第23話 阿鼻叫喚
「第二位、BS221B、モンブランを使ったマリトッツォ。旧時代に一時期流行ったイタリア系のスイーツ。これはとにかくブリオッシュの仕上がりが天国みたいにふわふわ。のうみそがとろとろになるみたいな食感が素敵な逸品。気取らないで手づかみ、ハサミづかみで楽しめます」
「パックンナー」
マリトッツォを大きなハサミで掴んだカルキノスがマロンクリームをはさんだブリオッシュを口に運びます。
「……あっ!」
ここで食べる予定はなかったのか、ヒュドーラは慌てたような声をあげました。
「ちょ、まだ食べたら駄目だって!」
制止の声をあげましたが、手遅れだったようです。
「ニャッ、ニャッ……」
蟹としてのアイデンティティーを喪失したような声をあげ、カルキノスはマリトッツォを飲み込んでいきます。
<まずい>
<……喰ってる>
<食うとどうなる>
<知らんのか>
<あまりの美味さに猫になる>
<カニがか>
そんなコメントが流れてゆき。
「……ニ、ニャッニャッニャッニャッ……ニャッ……ニャッ、ニャッキンニャーッ!」
マリトッツォを完全に飲み込んだカルキノスは目を黄金に光らせ、体から凄まじいオーラを出して咆哮。
そして見る間に変形、巨大化し、黄金の全身鎧をまとった騎士のような姿になりました。
<……変身?>
<第二形態かなにかか>
<蟹座のゴールドなんとか?>
<ネタバレ?>
<放送事故じゃね>
「……し、少々お待ち下さいっ! ストップ! カメラ止めて!」
なにか本当に、ここで見せてはいけないものが写ってしまったようです。ヒュドーラが慌てた声をあげ、画面が『少々お待ちください』というものに切り替わりました。
しばらくして再開すると、カルキノスの姿が消えて蟹のぬいぐるみが置いてありました。
「それでは続けさせていただきます」
<知らん顔で続ける気か>
<まぁいいけど>
<このあとのイベント発表大丈夫なのか>
カルキノスの変貌には触れずに話を続けるようです。
「第二位のマリトッツォは、第三位の洋梨のアップサイドダウンケーキ同様に星三つです」
<一体何年分の星が今回だけで放出されてるんだ>
<星のバーゲンセールかよ>
「なお、BS221Bについては今後は殿堂入りとし、このコーナーの選考対象からは除外とする予定です」
今日初めて存在を知ったコーナーに追い出されてしまいました。
メェ (さすがに妥当な判断と言わざるを得ない)
メエェ(このレディを野放しにしておいては)
メメェ(焼き菓子のランキングなど完全破壊されてしまう)
妥当な判断とみなされてしまいました。
「では、第一位を発表します。BS221B、グリフォンナッツとフルーツのキャラメルタルト!」
悪魔の給仕がテーブルにおいた小さなカバーを持ち上げると少し前に焼いて、バザールに出したナッツ、ドライフルーツを使ったキャラメルタルトが現れました。
「最強クラスのグリフォン系モンスターだけが集められる最高品質食材グリフォンナッツを人類史上最高レベルの焼成技術で焼き上げた最高、至高、究極、完璧、無敵、私のスイーツ遍歴の中でも現時点での結論と言っていい、テーブル上の財宝です! 星はもちろん十っ! おめでとうございますっ! うぇーいひゅーひゅー」
<もちろんじゃねぇ!>
<間を飛ばしすぎだ!>
<そこはせいぜい五までだろ>
<過去最高の三倍以上じゃねぇかっ!>
コメント欄の指摘によると、過去最高は星三までだそうです。
新記録にしても行き過ぎの数字でしょう。
メェ (十ときたか)
メメェ(まぁ殿堂入りだからな)
メエェ(今回限りと思って好き勝手をしてきたか)
「せいしゅくに!」
ヒュドーラはゆっくりといって胸をはりました。
「私の審査は常に厳正中立、正確無比で明朗会計です。私が星十と言ったら十なんです。異論は認めません」
<なんたる横暴>
<幼女の横暴を許すな>
<このヘビガキが>
<幼女じゃしょうがねぇか>
<ウェーイ! 星十ウェーイ>
<ひゅーひゅー>
荒れているというより馴れ合っているようです。
「じゃあいよいよ実食タイムです。おろかな冒険者たちのみなさんを嫉妬させ、羨望させ、苦悶させながら食べるスイーツ! これがヴィランの醍醐味です!」
「ヴィランなんですか?」
メェ (ヴィランだ)
メエェ(キャラクター的に面白幼女扱いされているところはあるが)
メメェ(いざ戦闘になれば太刀打ちできる冒険者は存在しない)
六分の一ピースのタルトにフォークを入れるヒュドーラ。
ナッツとフルーツをかき分けるようにしてキャラメルの層を抜けたフォークが底のタルト生地を割り、ざくりと音を立てました。
ゴッ!
ゴゴゲッ!
息を呑んで見守るマンドラゴラたちが呻くような声をあげ、
<な、なんだこれ!>
<音と視覚だけで!>
<ヘッドホンしてたやつ無事か?>
<衝撃波喰らった>
<これまでの飯テロは児戯に等しかったというのか>
<スイーツ興味ない系なんだけどこれは……>
<ヘッドホン勢の返事がなくね?>
<見てたら返事しろ>
<初撃でみんなやられちまったのか>
<こちらオーディオ沼の民、ヘッドホンではないのでかろうじて助かったが、マイ電柱が災いして理性を失いつつある>
<それは単にスピーカーの性能がよいだけでは>
<一体何処に電柱を介する余地が>
<……うま、そう>
<字幕にしてミュートしたほうがいい>
<すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ>
コメント欄が地獄絵図になってしまいました。
半分くらいは悪ノリや冗談だと思いますが、相当衝撃的な映像になっているのは事実のようです。
画面の中のヒュドーラは切り分けたタルトを口に入れ、
「んんんんん♡ にゃあああああああんっ♡」
と甘い声をあげています。
足をぱたぱたと動かすヒュドーラの体に生えているヘビたちも。
ニャー!
ニャーン!
ニャニャニャニャーン!
とコーラスをするような声をあげてくねり踊ります。
「すごい! すっごい♡ こわれてる♡ この味のためだったら、うちのアイテム全部と交換してもいいよこれ。にゃーん♡」
タルトを焼くと巨蟹宮エリアの全アイテムと交換できるようです。
さすがにどこかからストップがかかりそうな気もしますが。
<我々は一体何を見せられているのか>
<R18G(グルメの略)>
<18歳以上でも普通に深刻なダメージが心身(主に消化器系)に……>
<ここまで煽っといて入手方法が存在しねぇってなんだよ>
<本当に東京大迷宮最悪のスイーツテロ事件だぞ>
<東京大迷宮の幹部がやべぇってこんなことで理解させられるのかよ……っ>
<十二迷宮主はやっぱりお笑い集団じゃなかったよ>
<いや、お笑い以外のなにものでもないんだが本当に泣きたいほど苦しめられてる>
<いったいどうやったら喰えるんだ>
<検索したけど十二ピースしか出てなくて即完売してる>
<個人で細々やってるっていうか、本当に最近の新人っぽい>
<1ピース50万で売ってたのか?>
<全体的に食事効果が狂ってるらしい。同じ効果のポーションとか比べると微妙にだが安い>
そんなコメントが流れるなか「んんんん♡」「にゃっ♡」「あみゃあみゃあみゃあみゃ♡」猫のような幼児のような声をあげてタルトを口に運び。
<ああ、ああ、ナッツが、キャラメルが>
<ザクザク、サクサク……>
<たすけて>
<もう見ていられないのに見続けずにいられない>
<なんちゅうもんを……なんちゅうもんを……>
<もう今日は眠れない>
<このあとイベント告知があるとか嘘だろ>
<カロリーが、カロリーが高すぎる!>
コメント欄が本当に阿鼻叫喚です。
ゴ、ゴゲゲ……。
ゴゲァ……。
ゴゲゴゲゴゲゴゲゴゲゴゲ!
配信画面の前に陣取るマンドラゴラたちも限界を越えたのか、隠し持っていたらしいマドレーヌやクッキーなどをかじってゴゲニャーとため息をついていました。
なんだか薬物中毒者めいた挙動になっている気がします。
そんな地獄絵図、または珍事件は、ヒュドーラがタルトを完食したところで幕を閉じました。
「あー、もう、食べ終わっちゃったー……でも本当にすごいスイーツは、食べ終わった後の満足感も完璧で至福なのです。私は今、めちゃくちゃに幸せいっぱいで、感謝に溢れています。ひゃっほう、さいこーだぜー! うらやましいかざこ冒険者どもー、ピースピース♡」
ラララ~。
なぜか虹色のオーラを放ち、讃美歌のような歌を蛇たちに歌わせ始めたヒュドーラは、満面の笑顔で視聴者を挑発しはじめました。
<じ、自分だけ満足して賢者顔してんじゃねぇぇぇっ!>
<このヘビガキヴィランがぁぁぁぁっ!>
<許せねぇ、絶対に許せねぇっ!>
<自宅凸すんぞこらぁっ!>
<焼蛇じゃああああ>
ヴィランだそうですので狙ってやっている可能性のほうが高そうですが、コメント欄は大荒れになってしまいました。
なお、ヒュドーラの自宅というのは巨蟹宮のことですので所在は公開済み、攻略ができた人はいないそうです。
「一位から九位までを獲得し、殿堂入りとなったBS221Bさんには賞金として三億PPと記念品を、十位のドンレミ農場様には一千万PPを進呈します! それでは第二部でまたお会いしましょう」
そんな形で、前半のスイーツランキングは終了。配信画面が待機画面に切り替わります。
再開は四十五分後だそうです。
「……えらいことに」
マンドラゴラと同様に、なにか食べたくなってしまったのか、クルミのプラリネをかじった群馬ダークが放心気味に呟きました。
「問い合わせとか大丈夫そう?」
「メッセージは受け付けていないので大丈夫なんですが、再販リクエストが凄い勢いで」
第一位にランクインしたキャラメルナッツタルトにいたってはリクエスト数が三万を超えています。
推奨販売価格一ピース五十万の異常な価格のタルトですし、そもそも材料のグリフォンナッツが希少品なので量を作れるものではありませんが。
パン。
ゴゲゲゲー!
「ランク入りおめでとう」を思い出したようです。やや唐突にマンドラゴラたちがクラッカーを鳴らし、両手をパタパタ振りました。
「ありがとうございます」
「おめでとうなんやけど、うちの農場のショップアカウント、ソルちゃん紹介しろとか素性を教えろとかいう問い合わせが百件くらい……」
「……とんだ御迷惑を」
BS221Bのアカウントでメッセージの受付をしていないため、窓口を開放しているドンレミ農場に問い合わせが押し寄せてしまったようです
「炎上沙汰ってわけでもないから気にせんでええけど、実際どないしよか」
「どうしましょう」
私のネットリテラシーでは対応できそうにないのでバロメッツたちに助けを求めます。
メェ (取り急ぎ仮の問い合わせアドレスを作っておいた。農場のページに貼り付けておいてもらえるだろうか)
メエェ(あとは我々が責任をもって対応する)
メメェ(もう来てしまった問い合わせについては、そちらのアドレスに連絡するよう回答を)
既に予測済みの事態だったようです。バロメッツたちは慌てた様子を見せずに言いました。
「おっけー。定型文作って返しとく、ソルちゃんもそれでいい?」
「はい」
私のリテラシーではバロメッツたちと群馬ダークの判断に従うのが一番賢明でしょう。
メェ (ついでに運営に苦情を入れておくか)
メエェ(予告もなく個人アカウントの知名度を世界レベルにあげてくるとは)
メメェ(迷宮主のやることに苦情を言ってもどうにもならんところではあるが)
十二迷宮主は悪者なので、文句があるなら直接本拠地に乗り込むしかないようです。