今は別のところで絶賛暗躍中ッス。そのうち紹介させてほしいッス」
とのことでした。
「ゲートの利用は薬師院連合、つまり三帝とシュバリエ、それと協力組織十団体のメンバーと個人協力者が優先ッスけど、一般の冒険者にも開放する予定ッス」
「あんまりほかの冒険者のヘイトを集めても仕方がありませんので」
そこから更に道を下り、再び仮設店舗エリアに入ります。
「このあたりは生産・商業系冒険者向けの区画です」
「飲食店やイベント特効アイテムの物販が中心っスね」
「キッチンカーを出してもらうとしたら、あちらのイベントスペースを利用してもらおうと思っています」
そうして案内されたのは、仮設店舗エリアのほぼ中心にある広場でした。もともとは猿を飼育する小規模な動植物園があった場所だそうで、入り口にはゲートが設置されています。
「普通にキッチンカーを出すと確実に事故や事件が起こると思うので、入場制限をかけて整理券方式でやるしかないかな、と」
中に入ってみると、フェンスで囲まれた、アスファルトの空間が広がっていました。
「私達が来なかった場合ここは何に使うんでしょう」
「露天商とかのフリマ用に開放するッス。というかフリマでも使うんでイベント期間中ずっとキッチンカー出しっぱなしって感じにはできないと思うッス」
「そういえば、営業時間のことを考えていませんでした」
初歩的なことを考えていませんでした。
「キッチンカーやったら3時間くらいが目安かな。探索系の冒険者相手なら出発前の朝か、戻る頃の夕方がええと思うけど、農場の仕事がある関係で朝は私が厳しいんよね。夕方やったら一緒にやれると思う」
そうアドバイスしてくれた群馬ダークですが、
「バロメッツもついとるし別にソルちゃんだけでも平気......のはずなんやけど、なんでかな、微妙に心配な気がする」
途中から少し歯切れが悪くなってきました。
ゴゲ……。
マンドラゴラもなんともいえない調子の声を出します。
「自分でいうのもどうかと思いますが、私も心配です」
なにをやらかすかわからないのは自覚しています。
最後のブレーキはバロメッツたちが踏んでくれると思いますが、それまでに結構暴走してしまう気がします
「そうなると午後三時から六時くらいまでかな。探索終わりの人に回復系の軽食出して、あとはアイテムボックス用にパンとか焼き菓子とか売る感じ。日数はどうしよ、フリーマーケットでも使う場所やったら週に二日か三日くらいにしといたほうがいいかな。週に三日は私が厳しいけど」
「週に一日くらいなら僕がついてようか。バーネットの調子も見ておきたいし」
「予測需要を考えると週三日にしていただけると非常にありがたいですー」
ダバイン貴富の申し出と紙燭円山の要請を入れて週三日、夕方の営業をする方向で検討することなりました。
東京大迷宮に来た時には思っても見なかった成り行きですが、少しわくわくしてきました。
一応これで、ツアーの主目的は達成されたのですが、せっかくだからということでもう少し見学を続けた私達は、
「イベント用の水着はもうお持ちですか? 三帝やシュバリエ、主メ連の服飾系冒険者が用意した水着や夏物アイテムを多数取り揃えてあります」
紙燭円山の提案を受けて準備が整ったばかりのブティックに入り、イベント期間中補正がつく水着を見ていくことになりました。
最後の主メ連というのは、薬師院連合の加盟組織のひとつ『東京御主人様とメイド連絡会』の略称だそうです。
イベント期間中に限っては、分厚い鎧や防弾繊維、重い武具や武具よりも水着類や水鉄砲といったグッズのほうがハイスペックになります。
東京水没イベントですので重い装備品より軽い水着や水鉄砲のほうが性能が出るというのはある意味親切なのかも知れません。
ダイビング用のウェットスーツがあったのでそれにしようかと思ったのですが。
メェ (いかん)
メエェ(ポストアポカリプス世代が出た)
メメェ(黒と茶色と緑は三原色ではないのだレディ!)
さすがにそこまでは思っていません。
「そういう実用的なのもありとは思うけど、他にももう何着か試してみん?」
「より補正値が高くお客様のスタイルを活かしたコーディネートを提案させていただきます。こちらへ」
群馬ダークと紙燭円山に捕まって何度か着替えさせられ、白と青のセパレートの水着とパーカーを着せられ、髪をセットされたところでどうにか解放されました。
パーカーのほうは空調機能のついた猛暑対応の高性能宇宙パーカーだそうです。
一応足を守るダイビング用のブーツと先端の丸いダイビングナイフについては私の選択が通りました。
「ここしばらくで一番真剣に頭使ったかもしれん」
「良い仕事ができました」
群馬ダークと紙燭円山は満足げですが、おなかと太もものあたりがだいぶ露出してしまっているのでなんだか落ち着きません。
群馬ダークと紙燭円山が私につきっきりになっている間、ひとりで水着を試着していたダバイン貴富が試着室のカーテンを開きます。
「ちょっと意見を聞きたいんだけれど」
そんな声がしたかと思うと、
「えっ、ちょ、ストップ! 待って! それはまずい! キャーーーッ!」
微笑ましげな様子で腕組みをしていた皆頃シエルが頬を震わせ悲鳴をあげました。
原因は、ダバイン貴富が身につけていた紐のようです。
一応水着だそうですが、紐としか形容できません。
胸とパンツの位置に三角形の小さな布地がついていますが、他は完全に紐、または糸です。
メェ (デンジャラススイムスーツ)
メエェ(補正値は大きいが)
メメェ(こうも無造作に身につける人間がいようとは)
バロメッツが真顔でつぶやきます。
「すみません話の種くらいのつもりで飾ってたんです本当に着てしまうスタイルとメンタルのひとがいるとは思わなかったんですごめんなさい」
紙燭円山が声を震わせて弁明をしました。
小柄で細身のダバイン貴富には着られてしまいましたが、標準的な体型の女性だと小さすぎて体に引っ掛けることも難しいそうです。
「そういうボケはスクール水着くらいでおさえといてくれん? ソルちゃんもまじまじ見たらあかん」
額をおさえた群馬ダークがダバイン貴富と私を一緒にたしなめました。一体どういう構造になっているのか気になったので鏡に映った後ろ姿を見ていたのですが、九九%裸に見えました。
「補正値はこれが一番大きいんだけれど。羽根も引っかからないし」
ダバイン貴富は背中の天使の羽根を動かします。
「合理的な判断ではあると思いますが申しわけありません薬師院エリアの利用許可が取り消されかねませんので何卒ご理解を」
紙燭円山はバスタオルでダバイン貴富をぐるぐる巻きにして試着室に連行、試行錯誤の結果「だばいん」と書かれた白いスクール水着に落ち着きました。
公序良俗と装備効果で綱引きをした結果、最終的な落としどころはそこだったそうです。
その騒ぎの間に群馬ダークも競泳水着風のワンピースを一着選びました。
支払いについてはココアシガレットをごりごりと噛みながら待っていた背脂所長が「出張の手間賃」として持ってくれました。
そうして見学ツアーを終え、薬師院探索拠点から引き上げた私と群馬ダーク、ダバイン貴富は東京玩具流通センターで今後のことを相談しました。
「受けてしまっていいんと違うかな。このまま私らだけでやっとってもジリ貧っていうか、生産村の真ん中にNJMが陣取っとる限りはまともに身動きとれんし」
「イベントのどさくさにまぎれて嫌がらせをしてくる可能性を考えると大手の看板を利用させてもらうのもいいと思う」
群馬ダークもダバイン貴富も賛成のようですので、正式に出店要請を受けると連絡を入れました。
それからさらに数日後。
シュバリエ・ワークスと三帝重工冒険者団を中心とする十二の冒険者団が参加する蟹座イベント向け冒険者連合、薬師院連合が発足を宣言。
蟹座イベントの最重要探索エリアと目される高尾山エリア中心部を占拠するNJMとの対立姿勢を鮮明にしました。
同時に公開された薬師院探索拠点の案内ページには、ドンレミ農場とBS221Bの名前が出店リストに掲載されています。
大々的に書いてあったわけではなかったのですが、薬師院連合の発足そのものがトレンド一位レベルの大ニュースだったためBS221Bという単語もすぐに話題となり、まだ正式名称も決まっていない『BS221B車載カメラ(仮)』の登録者がまた増えていました。