1日目昼:猛獣の檻*2
「に、にかいめ……?」
「答えて」
たまの、いつになく鋭い目を向けられて、バカはたじろぐしかない。
「えええ……。言ってる意味が分かんねえよ。大体、2回目、って……このゲームって、何回もあんのか?俺が知らないだけか?」
たじろぎつつ、分からないことを聞く。
たまは、『2回目』と言った。『このデスゲームの前に別のデスゲームに参加していたことはあるか』とも。
つまり、たまは『別のデスゲーム』のことを知っているらしいのだが……。
……バカがおろおろしていると、たまは、じっ、とその猫のような目でバカを見つめて……それから、ふ、と細く小さく息を吐きながら、そっと俯いた。
「……聞いても仕方ないよね。忘れて」
「あ、うん。忘れるのは得意だぞ、俺!」
忘れろ、と言われたら忘れる。バカは覚えていることよりも忘れることの方が得意なので、少し安心した。苦手なことを言われるよりは、得意なことを言われた方が安心できる。
……だが。
「あー……その、たま、元気か?あんま元気じゃないような気がして……その、俺、バカだからさあ、どうしていいのか、わかんねえんだけどさあ……」
なんとなく、たまは元気じゃないように見える。だからバカは心配だ。どうしたらいいのかは分からないが、それでも心配なものは心配だし、できることがあるなら教えてほしい。その通りにやれるかは分からないが、精いっぱいやるつもりはある。
「……そう思うなら、まずは奥に行くべきかな」
しかし、たまはさらりと躱して、すっ、と奥の方を見た。
ライオンの死体の更に向こう……迷路のゴールの方である。
「なんか、予想より早く進んでる気がするけど……もう、昼は3分の1が終わってるんだから。私達が死ぬまで、あと60分も無い」
「げえっ!それはやべえ!」
「迷路を進もう。ライオンは樺島君が倒してくれたから……後は、ゴールに辿り着けるように道を作っていくだけだし。20分くらいで終わりそう」
そして、たまは早速、壁へと向かっていく。あそこにあるレバーを動かすのだろう。
レバーで鉄格子を動かしながら、迷路の道順を変えていって、それでゴールに向かう、らしいが……。
「たま!なら俺、役に立てるぞ!見ててくれ!」
今のバカは、たまに元気になってほしくてとてつもなくやる気を出しているのである。
「タックルで鉄格子破るバカがどこに居んだよ!」
「え!?呼んだか!?」
「呼んでねーよバカがァ!」
ということで、バカはゴールまで一直線に、ぶち当たった全ての鉄格子をへし折って道を作った。まるで海を割るモーセのようであるが、その実態は人の話を聞かないバカである。
「……これ、本来なら90分ぎりぎりまで使うような想定なんだろうね。もっと迷うだろうし、ライオン避けながらだったらもっと掛かるんだろうし」
「うん……いやあ、驚いたね。ははは……」
だが、バカはこれでよかったのだと満面の笑みだ。
何せ……呆れ返った様子のたまは、ちょっぴり笑顔になっているので!
ということで、部屋の奥の通路を進んで、ちょっと階段を上って、また通路を進んで……そうしてバカ達はゴールへ辿り着いた。バカは先陣を切って、『ほえー、ここがゴールかぁ』と、奥の部屋へ踏み込んでいく。
尚、他の3人はバカの後から付いていく。これなら罠があってもバカが筋肉で突破してくれるので安全というわけだ。
部屋の中は、鉄格子の迷路の部屋よりずっと狭く、薄暗い。また、部屋の隅には椅子や机、ごたごたとした雑貨などが積み上がっていて乱雑な印象を受ける。だが、その中心でぼんやりと光るものがあり、それらが何よりよく目立つ。
「これが解毒装置、ということかな」
それは、不思議な機械だった。バカが建設事務所で見てきた機械の類にちょっぴり似ている気もするが、違うところがたくさんある。
まず、椅子がある。立派な椅子だ。建設事務所の粗末なパイプ椅子とは全く異なる、ふかふかの、座り心地の良さそうな椅子だ。
次に、その椅子の横には、ショベルカーのようにアームが伸びていて、ショベルカーならショベルが付いているであろう位置に、ヘルメットのようなものが付いていた。
更に、アームが出ている機械本体部分にはガラス張りのようになっている部分があって、そこには4つ、光る球のようなものが装填されているのが見えた。
そしてそれらの装置の下……床の部分には、ぼんやりと光り輝く魔法陣のようなものがある。ちょっとお洒落だ!
「ええと……椅子に座ればいい、ということなんだろうな。さて、誰からいく?」
「じゃあ俺からやる!」
陽の呼びかけに、バカは元気いっぱい手を挙げた。こういう時には一番槍を務めるのが自分の仕事だとバカは思っているのだ。
「いや、俺から行かせてもらうぜ。文句ねーよなあ?」
だが、元気に挙手したバカを押し退けて、ヒバナがのっそりと椅子に座った。
そして、ヒバナが椅子に座ると、途端にアームが動いて、ヘルメットがヒバナの頭に被さる。
おおー、とバカが目を輝かせてこの光景を見ていると、やがて、ヘルメットの後ろから更にアームのようなものが伸びて、首輪の宝石の部分に触れた。
……すると、宝石がぽやっ、と光って、そして。
「っ!」
ヒバナが表情を強張らせた。
「だ、大丈夫か!?」
陽がすぐさまヒバナの様子を見ると、ヒバナはもう一度眉をピクリと動かし……やがて、むすっ、とした顔に戻って、おう、とだけ返事をした。
……そうしていると、やがてアームが戻っていき、ヘルメットが外れて、そうしてヒバナは立ち上がった。
「な、なあ、ヒバナ。さっきの大丈夫だったか?なんか、痛かったのか?」
「あ?毒打たれた時と似たようなもんだ。解毒剤とやらを打ってんだろ?それだよ。……つーか、実際、新しい毒が打たれてるんだったかぁ?くそ……」
「実際のところは毒じゃなくて呪いらしいけどね」
「大して変わんねーだろ。この首輪がどーなってんのか知らねえけどよォ、なんかぶっ刺さってるみてーな痛みはあるしな」
ヒバナはのそのそと椅子の前から退く。椅子に座ってから1分ぐらい、だっただろうか。まあ、短時間で終わるものではあるらしいが……痛みがあるというのなら、痛ましいことだ。
ついでにバカは予防接種の時のことを思い出して、何とも言えない顔をした。バカは注射が嫌いである。痛いのは嫌いだし、何より、バカの鋼の肉体に耐えきれなかった針がしょっちゅう折れるので……。
「じゃ、さっさとやっちまえ。ちょっとばっかし痛ぇが、そんだけだ」
「そうか……。じゃあ、お先に失礼するよ」
ヒバナが退くと、すぐに陽が椅子に座る。そして同じようにヘルメットが被さって、アームが首輪に触れて、そして、陽もちょっと痛そうな顔をした。
……そうして陽も無事に解毒が終わったらしい。続いて、たまが同じように椅子に座って、解毒を行った。
「よし!じゃあ俺だな!」
ということで、最後はバカの出番である!
……と思ったのだが。
「いや、樺島君には必要ないんじゃないかな……」
「えっ!?」
陽に止められて、バカは首を傾げる。これをやらないと死んでしまう、というような話だったような気がするのだが、違っただろうか。
……と、バカが困惑していると。
「首輪をブッ千切っちまったてめーには要らねえだろーがよ、このバカが」
「え、なんで!?」
「私達に毒物が注射されたのは、最初の夜の鐘が鳴った時だから。それまでに首輪を破壊していた樺島君には、そもそも毒物が注射されてないでしょ、っていうこと」
たまにも解説してもらって、ようやくバカは納得した。
そうであった。バカはバカなので忘れていたが、バカだけは毒物を注射されていないのであった!
「ってことは俺、もしかしてこのドアの中、入る必要、無かったのか!?」
「ま、まあ、そういうことになる……ね……」
陽が何とも言えない顔をしている横で、バカは唖然とし……。
「……でも、ここに入ってなかったら、ライオン見られなかったしなあ」
まあ、やっぱりここに入ってよかった!と納得したのだった。だが同時に、陽はそれに納得できないらしい。
「えーと、樺島君。確認のために言うけれど……君は、本当に、『ゲーム』はしなくていいはずなんだ。そしてこの『ゲーム』は、どうやら命の危険を伴うみたいだ。君は必要のないゲームに参加して、不必要に命を危険に曝していることになるのだけれど……それを止めなかった俺たちについても、何も思わないのか?」
陽は、何か、申し訳なさそうな顔をしている。たまも、ちょっとしている。ヒバナは横を向いているのでよく分からない。だが、バカは彼らを見る前から結論を出しているのだ。
「え?うん!ライオン面白かったし!」
バカは、ライオンを見られた興奮でいっぱいで、大満足である。そして、それ以外は特に何も考えていない!それだけなのだった!
「……あっ、別の部屋にはライオン、居ないのか!?」
「……居ない気がするね」
「そっかー……でも俺、虎とかも好きだし!あっ!ウサギとかヒヨコとかも好きだぞ!あと、キリンとか!カバとか!」
バカははしゃいでいる。そんなバカを見て、陽とたまは顔を見合わせて、それから、『これでいいんじゃないかな』『そんな気がしてきたよ』というような顔をしていた。ヒバナは『そもそもここは動物園じゃねえよ』と呆れ返った顔をしていたのだが、まあ、バカはそれらに気付くことなく、ただ次に出会えるのは何かなあ、とはしゃぐばかりであった。
「……残り時間、まだあるね。45分ぐらいかな」
そうしている間に、時計の針は『昼』の半分くらいを示すようになった。つまり、残り時間は45分程度、ということだろう。
「その間は大広間に戻れないみたいだ。ほら」
陽が示す先……部屋の奥には、扉がある。だが、その扉は開く気配が無い。恐らく、夜の鐘が鳴る時に初めて、この扉が開くのだろう。
「それまでは待ち、ってことかよ。あー、ったりい」
ヒバナは開かない扉の横の壁にもたれて、ちらちらと扉を見ながら気だるげにしている。まあ、待つだけだと退屈ではある。『じゃあ鬼ごっことかするか?』と言おうか迷ったバカだったが、今はそれよりも気になるものがある。
「そっか。時間あるのか。じゃあさー、俺、これに座ったらダメかなあ」
時間があるのなら!とバカがワクワクしながら確認してみたら、皆一様に渋い顔をする。
「う、うーん……何があるか、分からないからね……やめておいた方がいいんじゃないかな。首輪から毒と解毒剤が注射されているようだけれど、首輪無しでも毒に似た作用をもたらされたら厄介だし」
「そっかー」
なんとなく、アームが動いたりヘルメットが動いたりする様子は格好いいのでバカも体験してみたかったのだが、しょうがない。バカは解毒装置の使用は諦めることにする。
「まあ、時間に余裕があるからね。折角だから、少し、話でもしようか」
そうしている間に、陽は部屋のごちゃごちゃした部分から丁度良さそうな椅子を見つけてきて4脚置くと、そのうちの1脚に座った。
「少し、状況を整理しないか。ついでに……この後の動き方について、確認しておきたいんだ」
陽はそう言うと……少し表情を曇らせ、唇を引き結び、そして。
「……大広間に戻った時に死者が出ていた時にどうするか、今から考えておくべきだと思う」
そう、切り出したのだった。




