第29話 買ってほしいもの
一通りの問い合わせ対応を終え、巨蟹宮主カルキノス、ヒュドーラと別れた私達は、その足で同じ冒険者センタービルにあるバトルフロアの見学に行きました。
PVP志向の冒険者向けのマッチングサービスや、疑似空間上に設定されたPVPフィールド群の運営と実況配信、そして初心者向けのPVP講習会などを行っている場所となります。
フロアに入ってすぐのロビーには巨大なウィンドウが何枚も投影され、疑似空間上で繰り広げられる冒険者同士の戦いを、アナウンス担当のナビゲートモンスターが賑やかに実況していました。。
興味があったのは初心者講習なのですが、午前のうちに終わってしまっているようでした。施設の見学だけで引き上げました。
その次は物販フロアでイベント補正がつくという水着を見てみましたが、なにが適切なのかよく分かりません。後日群馬ダークに相談することにしました。
そのあたりでやることがなくなって、今度はゲートフロア経由で高尾山生産村に向かいました。
高尾山駅ゲートを抜けると、天気は霧雨。
群馬ダークの言った通り、高尾山エリアは蟹座イベントの中心地として注目されているようです。イベント開始前にも関わらず、先乗りをしてきた冒険者たちで賑わっています。
見覚えのある『NJM』という腕章をつけた冒険者の姿も目に入ります。
ニュージャパンミリタリー。
巨蟹宮主に『うんこ100』と評価されていた、私自身とも因縁のある組織。駅前に大きなテントを張って『入団者募集中!』という看板を立てていました。
ヒュドーラの解説通り先の京都奪還作戦で損耗した戦力を補い、低下した評判を取り戻すため、新規入団者の獲得に力を入れているようです。
蟹座イベントの中心地と目され、多くの冒険者の流入が見込まれる高尾山エリアは人材を獲得し、功績を上げていくには絶好の立地なのでしょう。
ゲートから出てくる冒険者をチェックし、声をかけていっているようですが、目立たないようレインコートを羽織って歩いていくと、ソルジャーの隠密スキルも功を奏し、そのまま通り過ぎることができました。
メェ (レジェンダリークラス保持者を取り逃したな)
メエェ(まぁ声をかけられても時間の無駄でしかないが)
メメェ(結果的にはいい判断か)
私は取りこぼされましたが、誰彼構わずに声をかけ、入団させていっているようです。村落を通り抜ける途中で真新しいNJMの腕章をつけた冒険者を何度か見かけました。
なんとなく高尾山まで来てしまいましたが、あまり毎日農場に押しかけるのもどうかと思い、東京玩具流通センターのほうに足を運びました。営業中のようなのでそのまま入ってみると、ダバイン貴富はカウンターの向こうで大きなウィンドウを開いて作業をしていました。
何かの図面を引いていたようですが、私の気配に気付くと「いらっしゃい」と言ってウィンドウを閉じました。
「今日はなにを?」
「なんとなくです。なにかいいものがあればと思って」
「色々あるよ。座って」
「オイシイポップコーンハイカガ」と喋る旧時代のキャラクター型ポップコーンマシンのポップコーンとお茶を出して貰い、ダバイン貴富おすすめのシロヴァニアファミリーの人形や家を買い足し、イベント補正のかかる水鉄砲やバブルガン、水風船などを買いました。
「それとあとひとつ、見てほしいものがあるんだけれど」
一通りの精算を終えると、ダバイン貴富が言いました。
「なんでしょうか」
「キッチンカー、イベント用に作ってみない?」
ダバイン貴富は私の来店時に開いていたウィンドウを開きました。
ダバイン貴富のヤミーワゴンと同じ、巨大ラジコンをベースにした車体に消防車に似たボディを乗せた車両の図面が引いてありました。
普通のキッチンカーでなく武装キャラバンの装甲車に近い仕様になっているようです。
「なんに使うんでしょう?」
「探索エリアのあちこちを料理やお菓子を売って回る。イベント終盤になったら激戦地ほど需要が増えるはずだけど、これなら対応できる。どこでも走れて装甲が厚くて武装も積める」
「おいくらでしょう」
「一億PP、君ならじゅうぶん元が取れると思うんだけど」
例のエトワールスイーツランキングで異常な賞金が入ったのを把握されているようです。
「アイテムボックスには入らないんですよね?」
今回のイベントだけで使うなら東京玩具流通センターやドンレミ農場においてもらう形で運用できそうですが、高尾山エリア以外で運用しようとすると持て余してしまいそうです。
ダバイン貴富もその弱みはわかっていたようで、「そうだね」とうなずきました。
「抜け道がないわけじゃないんだけれど。追加のコストがあと二、三億はかかる」
メメェ(抜け道とは?)
レストレイドが訊ねます。
「君たちと同じだよ。車両を魔法生物化して従魔登録、アイテムボックスじゃなくて従魔石に突っ込んで運用する」
バロメッツたちを収容する機会がなかったので忘れていましたが、そんな機能もありました。
メェ (なるほど)
メエェ(面白いアイディアだ)
「ただそれをやろうとすると聖石クラスの魔石を積まないと出力を確保できない。バザールで調達すると二億三億くらいが相場になってね」
「聖石ですか」
アイテムボックスに用途未定で二つ入れっぱなしになっているものがあります。
アークシャークに貰った聖石『大いなる関心』とグレーターグリフォンの聖石『大いなる歓心』の両方をアイテムボックスから出し、テーブルの上に並べました。
「これは使えますか?」
「持っていそうだとは思っていたけれど、二つとは思わなかった」
ダバイン貴富は目を瞬かせました。
「使っていいってこと?」
「これがあると費用はいくらになりますか?」
「最初に言った一億PP、じゃなくて、基本の魔石も省けるから六千万からで行けるけれど。興味ある?」
図面は引いたものの遊び半分で、そこまで話が現実味を帯びるとは思っていなかったようです。ダバイン貴富は逆に戸惑った様子でした。
「はい」
キッチンカーという発想はありませんでしたが、自分の裁量で自由に使える足が欲しいという欲求は以前からあった気がします。
原体験はたぶん、使い捨ての兵隊として前線に置き去りにされ、偶然見つけたキャンピングカーの残骸をシェルターにして生き残ったことでしょうか。
あくまでも残骸だったので走ることはできなかったのですが「これでどこかに走って行けたら」と妄想をした覚えがあります。
降って湧いたように転がり込んだ異様な資産の使い道としては、ちょうどいいような気がしました。
「わかった、もう少し仕様を詰めてみようか」
今ある図面はダバイン貴富が趣味半分で引いたもので、私が出した『大いなる関心』『大いなる歓心』の聖石のことは想定していません。
バロメッツたちからも意見を聞いて打ち合わせた結果『大いなる関心』『大いなる歓心』の両方を魔石エンジンとして積み込んだ大型の装甲キッチンカーを作ってもらうことになりました。
車載砲などの武装も搭載できますが、キッチンカーとしては物騒になりますのでまずは武装接続用のハードポイントを設置するだけにとどめて置くことにしました。
バロメッツ達の要求も入れてオプションを盛った結果、六千万PPまで下がったはずの価格がまた八千万PPまで上がってしまったのが最大の誤算でしょうか。
普通の装甲車や消防車をバザールで買うとやはり数千万から一億PP以上はするので、おかしな数字ではないのでしょうが。
「じゃあこの仕様で組んでみようか。明後日には形をつけておくからまた試乗に来て」
「二日でできるんですか?」
「組むだけなら今夜にはできるよ。見せる前に一日はテストや調整をしておきたくて」
「わかりました」
聖石をダバイン貴富に預け、制作費として八千万PPを振り込みました。
東京大迷宮に来て一月も経っていませんが、金銭感覚が壊れてきているような気もします。




