第25話 陥落
「つまらぬものを斬ってしまった」
そんなセリフと共に回転鋸剣を消したヒュドーラは、今度は大きなタンクのついた水鉄砲風の武器を出しました。
「次のアイテムは九八式錬金銃『アルフォンス』こっちは対空特攻武器、対空適正S、魔力依存の水属性炸裂ダメージを発生。水を入れ、トリガーを引くだけでフルオート連射! 標準射程は一〇メートル。別売りの単三電池二本が必要です」
<完全におもちゃ>
<せめて充電式にできなかったのか>
<もう最初から遊びでやってんだこいつらは>
タタタタタ、と小気味よい音を立てて水銀のような色の水流が飛び、空中から飛びかかってきた、今度は二本首のグリフォンを捉え。
ドゴン!
グリグリーッ!
なにかの化学反応を起こしたように炸裂。標的を跡形なく消し飛ばしました。
「こちらもお値段は一〇万PPチョッキン」
「グリフォンどもはこいつで駆逐しろっ!」
ヒュドーラとカルキノスはカメラに決めポーズをします。
<サメとグリフォンを放ったのはこいつらである>
<とんだマッチポンプだ>
<それでも今年も買っちゃうの、悔しい! ビチンビチン!>
<ビチんな変態>
<ええいそんなことはいい、アレは、アレはまだかっ!>
「特攻武器は他にも沢山ありますが、そちらについてはイベント特設サイトをご確認ください」
「復刻アイテムもたっぷり取り揃えているチョッキン!」
武器のほうの紹介はここまでのようです。
「それでは最後のお楽しみ! 梅雨だ! 水着だ! ふんどしだ! 梅雨・夏イベント特効衣装コレクション!」
<またふんどしか>
<いいぞもっとやれ>
最後は水着を中心とする夏物衣類アイテムの紹介のようです。セパレート水着から早着替えのように、紺色のスクール水着に着替えたヒュドーラは、白い布を巻いたカルキノスとともに、大きな屋内プールのような場所に移動します。
そこには色とりどりの水着を身に着けた若いモデル風の男女や、ブーメランパンツやビキニをつけたボディビルダー風の男女、ふんどし姿のオークの三人組や紐、または点のような際どいデザインの水着をつけたサキュバスなどが泳いだり寝そべったり、ポージングをしたり太鼓を鳴らしたりしていました。
先程の武器類は東京大迷宮の運営サイドが生産、販売している公式アイテムですが、こちらの水着類は東京大迷宮の服飾系冒険者たちがデザインし、縫製した公認アイテムとなるそうです。
「今年のイベントでも、水着系装備には特効が付与されます!」
「効果は自作の水着でも購入済みの水着でも発生するから色々試して楽しむチョッキン!」
「どういうことでしょう?」
メェ (簡単にいうと、イベント期間中は水着が最強装備になる)
メエェ(そんな胡乱そうな目をしないでほしい)
メメェ(東京大迷宮の伝統文化というやつでね)
「はぁ」
対アンデッド戦や企業間抗争などに血道をあげている外の世界との落差に反応に困ってしまいました。
アンデッド戦はともかく、企業間抗争については企業同士で勝手に争っているだけですので、東京大迷宮に変な顔をする筋合いはないかも知れませんが。
様々な水着の性能や生産者、問い合わせ先の案内をして特別番組はエンディングを迎えました。
「イベント開幕は7月1日朝九時から、7月21日朝九時まで」
「存分に楽しんで」
「争い合ってください!」
「この番組は、巨蟹宮主カルキノスと」
「ヒュドーラでお送りしました」
「それではチョッキン!」
最後までハイテンションにハサミと手を振って、蟹座迷宮主カルキノスとヒュドーラが姿を消し、『配信は終了いたしました 提供:東京大迷宮』という画面に切り替わりました。
「……大変そう、ですね」
なにが始まるのか、なにをどうすればいいのか、具体的なイメージが全く浮かんできません。
「イベントはじめてやったっけ。蟹座は初心者には一番わけわからんかもしれん。意味もなく規模大きいし」
蟹座イベントというのは上級者向けのイベントのようです。
「あの迷宮主を倒せばいい?」
メェ (いや、あればあくまでプロデューサーだ)
メエェ(司会進行と企画運営役となる)
メメェ(東京のどこかにいるイベントボスを探し出して討伐するのが一応の大目的となる)
「私は生産販売系やから、探索とかは教えてあげられんのよね。一応紹介できそうな知り合いはおるけど」
「いえ、今のところは大丈夫です」
今のところの交友範囲はバロメッツたちと群馬ダーク、背脂所長、ダバイン貴富で十分な気がします。
「群馬さんはイベントではなにを?」
「基本は農場の防衛かな。グリーンでも農場に悪さするモンスターが来る可能性はそこそこあるし」
「施設警護ならやったことがあります。必要なら呼んでいただければ」
武装企業の発電施設や物流拠点における対人、対アンデッドの任務ですが、歩哨や監視なら得意分野です。
「ありがとう。そうとんでもないモンスターは来んと思うけど、物販で忙しくなったら留守番とか頼みたいかもしれん。今回はだいぶ騒がしくなりそうやし」
「そうなんですか?」
「うん、うちの農場にアークシャークとグレーターグリフォン出てきたでしょ? あれ、今回のイベントのヒントかもしれん。そうすると隠しダンジョンっていうのもこの高尾山の近くにある可能性が出てくる。それで合ってるかどうかはともかく、そう考える冒険者は少なくないはず」
「ドンレミ農場に冒険者が殺到するということでしょうか?」
「うん、結構な数の冒険者がこのあたりを調べに来ると思う」
真相としては背脂研究所のアークシャークとグレーターグリフォンは今回のイベントとは無関係なのですが、告知番組の見せ方からすると、関係を疑わせるような表現になっていました。
あとで背脂所長に聞いたところ、アークシャークとグレーターグリフォンというおかしなモンスターの出現にイベントのヒントという説明をつけ、背脂研究所という秘匿施設の存在を隠蔽するためのカバーストーリーとのことでした。
イベントそのものがカバーストーリーなのではなく、最初から予定されていた洪水イベントに無理やりサメとグリフォン要素をねじこみ、無理やりに成立させたそうですが。
「商売的にはチャンスってことになるから売り物用意せんといかんし、変な冒険者がおったら畑踏み荒らされることもあるからそのへんも注意せんといかん」
「お手伝いさせてください」
私の行動のひとつひとつが巡り巡って群馬ダークのほうに着弾してしまっています。
「気持ちは嬉しいけど、基本的にはソルちゃんはソルちゃんでやりたいことやって」
「そのやりたいことが、まだはっきりしていなくて。一応最初の目的はあったんですが、思ったより早く片付いてしまって。食べていくだけならパンやお菓子を焼いてバザールに並べるだけで成り立っていますし」
見事に方向性のない人生を送ってしまっています。
「うーん、せやったら手伝ってもらおか。ソルちゃんおったほうが色々できて面白いのは間違いないし」
「はい、よろしくお願いします」
そんな形で、初めてのイベントは群馬ダークと行動を共にすることになりました。
そしてホームエリアへと帰還すると、また新しいメッセージが届きました。
特別報酬を獲得しました。
大星石♋『蟹座の十つ星』
レアリティ:レジェンダリー
特殊効果 :蟹座の守護
ストレンクス(極大・永続)
プロテクション(極大・永続)
レジスト(極大・永続)
エンデュランス(極大・永続)
水属性強化(極大・永続)
水属性防御(極大・永続)
シーフードルーラー
魚介類特効(極大・永続)
水中行動支援(極大・永続)
スキル付与/海鮮料理(SS)
備考:
・巨蟹宮攻略報酬
・巨蟹宮主が脱帽した十つ星パティシエの証
・このアイテムはゾディアック装備『キャンサー』の生産素材となる。
・譲渡、売却不可
巨蟹宮主プレゼンツ『20XX上半期エトワールスイーツベスト10』賞金
:3億PP
「本当に大変なことになってしまったのですが」
メェ (ああ)
メメェ(深刻に大変なことになったようだ)
メエェ(これを見てほしい)
深刻な様子でバロメッツたちがウィンドウを開くと、雨の降りしきる新宿エリア、かつての都庁を取り込む形でそびえる新宿ラストダンジョン周辺をとらえたライブカメラの映像が映し出されました。
新宿エリアも恐ろしい雨で水没しそうですが、問題はそこではなく、城塞の一角にそびえ立つ時計塔のようです。数字の代わりに星座のマークが浮かんだ時計の蟹座マークのところが淡く輝いていました。
時計としての機能はしていないのか、時計の針は十一時五分となっています。
実際の時刻とは、だいぶズレてしまっています。
映像の脇のチャット欄には。
<マジかよ……>
<巨蟹宮が攻略された?>
<一体どこのパーティーだよ>
<ていうか巨蟹宮ってさっきまで生配信してたよな>
<不在中を狙って落とした?>
<マジで物理炎上させたんか>
<いいのかそれ>
なにか混乱した様子のコメントが流されている。
「どういうことでしょう」
メェ (あの大時計は黄道一二迷宮の攻略度合いに応じて五分ずつ進んでゆき)
メメェ(一二時まで針が進むと迷宮王アデスが姿を現す)
メエェ(今日はじめて、最初の五分が進んだ)
「私が攻略した扱いになっている、ということですか?」
送りつけられた大星石の説明に『巨蟹宮攻略報酬』『巨蟹宮主が脱帽した十つ星パティシエの証』と書いてあります。
メェ (そのようだ。生産型の冒険者でも仕事によって迷宮主を攻略できるシステムにはなってはいるが)
メエェ(バザール経由で陥落とは)
メメェ(さすがに構造的欠陥と言わざるを得ない)
バロメッツたちも頭痛を覚えたように言いました。




