1日目夜:大広間*2
「時間が無かったんだ!全員間に合うか分からない状況だったのに、自分の命より他人の命を優先しろというのか!?」
「だからって女の子を突き飛ばす!?最低よ!」
「死ぬか生きるかという時に男も女もあるものか!」
「結局、全員が解毒装置を使う時間はあったっていうのに、1人で勝手に焦って滑稽だ、って言ってるのよ!」
「あの状況では解毒にどれくらいの時間がかかるのかも分からなかったんだぞ!?仕方が無いだろう!」
……海斗とビーナスが、言い争っている。バカにはぼんやりとしか状況が分からないが……どうやら、向こうのチームは向こうのチームで、大変だったらしい。
「あ、あの、ビーナスさん。私は大丈夫ですから……」
「ダメよ、ミナ!こんな協調性の無い奴、野放しにしておいたら今後何するか分かったもんじゃないでしょう!?」
「それを言うならそっちこそそうだろう!?君が道を間違えなければもっと時間にゆとりがあったはずだが!?」
罵り合いである。今、罵り合いが発生している。
バカの身近ではあまり見られなかった光景だ。何せ、バカの職場の人達は何か揉めたら大体、罵り合いにならずに殴り合いになって、その後肩を組んで笑いながら缶ビールを開ける……というのが常になっていたので……。
「2人とも、そこまでにしておけ!……ええと、なんだ。こちらのゲームの話も、しておいた方がいいだろうな」
結局、土屋が喧嘩する2人の間に割って入って、それから改めて、土屋のチームで何があったかを教えてくれることになった。
ビーナスと海斗は不満げだったが、バカは、『とりあえず止まって良かった』とほっとするのだった。
「こちらのゲームは、罠が仕掛けられた部屋を抜けていく、というものだった。足元のスイッチを踏んだり、床ギリギリに張ってあるワイヤーに足を引っかけたりすると矢が飛んできてね……まあ、それで手間取って、さっきビーナスが言っていた通り、ということになるのだがな……」
「ひええええ……」
バカはちょっと想像して、『こええ!』と身を竦ませた。ゲームや映画にありがちなトラップの類は、想像するだけでも怖い。
「まあ……それで、私がうっかり矢を受けてしまってね」
それから、土屋は土屋のジャケットの内側、シャツを見せてくれた。
「うわあああ……」
「これが中々すごくてね。しっかり貫通してしまったよ。はっはっは」
バカはもう、『うわあ』しか言えない。……シャツには血液がべったりと付着していて、更に、何かが刺さったかのような穴が開いている。
……だが、シャツの穴の向こうにあるのは傷の無い肌だ。これはどういうことだろう、とバカが首を傾げていると……。
「まあ、見ての通り、今は大丈夫だ。ミナさんが異能で助けてくれたからな」
土屋がにっこりと笑って、そう言った。そしてミナが、『お役に立てて良かったです』と、もじもじしながら笑って……それから、皆に向けて、言った。
「私の異能は、治癒です。鐘と鐘の間に1回ずつ、怪我を治すことができます」
「異能、かあ……」
バカは、ほええ、と感嘆のため息を吐いて、『本当にあるんだなあ』と感心していた。
……異能、というものが、人間の力ではない特殊な能力のことだということくらいバカも知っている。だが、具体的な例がまるで思い浮かんでいなかったので、ミナの告白を聞いて、『そっかー、そんなかんじかあ!』と納得した。
「成程ね……ミナさんが異能で土屋さんの怪我を治した、ということか」
「ああ。素晴らしいものだったぞ。刺さってしまった矢がするりと抜け落ちてね。そして、血が止まって、すぐに肉も皮膚も戻った。痛みも、もう無い。……改めて、ありがとう、ミナさん」
「い、いいえ!私の方こそ……土屋さんが居なかったら、きっと、あの罠を突破できていませんでしたから……」
ミナは恥ずかしそうにしている。土屋は感謝の目をミナに向けており、非常に雰囲気が良好だ。バカはそんな2人を見て安心する。『やっぱり喧嘩してるより仲良しの方がいいよな!』と。
「まあ、異能、ということならこれで2人分、判明したことになるのかな。ミナさんが治癒の異能。それで樺島君が怪力……」
「俺のパワーは元々だってぇ」
「う、うーん……まあ、樺島君はそう言っているけれど、異能の説明書きを読まずに来ちゃったっていうなら、推測するしかないしなあ……」
陽が説明するのにバカは反論を挟むのだが、陽は苦笑いしている。バカも、『もしかして本当に、俺って元々のパワーよりも強くなってるのかなあ』と首を傾げるしかない。
「うーむ……まあ、恐らくこの『ゲーム』は、異能を使わせることを目的にしているのだろうな。そうすることで、より異能を使った殺人とその推理を促進しようとしているのだろう。少なくとも、今後我々が『素手で撲殺された形跡のある生き物の死体』を見つけたら、樺島君が犯人だと思うだろうからね」
バカは、ふむふむ、と聞いているが、今一つ、意味は分かっていない。ただ、『俺はバカだから、早めに俺がどういう奴か知っておいてもらえてよかったなあ』とは思っていた。
自分を開示してしまうことで、後は頭のいい人達に判断を任せてしまう。それがバカの、バカなりの処世術なのであった。
「相手の異能を知っていればいるほど、この『ゲーム』は有利になる。まあ、確かにその通りよね」
そんな折、ビーナスがそう言って笑う。
それから、ちら、と意味ありげにヒバナを見て……ヒバナが、『んだよ』というような顔をしたところで。
「……ってことで、ここで告発するわ。ヒバナの異能は『炎から剣を生み出す異能』だ、ってね!」
「え?……は、はああああ!?なっ、な、何言ってやがるんだ、てめえ!」
ヒバナが立ち上がった。他の者達も、唖然としている。唯一、ビーナスだけが余裕の笑みを浮かべていた。
「ついでに告白するわ。私の異能は、『占い師』。各夜につき1回だけ、他者の異能を調べることができる異能なの」
占い師。……そんな異能もあるのかぁ、と、バカは只々、感心するばかりだ。
「ちなみに、一番最初に占ったのはミナよ」
「わ、私……ですか?」
「ええ。だから、ミナと組みたかったの。ミナと一緒に居れば怪我をしても安心でしょ?」
しかも、ビーナスは既に能力を有効利用している!すごい!バカは心底感心した!
「そう。じゃあ、ヒバナ君を占った理由を聞いてもいい?」
「特に理由は無いわ。強いて言うなら、そうねえ……一番、野蛮そうだし、敵に回る可能性が高いと思ったのよ。だったら、手の内は見ておきたいじゃない?だからもし天城さんが生きていたら、天城さんを占っていたかもね。彼も協力する気は無いみたいだったから」
たまの問いにもビーナスは淀みなく答えて、そして、ふふん、とばかりにヒバナを見た。
「そういうことで、ヒバナ。あんたの手の内はもう割れたの。下手な動きはしないことね」
「テメェ……」
ヒバナは、只々苦い顔をしている。手の内が割れてしまったということは、今後、不利に立たされることが多い、ということなのだろう。バカにはよく分からないが。
「それにしても……ううむ、このゲームは本当に、悪魔のデスゲーム、なのだな……」
そんな折、土屋が何とも苦い顔でそう零す。
「死者の魂が、あのカンテラに入る、のだったな……」
……土屋の視線の先には、4日目の昼になったら開くという例の門と、その周囲に飾られたカンテラ。……そしてそのうちの1つに、炎のようなものが中で燃えているカンテラがある。
今しがたカンテラに気づいたバカは、カンテラを見て、『あれが天城のじいさんの魂かぁ……』とぼんやり思う。火は明々と燃え盛って、元気そうだ。魂だけの状態にされてしまったというのなら痛ましいが、とりあえず、魂が元気そうでよかった。バカはまず、そう思うことにする。
「魂、が……」
そして、そのカンテラに全員が注目する。
……そう。あのカンテラの火は、この場に居る全員の争いの火種でもある。
「……8人で、1つの願いが叶う、ってか」
ヒバナが目を細め、海斗が唇を引き結ぶ。ミナは怯えたようにそっと目を逸らして、土屋は苦い顔で炎を見つめた。たまと陽とビーナスは表情の読み取りづらい顔でじっとカンテラを見つめている。
バカはそんな7人を見ながら、『喧嘩にならねえといいなあ』と思うのだった。
だが……喧嘩になるのだろうなあ、とも、思った。
ここに集まっている者達は皆、叶えたい願いがあるのだと、たまが言っていた。つまり……あの1つの炎を巡って、きっと、喧嘩になってしまうのだろう。
「で、次のチームはどうするの?私、悪いけど、もう海斗とは組みたくないわ」
それから、気を取り直すようにビーナスはそう言う。それからビーナスは海斗とヒバナを見て顔を顰めた。……余程、嫌らしい。
「俺もイヤ、海斗もダメ、だとよ。我儘な女だよなあ」
「全くだ。やれやれ、まるで自分が世界の中心だと言わんばかりじゃないか」
「あら。嫌われて当然のことをした奴なんて、つまはじきにされて当然じゃない?偉そうな口を叩く前に自分の行いを反省するのね!」
ビーナスの言葉に、ヒバナと海斗はなんとも嫌そうな顔をする。非常にギスギスとした雰囲気だ……。
だが、ヒバナはにやりと笑う。
「ま、いいぜ。テメェが俺と組みたくなかろうがどうでもいい。俺はたまと組むぜ。そういう約束なんでな」
そう。ヒバナは既に、仲間を手に入れているのだ。よって、仲間外れにはならないのである!
「えっ……そ、そうなの?たま」
「ああ、そうだ。だよな?たま」
「……まあ、いいけど」
ビーナスは驚いた様子だったが、ヒバナは得意げ、そしてたまは『しょうがないな』というような顔で落ち着いている。
バカは素直に、『ヒバナ、ぼっちにならなくてよかったな!』と心から喜んだ。バカは善良なバカなのだ。
「ならそこに僕も入ろう。いいかな?ヒバナ、たまさん」
するとそこに、海斗も寄ってきた。彼もまた、ぼっちにならないために動き出したらしい。
「俺はいいぜ。あのクソアマに嫌われたモン同士、仲良くやろうや」
「……まあ、増えてもいいけど」
たまは、ちら、と、バカと陽の方を見た。
「それは、他の2人にも聞いた方がいいんじゃない?」
たまの他に、ヒバナと海斗がメンバーになるなら、バカと陽、どちらかはあぶれてしまうことになる。バカはようやくそれに思い至って、『それはちょっと寂しい!』と思った。
だが、海斗が心配そうな顔をしているのを見たら、バカは『俺も寂しい!』なんて言えない。自分が寂しくなくなるために海斗に寂しい思いをさせてしまうのはかわいそうだ。
「うーむ……なら、考え方は2通りあるな」
そこへ、土屋が声を上げる。
「こちら3人が1チーム目。そして残り5人を2人と3人に分けて、計3チームにする方法。そしてもう1つが、こちらに1人受け入れて、4人と4人の2チームで進む方法だ」
バカは指折り数えて、『成程、そういうことか!』と理解した。逆に言うと、指を折って数えないと理解が遅いのがバカのバカたる所以である。
「そうねー……もしこっちにもう1人入れるんだったら……うーん、たまなら入ってもいいと思ってたんだけどね?でも、たまがヒバナと組むっていうんだったら……」
ビーナスは、うーん、と唸りつつ考えて……それから、にっこり笑ってバカを指差した。
「うん。バカ君なら一緒でもいいわよ」
「えっ?俺?」
「ええ。どう?」
「うん、俺はそれでもいいけど」
バカは特に誰が嫌いということは無い。なので、指名されたら名誉と思って土屋チームに入ることもやぶさかではない。
「いや、もう1つあるよ」
が、そこに陽が発言する。
「3人と5人に分かれることも、できるんだ。……樺島君は、ほら、首輪が無いからさ……」
「あっ」
そしてバカはようやく思い出す。自分には解毒装置が必要ない、ということに!
つまり……バカに限っては、本来ならばありえなかった『5人目』になることができるのである!
「……じゃあ、3択か。ええと、こんなかんじ」
そこで、陽が大広間の机の上に紙を広げて、ペンを取り出して何やら書き付けていく。紙はガラクタ置き場で拾ったのか、元々大広間にあったのか。まあ、とにかくこれでバカにも分かるように、メンバーの振り分けが明示された。
1つ目は、『土屋、ミナ、ビーナス』、『たま、ヒバナ、陽』、『樺島、海斗』。
2つ目は、『土屋、ミナ、ビーナス、樺島』、『たま、ヒバナ、陽、海斗』。
3つ目は、『土屋、ミナ、ビーナス』、『たま、ヒバナ、樺島、陽、海斗』。
……バカはそれを見て、ふんふん、と頷く。すると、横からビーナスも紙を眺めて……じと、と陽を見た。
「……陽。あんた、たまチームに入りたいのね?」
「ああ……いや、別に、俺じゃなくてもいいんだけれどね。俺の希望を通せるなら、そうしたいな。ほら、ヒバナの能力が割れている以上、多少の安心材料ではあるし、そうでなくても、信頼関係が既にある人と組みたい」
陽は少々気まずげにそう言って、それから、たまとヒバナの方を見た。ヒバナが何とも言えない顔をしている!
「おいおい!そうなると、僕がこのバカを1人で見る羽目になるのか?冗談じゃない!」
「ええー、そう言うなよぉ、海斗ー、仲良くしようぜー」
「僕の手には余りそうだ。このバカと誰かの2人チームが生じるというなら、僕以外の誰かがその重荷を背負ってくれ!」
……が、この案は海斗に不評である。
となると、1つ目のパターンはよくない。バカにもそのくらいは分かる。
「……じゃあ、樺島君が決めることになりそうだね」
そうしてたまが、バカに言った。
「樺島君、どっちのチームに入りたい?」
……そう。選択は、バカに委ねられたのだ!