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二人の秘密

 まずいまずいまずい。俺は毒の入ったクッキーの入っている袋を見て焦っていた。急いで解かないと俺も死に掛けたあとでベットの上で姉さんに美味しく食べられてしまう。


 その焦りから余計に解くことが出来ず、更に焦るという悪循環になっていた。そんな俺を姉さんは可愛いものを見るような顔で袋からクッキーを一枚取り出し食べさせる為に近づいて来た。


「慌てるアレクも可愛いわ。大丈夫よ、安心して。最初は少し苦しいけど、その後は天にも昇る気持ち良さだから。」


「それを聞いて安心できるか!俺は逃げるからな!」


 そう言って解こうとするが解けない。むしろ最初に足首だけだった影が、今は膝辺りまで巻き付いている。

 そうこうしている間に姉さんは俺の前に来た。


「さあ。無駄なことはしないでお姉ちゃんと楽しみましょ?」


 そう言うと、しゃがんでクッキーを俺の口に運ぼうとした。

 ここで逃げる方法は何かないか、と考えて上手くいくか分からないが使ってみることにした。

 母さんの時は失敗したけど頼む!


「「転移」!」


「はい。あーん。…え?」


 口に入る前に転移を使った俺は無事一階の食堂に立っていた。


「よし!転移成功。」


 足を見るが影が巻き付いてもない。これなら逃げれるな。

 取りあえずここから移動しようと動き出したら、後ろから声がした。


「もう。折角食べさせてあげようとしたのに逃げるなんて、酷くないですか?」


 後ろに居たのはやはり姉さんだった。兄さんから聞いた影渡りで来たのだろう。


「分かってたけど、やっぱり追ってくるよね。」


「分かっているのなら捕まってくれますか?」


 そう言って笑顔で近づいて来る。


「それは嫌だね。「転移」」


 また影渡りをしてくるだろうけど、俺は近づかれる前に転移で逃げた。

 逃げたあとの姉さんの顔を知らずに…。




 アレクが転移で逃げたのを見たイントアは普段の優しそうな笑顔をやめると、その顔は捕まえた時の事を考えたのか舌で唇を舐め嗜虐的な笑みを浮かべたが、それも一瞬でまた元の優しい笑顔に戻っていた。


「弟と鬼ごっこなんて久しぶりで懐かしいわ。あの子好きだったものね。……捕まえたら、次は私がアレクで遊んであげないとね。楽しみだわ、ふふふ。」


 そう言うと影渡りを使い食堂から消えた。




 さて、どうしたものか。今、俺は全力で廊下を走っている。危ないから廊下を走るなとか他の人の迷惑になるからやめろと言われても今は許してほしい。俺がチラッと後ろを見ると。


「懐かしいわね、アレク。あなた鬼ごっこが好きで、いつもお姉ちゃんとしてましたから。「色毒」」


「遊ぶのは好きだけど、こんな鬼ごっこは好きじゃないよ!……あぶなっ!遊ぶなら、普通に遊ばせて!?」


 姉さんはクッキーを影に戻すと色毒と言う毒魔法を使い始めた。詳しい事は聞いてないが、撃ってくる姉さんの発言からしてどうやら色毒がクッキーに混ぜられた魔法らしい。

 それを食堂から移動してきた時から使い始め、俺はそれを避けたり魔法で撃ち落としている。

 それよりも体感ではあるが、かれこれ一時間は撃ち続けてると思うんだけど……。どうなってるの姉さんの魔力量!?


「誰か!助けて!姉さんを止めて!」


 さっきから走りながら助けを呼ぶんだけど誰も来ないのは何で!?誰も困ってる人は助けましょうって習わなかったのか!?


「助けを呼んでは駄目ですよ。折角姉弟水入らずで楽しんでるのに、他人が入ったら興醒めじゃないですか。「色毒」」


「楽しんでるのは、姉さんだけで、俺はもう寝たいんだよ!「ロケット花火」」


「こんなに早い時間から寝たいだなんて、アレクは年齢の割にどれだけお盛んなのかしら。」


「そっちの寝るじゃねぇわ!夢を見る方の寝るだ!」


 確か脱衣所に置いてある時計を確認した時は十九時半だった筈だけど、姉さんが普段寝るにはまだ早いし疲れてやめるのは期待が薄いか。と、着いた。


 俺は目的の扉まで来ると、力一杯叩いた。


「兄さん!助けて!姉さんが暴走してる!に――。」


「「色毒」」


「…あぶなっ!…くそ。「転移」」


 兄さんの扉を叩くが反応がなかった。こんな時に何処行ってるんだよ!こんなに騒いでいると来そうなザットさんも来ないしどうなってるの!?こうなったら父さんの所に行くしか。


 俺がそう考えている間もずっと、後ろから色毒が撃たれている。


「ほらほら速く逃げないと当たってしまいますよ。ふふふ。」


 そう言いながら姉さんは楽しそうに撃ってくる。


「そんな事を言うなら少しは加減して!そんなに弟をいじめて楽しいの!?」


「いじめじゃないですよ。私は弟と鬼ごっこをしているだけです。それにこれでも加減はしていますよ。私が本気を出したらアレクはすぐに捕まって面白くないですもの。」


「手加減してくれてありがとうございます!俺がすぐ捕まる雑魚ですみませんね!この野郎が!」


「雑魚とまでは思ってないですよ。雑魚だったら影で捕まえた時に逃げる事もできないでしょ?ですがアレクも慣れたようなので、少しだけ本気を出しましょうね。」


「出さなくていいから!今ので十分だから、やめよ!」


 俺の叫びは届かず。姉さんは変化をつけてきた。


「ねえアレク知ってますか?普通に使うと玉の形をする魔法も、毒魔法などの形の決まっていない魔法は自分の想像次第ではこの様にできるのですよ。「色毒」」


 そう言って同じ色毒を使ったが先程と形は違っていた。その色毒はタコやイカの足みたいになっている。


「何それ何それ何それえ!気持ち悪いんだけど!」


「これは私のお気に入りの形状の一つで、兄さん曰く触手と言って大変人気とのことですよ。」


「そんなのが人気でたまるか!趣味悪すぎだろ!「連射ロケット花火」」


 迫る触手に俺はロケット花火五連射で対抗するが、球形と違ってあまり効果がなさそうだ。


「無駄ですよ。この触手は強化魔法で力を上昇させた学園の先輩でも破壊できなかったのですから。その様な魔法で破壊できる筈ありませんよ。」


「丁寧に教えてくれてありがとうな!こんちくしょうがっ!「転移」」


 破壊できずに背中に届きそうになったので一先ず転移で飛んだ。


「ここからなら……。怒られるなら巻き添えにしてやる。」


 適当に飛んだ場所は、父さんの部屋より母さんの部屋の方が近かったのでそちらを目指す事にした。正直一緒に怒られるし、もしかしたら氷漬けになるかもしれないが父さんより母さんの方が姉さんを止める事が出来るだろう、という望みを掛けて……。




「さあアレク。そろそろ夜も遅く、寝ている人も居るので捕まえてよろしいですか?」


「よろしくないな!「一号玉」」


 俺は請求されるのは覚悟の上で一号玉を放って触手を破壊している。一号玉はロケット花火より強く触手を破壊できるが、破壊する時の爆風で床や壁に罅が入っている。

 もう少しで母さんの部屋なんだここまで来て捕まってたまるか。


 そう思い体力を全部使うつもりで母さんの部屋を目指すが、姉さんも俺が何処に行くか気づいたらしく、さっきよりも触手の数が増えている。


「これ以上進むと本当に危ないですよ。それでも行くのですか?」


「当然!止めるにはこれしか無いんだよ!」


「……そうですか。仕方ありません。「色毒」」


 俺が氷漬けも上等で行くと分かった姉さんはまた色毒を使い、触手の行動が変化した。


「ちょっ、危ない!危ないよ!……そこまでするか!?他の人に当たったらどうする!?」


「その時は兄さんに治してもらいましょう。それに私は索敵魔法が使えますので人の位置は把握しています。という事で「色毒」」


 再び色毒を使うと触手の先が四方に広がり噛みつくようになった、しかも口みたいな所から玉まで撃ってきている。動きもさっきまでは廊下だけを進んで後ろだけに注意していれば良かったが、今は壁や天井を壊して上や横からも触手が襲ってくるようになった。


 こんな時に考える事じゃないけど、この請求は全額姉さんにいってくれるよね?そんな請求の心配をしているとようやく。


「見えた!」


「行かせません!」


 部屋の扉が見えて俺はその扉を目指してラストスパートをかけて、姉さんは阻止しようとと更に苛烈に動かすが……。


「ゴール!母さんたす…け………。」


「くっ。捕ま、え…………え?」


 俺は捕まる事なく母さんの部屋に着き無事に中に入り、遅れて姉さんも入ってきた。

 が、目的通り部屋の中に入れたのにすぐに逃げないと、と思った。何故逃げないといけないのか分からなかったが、直感で逃げないといけないと思った。それは姉さんも同じだったらしく、遅れて部屋に入ると先ほどの楽しそうな感じは消えていた。


 部屋の中は明かりを消しており暗く、汗と何か別の匂いが充満していた。部屋の明かりは窓から照らす月ぐらいだが、今は雲が掛かっているのか部屋の中は暗い。暗くて見にくい部屋を見回すと誰も居ない様に思えるが、ベッドの上に黒い山になった影が見えた。

 恐らくは母さんが寝ていたのだろう。


 その予想は当たっていて、違った。ベッドの影は起き上がると二つに分かれた。一つは起き上がった影。

 もう一つはまだベッドで横になっている影。


 その時、月を隠していた雲が動いたのだろう、部屋に月明かりが差し込みベッドにいる人物を照らし出す。


 一人はこの部屋の主のヴィクトリア=ナルスタック。

 もう一人はその友人でシムの母親のネフィー=グラシア。


 二人は友人で一緒に寝ていたと言うならおかしくないと思ったが、その姿を見てすぐにそれは否定する。

 起き上がったのは母さんだが、その姿は何も着ていなかった。一糸纏わずその白く美しい肌と白銀の髪を月明かりに照らされ、汗を掻いているらしく所々髪が肌に張り付いている。


 同じくベッドで仰向けになっているネフィーさんも、透き通るような白い肌と黒く美しい髪を月明かりに照らされている。こちらは疲れているのか起き上がる気配がなく、母さんよりも大きな胸が上下に動いている。長く美しい黒い髪はベッドで広がり、白い肌に浮かんだ汗を月明かりが反射している。


 二人の姿はまるで絵画の様に美しく、その美しさに見惚れてしまったが、すぐに俺たちは見てはいけないのを見てしまったと気づき逃げ出そうとした。

 しかし俺たちが逃げ出そうとしたのと二人がこちらを向くのは同時で、俺と姉さんは部屋から出ようとしたがそれよりも早く。


「「封印・氷」」


 以前小屋で使われた封印魔法を使われた。

 これによって俺も姉さんも部屋から出ることは出来ず、動き回る事を嫌ったのか凍るのが以前よりも早く既に肩の辺りまで凍っている。そんな俺たちに母さんは普段通りの喋り方で話掛けてきた。


「二人とも駄目でしょ。部屋に入る時はちゃんとノックをしないと。」


 俺と姉さんは首だけを回して、そう言いながら近づいて来る母さんを見ると。

 何かを羽織り隠すでもなく、その美しき肢体をさらけ出したままこちらへ来た。

 ただその顔は無表情で今、母さんが何を考えているのかは分からなく、怖い。

 母さんは無表情のまま俺たちの元へ来ると、頭に手を置き。


「「記憶消去」「記憶捏造」」


 その言葉を最後に視界は氷で塞がれた。


 ――――――――


 私は二人の記憶を消して書き換えるとため息を吐いた。


「まさかネフィーと遊んでいる時にこの子達が来るなんてね……。」


 そんな私の言葉に疲れてベッドから起き上がる事もできず顔だけをこちらに向けて。


「なぁんだぁ。一見動じてない様に見えて実は焦ってたんだね~。」


「当たり前でしょ。普通の人は焦るわよ。」


「わぁい。ならヴィーちゃんを驚かす作戦成功だぁ。」


 作戦が成功して嬉しそうに笑うネフィーを私はジト目で見た。


「何か隠してると思ってたけど……。こうなる事が見えてたのね。」


「うん。ばっちりと見えてたよぉ。」


 その言葉に私はまたため息を吐いた。

 ネフィーの魔法は視力魔法で遠くの物を見たりする魔法だったが、ある日別の魔法を覚えた時に未来が見える魔法が使える様になった。しかし彼女はその事を他の誰にも教えることはなく、私だけに教えた。


 彼女は未来に起こる事を見る事ができ、その魔法を使って今回みたいにいたずらを仕掛けてくることがある。そして彼女がいたずらを仕掛ける相手は主に私で、いたずらをした後はいつも私にお仕置きをされている。お仕置きされても懲りずにまた仕掛けてくるのは、彼女はお仕置きされるのを楽しんでいるし、私もお仕置きをするのを楽しんでいるから。

 学園に居た頃はお互い普通に誘っていたのに、今ではネフィーのいたずらが合図になっている。


「毎回言ってるけど、その魔法をもう少し有効的に使いなさいよ。」


「え~。使ってるよぉ。」


「どこがよ。」


 頬を膨らませながら答える彼女に呆れた声で聞く。返ってくる答えはいつもと同じだと分かっていながら。


「私も毎回言ってるけど、ヴィーちゃんにいたずらをするのが好きだから、私の一番の有効活用なんですぅ。」


 そして予想通りの答えが返ってきた。そしてその答えに私もいつもと同じ答えを返す。


「そう。私にいたずらをするのなら、お仕置きをしないといけないわね。」


 そう言ってベッドに行こうとしたけど、その前に。


「ソフィー。」


「はい。」


 私が呼ぶとすぐに来た。


「二人を部屋に運びなさい。」


「はい。」


「それが終わったら、撮影会をするから手伝いなさい。」


「はい。」


 私が手伝う様に言うと、先程と同じ返事を返したがその声は先程と違って嬉しさが滲んだ声だった。ソフィーは二人を肩に担ぐと部屋から運び出し鍵を掛けた。


「もう、まだぁ?」


 そう聞くネフィーの声は、早く楽しい遊びがしたいという子供のような声だった。


「少しは待ちなさい。」


 そう言ってベッドに上がり、彼女を見下ろす。


 彼女の私を見る目はこれから自分のされる事に対する期待の混じった目だった。


 対する私が彼女を見る目は今から彼女でどう遊ぼうかと楽しみにしている嗜虐的な目だ。



 さて。今夜はどうやってこの子を壊そう(お仕置きしよう)かしら。



 その夜、外に音が漏れることが無い部屋の中で女性の声が絶え間なく響き、それが止んだのは日が登り始めた頃だった。

最後まで読んで下さりありがとうございます。

次回も楽しんで読んでください。

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