2日目昼:羊達の晩餐*2
……かくして。
「樺島君、優秀な牧羊犬だね」
バカが、駆け回っている。犬になりきって、四足走行で駆け回っている。吠えながら駆け回っている。
……その結果、哀れな羊達はバカから逃れるため、メエメエと鳴きながら一か所に集められていくのだ!
「ばう!」
更に、バカが羊に向かって吠えれば、羊達は恐ろしさのあまりか、きゅう、と気絶してしまうものまで出てきた。そうでなくても、ぷるぷると震えながらじっとしている。その姿は、実に哀れである。
「すごいな、樺島君。羊が一気に大人しく……」
「ぴくりとも動かないもんね。札が見やすくてすごく便利」
そうしている間に、たまと陽と海斗が手分けして、次々に羊の首から札を外していった。
「先輩に教えてもらったんだ!羊は本能で制するもんだ!って!」
「お前の会社、建設会社じゃなかったか……?」
「えっ、でも、建設場所に羊がいることとか、あるじゃん」
「一体どこに何を建てたんだ!?」
バカは満面の笑みで羊の群れの周りをぐるぐると回ってバカサークルを生み出し、羊を一か所に大人しくさせ続け、その間に陽とたまと海斗の3人がかりで食材カードを外していく。
食材カードを外された羊はバカサークルの外へと解放され、すぐさまメエメエと逃げていく。こうすることによって、効率的に食材カードの回収ができるのだった!
が。
「うわっ、豚肉1㎏!これはまずいね、外そう」
「えっ!?外しちゃうのか!?」
……食材カードの取捨選択には、ちょっとだけ悶着があった。
そう。『別に食べなくてもいい』『死ぬくらいなら食べない方がいい』という動機の陽とたまと海斗の一方、バカは『いっぱい食べたい!』なのである!
「……1㎏、は、ちょっと……ね。ははは……」
「食べきれないだろう、それは……」
「そんなあー!俺、いっぱい食べるのに!食べるのにぃー!」
バカは『わおおーん!』と嘆きの声を上げた。すっかり犬である。
……それでも健気に羊達の周りを走り回ってバカサークルを生み出し続けているバカがあまりにも哀れなので、海斗とたまと陽は、次に見つけた『鶏つくね500g』の札を見て、『ちょっと多いかな……』と思いつつも外さないことにしたのだった。
「生白菜120g……まあ、妥当かなあ」
「鉄釘10本!やっと見つけたぞ!こんなもの入った鍋、食べてたまるか!」
「あ、水銀2g……外しておくね」
そうして、バカがぐるぐる駆け回る間に他3人は一生懸命、札を外していく。
「げっ!?『二足歩行の羊の肉』だと!?絶対にこんなもの食べてたまるか!」
「ええーっ!?羊、駄目かぁ!?」
「ダメだ!これはラム肉のことじゃない!」
「えっ!?そりゃ羊はジンギスカンだろ!?ラムってなんだ!?」
「羊だよ!」
海斗はバカに怒鳴りつつ、渋面で『二足歩行の羊の肉100g』の札を外した。
「うーん……流石に、悪魔のゲームだな。そうか、人肉まで出てくるのか……」
「食べても死にはしないだろうけどね」
陽とたまもそれぞれに『いよいよこの鍋、嫌だな……』という顔になる。
「……これ、本来ならこんなに効率的に進められないんだろうね。俺達は幸い、樺島君のおかげで羊が大人しい環境にあるけれど……」
「まあ、普通は羊は逃げるだろうし、全ての札を確認することはできない前提だと思うよ。だから、『闇鍋』なんでしょ」
「何が入っているのか分からない鍋を何g食べるか……食べ過ぎれば致死量に至る可能性があり、食べなければ最後に全てを食わされて死ぬ、と……悪趣味なゲームだ。全く……」
陽とたまと海斗は顔を見合わせ、それからまた、黙々と食材カードの取捨選択に移った。『しいたけ4つ』の羊をそのまま逃がしてやったり、『テトロドトキシン0.1g』の札を全力で毟り取ったり、『手羽先300g』の札を、ちら、とバカを見てからそっと外したり……。
その間も、バカは元気に駆けまわっていた。その内楽しくなってきて、器械体操も始めた。飛び前転、側転、側方倒立回転……。倒立歩行、ブリッジ歩き、
……そうして奇怪な動きをし始めたバカの姿に、ますます羊達は怯えた。
哀れな羊達は、そうして時間いっぱい、怯える羽目になったのである。
やがて、制限時間が終わり、アラームが鳴った。
『それでは全員、着席せよ!席に着かなかった者は死ぬ!』
「樺島君なら着席しなくても死なない気がするけど」
「ま、まあ、どういう仕組みで死ぬか分かっていない以上は、従っておいた方がいいと思うよ……」
結局、全員渋々と(バカだけはうきうきと)キッチンスタジオの席に着く。すると。
「なっ……!?」
「まあ、予想はできたかな……」
がしゃん、と音がして、椅子から飛び出した拘束具が全員を椅子に縛り付けた。
「えっ!?なんだこれ!邪魔だなあ!」
……そして、バキイ!と、拘束具は引き千切られた。
「……まあ、これも予想はできた、かな……」
「なー、皆の分もこれ、外しとくか?大丈夫か?これついてたら食いづらくないか?」
「……僕はこのままでいい。ゲームが終われば自動的に外れるだろうからな。外れなかったら、その時に外してくれ」
「うん!分かった!」
バカは元気に返事をすると、拘束具が大破した自分の席に戻って、わくわくと鍋を待つ。
……すると、スタジオにスロープがかかり、そこからぞろぞろと羊達がやってきた。
めえめえ、と鳴きながら、羊はその背中に載せてきた食材を、そっと鍋の中へ入れていく。
「羊が鍋作ってる!かわいいなあ!」
「かわいいか……?」
バカは興奮気味に、羊の調理パフォーマンスを楽しんだ。羊達はまだバカが怖いらしく、バカと目が合うとすぐさま逃げていった。
だが、こうして鍋が出来上がる。大きな土鍋に、自動的に蓋がされ、そのままくつくつ、と煮込まれて……。
「えっ、もう煮えたのか!?」
ぽん、という音と共に、蓋が開く。……すると、そこには既に、きっちり煮込まれた鍋があったのである!
「わー!うまそー!」
鍋の中身は、至って普通だ。
鶏つくね、大根、白菜、ネギ、しいたけ、えのき、豆腐、ねじり梅の人参……。
バカは歓声を上げて、『食べたい!食べたい!』とはしゃいだ。
『さあ!これより30分のお食事タイムだ!鍋の中身を取り分ける順番は、5回しか回ってこない!くれぐれも気を付けてよそいたまえ!』
「はーい!」
モニターに表示された文字に、バカは元気な返事をした。そして。
「じゃ、俺、最初にとっていいか!?」
「ああうん、どうぞ」
「完食する前提でよそえ。僕らはお前が完食することを前提に鍋を作っているんだからな?」
「うん!わかった!」
バカは『いただきまーす!』と元気に宣言して、土鍋におたまをつっこむのであった。
……そうして。
「美味かった!ごちそうさま!」
無事、鍋は完食された。
6割程度、バカが食べた。多すぎるかと思われた鶏つくねも、しっかりバカの胃に収まった。
「俺たちも小腹が満たされたね」
「美味しかったね」
「本来は、決して、『美味しかったね』なんて言って終われるゲームではないはずだが……!」
海斗は頭を抱えているが、モニターには『祝!完食!』とおめでたいかんじの表示がされている。
そう。鍋は完食されたのである。本来なら相当厳しかったであろう完食だが、バカの前では美味しいおやつに過ぎないのである。
「これ、もう片方のチームじゃなくてよかったね……」
「そうだな。人員配置によっては、間違いなく人が死ぬゲームだった」
「やっぱり樺島君と一緒だとゲームが捗るね」
陽と海斗とたまは、自動的に拘束具が外れた椅子から立ち上がってそれぞれ伸びをした。
死と隣り合わせであったはずなのに、緊張感は然程無い。一応、バカ以外は全員、多少の警戒を払っていたのだが……それも、鍋で程よく腹が満たされて薄れている。
すると。
「ん?鍋の底になんかまだ残ってる!」
バカが、ほぼ空になった鍋の中を覗き込んで、『おや?』という顔をする。
「……鍵?」
「うん。ほら」
そして鍋の中に手を突っ込んで、残っていた出汁の中から鍵を引き上げた。
鍵には、『♂』のマークがある。つまり、火星の鍵だ。
「完食すると出てくるんだね、この鍵」
「羊を余程効率的に見つけられないと出てこない、というわけか……」
「いや、誰か1人が全部食べさせられたらその後で見つかるんじゃないかな」
たまの冷静な言葉に、海斗が『あまり考えたくないな……』と苦い顔をした。こういう想像が得意なのは、海斗よりはたまの方らしい。
「えーと、鍵があるっていうことは、この部屋にも、さっき樺島君達が見つけたような鍵付き扉があるっていうこと、かな?」
陽が、きょろ、と辺りを見回す。すると、その中で海斗は、さっ、と屈んで……。
「だとしたら……このあたりか」
ステージの中央、鍋が置いてある台の側面を見て、にやり、と笑った。
「ビンゴだ。ほら」
海斗が指し示す先には、鍵穴のついた小さな扉がある。
「開けてみようか」
陽が早速、鍵を鍵穴に差し込んで、回す。
カチリ、と音がして、きい、と扉が開いた。
……すると、その中には。
「……これは」
ヒバナ人形があった。だが、今までに見つけたミナ人形やビーナス人形とは様子が違う。
……ヒバナ人形の顔面には、『毒殺』と書いてあった。




