1日目昼:猛獣の檻*1
「うおー!ライオン!ライオン!」
「このバカ!落ち着け!」
「静かに!」
さて。
ライオンに大興奮のバカであったが、すかさずヒバナと陽にそれぞれ右肩と左肩を掴まれて止まる。止められなかったらそのまま鉄格子をぶち破ってライオンに触りに行っていただろうが、流石のバカも止められたら止まるのだ。
「……成程ね。ライオンを避けながら、上手くゴールしろ、っていうことかな」
たまは冷静にライオンと鉄格子の迷路を観察している。道順を見ているようなので、バカは『すげえなあ』と感心した。
何と言っても、この迷路は鉄格子でできている。その分、先が見えるのはいいのだが、見えすぎてどうにも、どういう道になっているのか分かりにくい。バカは目こそいいものの、目で見たものを頭の中で平面の地図に起こすようなことはできない。バカなので。
「……この迷路、出口に繋がってない」
そして、たまはそう結論を出した。バカはただただ、『すげー』と感心するしかない。
「出口に?……ああ、そういうことか」
更に、陽はたまの言葉を聞いただけで、何かを理解できたらしい。尚、バカには何も分かっていない。
「おい、どういうことだよ」
ついでに、ヒバナにも何も分かっていなかったらしい。苛立ったように陽に詰め寄るヒバナを見て、バカはちょっぴり安心した。『バカは俺だけじゃなさそうだ!』と。
「ああ。ええとね……多分この迷路の壁の一部は、動くようになっているんだと思う」
陽はそう言うと、ちら、と入り口傍の壁を見た。普通の家の部屋だったら電灯のスイッチがあるであろう位置に、重機によく付いているようなレバーが設置してあった。
「そこにレバーがあるし。恐らく、あれを使うと道が変わるようになっているはずだ」
「レバー!?ほんとだ!とりあえず下げていいか!?」
「バッカヤロ!何しようとしてんだこのバカ!」
レバーと見て手が動いたバカだったが、ヒバナが後頭部をスパン!と勢いよく叩いたことによってバカはまた止まった。
「樺島君。慎重に動いた方がいいと思う。鉄格子が動いた結果、ライオンが居る空間と私達の居る空間が繋がってしまう可能性がある」
バカに対して、たまはため息混じりにそう言った。ついでに、ちら、とライオンを見て、たまは眉間に皺を寄せる。
「あのライオン、様子が変だよ。多分、興奮剤とか、打たれてるんじゃないかな」
「或いは、そういう悪魔の魔法でも使われているか、かな……。これは悪魔のデスゲームだからね。ライオンがどういう手段で凶暴化しているか、分かったものじゃない。まず間違いなく、あのライオンは人間を襲う。出くわしたが最後、命は無いと思って動いた方がいい」
陽もそう言って、それから、やれやれ、とばかり、ポケットからペンを取り出した。
「うーん……どうしようかな。とりあえず、動きそうな壁がどこか、見える範囲で見ていこうか。それからレバーの位置も把握して……たまさん、手伝ってくれるかな」
「うん」
そのまま、陽とたまはゆかにしゃがみこんで、コンクリートの床の上に地図を描き始めた。
……となると、頭脳労働ができない残り2人が、暇になる。
「……なー、ヒバナぁ」
「んだよ」
壁にもたれて腕を組んでいたヒバナに、バカは話しかけた。
「暇だよなあ」
……バカはそう話しかけてみたのだが、ヒバナは舌打ちをして無視を決め込んでいる。どうやら、バカにされたと思ったらしい。バカとしては、別に『お前は頭脳労働できないもんな!』というような意図は全く無く、ただ純粋に暇を持て余していただけなのだが。
「ただ待ってるだけってのもなあー……」
返事が無かったので、バカはもう、独り言ということで喋り続ける。ヒバナは面倒そうにしている。
「……よし!暇だし歌うか!」
「やめろ!うるせえだろうが!黙ってろ!」
が、流石にバカが歌い出そうとしたらヒバナが止めに入って来た。バカが渋々歌うのをやめると、ヒバナはまた舌打ちして壁へ戻っていった。
「……じゃあ、うん。ちょっと散歩してくる」
仕方が無いので、バカは静かにできる暇潰し……すなわち、散歩をすることにした。
「あ?散歩だぁ……?」
「うん。たまー、陽ー。俺、ちょっと散歩してくるな!」
「え?ああ、うん。現状、ライオンの居る空間と僕らの居る空間は繋がっていないから、大丈夫だけれど……あ、レバーには触らないでくれ」
「分かった!レバーには触らないようにして散歩する!」
ヒバナは訝しんでいたが、陽から許可が出たので、バカは元気に散歩しに行くことにした。とりあえず、鉄格子越しでもいいからライオン見たいなあ!と。
見てみると、さっき陽が言っていた通り、壁のあちこちにレバーがぽつぽつと設置してあった。だが、バカは言われたことは守るバカなので、レバーには触らない。ちゃんと両手を上げて、『触らない!』のポーズである。
お手上げポーズのまま、バカは真剣に、しかしうきうきと鉄格子の間を進んでいく。……そうしていくと、やがて、ライオンがバカを見つけて近づいてきた。
「うわあ、ライオンだぁ……!」
バカは目を輝かせてライオンを見つめる。ライオンは鉄格子越しにバカへと近づいてきて、じっとバカを見つめた。ぐるるるる、と唸る声も聞こえてきて、バカは大変に興奮した。何と言ってもライオンである。ほんとにほんとに、ライオンである!
ほわあ、と感嘆のため息を漏らしながら、バカはライオンをじっくりと観察して……。
その時だった。
「あれっ」
がち、と、ライオンが鉄格子に噛みつく。更に、暴れ出す。どうやらたまの言う通り、このライオンは非常に興奮しているようだ。
「あんま暴れるなって。鉄格子食べても美味しくないぞ」
ほらほら、とバカはライオンを宥めようとするのだが、ライオンはまるで聞いていない。このライオンはバカよりも人の話を聞かないらしい。
そうしてライオンは更に暴れ、がるるる、と唸り、その目は憎悪と狂気に彩られてしかとバカを見据え……。
バキン!と。
遂に、鉄格子が、折れた。
「おわああああああ!?」
「樺島君!?」
バカが声を上げると、すかさず陽とたまがバカの方を見て、そして、ライオンが鉄格子を破ったことを知った。
「なんてこった……!そうか、鉄格子の向こうにいれば安全だなんて保障すら、無かったのか!くそっ!樺島君!すぐに右へ!」
「急いで!鉄格子を動かすから!速く!」
そして、2人とも状況を分析して、バカを救うべく、動き出す。
……だが、バカは咄嗟に動けない。
「わ、わああああああ!」
ライオンにとびかかられたバカは、流石にちょっぴり怖かった。ライオンはかっこいいが、襲い掛かられたらそれどころではない。
……ということで、怖かったバカは、咄嗟に、手が出てしまった。
ボコオ!と、ライオンの頬にバカの右ストレートが突き刺さる。
途端、ライオンは吹き飛び、ガシャン、と大きな音を立てて奥の鉄格子にぶつかり、白目を剥いてびくんびくんと痙攣するのみとなり……。
……そして、死んだ。
この世は弱肉強食。つまり、筋肉の強い方が勝つ。そういう事である。
皆が沈黙していた。
たまも陽も、ヒバナでさえも唖然として沈黙していた。そしてバカは『やっちまった!』と真っ白になっていたし、ライオンは永遠に沈黙している。
「……ごめん!うっかりライオン殺しちまった!急だったから!急だったからぁ!」
「お、落ち着いて樺島君!大丈夫だから!大丈夫だから!」
バカは混乱して『わあああああああ!』とライオンの死体の周りを駆け回り始めたのだが、陽が止めに入った。
「え、ええと……」
そして駆け寄ってきてくれた陽とヒバナ、そしてのんびり後から来たたまに囲まれて、バカが落ち着きを取り戻しつつある中。
「……本当に、ライオンを素手で倒せるとは思わなかったな……」
……陽が苦笑して、ちら、とライオンの死体を見ると、たまとヒバナも、それぞれ何とも言えない顔で頷くのだった。
「樺島君。どうかな。落ち着いた?」
「あ、うん……ありがとなあ、陽、お前、いい奴だなあ」
そうしてバカは落ち着いた。ライオンに襲い掛かられてびっくりしたし、咄嗟に殴り殺してしまって反省もしている。
だが、陽に言わせれば『別に、ライオンが死んだとしても問題はないんじゃないかな……』とのことだったので、バカも『なら、弱肉強食ってことだな。すまん、ライオン。俺、お前の分まで強くなるから!』と気持ちを切り替えた。
「……この調子だと、首輪を素手で引き千切ったっていうのも本当みたいだね」
たまは、ライオンの死体を見てそんなことを呟く。ライオンの頭蓋骨は、まあ、頬から脳天にかけて、砕けている。たまが、つん、とつつく度、そのあたりは骨がバッキバキになっている手触りがするはずだ。
「うん……あ、実演するか?鉄格子、丁度いいのあるし……」
「いや、別にやらなくていいだろお前バカか?」
「ほら、こんなかんじに」
「やらなくていいって言っただろこのバカ!」
うにょん、と曲げた鉄格子を見せたら、ヒバナにキレられてしまった。そんなに怒らなくっても!と思ったバカは、そのまま鉄格子を、きゅい!きゅいっ!と曲げて……。
「ほら、プードル」
鉄棒を曲げて、プードルにしてみた。まあ、つまり、バルーンアートの鉄棒バージョンである。
「いらねえよ!」
「ダメか!?これ、近所の子供達にめっちゃ人気なのに!あっ、お花もできるぞ!」
「お前の近所どこだよ!マジでありえねえ!」
ギャーギャーと喚くヒバナと、ショックを受けるバカ。その2人の間に、そっと陽が割って入る。
「なあ、陽!これ可愛いよなあ!?」
「いや、まあ、うん、よくできてるよ。いや、でもそうじゃなくてね……」
そして、陽は実に頭の痛そうな顔で、尋ねてきた。
「……あの、樺島君。俺、気になってたんだけれど……樺島君は、その異能をいつから持っているのかな」
「へ?」
バカが頭の上に?マークをいっぱい浮かべて首を傾げていると、陽は歯切れ悪く、尋ねてくるのだ。
「その怪力。どうも君の話を聞く限り、このデスゲームが始まる前から、持っているように聞こえるけれど……」
言われて、思い出す。バカは、ふん、ふん、と過去を振り返って、そして……。
「えええ……んなこと言われてもよお……俺、ずっとこうだし……」
その、バカにとって実に当たり前の結論に至ることになるのである。
……そう!このバカは、デスゲームなんて関係なく、元々がこの怪力なのだ!
おかげで職場をクビになること数回!今の職場でも、『まあ、お前、重機みてえなもんだろ?がっはっは』と大らかな扱いを受けている!
それが、この樺島剛!通称バカ!なのである!
さて。
バカが一生懸命に『俺の怪力は元々のモンなんだよう』と説明してみると……いよいよ、陽もたまも、ヒバナも、難しい顔になってきてしまった。
「だとすると、君はその怪力以外にも異能を持っているということになるのか?」
「え、分かんねえけど……」
そう。『異能』だ。
バカ以外の皆は、それぞれに『異能』というものを持っている、らしい。そんなようなことを言っていた、ような気がする。
だが、バカにはその『異能』についての自覚は特に無い。
「別に、何も変わってねえしなあー……」
試しに正拳突きを虚空に向かって繰り出してみたが、特に変化は感じられない。本当に、自覚できるものは何も無かった。
「……最初に閉じ込められてた部屋に、あなたの異能についての説明書きが無かった?」
「え、無かったけど……」
「金庫の中。本当に、無かった?」
「そもそも金庫、見てねえよお……」
たまに詰め寄られても、バカにはどうすることもできない。バカは何も知らないし、何も分からないのだ。何故なら、バカなので。
「……じゃあ、どうやって部屋を……あ」
「そうか……樺島君は、ドアを破って最初の部屋を脱出したんだったね……」
そう。バカはバカである。バカ故に、絶対に正規の手段ではない方法で最初の部屋を出てきてしまった。そのせいで、得られるはずだった情報を失ってしまっているらしいのだ!
「ああああ……くそー!金庫っていうのも破壊して中身持ってくればよかった!」
「いや、その場で読んで捨てるように書いてあったんだけれどな」
「俺、バカだからどうせ分かんねえもん!だったら陽とかたまとかに読んでもらって教えてもらった方が絶対いいだろ!?」
「う、うーん、信頼してくれているのは嬉しいんだけどね……ああ、どこから何を言ったらいいのか……とにかく、これだとお手上げだな」
頭を抱えるバカの横で、『頭を抱えたいのはこっちなんだよなあ』とばかりに陽がため息を吐いた。だが、そんな陽も落ち込むバカの背をぽんぽん叩いて慰めてくれるので、やっぱりこいつはいい奴に違いない。
「……まあ、『自覚ごと塗り替える形で怪力を手に入れてる』っていう説も、まだ有り得るからね」
ついでに、陽はそう言ってくれた。バカはまた首を傾げるしかないのだが、陽は苦笑いしながら説明してくれる。
「いきなり鉄格子を折り曲げられるくらいに力が強くなったら、まともに行動できないんじゃないかな。ドアノブを捻るとか、歩くとか、それすら。……だから、力を扱うためにはその経験とか記憶とか、そういうものごと手に入れる必要があるのかもしれない」
「妙な話だけどなァ。……っつっても、確かめる方法もねえのか。クソが……」
陽は取りなしてくれているし、ヒバナも一応は納得してくれている、というか、諦めてくれているようだ。
そして、たまは……。
「……あなたには、異能が2つある、なんていうことは、無い?」
「あなた……2回目?このデスゲームの前に、別のデスゲームに参加していたことが、あるの?」
たまは、鋭い目をしていた。