どうしようもない男は悪魔に願い、地獄へと落ちた
男はどうしようもない人間だった。年こそ若いが学がなく、運動もできない。金や地位があればまた話は違ったのだが、それすらも自分の手でなくしてしまっていた。女に入れ込んだ挙げ句に騙されて父の残した会社を奪われ、ついには借金だけが残ることになってしまったのだ。
そんな状況であるので彼は結婚はおろか恋人すらもいなかった。彼も自分が結婚など出来るわけがないと考えていた。
しかし、あるとき悪魔を呼び出す方法を知り、それを試してみることにした。
どうせ失うものなどない人生で、悪魔にくれてやっても惜しくない程くだらない魂だ。それで少しでもいまが良くなるのならば儲けものである。気持ちとしては自分は金を払わずに行うギャンブルのようなものだった。
呼び出された悪魔は髭のない顔に謎めいた笑みを浮かべながら男に対して慇懃に一礼すると、魂をいただければどんな願いでも誠心誠意叶えます、と言った。
男は考える。自分は金なんか持っててもどうせろくなことにならない。以前の経験から美人は信用できない。たとえ地位があったとしても学がないのでどこかでボロを出すのがオチだ。
「美人でなくても良いから心の優しい、俺のことを支えてくれるような気立ての良い女と結婚がしたい。それと、できればその女と生活するためのまとまった金も」
男の言葉に悪魔は分かりました、と答え、それでは死後に魂をいただきますと言って姿を消した。
それから数日後。男は急にまとまったお金を手に入れた。会ったこともない遠い遠い親戚が死に、その遺産を相続できるのが男しかいなかったと言うのだ。それは男の借金を全て返済してまだ少し余るほどだった。
その望外の幸福に少し気を取られていたのだろう、男が細い道を歩いていると車に軽くぶつけられてしまう。といっても大きな怪我をしたわけではなく軽く肘がぶつかってしまい、それに驚いて転んでしまった程度のものだった。
男が転んですぐにその車を運転していた運転手が飛び出してきて男を助け起こした。あまり美人ではないが男と同じくらいの年齢のまだ若い女性だった。
怪我をしていないから構わないと言う男に、その女性はそんなわけにもいかないと言って病院に連れて行き、さらに診察が終わってから、もしまたなにかあれば、と連絡先も交換した。
それからしばらくして男はその女性と付き合うようになり、やがて当然のように結婚をした。女性は男のことを献身的に支え、時には叱責し、二人は幸せに暮らし、老いていった。
そして悪魔と取引をしてから数十年が経ち、ついに男に死が訪れた。子どもこそ出来なかったが、妻とともに穏やかに老いて死んだその男の死に顔はとても穏やかなものだった。
男が死に、その妻である老女はやれやれやっとかとため息を吐く。そしてその姿を、あの日男が呼び出した悪魔の姿へと変じさせた。
「全く、いまの時代に心の優しい女なんてのは他にいくらでもいる良い男に取られてるに決まってるだろうに、いつまで経ってもそれに気付かないなんて。相変わらず可愛い人」
ブツブツと言いながら悪魔は男の魂を掴んで地獄へと降りていく。
その悪魔の言葉を聞いた男の魂は、ずっと連れ添った愛しい妻とまだ一緒にいられることを、心から喜んでいた。
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