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第10話 御迷惑をおかけしていました

 メー (相談したいことがある)


 ホームエリアでシャワーを浴び、部屋に戻ると、バロメッツからそんな申し出を受けました。


「なんでしょうか?」


 メェ (個体名をつけて欲しい)

 メエェ(ステータスオープン、と念じてもらえばわかるが)

 メメェ(今の正式名はトライスター・バロメッツABCのままだ)


 バロメッツたちに向けて『ステータスオープン』と念じてみると、


 トライスター・バロメッツA

 バイタル:グリーン

 メンタル:グリーン

 

 トライスター・バロメッツB

 バイタル:グリーン

 メンタル:グリーン

 

 トライスター・バロメッツC

 バイタル:グリーン

 メンタル:グリーン


 と表示されました。

 確かに無味乾燥過ぎる気がします。

 少し考えて。


「ホームズ、ワトソン、レストレイドでどうでしょうか」


 メェ (シャーロック・ホームズか)

 メエェ(ベーカー街の住人だったな)

 メメェ(いいんじゃないか)


 指摘された通り、クラスのベーカーからの思いつきですが、特に異論はないようなので、このままバロメッツAがホームズ、Bはワトソン、Cはレストレイドで行くことにします。


 メェ (それと、ひとつ報告がある)

 メエェ(例のアークシャークとグレーターグリフォンについてだが)

 メメェ(何故あんなものを出したと上に問い合わせたところ、回答があった)


「上というと?」


 メェ (東京大迷宮運営本部)

 メエェ(新宿ラストダンジョンにある)

 メメェ(個人のナビゲートモンスターの立場でも苦情や問い合わせ程度は入れられる)


「どんな回答が?」


 メェ (彼らの正体は『チキンフォレスト』近くにある秘密研究施設の警護モンスターだ)

 メエェ(『チキンフォレスト』があったのは高尾エリア。東京大迷宮との協定のもと、大宮の冒険企業シュバリエがアンデッド因子感染症治療薬の研究を行っていた)

メメェ(そこに元アンデッド因子感染者の君が近づいたことで、警護用のアークシャークが反応し『チキンフォレスト』へ突入した。研究に使っているアンデッド因子の漏洩を防ぐため、アンデッド因子感染者の匂いに鋭敏に反応するようになっていたそうだ)


 バロメッツたちが表示した地図によると、旧八王子市の高尾山の西側にある施設で『チキンフォレスト』とは数百メートルの距離だったようです。

 シュバリエというのは要塞都市大宮を本拠地とし、世界初にして世界最大級の企業冒険者団シュバリエ・ワークスを擁する有力な武装冒険企業です。


 メェ (今回のような事故が起こらないよう、アンデッド因子感染者が『チキンフォレスト』に入ろうとすると警告が出るようになっていたのだが)

 メエェ(『チキンフォレスト』入りの直前にアンデッド因子感染症から回復したために、アンデッド因子感染者の匂いが残った状態で警告を回避してしまったようだ)


「グレーターグリフォンのほうはどうして出てきたんでしょう?」


 遭遇のタイミングが違う上、チキンステーキサンドの方に釣り出されていたようですが。


 メェ (動き出したタイミングは同時だが、最初は鶏屋敷のほうを嗅ぎ回っていたらしい)

 メエェ(その後、『チキンフォレスト』上空を探っていたところに、チキンステーキサンドの匂いを嗅ぎつけ)

 メメェ(あの騒ぎに発展した)


 メー(改めて謝罪したい)


 三匹はそろって頭を下げました。


「事故のようなものでしょうから」


 首を横に振りました。

 エピック級のパンでアンデッド因子感染症から突然回復してしまった結果、感染者でないのに感染者の匂いがするというトラブルの誘発材料になってしまっていたのでしょう。


 メェ (そう言ってもらえるとありがたい)

 メエェ(詫びの印というわけでもないが)

 メメェ(要求を出そうと思う)


「要求?」


 メェ (さっき言ったアンデッド因子感染症の研究施設への要求だ)

 メエェ(アンデッド因子感染症の関連施設ならば薬液リングの解除ができないかと聞いてみたところ)

メメェ(可能と回答があった)


 アンデッド因子感染症は回復しても、首についた血液凝固剤入りの薬液リングはそのままです。

 今度はこちらの解除方法を探さないといけなかったのですが、思わぬところにツテが転がっていたようです。


 それから数日は色々なパンやケーキ、クッキーなどのレシピを試してバザールに出したり、その収益で稼いだPPでスキルや装備品を整えたりしながら、薬液リングの解除についてのやり取りをして過ごしました。

 といっても直接の交渉はバロメッツたちに任せきりでしたが。

 アークシャーク、グレーターグリフォン襲撃の迷惑料として薬液リングの解除に協力しろというのがこちらの要求ですが、研究所の側もステータス回復効果の乗ったパンを自分で焼いて快癒という事例に関心を覚えたらしく、検査がしたいと要求してきました。

 不当な要求とは感じませんでしたので、その条件で合意し、南多摩エリアの高尾山麓にある武装冒険企業シュバリエのアンデッド因子感染症研究施設へ足を運ぶことになりました。

 この交渉の間、私の身には何もなかったのですが、研究施設から飛び出したアークシャークとグレーターグリフォン、それと近くを飛んだバロメッツたちの姿は、高尾山近辺で活動する複数の冒険者によって撮影・配信され、ダンジョンネット上で話題になっていました。


 特に広く流布しているのが――。


「焼きトウモロコシ出品しましたー」


 メエーッ!(うぉーっ!)


「……今なんか、上飛んでった?」


 高尾山の山腹で農業と配信業を営む生産系冒険者、群馬ダークのバザール出品動画にバロメッツとアークシャーク、グレーターグリフォンが続けざまに姿を現した配信事故の切り抜き動画です。


 群馬ダークという名前は群馬とジャンヌダルク、それとダークエルフを組み合わせたものだそうです。アンデッド災害で荒廃した故郷群馬の再興をめざし、ダンジョン内で生産した作物やその収益金を群馬に送る群馬解放運動家、もしくはきゅう群馬ぐんまの乙女、とのこと。

 クラスはファーマー、アーキテクト、そしてダークエルフ。

 ファーマーは農家、アーキテクトは建築家で最後のダークエルフは種族変更型クラス。

 身体能力、魔法適性などが向上すると同時に、容姿の方も日焼けした肌に尖った耳を持つダークエルフのものに変化するクラスだそうです。

 すらっとした長身に銀髪、碧の瞳に褐色の肌という、ファンタジーな容姿の人気配信者。

 外見年齢は十六、七歳くらいに見えます。


<バロメッツっぽかった>

<うしろにもなんか見えてる>

<サメじゃね?>


「サメ? サメは山には出んよ?」


 名前は群馬なのですが、口調は関西風です。


<いにしえのサメ映画なら平気で出る>


 配信システムが読みあげる課金(スーパー)チャットの声を受けた群馬ダークは不審そうに視線を上げます。

 その背後から、アークシャークとグレーターグリフォンの姿がどんどん大きくなっていきます。


<農場長! うしろ!>

<どんどん来てるチョッキン!>

<ガチでヤバいの映ってる!>

<配信してる場合じゃねぇ!>


「えぇ? また騙そうとしとらん?」


 普段の視聴者の信用度が低いのか、群馬ダークは胡乱そうな調子で言いながら後ろを振り仰ぎ。


「シャアークゥッ!」

「グリィーッ!」


 バロメッツがぶら下げたチキンステーキサンドを追うアークシャーク、グレーターグリフォンに気付きました。


「キャアアアアアアアアーーーーッ!」


 音割れが起こるほどの声をあげた群馬ダークはそのまま「あかん! あかん! これあかんっ!」「死ぬ! これ死ぬやつっ!」「食べられるぅっ!」と悲鳴を上げながら、近くの馬小屋に飛び込んで行きました。


 アークシャークとグレーターグリフォンが狙っていたのはバロメッツが抱えたチキンステーキサンドでしたので、地上の群馬ダークには気付きもせず飛び去ってしまったのですが、事情を知らない群馬ダークはそのまま馬小屋に隠れて、小型のカメラで配信を再開しました。


<もういないよ>

<恐怖のズンドコ農場長>

<ガチ鳴き>


「……もうおらん?」


<もういない、5,000 PP>


「うう、スパチャおおきに、もうおらんのね、本当に?」


<香典 10,000PP>


「香典やめて」


<涙目の農園長を肴に焼きたてトウモロコシおいしい>


「お買い上げありがとうございます。被災中の人間サカナにせんといて」


 そんな声をあげたところで、切り抜き動画は終わりました。

 思わぬところで御迷惑をおかけしていたようですので、元動画に行ってお詫びのPPを投げておきました。

 再生数は要点をまとめた切り抜き動画が四万再生。

 切り抜き前の元動画も二万再生程度。

 東京大迷宮の現役冒険者の数は約十万人だそうです。

 冒険者の半数くらいは観ている計算になります。

 いわゆる討伐クエストの対象にはなっていないのですが、アークシャークとグレーターグリフォンは両方とも過去のレイドイベントで最上位装備であるゾディアックシリーズの素材をドロップしているため、いくつかの有力パーティーや、大規模な冒険者団が高尾エリアに入り、アークシャークとグレーターグリフォンの捜索を進めているそうです。

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