プロローグ
「しかしお前も災難だったな」
黒いスーツに身を包みサングラスをかけた黒髪の男が車のハンドルを握りながら後部座席に座る見目麗しい女子高校生に話しかける。ツヤのある黒髪に整った顔立ち、ブラウンの大きな瞳、これから売れっ子になるアイドルとも言えば10人中9人は納得するほどの魅惑的で蠱惑的な出で立ちだった。欠点があるとすれば胸が無いこと。だがそれもまた一部では人気である要素である。そんな後部座席の見目麗しい女子高生はため息と悪態をつく
「誰のせいで僕がこうなっているのやら」
「お前の親父のせいだろ。借金返せないからってお前を俺らに売り飛ばしやがったんだからよ」
男は引きつった笑いを浮かべながらブレーキを踏み売り飛ばされた女子高生へと缶コーヒーを投げると売り飛ばされた女子高生はそれを軽々とキャッチしてみせそのままプルタブを開け飲み干し言う
「ちなみに僕はどこへ連れていかれているんですか?」
「お前の親父の借金返済するための仕事場だよ。その顔と身体使えばすぐに返せるだろうさ。まぁまともな生活に戻れる保証はないけどな」
下卑た笑いを見せてからアクセルを踏みハンドルに手をかける
「勘違いしているみたいですけど僕は男です。お風呂に突き落とそうったて店から突き返されますよ」
そう。この見目麗しく父親に売り飛ばされた高校生は男である。この高校生、九重秀は幼児の頃に母を無くし母を信仰する様に愛する父親によって育てられた男である。女子生徒の制服を着用しているのは父親が母の面影を秀に重ね幼少から女物の服や下着を着せていたのが原因で服に対する女性物男性物という区別が薄く自分の身なりには無頓着になってしまっている。ちなみに彼の言うお風呂とは風俗店のことである
「そんくらいは知ってるさ。女みたいな男ってのは今は男の娘ってジャンルでかなり人気らしいからな」
「ひっ……僕もしかしてそういう特殊店舗に?」
秀は引きつった顔で男に聞く。秀は服装などには無頓着であっても貞操観念はきっちりとしているし恋愛対象も女性である為男の言葉に戸惑いこれから自分の置かれる状況を危惧していた
「冗談だっての。そういう店じゃねぇよ。そんでお前、ゲームとかは好きか?」
「父さんがそういうの一切させてくれなかったからわかんない」
「マジかよ……その歳までゲームやったことねぇのかよ」
「一応友達の家ではやったことあるけどよくわかんなかった」
「なら行って自分の目で見る方がはぇーわ」
車はコインパーキングに止まり男が秀に出るようにと手で指示を出す。秀もそれに従い外へと出て男へ着いていく。
男が前を歩いている今なら逃げられるかもしれない、だが逃げたところで今の僕に居場所なんてない。父さんの元に戻ってもまた売り飛ばされるに違いないし他のところに行くあてなんてない。
そう秀は悟っていた。この男に着いていくのが自分にも父親にもベストな選択肢だということを。
男が暗い路地裏に入り昼間だと言うのにネオンが光る看板を掲げる店の扉を開き闇に続く階段を降りる。秀もそれに着いて闇へと降りる
「ここまで着いてきたのは賢いが逃げるなら今のうちだぜ?」
「帰る場所なんてないです。だから行くしかないでしょ?」
「お前みたいなのをこれから先に連れてくのは気乗りしないんだけどな」
「僕に恋しても叶わぬ恋ってやつですよ」
「阿呆か。俺は男もイけるしなんならついてるならお得主義だが高校生に手ぇだす程終わってねぇっての」
「僕が学生じゃなかったら手を出してたみたいな言い様!?」
「味見は大事だろ?」
「やっぱいかがわしいお店なんじゃ!?」
「どうする?引き返すなら今のうちだ」
「いいですよ。行きます。どうせ引き返しても連れ戻されるのが関の山です」
半ば諦めの気持ちと共に階段を一歩一歩降りていくと甘くキツイ臭いが漂い始めると共に段々と闇の先からピンク色の光が見え始めた。
やっぱりいかがわしいお店だ。そう確信したが闇を抜けた広場に入るとその確信は違うものとなる。大理石のような白く艶のある石材で作られた円形の広間、そこにピンクの長く大きなカーテンが閉められている中、奥に人影が1つ
「あら。いらっしゃい。貴方が次の冒険者ね?」
ピンク色の長髪を地面に這わせるエメラルドグリーンの瞳を持つ妖艶な女性が白の大理石の玉座で脚を組み直しながら言う
「冒険者?」
「えぇ。貴方には私の居た世界に行って冒険をしながら借金を返済してもらうのよ。おっと、自己紹介がまだだったわね。私は女神ヘキロラよ」
「九重秀です」
「秀ね。よろしく」
女神ヘキロラが次の言葉を紡ごうとするとガシャンと何かが割れる音と共にベチャベチャと水が滴る何かが地を這う音と共に女神と男と秀の居る空間へと迫ってくる。その正体は人間だった。ドロっとした緑色の水を身体中から滴らせながら地を這いやってきたのだ。性別は女性だろう。健全な男子高校生の秀には少し刺激的な姿の女はヘキロラの髪を踏みながら足にすがり懇願する
「ヘキロラ様!クスリ!クスリをください!お願いします!もう苦しくて……」
「あら。残念ね。貴方は結構気に入っていたんだけど」
ヘキロラは女を蹴り離してから足でその者の頭を踏み潰し血と脳だったものや眼球を辺りにぶちまけてから指を鳴らして従者に身の回りの掃除をさせる。秀はその光景に放心してしまうが直ぐに何が起きたのか頭の中で整理し始めた。一種の現実逃避だった。
人が頭を踏み潰された?そんなの普通できるか?あの女が名乗った女神、つまり神様っていうのは嘘偽りない事実?もしアレに逆らったら次は僕があの人になる番?
「ヘキロラ様、この者の身体はどういたしましょうか?」
「その身体ねぇ。もう飽きたし動かないからコレクションにする必要もないわね。それにコレクションなんて腐るほどあるもの!」
ヘキロラの言葉と共にカーテンが開く。その光景に秀は吐き気を覚えながらまた思考を回す。
何あれ。ガラスケースいっぱいの人の臓器?腐り果てた物をコレクションしてる?それに女の子の生首まで。もしかしてこの甘ったるいキツイ臭いはこの人達の腐敗臭を隠すための物?ってことはこの女神はやばいヤツすぎない?そんな女神が居た世界とか絶対野蛮人ばっかりのやばい世界だって!
「ヘキロラ様、早々にこの者の手続きをお願いします。今にも逃げ出しそうなので」
男はそう言ってから秀の腕を掴み小さな声で耳打ちをする
「注意事項と説明書いた紙入れといてやるからさっさとこんなとこから向こうに行ってな。紙は飛ばされてから読め」
「そうね。逃げられてしまっては私の楽しみが無くなるもの。さぁ、行ってらっしゃい可愛い冒険者。借金返済ができるまできっちり働くのね」
秀の視界が光によって真っ白に塗りつぶされ、眩しさから目を開け広がっていた景色は荒れた森と整備された山道。制服のポケットには紙が2枚と緑色の飴玉の様な何か。とても甘くて美味しそうな飴玉だった。それと共にとても不気味で……
2枚のうちの1枚の紙を広げると読みやすい丸文字でこう書かれていた。
注意事項
1.今のままでは言語が通じないので街へ向かい俺と同じような黒服に話しかけ借金をして現地の言葉の理解を買え
2.借金の取り立ては月に1度だがそっちの世界の1ヶ月は20回太陽が登った時だ
3.そっちの通貨単位はロラ、1ロラ25円だ。ちなみにお前の親父の借金は1000万、そっち通貨で40万ロラで40回払いだ。つまりお前はそっちの1ヶ月で1万ロラ稼げば問題ない
4.黒服に頼めば色んな能力を与えて貰えるがぼったくり価格だ。だが女神が手出し出来ない様なチート能力さえ手に入れれば借金なんて踏み倒してそっちの世界でお前は自由だ
5.こっちの世界から来たチート能力者には気をつけろ。奴らは人の心など持っていない。絶対に信用するな
6.もし返済遅延が半年分溜まってしまったらお前は女神の愛玩動物にされる。薬漬けでろくな末路になりゃしねぇから気をつけろ。そして女神は信じるな
あの黒服の男割と親切なのだろうか。もう1枚の紙を開くと堅苦しい丸みの無い文字でこう書かれていた。
辛くなったらこの飴玉を食べれば何もかも忘れることができます。それに貴方をその世界からこちら側に戻すことも可能です。それと借金はゼロにしてさしあげます。どうかお食べください
こちらはどうやら女神ヘキロラからのものらしい。きっと黒服の手紙がなければこの飴玉を口にしてしまっていたかもしれない。
まずは街を探すため舗装された山道を歩くことにする。ちょっとした冒険に心を踊らせながら秀は荒山を降り始めたのだった