認識の違い
「すみません。どうやら私の代わりに怒ったスーちゃんが、手……ではなく、脚を出したようですね。お怪我はありませんか?」
何が起こったのかと俺達が天井を見上げる中、まったく気持ちの籠もっていない声で兄さんの心配を姉さんがする。
「口だけの謝罪も心配もいいから、早く退かせろ。さもないと、八本全ての脚を切り飛ばすぞ。」
怒りが籠もっているのか、圧のある低い声で脅す兄さん。それに恐れをなしたらしく、スーちゃんの脚は天井にある影へと引っ込んでいった。
「可哀想に、お兄様が脅すからスーちゃんが怖がったじゃないですか。」
指示を出すよりも先に脚が退いた事で、姉さんが起き上がった兄さんに抗議する。
「警告しただけ、まだマシだろ。これを知らない奴が仕掛けたら、脚どころか死ぬ一歩手前まで斬り刻んでるからな。」
「怒る気持ちは分かるけど、死ぬ一歩手前はやり過ぎだろ。」
「せめて半死半生か半殺しが妥当だよね。」
「どっちも同じ意味合いじゃねえか。」
言い方を変えただけのクレアにツッコんでいると、兄さんが「さて……」と言って話を切り替えた。
「いつものように脱線した話を戻すが、さっきの爆弾は開発部の一人が勝手に仕掛けた物だ。」
「いや、仕掛けた物だ。じゃないから。本当に何やってるの?」
「いくら訓練とはいえ、本物の爆弾はやり過ぎではないですか?」
「これだから開発部は、問題児集団、災いの塊、プラマイゼロ部と一部の人たちに言われるのですよ。」
知らされた真実を聞いて、俺、シアン、姉さんの兄さんを見る目は本物の馬鹿を見る目になる。
「犯人が分かった瞬間、一気に目付きが変わったな。俺が仕掛けた訳じゃないんだから、そんな目で見るなよ。」
「と言いつつ、実は私たちの蔑むような視線に少なからずの興奮を――。」
「覚えないから、その視線はアレクに向けてやれ。そっちの方が喜ぶぞ。」
「何、勝手に人の性癖を捏造してんだ。変態じゃないんだから、そんな視線で喜ぶわけないだろ。」
「そうですか?アレク様は喜ぶわけないとか言ってますけど、攻めるより攻められた方が良い反応をしてましたよ。」
「してないから。シアンまで変な事を言うな。」
何故か兄さんの味方を始めるシアンの言葉を否定するが、向かいの席では賛同するように姉さんも頷いていた。
「シアンに賛同するのは癪ですが、確かにアレクは攻めるより攻められる方が興奮しているように感じますね。実際、煽りや挑発の言葉攻めをしながら手で扱いたり、足でした方が固くなっていましたよ。」
「嘘だろ、おい。」
自分の性癖が受け入れられず嘘だと言ってほしくて姉さんに聞くが、無情にも姉さんの首は横に振られてしまう。
そ、そんな、てっきり俺は攻めて喜ぶ側だと思っていたのに、まさかの攻められて喜ぶ側だったなんて……。せっかく性欲という言葉を擬人化したような二人に勝つ方法を何度もシミュレーションしてきたというのに、それらが全て無駄になるなんて酷すぎるだろ。あのにやける顔を抑え、平常心を保ちながら考えていた俺の時間は何だったったんだ。
「えーと……無駄な時間、でしょうか。とりあえず、その……お疲れ様です?」
「ぐはっ!?」
誰かに聞いたわけではない俺の疑問を言いにくそうに答えてくれるシアンだったが、最後の言葉がトドメとなり俺は膝から崩れ落ちてしまう。
「あ、崩れ落ちた。」
「それだけアレクにとってはショックだったのでしょう。まぁ自分が受けか攻めか気付かない人なんて、世の中には幾らでもいますけどね。ねぇ、お兄様?」
受け攻めについてクレアに話していた姉さんが、含みのある言い方で兄さんを呼ぶ。
「……言っておくが、始めから俺は自分がどっちか分かっていたぞ。」
「えぇ、もちろん存じております。そしてお兄様の場合、攻めにも関わらず受けにさせられたのも当然の如く知っていますよ。」
「ちっ、なんで二人しか知らない秘密をお前が知ってんだよ。流石にこれは、信者も調べようがないだろ。」
嫌な事を思い出したのか、それとも秘密にしたい事を知られているのが嫌だったのか、小さく舌打ちをした兄さんが姉さんに聞いた。
「確かに調べようはありませんでしたが、少し前に酔ったルーシャが話してくれましたよ。この間ようやくルーベルと契りを交わしたんだが、今後の為にお主にも話してやろう……みたいな感じで。」
「あの呑んだくれの大馬鹿野郎が、訓練が終わったら覚えとけよ。」
姉さんによるルーシャの雑な声真似を聞いて、地を這うような不機嫌な声を兄さんが漏らす。
「お兄様にしては珍しく怖いですね。まぁ怒る気持ちも少しは分かりますので軽い仕返しなら何も言いませんが、怪我をさせるような酷い仕返しは駄目ですよ。女性はか弱くて繊細なので、優しくしてあげてください。」
「か弱い?」
「繊細?」
「「誰が?」」
あり得ない姉さんの発言を理解できず、俺と兄さんの言葉が重なる。
「だから女性ですよ。二人の周りにいる女性を思い出してください。か弱くて繊細でしょ?」
「周りの……。」
「女性……。」
姉さんの言葉に周りの女性を思い出そうとする俺と兄さん。
周りからの視線が俺達に集中しているのを感じるが、とりあえず今は無視だ。俺は無言の圧力に屈しない。
五人の女性に注目されながら考えること二、三分。遠くで小さな爆発音や叫び声が聞こえ始めた辺りで、俺と兄さんは顔を見合わせる。
「イントアの言う女はいたか?」
「いや、全く。そう言う兄さんは?」
「俺もさっぱりだ。幾ら考えても俺が思い浮かんだのは、殺しても死なず病気も裸足で逃げて行くような、か弱いとは正反対の頑丈でがさつな女ばかりだからな。」
「分かる。俺も幾ら考えても思い浮かぶのは、雑草並みにしつこくて打たれ強い繊細とは無縁の人ばかりだったよ。」
「だよな。やっぱり、そうなるよな。」
「姉さんは何を言ってたんだろ。」
「「はっはっはっはっはっ……。」」
軽く話して意見が一致した俺達は、お互いに笑い合うと姉さんの方を向く。
「という事でイントア、お前の言うか弱くて繊細な女なんて俺達の周りにはいないぞ。」
「周りにいるのは、頑丈な女ばかりだからね。」
「……最後に一応確認しますが、それが二人の結論でよろしいですか?」
「おうよ。」
「もちろん。」
顔を伏せ、答えを確認する姉さんに俺達は迷いなく返事を返す。
「そうですか。では……皆さん、やってしまいなさい!「大影」」
返事を聞いて深く息を吐き出した姉さんがニッコリとした表情で顔を上げたかと思えば、鬼のような形相で皆に号令を出した。
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