第2話 クラスを見てみよう
余命30日。
数字として突きつけられてしまうと、さすがに気分が沈みますが、余命宣告はもう受けていましたので、驚きはしませんでした。
「はい、アンデッド因子感染者なのですが、冒険者登録は可能でしょうか」
メェ (潜伏型であれば問題ない)
メエェ(発症時には排除対象となってしまうが)
メメェ(事情を聞かせてもらっても?)
「奨学兵団というものをご存知でしょうか?」
メー (衣食住と教育を引き換えに未成年者を集めている民間軍事組織と記憶している)
「はい、私は最近まで滋賀の奨学兵団に所属していました。京都のアンデッド掃討作戦に参加したときにアンデッド因子感染者となり、余命宣告を受けました。発症時に作動する薬液リングは装着しています」
シャツのボタンを外し、金属の首輪が見えるようにします。
アンデッド因子感染症は感染者を死に至らしめた後、アンデッドと呼ばれる吸血、人喰いの怪物へと変えてしまう病気です。
発端は西暦2020年。正確な原因は今も不明ですが、はじまりは東京からだったそうです。
突如流行を開始したアンデッド因子感染症は約一週間で東京都民の半数をアンデッドに変えてしまいました。
当初は警察や自衛隊などによる対応も有効だったのですが、感染拡大とともに変異と進化を続けたアンデッド因子は、複数のアンデッドを結合させることで統合型と呼ばれる強力な個体を発生させる能力を獲得。旧来の警察組織、軍事組織を圧倒し、壊滅に追い込みました。
関東地方は放棄され、日本国政府は京都に移動することでかろうじて命脈を保ちました。
京都政府は諸外国に救援を求めましたが、アンデッド因子感染症への対抗手段はなく、諸外国も日本列島全体を封鎖。逆鎖国状態にすることで世界規模の感染拡大を防ぐのが限界でした。
海外からの核攻撃で列島ごと浄化、とまでは行きませんでしたが、大量破壊兵器の類で消滅した都市もいくつか存在します。
そうして見捨てられた日本列島の住人は最初の感染者の出現から数年で一千万人を切り、各地で生き残った武装勢力が構築した要塞都市に集まって暮らすようになりました。
ですがまともな物資も生産手段もない状況です。アンデッド時代前の遺産、そして諸外国から投下される僅かな支援物資で食いつなぎ、そしてその支援物資を確保するためにアンデッドばかりか人間同士でも殺し合いを繰り広げる絶望の時代だったそうです。
そこに姿を現したのが東京大迷宮。
西暦二〇三〇年。
アンデッド災害で放棄された東京に突如現れた、その巨大ダンジョンは、それまで伝承やフィクションの世界の中にしかいなかった竜や魔獣、巨人と言ったモンスターを地上に放ち、東京エリアのアンデッドを一掃してしまったのです。
謎の新勢力、東京大迷宮は全国の要塞都市群に対し、迷宮王アデスと言う名で声明を放ちました。
「冒険者となり、大迷宮に挑戦せよ。再生の光はここにある」
と。
東京エリア直近の要塞都市大宮はこの声明を受け、東京大迷宮に調査隊を送り込みました。
そこに待っていたのは、旧東京エリアの地下と地上の各所に展開した旧時代のロールプレイングゲームめいた迷宮群と、そこを闊歩するモンスター達、そして『冒険者システム』でした。
東京大迷宮に足を踏み入れた人間は冒険者と呼ばれる存在となり、ファイターやウィザード、シーフ、ソルジャーと言った職業を三つ付与され、超人的な身体能力、あるいは異能や魔法、超能力と呼ばれるようなゲームじみた能力を手に入れることができたのです。
東京大迷宮の公式サイトによると、迷宮王アデスの目的は人が勇気や熱意、英雄性や芸術性、人間性などを示すときに放たれる『精神の熱』を集め、自身の力の源とすること。
強い『精神の熱』を放った者には相応の対価を与える。
その対価として用意されたのが、運命を切り開く可能性『冒険者システム』と『PP』。
『冒険者システム』を使って得た力や、東京大迷宮で手に入れたアイテムは東京大迷宮の外でも使用することができ、ダンジョン外のアンデッドと戦う上でも大きな力になりました。
『PP』というのはポシビリティポイントの略で、東京大迷宮内での活動や実績に対して付与される仮想通貨。東京大迷宮が経営するECサイトや、東京大迷宮で活動する冒険者同士の商取引、そしてRPGのスキルポイントのようにスキルアップの為のリソースにして利用できます。また穀物や肉や魚、石油や天然ガス、電子機器、対アンデッド用の銃火器といった通常物資との交換も可能でした。
冒険者としてPPを集めれば、アンデッドを駆逐する力や国土を復興するための資源、物資が手に入る。
あるいは対立都市を圧倒する為の力が。
迷宮攻略のメリットに気付いた要塞都市大宮は大規模な冒険者団を結成して先行者利益を確保。それを知った他の要塞都市群、そして汚染地域として日本列島を封鎖していた諸外国もダンジョン利益を確保しようと動き出しました。
一時は東京大迷宮を巡る国家間紛争さえ勃発しましたが、最終的には迷宮王アデス自身が『ダンジョン攻略以外の武力介入は一切認めない』と布告、ダンジョン利権確保の為の軍事作戦を行おうとした勢力をことごとく粉砕。現在の東京エリアは迷宮王アデスが支配する事実上の独立国家という扱いとなっています。
また、ダンジョン攻略によって安定と発展を手に入れた要塞都市の武装勢力はやや洗練されて武装冒険企業と名乗り、それぞれの都市を復興、発展させ、アンデッドの掃討や企業間抗争など展開する一方、東京大迷宮でダンジョン攻略競争を繰り広げるようになって行きました。
私が生まれたのは東京大迷宮の出現から一〇年後となる二〇四〇年。
物心ついたときには奈良の児童養護施設に居て、十二歳からは兵役の対価に教育と衣食住の提供を受けられる奨学兵団に籍を置きました。
兵団の運営母体である近畿武装企業連合、通称MIYAKO傘下の要塞都市や武装キャラバン、発電所や通信基地の警護などが主な仕事でしたが、二ヶ月前にMIYAKOが発動した大規模アンデッド掃討作戦で所属部隊が壊滅。自分も感染者になってしまいました。
発症の遅い潜伏型だったことから即時の処分は免れたのですが、二、三ヶ月以内に発症、死亡するという宣告を受け、発症時に血液凝固剤を投与する薬液リングを首に付けられて兵団を除籍されました。
「東京大迷宮ならアンデッド因子感染症を治療する薬が手に入ると聞いて、冒険者を志望しました」
メェ (なるほど、確かにここには治療の術がある)
メエェ(アンデッド因子抑制剤や万能薬が有効だ)
メメェ(入手難度の問題はあるが)
メェ (アンデッド因子抑制剤はレアクラス、万能薬はエピッククラスの消費アイテムになる)
メエェ(アンデッド因子抑制剤はバザールで手に入るが、一日の延命に一万PPが必要だ)
メメェ(初期PPを使い切っても十日分)
メェ (万能薬を使えば完治が見込めるが、バザールには滅多に出ない。最低取り引き価格は一千万PP。市場状況によってはそこからさらに跳ね上がることもある)
メエェ(あとはダンジョン内でのドロップだが、アンデッド因子抑制剤はバザール専売アイテムでドロップモンスターがいない)
メメェ(万能薬はエピックアイテムなので、ドラゴンなどの上位モンスターからでないとドロップしない)
「一日一万PP以上稼いで抑制剤を買い続けて一千万PP貯めるか、ドラゴンのようなモンスターを倒して万能薬を手に入れる。現実的に達成可能な条件でしょうか?」
メェ (難しい条件だが、そのあたりの難度は保有クラスによって変わってくる)
メエェ(まずは保有クラスをチェックしてみよう)
メメェ(テーブルを使わせてもらっても?)
バロメッツたちはどこからかタロットのようなカードを取り出すと短い足でシャッフルし、テーブルの上に並べました。
メェ (好きなカードを三枚引きたまえ、それが君の保有クラスとなる)
メエェ(ある程度は君自身の経歴に左右される)
メメェ(従軍経験がある場合は兵士系のクラスが出やすい)
道中に読んできた東京大迷宮ガイドブックによると、クラスというのは冒険者となった人間が発揮できる能力、技能の方向性を示すもので、誰でも初期登録時に三つ与えられるそうです。
職業と書いてクラスとルビを振ることもありますが、カタカナ三文字のクラスが正式名称。
バロメッツたちのいう通り、軍経験があれば兵士系というように、それまでの人生経験で得た能力や技術に合わせたクラスを与えられることが多いのですが、魔法系のクラスなどは前歴などとは関係なく、本当に素質だけで出現するそうです。
エルフやドワーフといった、種族そのものが変わってしまうクラスもあるそうです。
「わかりました」
まずはテーブルの真ん中のカードに触れ、開いてみます。
カードが白く輝いて、フリントロック銃を携えた兵士の絵柄が現れました。
上の方には星が三つ描かれています。
星はレアリティを示すもので、一つ星から最大で五つ星。星が多くなるほど優秀ですが、出現率が低くなるそうです。
メェ (ソルジャーのレア)
メエェ(銃火器戦闘に長けた戦闘向きクラスだ)
メメェ(レアは精鋭級。上々だ)
出やすいクラスがそのまま出たようです。
「一番上は五つ星でしたよね?」
メェ (ああ、レジェンダリークラスだ)
メエェ(この東京大迷宮で、引き当てた者はまだいない)
メメェ(ひとつの世界に千年に一人でるかどうかだな)
五つ星や四つ星は出ないものと思ったほうが精神衛生上良さそうです。
続いて二枚目を引いてみます。
たき火をする男の絵柄と、二つ星のマークが現れました。
メェ (キャンパーのアンコモン)
メエェ(野営者)
メメェ(アウトドア系か)
「キャンプをするキャンパーですか?」
メェ (そのキャンパーだ)
メエェ (探索エリアの長期活動や屋外型ダンジョンで役立つ)
メメェ (やや補助的なクラスではあるが)
奨学兵団にいた頃の野営経験が反映されたのかも知れません。今のところはソルジャーのほうがメインになりそうですが。
「わかりました。次で最後ですね」
そのまま三枚目のカードに手を触れると、今度もカードが光を放ちました。
それは、レアクラスの時に見た白い光でも、エピッククラスの時に出るという金色の光でもなく、虹のような、七色の光でした。
メェッ! (なっ!)
メエェッ!(これはっ!)
メメーッ!(なんとっ!)
バロメッツ達が驚愕の声をあげ、もふもふした体を膨らませます。
一旦手を止め、深呼吸をしたあと、カードをひっくり返します。
そこには五つの星と、王冠のような帽子を被り、輝くフランスパンらしきものを掲げた男性の絵柄が描かれていました。
メェ (ベーカーの、レジェンダリー)
メエェ(伝説的パン職人)
メメェ(信じられん……)
「パン職人、ですか?」
これまでの人生とは全く関わりの無い職業です。
メェ (正確にいうとベーキング職人だな)
メエェ(ケーキやクッキーと言った焼き菓子やオーブン料理の類も扱える)
メメェ(一般的な料理人にできることはだいたいできるはずだ)
「一般的な料理をした経験もほとんど無いんですが……」
児童養護施設出身の奨学兵という身の上なので、キッチンなどで料理をしたことはありません。
馴染みがあるパンは配給の食パンやコッペパン、あとは乾パン程度。
ネズミを焼いてカレー粉で食べるサバイバル訓練なら受けたことはありますが、それすらも訓練での一回きりです。
メェ (経験はなくとも才能はあるということだろう)
メエェ(世界を震わすほどのレジェンダリーな何かが)
メメェ(具体的なことは正直こちらもわからないが)
前例がないせいか、バロメッツ達もあまり頼りにならないようです。
メェ (ステータスを確認してみよう)
メエェ(データが出てくるはずだ)
メメェ(ステータスウィンドウに職業欄が追加されている。開いてみたまえ)
閉じていたステータス画面を開いてみると、
冒険者名 :ソル
保有クラス:ソルジャー (レア)
キャンパー (アンコモン)
ベーカー (レジェンダリー)
PP :100,000
バイタル :グリーン
メンタル :グリーン
ステータス異常:
アンデッド因子感染症(潜伏型/余命30日)
と表示されていました。
メー (ベーカーの文字に指を触れてみてくれ)
「はい」
指示通りに文字列に指を触れると、小さなウィンドウが開いて説明文が出てきました。
ベーカー(レジェンダリー)
傷病労苦を超越せし伝説級パン職人。
保有スキル:
製パン(SSS)焼菓子・洋(SS)食品鑑定(SSS)食品調合(SSS)生地作成(SSS)食品発酵(SSS)食品成形(SSS)食品焼成(SSS)食品装飾(SSS)包丁さばき(SS)総合調理(SS)調理用熱量制御(SSS)調理用微生物制御(SSS)オーブン・石窯召喚(SSS)味覚耐性(SSS)冷蔵用アイテムボックス(SSS)冷凍用アイテムボックス(SSS)発酵・熟成用アイテムボックス(SSS)汎用アイテムボックス(SS)
よくわかりませんが、なにか大変な事になっているようです。
「Sとしか書いていないようですが」
メェ (ああ、コモンでCランクまで、アンコモンBランクまで、レアでAランクまで、エピックでSランクまで、レジェンダリーでSSSまでのスキルが付与される)
メメェ(アイテムボックスにバリエーションが多いのは生産職の特徴のひとつだ)
メエェ(全体に滅茶苦茶な内容だと理解しておいてほしい)
「味覚耐性、というのは?」
調理系のスキルとアイテムボックス系スキルはなんとなく運用イメージが浮かびましたが、ちょっと意味のわからないスキルです。
メェ (過剰に美味いものや不味いものを食べたときの反応を抑える)
メメェ(自分で作ったパンへの依存や過剰摂取を防ぐ為のスキルだ)
メエェ(オーバーリアクションによる事故を防ぐ意味もある)
危険なほどおいしいものができる、ということでしょうか。
比較材料が欲しかったので、レアのソルジャーやアンコモンのキャンパーのほうも確認してみます。
ソルジャー(レア)
多くの戦場を生き抜いた精鋭兵。
保有スキル:
射撃戦(A)白兵戦(A)狙撃(A)とどめ(A)防御(A)隠密(A)索敵(A)応急処置(B)銃火器整備(B)汎用アイテムボックス(SS)
キャンパー(アンコモン)
手慣れた野営者
保有スキル:
野営地設営(B)屋外料理(B)ブッシュクラフト(B)ロープワーク(B)自然知識(B)汎用アイテムボックス(SS)
レアリティが違うと、スキルの数とレベルにかなりの差が出るようです。
メェ (汎用アイテムボックスがそうだが、別のクラスで同じスキルを保有している場合は一番高いレベルで統一される)
メエェ(レジェンダリーとレアクラスがあればPPは相当稼ぎやすくなるだろう)
メメェ(取り急ぎ生産のチュートリアルをしておきたいが、受講するかね?)
「お願いします」
知識ゼロ、経験ゼロの状態からいきなり生産職の世界に飛び込んでいく勇気はさすがにありません。