第121話 Fossil and Undead Dynamics(その1)
A温泉から約四十キロ南西へ進むと、恐竜のアンデッドが現れました。
福井エリア北東部、K市。
アンデッド災害発生以前は恐竜の発掘調査で知られる土地で、大きな恐竜博物館があったそうです。
とはいえ恐竜の化石がアンデッド化した、なんて話は聞いたことがありません。
体長四メートルほど、二本の足と長い尻尾で立つ肉食恐竜系のシルエット。
皮膚はなく、巨大な腐肉の塊のような雰囲気ですが、意外に力強く動いています。
バーネットに近づいてくる様子はありませんが、野生のシカが餌食になっていました。
「……変なものがいるんですが」
バーネットの車載カメラを回し、衛星インターネット経由で東京の背脂博士に連絡を取りました。
「恐竜の化石に人為的にアンデッドの細胞を貼り付けたものだな。自然発生したものではなく人造物だろう。骨格や細胞塊を安定させるためにワイヤーが張り巡らせてある」
アンデッド因子の研究者である背脂博士の見解は、思った以上に不穏なものでした。
メェ (一体誰がそんなものを)
メエェ(なんのために?)
メメェ(アンデッド因子の兵器利用?)
「兵器にしては生産性が悪すぎる。戦闘力も東京大迷宮のモンスターには及ぶまい」
「どうしましょうか」
「アンデッド因子を媒介する危険性は通常のアンデッドと変わらないだろう。駆除するに越したことはないが、制作者が近くにいる可能性が高い。そちらに警戒したほうがいいだろう」
不用意に攻撃すると正体不明の「制作者」にマークされる危険があるようです。
続いて、バーネットが警告の声をあげました。
((四機の飛行ドローンが接近))
車体色変更機能でバーネットを迷彩化。
建物の影に移動して、様子を伺います。
やがて四枚プロペラのドローンが四機、編隊を組んで飛来し、問題の恐竜アンデッドにそろそろと近づいて行きました。
空中からネットを発射。恐竜アンデッドを絡め取ると、更にポポンと音を立てて麻酔銃用の注射筒を撃ち込みました。
注射筒の中身はアンデッド因子感染症患者の殺処分などに用いる血液凝固剤だったようです。ネットの中で暴れていた恐竜アンデッドはゆっくりと動かなくなってゆき、やがて完全に静止しました。
それに続いて、レスキュー作業などに用いるキャタピラつき遠隔操作ロボットを載せた、無人のトラックがやってきます。
トラックにもロボットにも、IRKという文字が書いてありました。
インターネット老人会、という技術者集団の略称です。
トラックの荷台を降りたロボットは恐竜アンデッドにワイヤーを引っ掛けて回収を試みます。
素早いロボットではないようですが、作業自体は順調に進み、ロボットは恐竜アンデッドをトラックに引っ張って行きました。
そこに、新たな恐竜が現れました。
シルエットは肉食恐竜タイプではなく、首の長い大型草食恐竜タイプなのですが、アンデッド細胞で出来ているせいか、結局肉食、もしくは攻撃的な恐竜のようです。
大型恐竜アンデッドはロボットに引っ張られる最初の恐竜アンデッドを追いかけるように直進をしてきます。
仲間を助けようというのではなく、大きな肉塊のように見えている様子です。体中から不気味な体液をたれ流しながら前進すると、そのまま食いちぎるように恐竜アンデッドをくわえあげ、ロボットごと高々と持ち上げてしまいました。
そこから始まったのは、捕食というよりは融合というべき現象でした。くわえあげられ、触れ合った二体の恐竜アンデッドの細胞はスライムのようにどろりと動いて混じり合い、柔らかい粘土人形を二つ叩きつけ、こねまわしたような奇怪な肉塊になってしまいました。
最初のアンデッド恐竜には血液凝固剤が撃ち込まれていますが、量が足りないのかあまり影響はないようです。
一緒に巻き込まれてしまったロボットが赤いサイレンを回し、ピピピピピ、と警報音を上げました。
((SOSの発信を確認))
メェ (そんなものを出されてもな)
メエェ(対応できるのは)
メメェ(我々しかいないではないか)
このまま立ち去ってしまうのもどうかと思いましたので、どろどろと混じり合い、ときおり恐竜風の頭や尻尾、手足などをと突き出している肉塊に向けて、リボルバーランチャーで救世光の筒型コッペパンを六個撃ち込みました。
そのままバーネットに引っ込み、様子をうかがいます。
念のためにバイデントの銃口を向けて様子をうかがうと、肉塊はふっと動きを止め、乾燥、風化するように縮まり、崩れ去って行きました。
もしかすると普通の恐竜になるのではないかという、期待混じりの不安があったのですが、さすがの救世光もそこまでの力はなかったようです。
灰の山のようになった恐竜アンデッドの残滓とバラバラになって混じり合った化石の中で、逆さまになったロボットがもがくようにキャタピラを動かしていました。
”……もしもし、そちらの方、よかったら起こしていただけるとありがたいうぉ”
助けを求められてしまいました。
バーネットのウインチで引っ張って引き起こすと、ロボットは万歳をするように二本のアームを持ち上げました。
”助かったうぉ。作業ロボットを放棄する羽目になるかと思ってビビったうぉ。おっと申し遅れたうぉ、IRKの一級技官のモササウオだうぉ”
”同じくIRKの一級技官のアンモナイオだな”
飛行ドローンのほうを担当していたらしいもうひとりの技官が続けて名乗りました。
”うぉ”と”だな”が語尾のようです。
「ソル・ハドソンです。東京大迷宮で冒険者をしています」
”ソル”
”ハドソン?”
顔を見合わせるようにロボットとドローンのカメラを動かしたモササウオとアンモナイオは声を揃えて「うぉ!?」「うおっ!?」と声をあげました。
“コムギエルかうぉっ!?”
“まだこっちにいたのか……!”
私のことを認知していたようです。
A温泉の配信のときにIRK関係者らしきアカウントからのアクセスがありましたが、なにか関係があるのでしょうか。
メー(IRKがここで一体どんな活動を?)
ホームズが質問を投げると、”ボンクラどもの後始末だうぉ”という回答が戻ってきました。
「ボンクラ?」
”我々IRK、インターネット老人会は古い良きインターネット文化と社会インフラの復旧を目的に活動する技術者集団なんだな。その一環として大学や博物館などに残された学術資料や研究成果などを回収して回る作業を行っているんだな”
”で、今回はこの近く恐竜博物館を中心に学術サルベージを行っていたんだけど、そこでとんでもなく頭の悪い研究資料が見つかったんだうぉ”
「頭の悪い……?」
私にはわかりませんでしたが、バロメッツたちには察しがついたようです。
メェ (まさか)
メエェ(アンデッド因子を利用した)
メメェ(恐竜の再生を?)
”そのまさかだな。アンデッド災害の初期に危機感の薄い恐竜研究者たちが集まって、FAUD、Fossil and Undead Dynamicsっていう組織を立ち上げた”
”化石にアンデッド因子を組み合わせることで絶滅した古生物の動体サンプルを生み出そうっていうボンクラ極まりねぇ研究をやってたうぉ”
「今も活動しているんですか? そのFAUDって」
アンデッド災害初期に発足したとすると、何十年も活動していたことになります。
”アンデッド災害が激化してきて、さすがに学術利用どころじゃねぇってことで研究は凍結、博物館ごと放棄されたんだな”
”けど、博物館からサルベージした研究データに脳を焼かれたIRKのボンクラ恐竜マニアが、組織に秘密でアンデッド恐竜の研究を再開しやがったんだうぉ”
”で、案の定というか制御に失敗して、アンデッド恐竜を外部に拡散させやがったんだな”
”目下絶賛駆除作業中なんだけど、素材に使われてるのが恐竜の化石だから資料として回収しなくちゃいけないんだうぉ”
”始末が悪すぎるんだな一般的に考えて”
不平めいた調子でいいながら、ロボットとドローンは混じり合って散らばった化石を回収し、トラックに積み込んで行きました。




