1日目夜:大広間*1
開いた扉の先は、しん、と静まり返っている。そして、暗くて先がよく見えない。
「お、おーい……天城のじいさーん……」
バカが声を掛けてみるも、何も、返事は無い。
……一歩、部屋に入ってみる。更に、もう一歩。二歩。
そうしていくと、やがて、バカ達が入った部屋の先にもあったような装置が見えてきた。だが、その装置に装填されている玉は光っておらず、魔法陣のような模様も、光を失っていた。
「……期限切れ、ということかな」
陽がバカの隣にやってきて、そう、難しい顔をしている。
バカもバカなりに覚えている。確か、この装置は大広間から各部屋への扉を開けた昼の間だけ、4回限定で使えるのだった。
つまり、もう、この装置は使えない。そういうことなのだろう。
「玉が……ああ」
そして、陽は機械に装填されている玉を見て唇を引き結ぶ。
「4つ、あるな……ううむ……」
後からやってきた土屋もそれを見て、なんとも苦い表情を浮かべた。
「ちょ、ちょっと?大丈夫なの?入っても平気そう?」
「ああ……今のところは何もないぞ、ビーナス。まあ、安全だろうな」
そうこうしている内に、そっと、ビーナスも入ってきた。続いて、ミナとたま、ヒバナと海斗も入ってくる。
「で、天城のジジイは?」
「まだ見つかっていない、が……最悪の事態を想定しておいた方が、よさそうだ」
土屋が苦い顔で機械の方を見せると、ヒバナもそれを見て、『ああ、そういうことかよ』と頷いた。
「ま、まだ間に合う……かもしれません、よね?探しましょう!」
「ああ、勿論だ。よし、先へ進んでみようか」
ミナと土屋がさっさと奥へ向かうのを見て、バカ達も追いかけていく。途中からは、バカが先陣を切ることにした。トラップがあっても、ライオンが来ても、バカが先頭なら大丈夫なのだ。
……そうして階段を下りて、少し通路を進んだところで。
「これは……」
「じいさん!じいさん!おい!しっかりしろ!」
立ち尽くす者も、駆け寄る者も居た。バカは当然、後者だ。バカは部屋の中央にある椅子……その椅子の上に拘束されている天城へと駆け寄っていき、そこに座っていた天城の肩を掴んで揺さぶる。
……すると、天城の顔に付けられていたガスマスクのようなものが落ちた。
そして。
「……嘘だろ、爺さん」
天城は血を吐いて死んでいた。
バカは咄嗟に、脈を取る。流石のバカでも、脈の取り方くらいは知っている。
……だが、脈が無い。
『俺の測り方が下手なだけかも』と思って、手首だけでなく首筋も見てみるが、それでもやっぱり、脈が無い。バカは、もうどうしていいのか分からない。
「すぐに治療を!」
そこへ、ミナが割り込んでくる。
続いて、ミナの手から水色の光がふわりと溢れて、天城へと吸い込まれていく。……だが、天城に変化は無い。
「あああ……そんな……」
「……手遅れだったか」
ミナがその場に崩れ落ち、後からやってきた土屋が苦い顔で俯く。
「ミナさん。今のは?」
「……治療を、と思ったんです。私の異能を、使って……」
たまの問いかけに、ミナはそれだけ答えて、後は項垂れてしまった。天城が死んでいるのを間近に見て、ショックを受けてしまっているらしい。
「これは……死んで、いるのか……」
「……協調性の欠片も無い人だったけれど、流石に死なれると、ちょっとね」
海斗とビーナスも、なんとも痛ましげな表情で天城を見ていた。
……そしてバカは、しょんぼりと落ち込んでいた。
「俺、天城のじいさんに、どうしてそんなに俺のことが嫌いなのか、聞きたかったのに……」
バカにとって天城は、自分の身に覚えのないところで自分を嫌っていた人、という認識である。ついでに、ちょっと気難しそうな爺さんだなあ、とか、ちょっと自分勝手だなあ、とか、色々と思うところはあったのだが……。
「仲良くなれたかもしれないのに……」
……それでも、同じ場所に居合わせた者同士、仲良くなれたらいいな、と、なんとなく、思っていたのだ。ある意味ではバカにとって一番気になる相手であった天城が死んでしまって、バカは何とも宙ぶらりんな気分になってしまう。
そうして、ショックを受けて呆然としているミナの隣で、バカもまた、しょんぼりと、肩を落とすのだった。
「……これは一体、どういう状況だったんだろうね」
バカが落ち込んでいる間にも、たまは動いている。
たまの言葉を聞いて、バカも部屋の中を改めて見回してみる。
部屋の中には、椅子が4つ。椅子4つは円状に、かつ背を向くように配置されており、椅子の中央には大きな瓶がある。大きな瓶からは管が伸びていて、その先にはガスマスクのようなものが付いている。さっき、天城の顔から落ちたものがこれだ。
そして、色々な色の液体が入ったガラス瓶が5つ、真ん中の机の上に乗っていた。……ついでに、空になったガラス瓶も、5つ。
「……わかんねえなあ、これ」
バカには、この状況がどういうものだったのか、さっぱり分からない。バカがもうちょっと賢かったら、分かったのだろうか。
「……毒でも盛られたのかァ?」
「多分、そう。……となると、何かのヒントを見て、瓶の中身を水瓶に5つくらい入れて、そこから出てきたものを吸ったか、飲んだか……っていうかんじなのかな」
ヒバナは装置を見てなんとなくゲームがどんなものか推測しているようだったし、たまはもっと細かく分析できているようだった。バカにはできない芸当である。
「うむ……1人でやる時と4人でやる時とで、大分『ゲーム』の質が変わりそうだ。もしかすると、1人の方が有利なゲームもあるのかもしれない」
土屋の言葉を聞きながら、バカは『でも、俺は1人だとなんにもできそうにねえよ』とぼんやり思う。
そして、今目の前で死んでいる天城についても、そうだ。1人じゃなかったら、助かったのかもしれないのに。
……そう思うと、またなんとも悲しくなってくるのだった。
「さて……どうにかして、この拘束を外そう。流石に……ご遺体だったとしても、このままにしておくのは忍びない」
「だよな……。よっこいしょ」
土屋の提案に従って、バカは天城の拘束を外していく。金属の輪のようなものだったので、適当に引っ張ればバッキンバッキンといい音を立てて壊れていった。
「これでいいかなぁ」
「……驚いたな」
「ほ、ほんとに素手なの……!?あ、ありえないわ!」
バカが拘束を一通り破壊すると、土屋とビーナスが何とも新鮮な反応を示してきた。海斗は気絶しそうになっている。ミナは驚いているが、驚きよりも悲しみがまだ勝っているようだった。つまり、バカと同じような気分ということだ。
「こいつ、鉄格子もタックルで破ってたぜ。こっちからすっと、今更だな」
「あ、ああ、そちらの詳細を是非聞きたい。天城さんについても色々と話したいこともあることだし……ああ、頭がどうにかなりそうだ……」
「なあ、天城、どこに運べばいいかなぁ……」
「とりあえず、上の階まで運ぼう。ガラクタの山を探したら、ベッドとかソファとか、あると思うから」
バカは天城を抱き上げると、たまの案内に従って上階へ向かう。
……だが、その前に。
「……陽、だいじょぶか?」
「え?」
バカは、自分やミナと同じくらい元気が無い陽のことが、気になっていた。
陽も頭のいい奴なのだろうが、その陽が頭を働かせる前に落ち込んでいるのだ。気になりもする。
「あ、ああ……その、すまない。結構、ショックだったみたいで……」
陽はそう言って、『情けないよな』と小さく呟く。
「無理もねえよ。多分、天城と一番喋ってたの、陽だもんな」
情けなくなんかないぞ、という気持ちで、バカは陽にちょっとだけ、笑いかけた。満面の笑みを浮かべる元気は無かったので、ちょっとだけ。
「あんま無理すんなよな。悲しい時は悲しいってちゃんと思った方がいいって、親方が言ってた」
「……そうか。うん、ありがとう。そうだな……なんだか、まだ、このゲームに参加していることについてだって、気持ちの整理ができてないんだ」
「しょうがないって。な?ちょっと休もう。多分、椅子とかもあると思うから。あったら俺、引っ張り出すからさ!言ってくれよ!」
バカはさっきよりももうちょっとだけ笑って、皆の後を追いかける。陽もバカの後から付いてきて、そうして、上階……吹き抜けのフロアにまで、皆で戻るのだった。
その後、天城が居た部屋の先、解毒装置がある部屋のガラクタの中から、簡易的なベッドのようなものを土屋が発見してくれたため、天城の死体はそこに寝かされることになった。
「……天城ぃ」
改めて、死体を見下ろすとなんとも悲しい。バカはしょんぼりと肩を落とす。
「……さ。非情なようだけれど、私達、このままここには居られないわ。あと60分もしたらまた、次のゲームが始まるんだから」
だが、ビーナスの言う通りだ。しょんぼりし続けても居られない。バカは、ガラクタ置き場から見つけたブランケットを天城にそっとかけてやってから、ビーナスやヒバナに続いて大広間へ戻る。
「さて……色々と状況が変わってしまったが、今のところはとりあえず、お互いのチームでどんなことが起きたか、情報共有しておこうか」
さて。
そうして全員集まったところで、改めて情報共有の時間だ。
「ええと……樺島君は、素手でライオンを殴り殺して、タックルで鉄格子を破った……のだったかな?」
「ん?おう!そうだぞ!」
「詳しく。詳しく説明しろ。まるで意味が分からないからな!」
海斗にも詰め寄られて、バカは『どこから説明したらいいのかなあ』と考え始める。……だが。
「私達が進んだ先には、鉄格子でできた迷路があって、ライオンが一頭いた。ライオンは興奮状態で、人間を見ると襲い掛かってくるようなかんじ」
どうも、バカの代わりにたまが説明してくれるようなので、バカは安心してたまに説明を任せることにした。こういうのは上手な奴がやった方がいいのだ。
「壁の数か所、迷路の途中含めていくつかのレバーがあって、それを動かすと鉄格子の壁の一部が動いて、迷路の道順が変わるようにできてた。本来なら、そうやってライオンから逃げながらゴールを目指す……んだったと思うよ」
「ところがどっこい、そこのバカがライオンは素手で殴り殺しちまうわ、その後、タックルで鉄格子破っちまうわで、俺達は難なくゴールに辿り着いちまったんだよ」
最後の説明というか愚痴というか、そういうものをヒバナが引き取って、そうしてバカ側の説明は概ね終了した。
……本当に、説明すべきことがそれだけで済んでしまうのだから、つくづくバカの働きは大きかった。
「成程……ということは、そちらは結構、時間にゆとりをもってクリアできたというわけか」
「うん。……そっちは、そうでもなかったのかな」
さて。こちら側の説明が終わったら、いよいよ土屋側の説明なのだが……。
「そう!酷いのよ!?こいつ……海斗が、解毒装置の前でミナを突き飛ばしたのよ!自分が先に座るためにね!」
……どうも、ビーナスには主張したいことが大いにあるようだ。
そして、場が、荒れそうである。バカはバカなりに、『仲良くしようよぉ』と、胃が痛む思いであった。