第31話 救世光
ホームエリアへと引き上げた私は、バロメッツたちと相談し、エトワールスイーツ騒動対応用のアカウント経由で生産村村長、南郷フミヒコに面会辞退のメールを送りました。
返信を待っていても仕方がないので、今度は背脂所長に連絡を取り、研究所へと足を運びます。
用件はいくつかありますが、まずは背脂所長からの依頼であるチミチャンガ作りからはじめます。
食べるのは背脂所長とスラコン、アークシャークとグレーターグリフォン、そしてバロメッツたちとなります。
「上々だ。少々上品すぎるきらいはあるが個性の範囲内だろう」
無事合格点をもらえましたが、
ザワメェ (薄々わかっていたことだが)
ザワワメェ (プロフェッサー背脂の食事量は)
ザワザワメェ(レイド級モンスターのそれに匹敵する)
あまりの背脂所長の健啖ぶりに、バロメッツたちが綿毛を逆立たせていました。
デザートの焼きプリンもこともなげに平らげた背脂所長にアークシャークとグレーターグリフォンにもらった謎の珊瑚と木の枝、そして『微小なるも偉大なる遺産』を預けて鑑定してもらいます。
珊瑚の方は深淵珊瑚という宝石系の素材アイテム。木の枝はミストルティンという霊木系の素材アイテムでした。
実際に鑑定をしてくれたスラコンが弾き出した生産可能アイテムリストによると、水と風の属性をあわせ持った装備品を作れるようです。
「スラコンの工作機能で製作も可能だ。欲しいものがあったら素材を入れて項目名を長押しすればいい。工賃は気にしなくていい」
とのことなので、深淵珊瑚とミストルティンをスラコンの身体に入れ、リストにあった『狩漁銃シャークグリフ』という項目を長押しすると、
テケテケポン!
という音とともに、銃身と機関部が深淵珊瑚、グリップやストックがミストルティンでできた銃剣つきのセミオートライフルが現れました。銃身のほうも深淵珊瑚でできています。
スラコンのデータによると、
狩漁銃シャークグリフ
海と空を食い尽くす貪欲なる爪牙
レアリティ:レア
品質:最高
属性:風・射撃(猟銃部)
水・白兵(銃剣部)
装備効果:
魚介類特攻 (中・永続)
飛行モンスター特攻(中・永続)
とのことです。
魚介類特攻については蟹座の大星石と被ってしまいましたが、対空武器としては使い勝手が良さそうです。
空飛ぶ魚介類と考えるとアークシャークに良く効きそうな気がします。
「工賃はいいんでしょうか?」
「借りだと感じたら食い物の美味さで返してくれればいい」
「ありがとうございます」
シャークグリフをアイテムボックスに収めたあとは、一番重要度が高そうな隠しアイテム『微小なるも偉大なる遺産』の試験管の鑑定をしてもらいます。
結果は、
テケプー。
スラコンは無念そうな音を立て『鑑定失敗』というメッセージを表示しました。
「一筋縄ではいかんようだな。試験管から出せばわかるかも知れんが、もう少し試料を増やした方がいいだろう。菌類であるのは間違いない」
スラコンが身体から出した試験管を背脂所長は私に手渡しました。
「培養してみてくれ」
「パンの酵母用のやり方で大丈夫でしょうか」
私のスキルでできるのはそれだけです。
「それでいいが、念の為こちらでも培地を用意する」
そういった背脂所長はスティック状に巻いたラングドシャクッキーの封を切り、葉巻をふかすようにくわえました。
私が焼いたものではなく、バザールで買った並行世界産スイーツだそうです。
パン用の酵母培養の手順は前回背脂所長の相談を受けた時点で確認し、発酵・熟成用アイテムボックスの加速機能を使って何度か練習しています。
背脂研究所の実験室へ移動し、白衣の代わりにエプロンをつけて作業に取りかかります。
使うものはガラス瓶、酵母の餌となる全粒粉と水。これに『微小なるも偉大なる遺産』を加えて混ぜ、常温で三日から五日ほど置いて初期培養を行います。
この工程を普通にやると、全粒粉に自然付着している酵母も増殖し『微小なるも偉大なる遺産』の活動を妨げてしまう危険があります。
今回は食品発酵スキルを使って『微小なるも偉大なる遺産』以外の酵母の活動を抑制しておきます。
具体的な抑制の方法は、「全粒粉に付着した酵母は増殖させない」と念じるだけです。
自分でも理不尽だと思います。
材料を瓶に入れて混ぜ合わせ、発酵・熟成用アイテムボックスの加速機能で二四時間分の発酵を一分で実行。アイテムボックスから出してかき混ぜ、また二四時間分の発酵を一分で行いかき混ぜる、という工程を繰り返して行きます。
背脂所長とスラコンが用意してくれたシャーレに入れた試料も同時に発酵・熟成用アイテムボックスに入れ、高速培養してゆきます。
ガラス瓶の中が白く泡立ち、二倍程度にふくれあがったところで初期培養は完了。
次は瓶を二つに分け、新しい全粒粉、水を加えて量を増やし、安定させて行くのですが。
初期培養が終わった時点で、瓶全体が虹色の光を放ってしまいました。
レジェンダリーベーカーを引き当てたり、大星石を渡されたときと同じ色の光です。
メェ (いよいよ来たか)
メエェ(いずれ来るとは想定していたが)
メメェ(今がその時か)
サングラスをかけたバロメッツたちがわかったようなことを言い、スラコンがテケーと声をあげました。
シャーク!
グリーッ!
研究所の外にいるアークシャークとグレーターグリフォンも反応してしまっているようです。
何本目かもわからないクッキーを葉巻のように持った背脂所長が、苦笑するようにふっと息をつきました。
「幻覚でも見せられているような気分だ」
「私もそう思います」
やっている私自身がインチキをされている気分です。
追加の瓶に酵母液の半分を移し、酵母の餌となる全粒粉と水を追加、酵母の量を増やしてゆきます。
この作業を繰り返していくことで理屈上はねずみ算式に酵母の量を増やすことができますが、面倒を見るのが大変になってくるので、ガラス瓶四本分まで酵母が増えたところでストップしました。
シャーレに入れた試料もシャーレ四枚分まで増えていますが、培養液の違いのせいか、かすかに白く発光した程度でした。
ともかく試料を採取し、スラコンに再解析をしてもらうと。
幻想酵母ぐぜひかり
救世の光放つ奇跡の酵母。地上の闇を払う神餐をここに。
レアリティ:レジェンダリー
品質:至聖
バザール出品不可
リーンゴーンという鐘の音やラッパのファンファーレと共にそんなメッセージが表示されました。
「なんでしょうこの音は」
「スラコンの仕様ではないな」
メー(東京大迷宮のほうの仕様だろう)
シャーレの方の試料の鑑定結果は、
酵母『マンドラゴラの歌』
おいしいパンを焼こう
レアリティ:レア
品質:最高
というものでした。
こちらのほうがあるべき姿ではないかと思います。
前者は明らかに何かが行きすぎてしまっています。
また大変なことになってしまいましたが、今のところわかったのはレアリティと品質、胡乱な説明文くらいで、具体的にどういう性質のものなのかわかりません。出来上がった酵母を使ってパンを焼いてみることにしました。
あまり凝ったものを作っても仕方がないので、東京大迷宮で初めて焼いたものと同じプチフランスを焼いてみたところ、
ジュルメェ (なるほど)
ジュルルメェ (こうなるか)
ジュルジュルメェ(思ったよりはおとなしいか)
六つ焼いたプチフランスが全部黄金に輝き、スラコンがテケテケテケテケリリとなき騒ぎ。
シャアアアアアアアアーーーーークゥッ!
グリィィィィィィィィーーーーーッ!
アークシャークとグレーターグリフォンが凄まじい咆哮を放っています。
全部エピックになってしまいました。
このままだと事故に発展しそうなのでアークシャークとグレーターグリフォンにひとつずつ、スラコンにひとつ、バロメッツたちには三分の一に切り分けたものをふた切れずつ食べさせます。
ひとつ足りないのはいつの間にかなくなっていた分になります。
誰がもっていったのかは考えるまでもないので追及しないでおきました。
配る前に食品鑑定を試してみたところ、すべて私のアンデッド因子感染症を回復させたものと同じ、神餐のプチフランスとなっていました。
データでいうと、
神餐のプチフランス
レアリティ :エピック
品質 :最高
食事効果 :バイタル全回復
メンタル全回復
ステータス異常回復(大)
ステータス異常耐性(大・24時間)
ストレンクス (大・24時間)
プロテクション (大・24時間)
バザール出品不可
とのことです。
メェ (バザール出品不可)
メエェ (とうとう制限されたな)
メメェ (安定供給されるとさすがに対応しきれんのだろう)
続けてもう六つ焼いた結果も、同じ神餐のプチフランス。
「アンデッド因子感染症に有効なエピックパンが安定生産できるのか、完全に常軌を逸しているな」
「常軌を逸したPPを口座に振り込み続けるのはやめてください」
思索を巡らせるような表情で追加のプチフランスを食いちぎる背脂所長にそう苦情を入れましたが聞き流されました。
背脂研究所の予算はどういうことになっているのでしょうか。
これ以上エピックパンを生産し続けるのは研究所の予算と治安、背脂所長の血糖値や私の精神衛生上危険と判断し、今度はマンドラゴラの歌を使ってプチフランスを焼いてみます。
焼き上がったパンは、レアやエピックパンのような光を出していませんでした。
レジェンダリーやエピックパンとは別の意味で驚き、鑑定すると、
マンドラゴラ酵母のプチフランス
おいしくすてきなプチフランス
レアリティ:アンコモン
品質:最高
そんな結果が出てきました。
「アンコモンです!」
レジェンダリーが出たときより大きな声が出てしまいました。
バザールに出した場合の推奨販売価格は400PP。
いつもなら数千PPの推奨販売価格になっているところが、比較的おとなしいところに落ち着いています。
食事効果のない普通のプチフランスと比べた場合は高額ですが、いわゆる『食事効果が悪さ』をしていません。
さらに試していったところ、ぐぜひかりは問答無用で食事効果とレアリティを押し上げるタイプの酵母。マンドラゴラの歌は意図通りのパンを作る手助けをしてくれる酵母であるようでした。
ブレンドしたらどうなるかというと、これはぐぜひかりが強すぎるようで、神餐と名の付くエピックパンができただけでした。
「面白い。他のパン屋が使った場合どういう生産物になるか確認したいが、譲ってもらえるだろうか」
「私個人としては構いませんけれど、この菌があった農場に確認してからで構いませんか?」
群馬ダークにも確認しておいてからのほうがいいでしょう。
SNSで問い合わせてみたところ「ゴーゲー(OK)」というスタンプが帰ってきました。
農場オリジナルのマンドラゴラスタンプだそうです。
「OKです」
「よし」
という言葉と共に。
100,000,000PPが振り込まれました。
というメッセージが表示されました。
「仕事をするつもりで持ってきたわけではなかったんですが」
背脂所長が求めていた酵母なのではないかという直感はありましたが、だいぶ雰囲気的な行動でした。
「結果的にこちらの要求以上の品が出てきたのは間違いない。レジェンダリーアイテムの対価としては高くはない数字のはずだ。レジェンダリー菌類の相場というのもよくわからんところではあるが」
そういえばこちらもバザール出品不可となっています。その気になればいくらでも培養できてしまうので、扱いが難しすぎるのでしょう。
「検証して他の生産者にも活用可能なものであれば、追加で報酬を支払おう。その場合使用権などの問題も出てくるが、そのあたりは別途話し合わせてもらいたい」
「……はい」
なにか本格的に大変なものを作ってしまったようです。
背脂所長に振り込まれた一億PPですが、元々は群馬ダークのマンドラゴラに由来する酵母で得た収入です。
半分の五〇〇〇万PPを群馬ダークに振り込んだところ。
「いきなりわけわからん額のPP振り込まれたらびっくりする」
と叱られてしまいました。
順を追って説明していくと遠慮されると思い意図的にやったので仕方のないところですが。
最終的には、
「……農場の整備と群馬復興基金に回しとこか」
というところで落ち着きました。




