第125話 Fossil and Undead Dynamics(その5)
先頭車両を破壊された装甲列車は、三〇分ほどしてやってきた牽引車に接続され、予定から二時間遅れで名古屋へ到着しました。
東京圏外では国内最大規模の要塞都市。
上部開放型の隔壁をくぐると、古き良き、といった風情の街並みの中心に、コンピューターのケースを思わせる無機質なビル群が林立する、不思議な風景が広がっています。
特別な用事があるわけではなく、近くまで来たので覗いてみる、という完全物見遊山の訪問です。
モグメェ (白、黒、抹茶)
モグモグメェ(桜、栗、虎)
ンガググメェ(存外にバリエーションが多い)
フルサイズのういろうを二本ずつかついだバロメッツたちとあちこち巡っていくと、解放されたらしいIRKのモササウオとアンモナイオからメッセージが入りました。
”ひでぇ目にあったうぉ”
”それもこれも全部あの恐竜バカのせいだな”
コンテナ詰めで、強制送還されたモササウオとアンモナイオは現在三重県の四日市エリアにあるIRKの拠点にいるそうです。
ドクターTの声で喋るティラノサウルスの話をすると、モササウオとアンモナイオは、”むうだうぉ””少し話が見えてきたか?”と呟きました。
「なにか心当たりが?」
”ああ、仮説は浮かんだんだな”
”早速裏をとってみるうぉ。わかったらまた連絡するうぉ”
興奮した様子で言ったモササウオとアンモナイオは通信を切りました。
「連絡をもらう必要はないように思いますが」
すっかり関係者枠に入れられているようです。
じっと待っていても仕方がありませんので、再び散策を再開、ダバイン貴富に覗いて欲しいと言われた名古屋平成横町、という1990年代風商店街を訪れ、『ホビーショップ・イエローアーケロン』というお店に入りました。
旧時代のアナログゲームやトレーディングカードなどのサルベージや買取、修復、販売を行っている、界隈では有名なお店だそうです。
SNSでダバイン貴富と連絡を取りながらガラスケースに並んだカードやテーブルゲームなどをチェック。カードの注文用紙に記入していくと、デュエルスペースという空間に、カステラかなにかが入りそうな紙の箱がぽつんと置いてあるのが目に入りました。
なんとなく気になったので精算のついでに「あそこにある箱はなんでしょう?」と聞いてみたところ、七〇代の老店主は、「誰かの忘れ物かの……」と呟いたあと「いかん!」と鋭い声をあげました。
外見からは想像のつかない身のこなしで老店主はカウンターを飛び越え、不審な箱をつかみ、やり投げのように窓の外へと放り捨てました。
窓の外は川。
河原へとおちた不審な箱が破れ、中から爆弾らしきものが転がりだしました。
ただ、時限装置ギリギリというタイミングではなかったようです。河原の斜面を転がった爆弾は水に半分くらい浸かった状態で静止しました。
判断自体は的外れではありませんでしたが、少し慌てすぎたと感じたのか、老店主は気まずさをごまかすように「爆弾のようぢゃっ!」と叫びました。
初めて聞くタイプの語尾です。
「すぐにここを離れるのぢゃっ!」
取り繕っているような雰囲気もありますが、指示そのものは妥当です。言われたとおり店を離れようとすると、頭上からやけに高らかな笑い声が響いてきました。
「あーっはっはっはっはっはっ、名古屋の皆さん☆ はじめ☆ まして☆ 天才イケメンテロリストの『エビル☆ファイ』です。偽善と背徳の街名古屋に正義の鉄槌を下すべく降☆臨いたしました☆」
一度店を出て空を見上げると、大型の飛行船がぶら下げたスクリーンに、右半分が青い髪、左半分が赤い髪、瞳は黄色という信号機のようなカラーリングの美青年の映像が画像が映し出されていました。
実写ではなく、いわゆるVtuberタイプの2Dアバターのようです。
メェ (三帝グループの飛行船)
メエェ(ジャックされている?)
メメェ(これが名古屋名物テロリズムか)
ひどい話ですが、名古屋名物はテロだそうです。
中部・東海エリアを支配する武装企業、三帝重工への不満分子や愉快犯などを、外部の対立企業、あるいは三帝重工を追い落としたいグラン・ユニオン傘下のライバル企業、さらに三帝重工総帥今野イナホを追い落としたい三帝内部の幹部までもが利用・支援――その結果、名古屋では“テロが名物”と揶揄されるほど事件が頻発しているそうです。
良くも悪くも三帝重工は強力な武装企業ですが、そのぶんヘイトも買いやすいのでしょう。
装甲列車の進路に現れた『蟻塚』も、三帝重工の心臓部である名古屋近辺にぽんと出てきたところから見ると、アンデッドを利用したテロの可能性が考えられます。
テロリスト『エビル☆ファイ』は字幕付きで犯行声明を続けます。
「早速だけれど、町に七つの爆弾を仕掛けさせてもらったヨ☆ 最初のデモンストレーションとして、一発目を爆破するネ。最初のターゲットは薄っぺらな紙を目が飛び出るような高値で取引する悪徳ブローカーの店☆ 3、2、1☆」
川に投げ込まれた爆弾が起爆されそうな雰囲気です。取り急ぎバーネットを展開して影に隠れましたが『エビル☆ファイ』が指を鳴らし、字幕付きで「FIRE☆」と告げても、なにも起こりませんでした。
「「第三者が爆弾の遠隔操作システムに介入し、無力化」」
バーネットが解説します。
予定が狂ってしまったらしい『エビル☆ファイ』は、微妙な沈黙のあと、
「おっと、間違えた。ダンジョン産の食材を不当な値段で売りさばく悪徳ラーメンチェーン☆ FIRE☆」
爆破のターゲットを切り替えたかと思うと、轟音が轟きました。
カードショップと同じ、名古屋平成横町商店街のラーメン店が周囲の建物を巻き込んで吹き飛び、アーケードが大きく傾きました。
派手なアピールをするので名古屋全域に爆弾を仕掛けているのかと思いましたが、随分と密集しているようです。
「YES! DOKKAAAANNN!! 爆☆砕☆成☆功! 次の爆破は十分後です。次の爆弾は果たして何処に! ヒントはこちらの課金チャットゲージがいっぱいになったら公開させていただきまーす!」
メェ (金銭目的?)
メエェ(十分でそこまで課金が集まるとは思えんが……)
ホームズ、ワトソンが呟く一方、バーネットが周辺一体のスキャンデータをウィンドウ表示します。
メメェ(なんだ、この密度は……)
しるこサンドをくわえていたレストレイドが呻くような声をあげました。
一発目は不発、二発目はラーメン屋を破壊。
『エビル☆ファイ』の宣言通りなら残りの爆弾は五つ。ウィンドウにはその五つの反応が全て出ています。
見つかるのはいいのですが、レストレイドの言う通り、異様に密集しています。
どうやら七つ全て、この商店街一帯に集中して設置されていたようです。
「警告をお願いします」
どういう呼びかけをしていいのかわからなかったので、バーネットに丸投げをすることにしました。
「「名古屋平成横丁の皆さん、こちらは移動パン販売車両BS221B。ゲームセンター竜巻、純喫茶信長、スーパーしゃちほこ、古本屋BAKIN、お菓子の三木にて、爆弾らしき反応を監視しました。早急に退避をお願いします」」
バーネットのスピーカーを通じてアナウンスをしましたが、私たちは本当に通りすがり、余所者のキッチンカーに過ぎません。
飛んできたのは野次馬たちの胡乱そうな視線ばかりでした。
そんな中、いち早く動き出したのは、カードショップアーケロンの老店主でした。
「皆! 早く店を離れるんぢゃ! 儂の店にも爆弾があった。他の店にも仕掛けてあるかもしれんぞっ!」
不審なキッチンカー一台ではどうにもなりませんでしたが、顔見知りの地元店主の声は影響力が強かったようです。
住民たちが商店街の外に避難を始めます。
一方、老店主は外の音が聞こえにくかったらしいゲームセンターに飛び込んで従業員と客を追い出し、最後に残った猫を抱えて飛び出します。
ちょうどそこで最初の十分が経過。
「環境に厳しい旧時代の娯楽に大切な電気を浪費する店舗を爆破します☆ バブル☆HOUKAI☆」
ゲームセンターの爆弾が起爆、飛ばされてきたゲーム機が背中にぶつかった老店主は「Ouch!」と悲鳴をあげて地面を転がりました。
さっきまでの老店主とは違う声。
聞き覚えがある声でした。




