第120話 ゴースト温泉街(その3)
温泉饅頭づくりの最初の準備は、蒸し場の確認からとなります。
ちょうど楓正博が見下ろしていた中庭の一角に、石積の四角い蒸し場が残っていました。木の蓋などの痛みやすい部分はさすがになくなっていましたが、蒸気はきちんと出ているので、手持ちの鍋蓋などを使えば対応できそうです。
アツメェ (廃旅館の蒸し場にしてはコンディションが良い)
アチメェ (観光会長殿が整備をしていたのか)
アチチメェ(ではさっそく)
バロメッツたちが温泉卵を試し始めます。
続いて中庭から見えた調理場に足を運んでみると、温泉まんじゅうや温泉卵に使っていたらしい蒸籠がありました。ただ、かなり傷んでいました。サイズだけ覚えておくことにしました。
次に必要なのは水になります。バーネットにも給水機能はありますが、今回は地元の水を、ということで郊外にある深井戸に水を汲みに行きます。
電気はありませんが、ポンプはまだ生きていました。バーネットから給電してポンプを動かして水を汲み上げます。最初のほうはちょっと飲用できない水でしたが、ポンプを回し続けるとやがて透明になってゆき、食品鑑定スキルでも〈優〉のデータが出るようになりました。
ポリタンクに詰め込み、アイテムボックスに収めて『松梅館』の駐車場に入り、さっそく製作に取りかかります。
生存報告を兼ねて配信のほうもオンにしてみます。
「こんにちは」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/コニチワ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/そこどこ?
「福井エリアのA温泉というところの廃墟です」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/廃墟温泉料理回
Ꮚ・ω・Ꮚメー/マニアック
Ꮚ・ω・Ꮚメー/オバケ出そう
Ꮚ・ω・Ꮚメー/でもどうせ飯テロなんでしょう?
「今日は温泉まんじゅうを作ります。A温泉の『松梅館』という温泉まんじゅうを再現してほしいという依頼なので、なにか情報があったら教えていただけると助かります」
Ꮚ・ω・Ꮚメー/どこがそんな依頼を
Ꮚ・ω・Ꮚメー/プロフェッサーかな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/シャケと大天使
Ꮚ・ω・Ꮚメー/廃墟だけどオバケがどうこうって話にはならなそうだな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/インターネット老人会のほうから来たうぉ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/面白い映像アーカイブがあるから見てほしいだろ→URL
Ꮚ・ω・Ꮚメー/まさかのIRKの参戦である
インターネット老人会。
略してIRK。
旧時代のインフラやインターネット文化の復活を目指して活動する匿名技術者集団だそうです。
直接接触したことはないのですが、インターネット網や発電所の復旧、鉄道の再敷設などを手がけているので、冒険者になる前から名前は聞いています。
バーネットのチェックによると、旧時代のテレビ番組の録画データ、危険はないとのことでした。
さっそくアクセスしてみると、アンデッド災害発生前、二〇世紀末期のA温泉を、若い女性リポーターが訪ねて温泉を楽しんだり、カニを食べたり、卓球をしたり10円ゲームをしたりする様子が映し出されていました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/バブル時代ってやつかな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/画面の解像度がすごいな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/映像の縦横比に時代を感じる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/10円ゲームとか初めて見たわ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ゾンビがゲームにしかいなかった時代か
コメント欄が妙に盛り上がる中『松梅館』の従業員が温泉まんじゅうを蒸す様子が短い時間ですが、紹介されていました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/二色あるな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/白砂糖と黒砂糖ベースかな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/基本普通の利休饅頭スタイルみたいだうぉ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/りきゅうまんじゅうとは
Ꮚ・ω・Ꮚメー/利休饅頭とは千利休が茶会で出したと言われる黒糖生地の一口まんじゅうのことだな一般的に考えて
Ꮚ・ω・Ꮚメー/千利休とは
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ググレカス
利休饅頭と呼ばれる一口饅頭を、黒砂糖ベースと白砂糖ベースで二種類作れば良いようです。
こしあんの準備をし、丸めておいてから黒砂糖を水に入れて鍋で煮溶かし、はちみつを少し加えます。
ボウルに移して時間を加速、粗熱を取ったら薄力粉と重曹をふるい入れます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/またこの子ったらカジュアルに時空間を歪めるんだからもう
Ꮚ・ω・Ꮚメー/一緒に料理しようとしてもこればかりは真似できんな
ボウルの中で生地をよくこねたら、打ち粉をした台に乗せ、二つ折りにして伸ばします。
生地が滑らかになるまで「折って、伸ばす」工程を繰り返したら、生地を小さく分けて手のひらでひろげ、こしあんを包みました。
クッキングシートを敷いたせいろの上に並べたら、一旦アイテムボックスに入れて時間を止めておきます。
今度は白砂糖を使って生地を作り、白いまんじゅうを蒸籠に乗せました。
バーネットを降りて蒸し場に移動。蒸気にあてて約十分。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/あとは待つだけ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/しっとりした時間が流れる
Ꮚ・ω・Ꮚメー/時折映りこむ半纏姿のアンデッドとシャケ頭のノイズがすごい
今回は変な材料は使っていませんし、発酵もオーブン調理の工程もなかったためか、10分たっても蒸籠が光ったりはしませんでした。
鑑定結果もアンコモンで効果は黒がメンタル1段階、白がバイタル1段階回復というものでした。
モグメェ(安心の味)
ンガメェ(落ち着いた雰囲気)
アチメェ(これくらいがちょうどよい)
バロメッツたちの食レポも今回は控えめです。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/わりと普通かうぉ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/まぁオーブン料理というより蒸し料理ではこんなものかもしれない
Ꮚ・ω・Ꮚメー/酵母も使ってないからな
Ꮚ・ω・Ꮚメー/発酵工程が入るから酒饅頭あたりのほうがつよそう
Ꮚ・ω・Ꮚメー/つよいとは
Ꮚ・ω・Ꮚメー/食べたいというより、温泉に行きたくなる空気感
Ꮚ・ω・Ꮚメー/とはいえA温泉はちと遠い
Ꮚ・ω・Ꮚメー/東京からなら熱海とか箱根あたりが便利で安全かな
コメント欄のほうはやや温泉づいてきています。
プロフェッサー新巻に完成報告したところ、楓正博は休憩時間を終えて、再び温泉整備の仕事に戻ったとのことでした。
ちょうど良いので、楓正博の休憩用サイドテーブルに温泉饅頭を並べておくことにしました。
一応完成はしましたが、楓正博の体には、もう摂食機能はないとのことです。
生きている私やプロフェッサー新巻の自己満足、または儀礼のようなものかも知れません。
バーネットで車内においた寝床で夜を明かし、様子を見に行ってみると、白と焦げ茶色の温泉饅頭がひとつずつ、減っているのが確認できました。
メェ (お気に召したようだな)
メエェ(どういう形で腹に収まっているのかはわからんが)
メメェ(なかなかいい仕事ができたようだ)
食べてもらえはしましたが、特に劇的な変化などは見られません。回復効果がマイナスに作用して崩壊を加速したりしなかっただけまし、といったところでしょうか。
今回の依頼はあくまで『松梅館』の温泉饅頭の再現で『エピックまんじゅう』や『レジェンダリーまんじゅう』を作れというものではありません。
依頼については無事完了、ということで、プロフェッサー新巻からは謝礼の『北海道物産セット』を受け取りました。
元々雰囲気で立ち寄っただけですので、そろそろ出発、としても良かったのですが。
ふと思い立って、もう一品作ってみることにしました。
材料は麹に白米、あんこ、強力粉に薄力粉、それと〈救世光〉を少量。
麹は以前に花菱瞳子に分けてもらった料理用のストックとなります。
まずは大きな土鍋でお米を炊いて、温泉まんじゅうでも使った井戸水を入れて冷まします。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/炊きたてご飯に水はもったいない気がしてしまう
気持ちはわからなくもありませんが今回はこういう調理工程になります。
水浸しにしたごはんに米麹、乳酸菌、そして〈救世光〉を加えて混ぜ合わせ、発酵用アイテムボックスを使い高速発酵をさせると。
甘酒が出来ました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/レア甘酒
Ꮚ・ω・Ꮚメー/というかどぶろくっぽい?
Ꮚ・ω・Ꮚメー/未成年者の酒造行為は許されるのか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/作るだけなら旧時代の法律でも問題ないうぉ
Ꮚ・ω・Ꮚメー/パン屋さんがさくっととレア酒を醸造するのは問題ではないのですか
Ꮚ・ω・Ꮚメー/飲みたいが、これで完成とは思えないな
ザルを使って甘酒を濾し、強力粉と薄力粉を加えてこね、生地を作ってゆきます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/なるほど、温泉酒饅頭か
Ꮚ・ω・Ꮚメー/発酵要素が入るから〈救世光〉が悪さを仕放題……。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/やべーもんが出来上がる予感しかしない
生地を発酵させ、分割させたらあんこを入れて丸め、濡れた布巾の上に乗せてさらに発酵させていきます。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/もううまそう
Ꮚ・ω・Ꮚメー/たべたい
Ꮚ・ω・Ꮚメー/ジュルル
あとは温泉饅頭のときと同じく蒸し場に持っていって、湯気と蒸籠で十五分ほど蒸し上げます。
金色の光を放ち、エピッククラスの酒饅頭が出来あがりました。
Ꮚ・ω・Ꮚメー/やらかしおった……
Ꮚ・ω・Ꮚメー/エピック温泉酒饅頭……
Ꮚ・ω・Ꮚメー/どうあっても飯テロをやらかさずにおれんのかこの生き物は
アチメェ (湯気と酒気を放つ生地)
アチチメェ(もっちりした歯ごたえ)
アチャメェ(噛んで飲み込む美酒が如し!)
バロメッツたちの食レポのテンションも高めになっています。
こちらは依頼を受けたメニューではありませんので「もし良かったら」ということでプロフェッサー新巻に六つほど手渡して、今度こそA温泉を後にしました。
【某年某日】ドンレミ農場ライブカメラチャットログ
(>Д<)ゴゲー/仕事で福井エリア行ってきた
(>Д<)ゴゲー/随分遠出したな
(>Д<)ゴゲー/原発あるから警備とか点検とかいろいろあるんよ
(>Д<)ゴゲー/そういえば原発銀座とか呼ばれてたんだっけ
(>Д<)ゴゲー/それでひと仕事終えたら、現地のひとに『温泉行きません?』と誘われた
(>Д<)ゴゲー/ふむ
(>Д<)ゴゲー/それで『いいですね』って言ったら、A温泉に連れて行かれた
(>Д<)ゴゲー/昔テスタさんが行ってた所だっけ
(>Д<)ゴゲー/まさにそこ
(>Д<)ゴゲー/もしかして復興してる?
(>Д<)ゴゲー/復興プロジェクトが始まってるって感じかな。例の〈松梅館〉ってホテルが中心に人が集まってた
(>Д<)ゴゲー/良かったねぇ
(>Д<)ゴゲー/あのゾンビさんも浮かばれたんだろうか
(>Д<)ゴゲー/成仏してなかった
(>Д<)ゴゲー/え?
(>Д<)ゴゲー/なんか普通にホテルのロビーに立って大天使まんじゅうを売ってた
(>Д<)ゴゲー/……それは、アンデッドのままってこと? 終末期アンデッド因子感染症から回復してたってこと?
(>Д<)ゴゲー/どっちなんだい!?
(>Д<)ゴゲー/おーい
(>Д<)ゴゲー/気になる情報半端に流して落ちんな!
(>Д<)ゴゲー/気になって夜しか眠れんぞっ!
――「ゴースト温泉街」終わり




