第15話 東京玩具流通センター
マンドラゴラたちと群馬ダークの馬を農場に戻し移動を再開、高尾山生産村へやってきました。
高尾山生産村は高尾山エリアの玄関口である旧高尾山口駅から、山の中腹にあるケーブルカーの高尾山駅までの登山道に沿って構築されたダンジョン内集落。
家屋や店舗などはホームエリア化のできるアイテムで安全確保がされていますが、往来や周囲の森林などはセーフティーエリア外となり、モンスターの侵入や攻撃を受けてしまうリスクが残っています。それでもネット上のバザールではなく、実際の商品や商人、職人、顧客の顔を見て取り引きをしたいという生産者、消費者が集まって発展し、現在では東京大迷宮のみならず、日本全体でも有数の賑わいを見せる商業街、職人街となっているそうです。
一応の訪問目的は自分以外のベーカークラス保有者のベーカリーを覗いて見ることと、アークシャークとグレーターグリフォンにもらった聖石の加工ができる生産者を見つけることなのですが、自然発生、自然拡大的に無秩序に発展した土地なので、素人が歩き回ると道に迷いやすいそうです。ガイドしてくれるという群馬ダークの申し出に甘えて、彼女が出入りしているお店のいくつかに連れていってもらうことになりました。
最初に案内してもらったのは、武器防具や農具、日用品の生産を行う鍛冶屋。
残念ながら聖石のようなエピック素材についてはスキルレベル的に手に負えないという回答でした。エピック級の加工スキル保持者でないと難しく、扱えそうな職人も思いつかないそうです。
情報料代わりにアンコモンのパンナイフと包丁セットを買い入れて鍛冶屋をあとにします。
次は群馬ダークの農場で生産された野菜や乳製品を使って惣菜パンや焼き菓子を作っているベーカリーに立ち寄り、研究用のパンやお菓子を買い入れました。
このお店のオーナーはレアのベーカークラス保持者だそうですが、並べられた商品はコモンがほとんど、特選品としてアンコモンのパンやケーキが少量置いてある程度です。
値段のほうも200PPから500PPくらいが中心で、回復などの食事効果があるものはほとんどありません。
普通に焼くと確実にレアが出るというのはやっぱり異常極まりないことのようです。
メェ (悪くはないが)
メエェ(さすがに舌が肥えたか)
メメェ(少々物足りん)
お買い得の半額焼きそばパンをくわえた三匹が偉そうなことを言っています。
続いて案内されたのは、イチゴとあんバター、お餅と生クリームをシュー生地で包んだイチゴ大福シューが名物の洋菓子店。
高尾山生産村の有名店のひとつだそうです。
メェ (甘い、重い、くどい)
メエェ(だが妙にあとを引く)
メメェ(イチゴの酸味がきいている)
お店のテーブルで食通めいたコメントを出す三匹の横でほうじ茶を飲んでいると、遠くに変なものが見えました。
生産村の集落の向こうの空を、ぐるりと前転しながらジャンプして飛び、そしてまた集落の影へと消えていく自動車。
見間違いでなければ、高度十メートルくらい飛んでいそうです。
なにかの事故かと思いましたが、それらしい音や煙も出ていません。
「どうかした?」
ゴゲ?
目を瞬かせた私に群馬ダークと、その肩に一本だけ乗ってきたマンドラゴラが訊ねます。
「すごい高さをジャンプしている車が見えた気がして」
ちなみに東京大迷宮では、自動車は趣味のアイテムの扱いとなっています。運営側の方針で道路の修繕、整備が進んでおらず、逆に転移用のゲート網やアイテムボックスが便利なので運用コストの割に実用性の低いアイテムになってしまっているそうです。
アイテムボックスに入れて持ち運べればかなり違ったかも知れませんが、そのあたりも仕様的に不可能。
迷宮王アデスは自動車アンチ、という噂があるそうです。
「貴富さんのとこかな。あっちのほうにおもちゃの工房があって、旧時代のおもちゃを直したり、新しいおもちゃを作ったりしとる」
「おもちゃの車だったんですか?」
本物の車のサイズに見えたのですが。
「それ食べたら見に行ってみる?」
そこまで興味津々というわけでもなかったのですが、折角なので生産村の郊外に出ると、小さなオフロードのコースに巨大なタイヤをつけたワゴン車が低いモーター音を立てて走っていました。
メェ (モンスタートラックというやつだな)
メエェ(ミヤタモケイ)
メメェ(旧時代のRCカーのブランドだったか)
ダンジョンネットで調べてみたところ、アンデッド災害以前に流通していたヤミーワゴンという無線操作のおもちゃの車の情報がありました。これをモデルに実車サイズにスケールアップしたもののようです。
メェ (よく見るとモーターがついている)
メエェ(バッテリーもあるな)
メメェ(本当にでかいRCカーか)
そんなコメントを述べるバロメッツたちの前で、大きくジャンプしたヤミーワゴンは、旧時代の遺物らしい錆びたセダンを飛び越え、着地して行きました。
車そのものは奨学兵としてのキャラバン警護や兵員輸送などで搭乗したことがありますが、なにか全く別次元の運動性を持っているようです。
今度は傾斜を利用してぐるりと後方に宙返りを決めてしまいます。
数トンレベルの重さがありそうな巨大タイヤのワゴン車の動きではありません。
「これが東京のおもちゃ」
「さすがに東京でも一般的なレベルとは違うから勘違いせんといてね」
カルチャーショックを受ける私に群馬ダークが訂正してくれました。
メェ (旧時代のエクストリームスポーツの再現だな)
メエェ(マシンもそうだがドライバーの腕も凄まじい)
メメェ(東京大迷宮でこんな光景を目にしようとは)
バロメッツたちも感心した様子です。
そんな調子で見物していると、こちらに気付いたようです。ヤミーワゴンは片手を上げるように右側の車輪を浮かべると、そのまま片輪走行で私達の前にやってきました。
浮かせたタイヤをふわりと戻したヤミーワゴンの運転席には、白いレーシングスーツにヘルメット、ゴーグルをつけた小柄な人影がありました。
握っているのはハンドルではなく、ゲーム用のコントローラーのようです。
ゴーグルとヘルメットを取ったドライバーは、金色の髪、頭に光の輪が浮いた、天使のような少女でした。
群馬ダークのダークエルフと同様、種族変更系のクラスのようです。
体型だけみると小柄で華奢、一二歳前後と言っても通用しそうですが、全体的な雰囲気は大人びて、落ち着いて見えます。
ヤミーワゴンの窓を開けた少女は、物静かな表情で「やあ」と言いました。
「なにか仕事?」
「ごめんやけど今日はただの野次馬、この子をあちこち案内しとったところ。最近東京に来たばっかりの新人さんなんやけど、紹介させてもらっていい?」
「もちろん、ちょっと待っていて」
ヤミーワゴンの電源を切り、コントローラーをポーチにかたづけた少女はヤミーワゴンの運転席から降りてきます。
私も小柄なほうですが、さらに頭一つ小さい身長です。
「私はダバイン貴富、クラスはエンジニアにエンジェルにゲーマー、一応おもちゃ屋をやっているけれど、機械や電気製品も一通り扱ってる。よろしくね」
エンジニアは機械や電気製品の扱いを得意とする生産クラス、エンジェルは光属性の魔法を得意とする種族変更クラス、最後のゲーマーは旧時代のコンピューターゲームを始めとするゲームスキルを向上させる専門クラスだそうです。
ヤミーワゴンをゲーム用コントローラーで動かしていたのはゲーマーとしてのスキルを反映する目的だったのかも知れません。
「ソル・ハドソンです。クラスはソルジャー、ベーカー、キャンパーになります。よろしくおねがいします」
「お店のほうも見てって平気?」
「うん、案内するよ」
再びヤミーワゴンとコントローラーの電源を入れたダバイン貴富は、ヤミーワゴンをRC操作で車庫に収めると『東京玩具流通センター』という屋号が書かれた大きな建物に案内してくれました。西洋のお城の城壁のようなギザギザの飾りが印象的です。
ドアの向こうにあったのは、旧時代の本や映像に出てくるような、ゲーム機やゲームソフト、ぬいぐるみや人形、プラモデル、ミニカーやカードゲームやボードゲーム、駄菓子などが雑然と詰め込まれた空間でした。
「……ここは?」
「おもちゃ屋さんだよ。まぁほとんどはバザールで仕入れたものをそのまま並べてるだけだから私物というか、飾りみたいなものだけれどね」
同じものが同じ値段でバザールで買えてしまうので、儲けにはならないのでしょう。
「これなんかは旧時代の廃墟から大量に出てきたジャンクを修理したものなんだけど、たまにマニアが買ってくれる」
ダバイン貴富は『PS』というマークの入った旧時代のゲーム機を見せてくれました。
こういったおもちゃの修理販売が一応の本業ですが、さすがにマニア相手だけでは仕事として安定しないので、エンジニアとしての技術を活かして、機械や電気設備の設置やカスタマイズなども請け負っているそうです。
実例を挙げると群馬ダークの農場に設置しているライブカメラや配信システム、マンドラゴラでも扱える改造トラクターやコンバイン、農作業用のゴーレムの製作修理などはダバイン貴富の仕事とのことでした。
私がお願いする仕事はなさそうですが、小さな猫の人形と目が合ったので買ってしまいました。
シロヴァニアファミリーというドールハウスの人形だそうです。
メェ (羊はないのか)
メエェ(モフビリティでは我々が上だ)
メメェ(造形がいいのは認めよう)
なぜかバロメッツたちが敵愾心を燃やしています。
「バザールの新品だけれど、スターターとしてこれももっていって」
猫と一緒に小さな家とリス、ウサギの人形、家具一式も包まれてしまいました。
「おいくらでしょうか?」
「サービスでいいよ。沼に沈めるのが目的だから」
なにか恐いことを言われてしまいましたが、いわゆるスラングの類で、本当の沼の話ではないようです。
メェ (ところでさっきのラジコン自動車は)
メメェ(あれも売り物なのだろうか)
メエェ(相当コストがかかっていそうだが)
「あれは私物というか、デモ機のようなものかな。私用と新しいパーツのテストに使ってる。販売は受注生産だけだね」
「どれくらいするんでしょうか?」
「標準仕様で三千万PP、あとはオプション次第かな。最近納品した車は特殊な要求が多かったから三億PPを超えたけれど」
手頃なアイテムとはいえないようです。
折角なので聖石の加工についても相談してみると、
「ゴーレムとか車のモーターに使えるかも」
とのことでした。
ちょっと面白そうな気もしましたが、具体的な用途が思い浮かばない上、工賃が、
「他に調達しないと行けない素材もあるし、いろいろひっくるめて1000万くらいからかな」
とのことだったので、それ以上話は進みませんでした。
あくまで「から」であって、生産するアイテムによっては一億PPを超えることもあるそうです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
まだ重複部分もありますが、そろそろルート分岐に入りましたので、2022年版のほうでも一度ご案内を出そうかなと考えております。
2022年版のほうでブックマークを入れていると更新の表示が出るかと思いますが、2025年版の告知のみとなるのでスルーしておいていただけますようお願い申し上げます。