2日目夜:大広間*1
「ビーナスさん!」
すぐさまミナが駆け寄って、蹲るビーナスの傍らに膝をつき、そして、異能を使い始める。
さっき見たのと同じように、水色の光がミナの手に満ちて、それがビーナスを癒していく。ビーナスは荒く呼吸しながらもなんとか、顔を上げた。
「ビーナス!おい!大丈夫か!?」
「な、んとか、ミナのおかげで……助かった、わ……」
ビーナスがなんとか持ち直したのを見て、ミナはへなへなとその場に座り込んだ。『よかったぁ』と呟く彼女の横にバカもへたりこんで、共に『よかった!』『よかった!』と喜びあった。
「ふむ……すまない、ビーナス。落ち着いていないところ申し訳ないが、何があった?」
そこへ、土屋が深刻な表情でそう、問いかける。するとビーナスは憔悴した表情のままに頷いて、話し始めてくれる。
「急に、胸が潰れるみたいな痛みが、あって……」
「……首輪の毒か?」
「わから、ない……けれど、多分、違……」
ビーナスの答えを聞いて、土屋は、ふむ、と首を傾げる。ミナは不安そうにしているし、バカは何も分からないのでおろおろするしかない。
「そうか……まあ、今はとにかく、他の4人との合流を急ぐべきだろうな。ビーナスのこれが、残り4人の誰かの異能によるものでないとも言えない。そうではないと、信じたいが……」
土屋はまた深刻そうにそう言うと、ビーナスを椅子に座らせて、そして、顔を上げてバカを見つめた。
「……ということで、樺島君。やってくれるか」
「おう!任せろ!タックルだよな!?それなら俺、得意だぞ!……よし!タックルーッ!」
「タックルしながら『タックル』と言うのか、君は……」
ということで、バカはドアにタックルした。すると。バキイ!といい音がして、ドアが吹っ飛んだ。……そして、ドアの向こうにあったらしい、諸々も。これがバカのタックルの力なのだ!
「机……?これが、つっかえになっていた、ということでしょうか……?」
ドアから吹き抜けの上階に出てみれば、なんと、そこにはつっかえ棒の如く机やら何やらが置かれていた形跡があった。
無論、それらは全てバカのタックルによって吹き飛び、或いは木っ端微塵に粉砕されて、吹き抜けの手摺すら破壊して大広間の中央にまで散らばっていたが。
だが、状況を見るに、この部屋を封鎖するようにバリケードが築かれていたらしい、ということは確かだろう。
「これは……残り4人がやった、のか……!?」
愕然とした土屋の横で、バカは『予想以上に色々吹っ飛んじまってる!あああ!損害賠償!』とショックを受け、そして、ミナはおろおろと戸惑っていた。
「え、あ、あの、土屋さん?それは不可能なはずです。だって私達、鐘が鳴ってすぐ、ドアを開けようとしました。でも、その時には既にドアは開きませんでした。残り4人だって、ゲームの部屋に入っていたはずです。なら、彼らがこちらのドアの向こう側にバリケードを築く時間なんて、無かったはずで……」
「いや、ミナさん。やろうと思えば、彼らはできたんだよ。……昼の間、ゲームの部屋に入る『前』にね」
ミナの反論の前で、土屋は暗い面持ちのまま、じっと床の木っ端に視線を落として説明した。
「私達4人が部屋に入ったのを見届けた後、彼らもまた、すぐに部屋に入った。そう、我々は思っていたが……部屋に入る前に急いで私達の部屋の出口前にバリケードを築くことは、十分にできたはずなんだよ」
「そ、そんな……」
ミナはショックを受けているし、バカも流石にちょっとは内容を理解して、ショックを受けた。
つまり、たまと陽とヒバナと海斗の4人組が、バカ達4人を部屋に閉じ込めようとした、ということになる。何かの間違いじゃないのかな、とバカは思うのだが、バカはバカなので、反論の材料を一切持っていない。
……だが。
「……まあ、その場合、『何故』ということになるが」
ふう、とため息を吐きつつ、土屋は少々首を傾げた。
「へ?」
「いや、こちらには樺島君がいる。そしてそれは、残り4人も分かっているだろう?なら、バリケードが破壊されることは想定できたはずなんだ」
土屋の言葉に、ミナはぽかん、としつつ、周囲に散らばった木っ端を見て、『ああ、そういえば……』と零す。
「……ほら、現に、このバリケードも樺島君のタックル1つで吹き飛んでしまっているからね……。そして、たまさんと陽とヒバナについては直接樺島君のパワーを見ているわけだし、海斗にしたって、話は知っているはずだ。そもそも、4人がゲームの部屋に入る前にバリケードを築こうとしたら、4人全員が共犯でなければ成り立たないからな。まあ、難しい、だろうな、と……」
そう。
このバカがとんでもないパワーの持ち主だということは、既に全員が知っているのだ。1日目のゲームでバカが鉄格子を壊したり曲げたり、ライオンを撲殺したりしていることは全員に伝わっているのだ。そんなバカの前にバリケードを築いたところで、そんなものは風前の灯火、バカの前のバリケード、なのである!
「つ、つまりどういうことだよ。俺、バカだからわかんねえよお……」
「あー、すまない、樺島君。私にも確かなことは何も言えないさ。ただ、推測するに……」
そうして、バカにせっつかれた土屋は、苦笑しながら言った。
「……悪魔が、私達の仲違いを勃発させるために仕組んだことなのかな、と。そう、私は考えるよ」
「そ、そっかあ!よかった!なら、悪い奴は居ないってことだよな!?な!?」
「まあ、そう考えるのが妥当か、と私が思っただけであって、真実とは限らない。残り4人が本当にやっていないとも言い切れないしな……」
土屋は歯切れが悪かったが、バカは元気になった。
そうだ。誰も悪いことをしていないのであれば、それが一番いい。バカはそう思う。
「じゃあ、残り4人に直接聞いてみようぜ!奴らももう、戻ってきてるだろ!?」
なので、バカは意気揚々と、元気に階段に向かって歩き出した。
恐らく、下で待っているのであろう残り4人……たまとヒバナと陽と海斗に、直接話を聞くために。
だが。
「……あれ?」
バカは、大広間に下りて、きょろきょろと辺りを見回して……そして、首を傾げた。
「いないなー……あれぇ?」
そう。そこには、誰も居ない。
たまも、ヒバナも、陽も、海斗も、誰も居ないのだ。
「居ない、か……これは……ううむ」
土屋はいよいよ顔面蒼白になりながら、バカに続いて大広間を見回し……そして、また、上階へと戻っていく。
バカも土屋に続いて戻っていけば、ミナも付いてきて、そして。
「ゲームの部屋のドアは、空いている、わけだが……」
……そして、たまチームの入った部屋を逆走すべく、足を踏み入れて……。
だが、そう長い距離を逆走するまでも、ない。
解毒装置の部屋に入ってすぐ、3人は声を聞くことになる。
「くそっ……!やっぱり駄目か!すぐ、ミナさんを呼んで……!」
そして、そこで……倒れ伏した3人の姿を見ることになるのだ。
「こ、これは一体……!?」
土屋が愕然とし、ミナが両手で口元を押さえて目を見開き……バカはすぐさま、3人へと駆け寄る。
「たま!ヒバナ!海斗!しっかりしろ!」
……そう。
そこでは、たまとヒバナと海斗。その3人が、床に倒れていた。
「み、ミナ!なんとかならねえか!?これ、海斗とヒバナ、吐いてるけど!」
バカは、入口に近いところに倒れていた海斗とヒバナを抱き起こす。だが、ミナに声を掛けてみても、ミナは動かない。
「ミナ!頼むよぉ!」
「……や、やってみます」
バカが再度頼んで、ようやくミナは動く。……だが、海斗の横に膝をついて手をかざしたミナの手に、水色の光は宿らない。
「え?あれ?何も起こらねえ……」
バカがぽかんとしている中、ミナは、只々、泣きそうな顔をする。
「私の異能は……鐘が鳴るごとに、1回、使えます。逆に言えば……一度異能を使ってしまえば、次の鐘が鳴るまで、異能を使えないのです」
そう。
これは、悪魔のデスゲームだ。
人ならざる力を与えられ、しかし、その力には残酷な制約がある。
ミナは先程、ビーナスに異能を使った。
だから……もう、ここの誰をも、救えないのだ。
「えっ……あっ、そ、そっか……!そうだった……!じゃあ、どうしよう!どうすればいい!?とりあえず、ええと、人工マッサージか!?ん!?心臓呼吸!?どっちだ!?」
バカはバカなりに考え、バカなので混乱しつつ、しかしバカなので即断即決、すぐ動く。
とりあえず、手近なヒバナの体に跨って、心臓の位置……確かここらへん、とバカが思う位置に両手を乗せて、優しく、優しく……うっかり胸骨を粉砕しないように気を付けながら、先輩達に教えてもらったように、心臓マッサージを始める。
……だが、ヒバナが目覚める気配はない。
「陽!これは一体、何があった!?」
その間に、土屋が生きている陽に声を掛ける。すると、陽は憔悴しきった顔をのろのろと上げて、それからまた、後悔の滲む表情で俯いた。
「……分からない。ただ、鐘が鳴って、ドアが開いて……その途端、先頭に居たヒバナと海斗が、倒れたんだ」
「ドアが開いて、倒れた……?」
「ああ。……何が起きたのか、よく分からなかった。けれど、俺も、すぐに体調に異変を感じて……」
陽は、1つずつ思い出すようにのろのろと喋る。まだ、気持ちも状況も、整理し切れていないのだろう。
「最初は、解毒に失敗したんだと思った。装置が誤作動したとか、そういうかんじなのか、と。でも……いや、どうだったんだろうな。原因は、分からないんだ」
頭痛を堪えるように頭を押さえて、陽はそれでも話し続ける。
「けれど、このままだと命が危ない、と、思った。だから……俺は、異能を使ったんだ。俺と……手が届くところに居た、たまさんに」
ちら、とたまの方を見て……それから、陽は土屋を見上げて、言った。
「俺の異能は、『無敵時間』。だから、俺と、たまさんは生き残れた」
「……じゃあ、たまさんは……!」
陽の言葉を聞いたミナが、たたた、と駆けていって、倒れたたまの横に座ると……暗闇の中で一筋の光を見つけた時のような顔になって、叫んだ。
「息があります!たまさん、眠っているだけです!」
それは、絶望ばかりの中に残った、数少ない希望だった。
バカ達は皆、たまを見て、そこに僅かな救いを見出す。
……少なくとも、『最悪』では、なかった。そう、思いたかった。




