第17話 ドンレミ農場チャンネル動画アーカイブ【新桃】群馬聖、収穫しました
「なんか……すごいもん送られて来たんだけど見る? いや、勝手に見せたらあかんか。ちょっと確認してみよ」
新人冒険者ソル・ハドソンからのギフトが送られてきたとき、農場経営者にして有力配信者群馬ダークは収穫を終えた高級桃『群馬聖』のバザール出品報告と紹介動画の配信の最中だった。
畑を背にしたオープンカフェ風の配信スペースで、カメラを離れてアイテムボックスを確認した群馬ダークは、SNSでソル・ハドソンに謝礼と問い合わせを送信すると、配信席へと戻った。
<なんだなんだ?>
<いやらしいものでも送られて来たのかな(^_^)>
「そんなんなら見せるかどうか迷わん。見せていいか問い合わせたから、OKってきたら紹介します。明日以降になるかもしれんけど。とりあえずシャーベット作り続けます。ミキサーポチるとところやったっけ……行けっ!」
ギュイイン!
皮と種子を取り、ミキサーに入れた群馬聖の果肉が粉砕され、ペースト状になっていく。
<ギャー!>
<ゴゲーッ!>
<おれの指がーっ!>
<祝・っ・て・や・る 8,888PP>
「人聞きの悪い悲鳴やめといて。収穫祝いありがとうございます。粉砕し終わったら、容器に移して冷凍庫か冷凍機能のあるアイテムボックスに移します。うちでは蓋のついたガラス瓶に入れとるけど、ボールとかジップのついた袋とかでもオーケー」
ミキサー内の群馬聖のペーストをいくつかの小瓶に移して蓋をする。
「あとは冷やすだけやけど、時間がかかるので、こちら完成品になります」
アイテムボックスから冷凍済みのシャーベットの瓶を出して配信用のテーブルの上に置く。
「今年の群馬聖のシャーベット。鑑定データはこんな感じ」
食品鑑定スキルを使ってステータスウィンドウを出し、配信用のカメラに向ける。
『群馬聖』のシャーベット
レアリティ:アンコモン
品質:最高
食事効果:メンタル1段階回復
「普通の群馬聖はバイタル回復なんやけどこうするとメンタル回復になります。もっとスキル高い人だとバイタル回復効果も残せるみたいやけど私のスキルだとそこまではいかんみたい」
<料理専門じゃないししゃあない>
<うまそう>
<いいな>
<頭キーン問題があるけど>
そんなやり取りをしていると、ソル・ハドソンから返信があった。
「さっきの問い合わせの回答が来たみたいなので少し中断します。お待ちの間は農場の様子をご覧下さい」
配信映像を農場内のライブカメラに切り替え返信を確認する。
OKだが、生産者の名前やケーキの鑑定データなどは伏せておいて欲しいとの回答だった。
(了解しました。個人情報や鑑定データは出しません。回答ありがとうございます)
と、そう返信したあと、自身の食品鑑定スキルでケーキに鑑定をかけてみる。
鑑定データを配信するつもりはないが、品質くらいは把握しておいたほうがいいと思ったのだが――。
桃源郷のアップサイドダウンケーキ(1/6ピース)
レアリティ:レア
品質:最高
食事効果:バイタル2段階回復
メンタル3段階回復
ステータス異常耐性(中・6時間)
「えぇ……これ、なに?」
ダバイン貴富のところで食べたカットフルーツも通常の群馬聖より食事効果があがっていたが、それよりさらに効果が増し、更にはレアリティまで上がってしまっている。
「調理スキルいくつあるとこうなるん?」
生産者のレベルによって、生産物の効果やレアリティが上がるケースはなくもない。
群馬ダーク自身もレアクラスのファーマーとして、コモンの種子や苗木を栽培してアンコモン級の果実や穀物を収穫したりしている。
ただ、アンコモンの種子などからレアの収穫を得たことはない。
東京大迷宮全体でもやれる人間は一握りと言われる世界だ。
「なんか滅茶苦茶すぎん?」
やや放心気味にそう呟いた群馬ダークは、そこから再び呼吸を整えて、農場を写していたカメラを生配信用のカメラに切り替える。
「お待たせしました。さっき言ってた『すごいもの』なんですが、条件付きで配信OK出たので予定変更してご紹介したいと思います。
カメラの死角に出しておいたケーキを見える場所へと移す。
「こちらです」
<パイ? ケーキ?>
<やべぇ、うまそう>
<急な飯テロやめろ>
<鬼畜め>
「飯テロもなにもさっきまで美味しい桃のシャーベットの動画を配信していたんですが」
カメラにじとっとした目を向けると、
<圧来た>
<ごめんなさい>
<最初から飯テロでした>
<猛省します>
とコメントが戻って来た。
いつものやり取りなので、そのまま話を進めていく。
「とりあえず説明させてもらうと、実は、わさび田のマンドラゴラが川に流されて、たまたま通りすがった冒険者が助けてくれたんです。それで、お礼のつもりで群馬聖を渡したら……こんな姿になって戻ってきました」
<群馬聖を焼いたのか>
<チャレンジャーだな>
<無茶しやがって>
<でも大成功してるっぽい>
<本職のパティシエ?>
<すげぇ美味そう>
<鑑定データはどんな感じ?>
「生産者さんの個人情報とか鑑定データとかはNGなんやけど……色んな意味でやべーブツであるのは間違いないと思います。もう匂いとかヤバい。飯テロ的な意味で死にそう」
<コラボ案件だったりする?>
<仕込みの匂いがするぜ>
そんなコメントも飛んできたが、相手にせずにフォークを手に取った。
「では、実食してみようと思います」
<目がガンギマってやがる>
<くっ、凶悪な飯テロリストめ>
<こんなことが許されていいのか>
「ではいただきます、ほんとに飯テロになりそうな気がするから、皆さんも気をしっかり持っておいてください……行きます!」
ケーキには小さなケースに入った生クリームが添えられていたが、まずは使わずにフォークを押しつける。
表面のカラメルが心地よい音を立て、ソテーされた群馬聖の果肉とスポンジの間を、フォークをすっと通り抜ける。
<あかん……>
<やべぇ、これ……>
<見た目と音だけでダメージが来る>
<飯テロに屈するわけには!>
<なんか断面変だぞ、果肉も生地も全然潰れてなかった。どんな刃物でカットしたらこんなことに>
<そういうスキルなんだろうけど、マジでやべぇやつの仕事じゃね?>
<飯テロには勝てなかったよ……>
<あれ、これ、ASMRじゃあないはずなのに……?>
<耳が……>
<うわあああぁぁっ!>
<やめてくれぇぇぇっ!>
<音と雰囲気だけで脳を破壊されるぅっ!>
<なんだよこれぇっ!>
<異常すぎる!>
飛んでくるコメントに目を通す余裕はもうなかった。
カラメルでコートされた群馬聖とその下のスポンジをまとめてフォークでとり、口へと運んだ群馬ダークは、そのまま息を止め、目を見開いた。
<大丈夫?>
<もぐもぐ助かる>
<どうした?>
<食レポはよ>
<美味いぞビーム出そう?>
「……かん」
スポンジやカラメルは口の中でほどけてなくなり、美しく焼き上げられた群馬聖の果肉を呑み込んだ群馬ダークは、どうにかそれだけ口にした。
「あかん……人は本当にあかんやつを喰わされるとあかんとしか言えなくなる、にゃあ……」
<語彙力の問題では>
<美味いか不味いかで言うと?>
「魂抜けて頭からネコ生えてきた感じ」
<スイーツの食レポでネコを生やすな>
<草生えるwww>
「いや、ほんと、語彙力追いつかにゃい、これ」
苦笑してそう応じた群馬ダークの頬を、涙が一筋伝い落ちた。
「あれ?」
<どうした?>
<言い過ぎた>
<慰謝料:50,000PP>
「あ、ううん、そうじゃなくて、ごめんにゃさい……慰謝料ありがとうございます。慰謝料高!」
<香典:3,000PP>
「香典ありがとうございます。死んでません。いや、そういうのじゃなくて、なんか、美味しすぎて壊れる、情緒……うぅ……にゃぁぁぁ……」
そのまま二口目を口に入れ、あむあむと咀嚼した群馬ダークは、今度は「ふへへ」と笑い声を漏らしたり「むぇ」「ふにゃあ」と唸って十秒以上動きを止めたりしながらケーキを崩して行き、
「……にゃいなった」
そんな悲痛な声をあげた。
<こんなヤンデレな目してる農場長はじめて見た>
<病み顔かわいい>
<配信普通に忘れてたな>
<情緒破壊ケーキ>
<結構サイズあったのにあっと言う間だったな>
<食べたいチョッキン>
「失礼しました。あかん、また情緒壊れとった……本当にあかんやつやった……にゃにこれ」
ケーキが姿を消した皿を見下ろして呟き、容器に少し残っていた生クリームを舐める。
「あかん、止まらん」
<容器舐めそう>
「舐めへん……おいしいにゃあ」
<食べたい>
「私もまた食べたい。もっと大きいの焼いてもらえんか相談してみる」
どこまで商売気があるのかはわからないが、バザールへの出品などは普通にやっているようなことを言っていた。
交渉の余地はあるはずだ。