第124話 Fossil and Undead Dynamics(その4)
ドクターTの正体という変な謎ができてしまいましたが、よく考えなくても私は通りすがりの一冒険者です。
大した理由も準備もなしに深入りしても仕方がありませんので、今回はこのまま離れることしました。
ただ、モササウオとアンモナイオたちも撤退希望で、化石を積んだトラックも破壊されてしまった状態です。
”大変恐縮だけれど岐阜城あたりまでキャリーしてくれるとありがたいうお”
”伏してお願いするだな”
作業用ロボットとドローンに平伏、依頼されてしまい、化石を積んだトレーラーを引いて移動。グラン・ユニオン傘下の要塞都市岐阜に入りました。
戦国時代には織田信長がいた岐阜城の跡地を利用して構築された対アンデッド用防御陣地を中心に発展した都市で、現在はグラン・ユニオンの北陸調査、制圧、開発活動の橋頭堡となっているそうです。
戦国時代風のお城の天守閣がシンボルになっていますが、戦国時代の岐阜城は江戸時代に入るか入らないかの頃に廃城となって、明治時代に作られた模擬天守もまたアンデッド災害で消失。現在は城塞風駅ビルとなっていて、名古屋、そして東京大迷宮の玄関口である新横浜までつながる装甲列車が発着しています。
さすがに便数は少なく、名古屋行の便が一日一往復するだけですが。
要塞都市への出入りは検疫や身元調査などで時間がかかるのがあたりまえですが、グラン・ユニオンの都市については紙燭円山からもらったパスがあったのですんなり通過できました。
ただし、
”うおおおおお、濡れ衣だうぉ”
”コピーが、コピーがやったんだな! ナイオはなにも知らないんだな!”
モササウオロボとアンモナイオドローンが、サイバーテロや化石泥棒の容疑で拘束されてしまいました。
「例のドクターTに同調したAIドローンが文化保全事業部で保管しておいた恐竜の化石を盗みだしていきまして……」
そう説明してくれたのは、ドクターTが引き起こしている恐竜アンデッド事件の鎮圧の為に派遣されていた三帝重工冒険者団の紙燭円山でした。
「AIドローン、ですか」
岐阜要塞都市では最も〈ナウでトレンディ〉な施設となる岐阜城駅ビルのラウンジ。名古屋に向かって伸びる線路を見下ろしながら呟きました。
「モササウオのほうは関与していないことになりませんか?」
「同型のAIですから、どんな影響を受けているかわからないということで。セキュリティチェックの上問題なければIRKに送還します」
結局散々なことになってしまったようです。
一応連絡先は交換してありますが、一旦ここで解散でしょうか。
バーネットで運んできた化石類はグラン・ユニオンの文化保全事業部のほうに納入しました。IRKは元々グラン・ユニオンと共同でインフラ・文化の保全、復旧事業を進めていたそうで、当初の予定通りの搬入先となります。
恐竜アンデッド事件の鎮圧の為にやってきた紙燭円山は、ここからドクターTが占拠して本拠地にしているK市の恐竜博物館の奪還作戦を行うそうです。
ちょうどいいタイミングということで紙燭円山を始めとする三帝重工冒険者団のメンバーの腹ごしらえに協力し、その出撃を見送りました。
「いいにゃ! 動く恐竜は悪い恐竜にゃ、動かない恐竜はいい恐竜にゃ!」
「小麦粉は最高だにゃー!」
「ニャー! イエス! ニャー!」
想定通りではありますが、様子のおかしい声については聞き流しておきました。
そこまで長引く話でもなさそうですので、もうしばらく岐阜に滞在して結末を見届けていくことにしました。
滞在先は岐阜城駅ビルの上層部にあるホテル区画。
インターネット経由でダンジョンネットに接続、群馬ダークやダバイン貴富と話をしていると、バーネットが記録したドクターTの映像を見たダバイン貴富が「ドクトル・ダイナテック?」と指摘しました。
「なにそれ」
ウィンドウの中の群馬ダークがたずねます。
「アンデッド災害前のアニメのキャラクター。カードゲームのアニメのキャラクターで、サイバー恐竜デッキを使う」
「さいばーきょうりゅうでっき」
知らない概念が出てきましたが、話の腰を折らないよう、質問するのはやめておきました。
「でもなんでこんな格好しているんだろう。そういう趣味っていえばそれまでだけれど」
「AI説もあるみたいです」
「ドクトル・ダイナテックをモデルにしたAI? そうか、それかも知れないね。機能さえきちんと確保できてれば表層的な人格の差異なんかは大した問題にはならない」
「その表面的な人格に引っ張られて暴走しまくってへん?」
「それもそうだね、一体どういうプログラムなんだろう」
ダバイン貴富的にはAI説で納得が行ってしまったようです。
そんな話をして夜が明けると、恐竜博物館の制圧作戦を終えた紙燭円山が帰還しました。
大した被害もなかったそうですが、謎のドクターTについては結局遠隔操作のアンドロイドを破壊しただけで本人、または本体の所在はわからなかったそうです。
拘束されていたモササウオロボとアンモナイオドローンもIRKに送還されてしまったので、そろそろ移動を再開することにします。
ちょうどやってきた装甲列車のチケットを紙燭円山に融通してもらって、次は名古屋に向かいました。
移動だけならバーネットのほうが簡単なのですが、市街に入るときの手続きは鉄道経由のほうが早く、またバロメッツたちから乗ってみたい、という要望があったので試してみることにしました。
六両編成の新式車両の窓際の席。岐阜、名古屋間は旅客数が少なく、座席もほとんど空いていました。
メェ (車内販売は来ないのか)
メエェ(この区間では短すぎるか)
メメェ(スゴイカタイアイスとやらを試してみたかったが)
そわそわした様子のバロメッツたちが車内販売を求めて飛んで行き、しばらくすると旧時代のリメイク品だという車内販売用アイスクリームを抱えて戻ってきました。
カチメェ (なるほど)
カチカチメェ(これは硬い)
ボキメェ (木のスプーンでは歯が立たない)
アイスクリームと戦うバロメッツたちの声を聞きながら、ネット状のフェンスのついた窓から外を眺めていると、先頭車両に轢き潰されたアンデッドの断片が、蠢いているのが見えました。
装甲列車ははじめからアンデッドを跳ね飛ばし轢き潰して進むことが前提の乗り物ですので、特にアナウンスなどもなく進んで行く……と、思ったのですが、装甲列車はブレーキを踏んで減速、停車しはじめます。
車内にアナウンスが響きます。
「車両前方に大型アンデッドを確認しました。排除終了まで少々お待ち下さい」
ペロメェ(大型アンデッドか)
ンマメェ(装甲列車は迂回ができんからな)
ボキメェ(救世光のランチャーでもあれば片付きそうだが)
バロメッツたちが緊張感のない声で鳴き、搭乗していた護衛部隊が排除に動き出します。
あとで確認したところ、グレネードランチャーを改造した救世光の投射装置は用意してあったそうですが、部隊長が「小麦と酵母でアンデッドを倒せるか」という常識的な人間だったため投入が遅れ、全高三〇メートル、直径四〇メートルほどの肉塊型統合型アンデッド『蟻塚』が体内で打ち出した超音速の石礫の乱射を受けて壊滅、ランチャーそのものを紛失してしまったそうです。
装甲列車の運転士は進行方向を切り替えて離脱を図りましたが、太い触手を伸ばした『蟻塚』に捉えられてしまったようです。
強引にバックしようとする車輪がレールにこすれ、絶叫めいた音を立てました。
さらに、車体の後方から、ハハハハハ! と笑い声をあげながら、巨大なティラノサウルスが現れ、窓の横をかけ抜けて『蟻塚』のほうに突進していきます。
メェ (……今のは、まさか)
メエェ(ドクターTか?)
メメェ(姿は見えなかったが)
再びアナウンスが響きます。
「さ、最後尾の車両のドアを開放しました! 脱出をお願いしま! ぎゃああああああっ!」
『蟻塚』の攻撃が車内まで届いてきたようです。アナウンスの断末魔を聞いた乗客たちが悲鳴をあげて、車両後方に駆けて行きます。
「……前進します」
ガチャメェ (了解した)
ジャキメェ (デリバリータイムだ)
ジャキキンメェ(たらふく食わせてやるとしよう)
どこからかリボルバーランチャー、それと帽子と葉巻、サングラスなどを装備したバロメッツたちが動き出しました。
私もグレネードランチャーつきのカービン銃を出して運転室の方向に向かってゆくと想定どおり、太い触手の群れが装甲列車の運転室の扉を破り、客室に入りこんでいました。
ガシャメェ(触手からでは食えんな)
チャキメェ(ドリル弾で行こう)
ポポンメェ(強制投与だ)
ポポポン!
バロメッツたちがリボルバーランチャーに『救世光強制投与用のドリル弾』を装填し撃ち出します。
音はコミカルですが凶悪な突進力で『蟻塚』の触手を薙ぎ払ったドリル弾は装甲列車の前面装甲も突き破って『蟻塚』の体組織の深くに侵入、そこで展開して救世光を使ったパンのペレットを強制投与します。
『蟻塚』は人間などを苗床とした通常型のアンデッドが寄り集まって融合、変異を起こして成立した、統合型と言われる特殊なアンデッドです。救世光をもってしても元の人間には戻りませんが、痛覚や免疫機能などが復活したことで自己崩壊を開始します。
動きが鈍り、溶け始めた『蟻塚』の巨体を、さらに何かが引っ張って装甲列車から引き剥がします。
「ハハハハハ! グッジョーブデース! あとは任せてクダサーイ!」
聞き覚えのある台詞回しと共に、巨大なティラノサウルスが『蟻塚』の巨体をぶんと空中に放り上げます。
「ダイナティィィック! ブラストデェェェース!」
ドゴウゥゥン!
目には見えませんが、口から衝撃波を放つ能力があるようです。
巨大ティラノサウルスが口腔を大きく開いたかと思った次の瞬間、『蟻塚』は跡形もなく消し飛んでいました。
「ハハハハハ、雑魚デース! 感謝には及びマセーン! 失礼するデース!」
高笑いをした巨大ティラノサウルスは、そのまま風のように走り去ってゆきました。
「……ええと」
ちょっとなんだかわかりませんが、ひとつだけ、気になることがありました。
「今喋ってたのって、あの恐竜そのもの、でしたよね?」
背中に乗ったドクターTではなく、ティラノサウルスそのものが高笑いしながら暴れまわり、走り去っていきました。
ドクターTの謎は深まる一方です。




