第22話 東京大迷宮TV
チミチャンガの試作と試食、食器と調理器具の片付けを終え、群馬ダーク邸の居間でレモネードを飲んでいるとマンドラゴラたちがクリスタル状のアイテムを出して、大きな動画のウィンドウを開きました。
配信番組を見ようとしているようです。
タイトルは、
東京大迷宮TV VOL.303
東京大迷宮の公式番組だそうです。
配信開始のカウントダウンが終わると、黒い背景の中に学生服のようなブレザーを羽織り、背中から青いヘビの群を生やした、青い髪、琥珀色の瞳の少女の姿が映し出されました。
外見上の年齢は一二、三歳くらい。左右に伸びた蛇の群が羽根のようにも見えました。
アンティーク風の椅子に腰掛けていて、足の上には猫くらいの大きさのカニを乗せています。
テロップによると、
東京大迷宮巨蟹宮主カルキノス&ヒュドーラ
とのことです。
十二星座をモチーフとする最高難度エリア、黄道十二迷宮の一つ巨蟹宮の支配者で、迷宮王直属の最高幹部。
蟹座の神話は、大蛇ヒドラの友人である蟹カルキノスが英雄ヘラクレスとヒドラの戦いに加勢。力及ばずヒドラもろとも殺されたものの、その勇気を称えた女神ヘラに星座にされたというものなので、蟹をモチーフにしたカルキノスと、ヒドラを擬人化したようなヒュドーラのコンビで十二迷宮主の一角を務めているそうです。
「こんばんは! 愚かな冒険者の皆さん。蟹座迷宮主ヒュドーラと」
「カルキノスだチョッキン」
チョッキンはハサミの音ではなくそういう語尾のようです。
「今夜の東京大迷宮TVは、わたし達がパーソナリティーをつとめてあげます。光栄に思ってください」
可愛らしい声でそう言って胸を張るヒュドーラ。冒険者をブラックアウトさせることはありますが、アンデッドのような不可逆的な破滅をもたらす存在ではないこと、小柄な美少女の姿をしていること、積極的に動画配信を行って東京大迷宮の名所や、グルメや新作アイテムの紹介などをしていることから、配信者として人気が高いそうです。
<はい、光栄です>
<巨蟹宮主ヒュドーラさま。今日も美しいです>
コメント欄を見ると赤や緑の色がついた課金チャットが乱れ飛んでいました。
マンドラゴラ達にも熱狂的な支持を受けているようで、
ゴゲー!
ゴゲゴゲー!
ゴーゴーゲーッ!
団扇やペンライトを振って大変な興奮ぶりです。
「いつもこんなに興奮を?」
「せやね」
レモネードのグラスを片手に群馬ダークは苦笑します。
「今日の配信は二部構成。第一部は私ヒュドーラが選ぶ今年上半期のエトワールスイーツトップ10」
「第二部は七月の水着イベント発表チョッキン!」
「今年も過酷なサバイバルゲームを繰り広げていただきますので楽しみにしてください。それでは東京大迷宮TV、梅雨真っ盛り! 雨模様の水着イベントスペシャル! スタートです!」
「チョッキーン」
ヒュドーラとカルキノスの声を合図に、楽しげな音楽とオープニング映像が流れ、最後に『東京大迷宮TV 梅雨真っ盛り 雨模様の水着イベントSPECIAL』というタイトルが表示されました。
メェ (梅雨真っ盛り)
メエェ(いつもながらセンスにクセが有る)
メメェ(素直に夏直前で行けないのか)
「サバイバルゲームと言っていませんでしたか?」
不穏な単語が出てきました。
「PVPイベントってことだと思う」
群馬ダークが言いました。
メェ (通常東京大迷宮では冒険者同士の戦闘は非推奨だが)
メエェ(一部の特別なエリアではその制限が解除される)
メメェ(対人戦可能エリアを広域に設置し、そこでの戦果に応じてランキングが行われる)
「対人戦ですか」
東京大迷宮まで来て人間に銃口を向けるのは気乗りしませんが。
メェ (探索や討伐要素もあるはずだ)
メエェ(物販要素もあるな)
メメェ(この時期のイベントは規模の大きな複合イベントになる)
画面が切り替わり、白くて明るいティールームの光景が映し出されます。
画面の真ん中にはやはりヒュドーラとカルキノスがいますが、その傍らには給仕風の衣装を身につけたミノタウロスたちが控えています。
「それでは第一部をお送りします。このコーナーでは東京大迷宮最強の美少女モンスターにして美食家、辛口スイーツ評論家のヒュドーラが選ぶ今年上半期の極上エトワールスイーツベスト10をお伝えいたします。どれも舌と脳が溶けて崩れて、心の猫がにゃーと鳴く逸品揃いです。絶対にチェックしてくださいね!」
「今、猫ってゆわんかった?」
「はい」
聞き違いではないようです。
「まぁ、あたりまえっていえばあたりまえか。あれでランクインせんほうがおかしい」
ドンレミ農場で売った群馬聖のアップサイドダウンケーキがランクインしている可能性が出てきました。
聞いたところによると、個人でも辛口スイーツ評論家として食レポの配信番組を持っているヒュドーラが、『謎の超高額ケーキを超辛口採点!』という配信をやり、にゃあんにゃんにゃんと号泣したという騒動があったそうです。
その気になればアーカイブも見られる状態ですが、『超辛口採点』という響きが引っかかって視聴はしていませんでした。
「それでは早速第十位! ドンレミ農場の群馬聖のアップサイドダウンケーキ、星二つ!」
「え、十位?」
群馬ダークが驚いたような声をあげました。
「あの出来と反応で十位ってどういうこと? ほかでよっぽどとんでもないのが九種類もあったってこと? そんなんありえるん?」
もう少しランクが高くないとおかしい、ということのようです。
ゴゴゲー!
ゴゴゲゲー!
マンドラゴラたちもランクに不満を覚えたのかブーイングのような声をあげています。
コメント欄のほうも、
<ええ?>
<あれが十位って>
<ないだろ>
<アレ以上のやべぇスイーツが九種類もあってたまるか>
<下手するとここで炎上案件>
<炎上! ヒュドーラ大炎!>
<焼蟹にしろ!>
<買収されてんじゃないだろうな>
<つーか星二つって前回一位と同じ星だぞ>
<星三つが上にいるのか?>
<いや、もしかして>
「しずまるのです。おろかな冒険者たち」
「だまれチョッキン」
また暴言を吐いていますが、もうそういう芸風ということで定着しているようです。チャット欄は意外にあっさりとしずまってしまいました。
<はい>
<ごめんて>
「第九位から四位までは一気に発表します。全て同じ生産者のスイーツです。第九位、アーモンドプラリネのメレンゲクッキー」
メェ (ああ)
メエェ(なるほど)
メメェ(そういうことか)
バロメッツたちが冷静に呟きました。
「第八位、もみじまんじゅうの型を使ったマドレーヌ。第七位、木の実と果実のパウンドケーキ。第六位、レモンのマカロン。第五位、生クリームとチョコレートのコロネ、第四位、クッキー生地のカスタードエクレア! ぜんぶ生産者ID、BS221B、どれも東京大迷宮史上空前、珠玉のスイーツです! ひゃー、さいこーだぜーっ!」
「チョッキン!」
ミノタウロスの給仕たちが、テーブルの上に見覚え、または身に覚えのあるスイーツを並べてゆきます。
<四位から九位までひとりで独占?>
<いや、これ、もしかして、十位含めて全部?>
チャット欄にそんな反応が流れ、群馬ダークが「そういうことか」と呟きました。
「全部ソルちゃんならそういうランキングになってあたりまえなんか、なんかイキってしまってはずかし」
「いえ、私も群馬聖が上位に入ったと思いましたから」
ヒュドーラが食べたのは群馬聖のケーキだけだとなんとなく決めつけてしまっていました。
群馬聖のケーキ作りで得た練度が後発のスイーツに反映され、ヒュドーラに捕捉された結果、初期の生産物である群馬聖の順位が下がってしまっていたようです。
BS221Bは私の生産者IDとなります。シャーロック・ホームズのベーカー221Bという住所に似たIDが空いているのをホームズが見つけて取得してくれました。
「おめでとう……って言いたいところやけど、一位から三位までも見てからにしたほうがよさそうかな、これは」
ゴゴゲー。
どこかからクラッカーを出したマンドラゴラたちが発射の準備をはじめました。
「続いて第三位、BS221B、洋梨のアップサイドダウンケーキ」
「あー、これも選考対象やったんか」
ドンレミ農場名義ではありませんが、これも群馬ダークが栽培していた洋梨を材料に焼いたものです。
「第十位の群馬聖のアップサイドダウンケーキによく似たケーキです。食材ランクとしてやや下がるんですが、技術的な完成度ではこちらのほうが一段上。食事効果もおとなしめで、その分価格も抑えられ、純粋なスイーツとして手を出しやすいのがいいところです。トータルバランス最高のケーキとして星三つです!」
「チョッキン!」
ゴゲー!
ゴゴゲー!
パン!
パパン!
マンドラゴラたちが祝福の歓声をあげ、まだお預けのはずのクラッカーを暴発させました。
<三位で星三つがでた件>
<まだ終わらないのかよ>
<見てるだけでとんでもねぇ飯テロなんだが>
<ちくしょう、許せないぜ迷宮主!>
<やっていいことと悪いこともわからないのか!>
<東京大迷宮にここまでの怒りを覚えたのは初めてだ>
<やっぱり炎上まったなしだ>
<ヒュドーラ炎上>
<蟹鍋蟹鍋蟹鍋蟹鍋蟹鍋>
「うるさーい! こっちも理性を保つだけでいっぱいいっぱい!」
「チョッキンナー!」
ぷんすかという擬音がしそうな声と表情で視聴者たちを怒鳴りつけたヒュドーラは発表を続けます。