ステータス、オープン!!
草木も眠る丑三つ時、俺は一人薄暗いオフィスで自席のパソコンの前に座っていた。
もちろん残業代などは出ない。これは自主的な労働ということになっている。
「くそ、俺にばっかり仕事を押し付けやがって」
終わる見込みのない仕事を前に俺は一人で叫んだ。
俺の上司の課長は何かあるとすぐに俺に仕事を振ってくる。
もしかしたら俺に任せたらそれで上手くいくと思っているのかもしれない。
やれやれ、優秀な社員には苦労が付きものだな。
とはいえ、夜中まで働かされるのはいただけない。
「こんな会社、とっとと辞めてやる!!」
そう叫んだ時、誰もいないはずのオフィスに光が溢れ、次の瞬間俺は見知らぬ広間にいた。
正面には王冠を被ったふくよかな老人が鎮座しており、周囲には鎧を着た男たちが整列している。
「召喚は成功したようだな」
王冠の老人がそう言うと鎧の男たちも沸き立った。
俺は何のことか分からなかったが、目の前の王冠の老人と『召喚』という言葉から導かれる結論は一つだ。
(……異世界召喚…つ!)
目の前の王冠の老人はこの国の王様で、魔王軍との戦いのために異世界から勇者を召喚しようとしていた、ということではないか!?
そしてこの俺がめでたく勇者として召喚されたというわけだ。
前の世界ではしがないサラリーマンだったが、この世界ではきっと世界を救う勇者として大冒険の日々が待っているに違いない。
「異界の者よ。早速だが、ステータスを見せてもらえないか」
「……ステータスってどうやって見るんすか?」
俺が一人で盛り上がっていると、王からステータスについて聞かれた。
見せてあげたいのは山々だが、一体どうすればいいのか。
「『ステータス、オープン』と唱えればいいだけじゃ」
「分かりました。『ステータス、オープン』!!」
そう唱えると、俺の頭上にホログラムのようにステータスが表示された。
氏名、年齢、レベル、筋力、防御力、体力、賢さ、魔法力、スキルなど様々な情報が載っていた。
他の人の値を知らないので自分の数値が高いか低いか判断できないが、全体的に数値は低いような気がした。まあ、ここは始まりの町でありこれからの冒険でレベルが上がることを考えれば自然なことだ。
スキルも魔法も何もなかったが、これから覚えていけばいい。俺には無限の可能性があるのだから。
「なんと、30歳でこのステータスとは」
俺のステータスを見て王様が目を見開いた。
自分では低いと思っていたが、もしかしたらとても高かったのかもしれない。
いやあ、無自覚だったけど俺には勇者としての才能があったのか。
そう思っていると、王様は俺に問いかけた。
「30歳にしては数値が低すぎる。何かの間違いではないか?」
「……えっ?」
思わず失礼な返事をしてしまったが、俺の数値に驚いていたのは低すぎるって意味だったのか。
困惑する俺をよそに王様は一人で何やらブツブツと呟いた。
「困ったな。これではどこで働いてもらえばいいか」
「働く!? 俺、ここでも働かなくちゃいけないんすか!?」
ちょっと待ってほしい。
これは勇者召喚の儀式ではないのか。
「何を当然のことを言っているのか。働かないでどうやって生きていくつもりだったのだ?」
「魔王軍との戦いはないのですか?」
「魔王? そんな者はいないが、何を言っているのだ? 軍隊はあるが、お前のような貧相なステータスの者が生きていけるほど甘くはない」
「じゃあ俺は一体なんのためにここに呼び出されたんだ!?」
「儂らはただ優秀な労働者を呼び出すための召喚魔法を使用しただけだ。お前のような者が優秀な労働者とはお前の故郷の世界はどうなっているのだ?」
王様の話によると俺は働かされるためにこの世界に召喚されたらしい。
そんなことってあるかよ。
夜中まで働かされるブラック企業に労働搾取されたと思ったら今度は異世界でも働かされるとは。
しかも完全に無能扱いだ。これならば元の世界に戻った方がマシだ。
「そこまで言うなら元の世界に返してくれ」
「それはできない。残念ながらお前はこの世界で生きていくしかないのだ」
「そんなのは無茶苦茶だ。そんな理不尽なことがまかり通ってたまるか!」
ふざけるな。勝手に呼び出した挙句に無能呼ばわりしてその上強制労働なんて、そんな馬鹿なことあってたまるか!
しかし王様は俺の抗議を無視して無情にも判断を下した。
「気の毒だが仕方ないことなのだ。それではお前はとりあえず炭鉱で働いてもらうことにするとしよう。真面目に働く限り衣食住は保証してやる」
「ふざけるな、ふざけるな!!!」
俺は鎧の男二人に両側から腕を掴まれて広間から追い出された。
そして王様の命令通り、俺は炭鉱に運ばれてようやく解放された。
そこで待っていたのは筋肉隆々で厳つい顔のおっさんだった。
「お前が新入りか? ヒョロイ体してるが、炭鉱は初めてか?」
「…はい」
「声が小せえ!!」
「はい!!!」
男は見た目通りの脳筋男でまともな話が通じるようには見えない。
逆らったらどうなるか分かったものではないのでしばらくは大人しく従うとしよう。
「俺はこの炭鉱の現場責任者だ。リーダーと呼べ」
「はい、リーダー」
「炭鉱は初めてと言っていたが、初っ端から坑道に入るのは危ない。体力と知識がある程度身に着くまではひたすらに石炭を運んで鍛えろ」
「はい、リーダー」
というわけで早速俺は坑道の出口から倉庫まで石炭をひたすらに運ぶ仕事を始めた。
坑道の出口に積まれた石炭を籠いっぱいに入れて、それを別の場所に運ぶという単純作業だ。
(体はしんどいが、思ったよりも悪くないのかもしれない)
デスクワークで弱った体にはいささかしんどいが、たまには体を動かすのも悪くない。
そう思っていたのもつかの間だった。
「お前、なめとんのか?」
俺が石炭を運んでいると、リーダーが恐ろしい顔で俺にメンチ切ってきた。
俺は言われた通りに石炭を運んでいるのにどうしてこんなことになっているのだろう。
俺が黙っていると、リーダーは勢いよく怒鳴りだした。
「何ちんたら歩いてるんだ!? もっと全力で走れや!! 体を鍛えるためにやらせてるんだからもっと鍛えられるように働け!!」
この脳筋男は滅茶苦茶を言っている。
こんな思いものを担いで全力で走るなんて無理だ。
「分かったらとっとと走れ!!」
「はいぃぃぃ!!!」
しかし、口答えしたらリーダーに殺されると思ったので、とりあえず走った。
言われた通りに全力で走ったが、案の定すぐに限界が来たので、1往復でダウンしてしまった。
地面の上に仰向けに倒れて息を整えていると、再度リーダーがやってきた。
「お前は何度サボれば気が済むんだ?」
「もう、無理っす……」
またもやリーダーは切れていたが、こっちはもう体が動かない。
これはいくら怒られようがどうしようもないことなのだ。
しかし、リーダーはさらに怒りを露わにした。
「嘘を付くな! お前のステータスの『体力』はまだ余裕あるぞ!」
そう言われて自分のステータスを確認してみた。
体力の欄は『9/22』と表示されている。
嘘だ。こんなに疲れているのにまだ体力は半分近く残っているのか。
「こんな中途半端な体力で回復させるのはもったいない。早く体力を使い切るまで走れ!」
そうして俺は文字通り体力の限界まで走らされ、術師による魔法で回復を受け、体力の限界まで走り……ということを日の入りまで繰り返した。
日の入りの時点では体力が『3/22』の状態だったが、前にいた世界では経験したことのない疲労だった。
術師による回復を希望したが、この世界では寝れば体力が全回復するからという理由で却下された。
おかげで俺は今指一本動かせない状態で地に伏している。
「お疲れさん。景気よく死んでるな」
頭上からリーダーの声がした。しかし今は返事する余裕もない。
俺が返事をしないことを、リーダーは特に気にせず話を続けた。
「体を酷使すればその分経験値が溜まる。経験値を一定以上稼ぐとステータスはどんどん上昇していく。お前の経験値の上昇率で言えば、この仕事を一年ほど続けたら体力は30くらいまで伸びるぞ」
30まで伸びる? 今の体力の上限は22だから、一年働いて8しか上がらないのか!?
「とりあえず、初日は終わりだ。宿舎に帰ってとっとと休め。明日は朝から来いよ」
リーダーはそれだけ言って去っていった。
俺は疲労だけでなく、絶望感からしばらくその場を動けなかった。
次の日の朝。見知らぬベッドの上で目が覚めた。
……そうだ。ここは労働者用の宿舎の一室だ。
(今日もあの過酷な労働が始まるのか)
ステータス画面を開いたら確かに体力は『22/22』と表示されていた。
しかし筋肉痛のためか、体が痛い気がする。倦怠感も感じる。こんな状態で肉体労働は難しい。
決めた。今日は休もう。
そう決め込んで俺は再びベッドの中に入った。
しばらくすると部屋のドアが勢いよく開けられて鬼の顔をしたリーダーが入ってきた。
「お前、死にてえようだな」
「ちょっと待ってください! 今日は筋肉痛で体が動かないんです!」
俺は正直に自分の体の不調を訴えた。
しかしそれがさらにリーダーの怒りに油を注いでしまった。
「何度も言わせるな! お前がいくら嘘を吐いたところでステータスを見れば一発で分かんだよ!!」
確かにステータス画面には状態異常の記載はない。
しかし俺は現に体が痛い気がするのだ。
「お願いです、休ませてください! 本当に体の調子が悪いんです!!」
「うるせえ、そんなの体を動かしていれば治る!!」
リーダーは俺をベッドから引きずり出して炭鉱現場に向かわせようとした。
もう嫌だ。こんな脳筋男に奴隷のように働かされて、ステータスを盾にして俺を嘘つき呼ばわりするなんて。
「頼むから日本に帰らせてくれ!!!!!!」
俺は思わず叫んでしまった。
するとその瞬間世界は光に包まれた。
「おい、お前何こんなところで寝てるんだ?」
気が付いたら俺は会社にある自分のデスクの前で目が覚めた。
時計を見ると、異世界に召喚されてから5時間ほど経っていた。
どうやら日本に戻ってこれたみたいだ。
いや、あれは悪い夢だったのかもしれない。
俺を起こしたのは上司の課長だった。
「すいません、昨日ずっと残業してたんすけど、そのまま寝ちゃってたみたいっす」
「それはいいけど、仕事は終わってるのか?」
「すいません、途中で寝ちゃったんでまだです」
「まだ終わってねえのか。早くやれ」
課長は俺に労いの言葉もなく、仕事を指示して自分の席に向かった。
結局その後次の日の仕事が始まり、2時間ほど経った頃に昨日の仕事が終わった。
俺は今にも眠りそうになるのを堪えてそのことを課長に報告した。
「了解。お疲れさん。……お前、顔色悪いけど大丈夫か?」
課長に報告を済ませると、課長は俺の顔をジロジロと見てきた。
正直糞ほど眠かったが、体調が悪いというほどではない。
しかし、ここは日本だ。
「すいません、実は体調が優れなくて」
多少の嘘を言っても誰もそれを証明できない。
俺の言葉に課長は面倒臭そうな顔をしたが、
「それなら今日は帰っていいぞ。お前の仕事は他のやつでも回せるから」
俺の意見を聞き入れてくれた。
やはりこの世界は最高だ。
「それではお言葉に甘えて早退させていただきます……」
俺は弱ったふりをしつつ帰り支度をして、そそくさと会社を後にした。
今日はこれからどこに行こう。
せっかく休みになったのだからパチンコでも行くか。
俺は徹夜明けであることを忘れて不意の休日に心を躍らせるのであった。
「ステータス、オープン!!!」
道の真ん中でそう叫んでみたが、当然俺の頭上には何も表示はされない。
通行人が怪訝そうな目でこちらを見るだけだ。
俺はこの世界で優秀な社員として生きていこう。
改めてそう思った朝だった。




