初恋相手
兄、それは兄弟で年上の男性の事を言う。
姉、それは兄弟で年上の女性の事を言う。
今、俺の目の前に居るルバインさんはどちらに当てはまるかと言われたら、百人中百人が姉と答えるだろう。抱けば折れてしまいそうな線の細さ、自分を綺麗に魅せる為の化粧や動き、そして女性しか持たない胸の膨らみと、どれを取っても男にはない特徴と考えても間違いではない筈だ。
しかしシムは彼女を兄と言った。兄とは?姉とは?
「分かるよ、アレク。兄さんの性別を知ったら混乱するよね。」
教えられた事実に頭が混乱していると、シムが慰めるようにポンと肩に手を置いた。
「誰が兄さんですか。妹がお姉ちゃんと呼んでくれなくて、私は悲しいですよ。」
「誰が妹ですか。私は兄に弟扱いされなくて、悲しいですよ。」
「だけどシムちゃんも女顔に見えるから、弟と言われるより妹と言われた方が信じれるよ?」
「まぁ私と兄さんは母さん似ですからね。顔立ちから女性と間違われるのは仕方ないですが、楽しみにしていてください。いずれ私が男らしく成長している姿を。」
理想の未来をシムが強く宣言すると、無理だと思っているのかルバインさんは何も言わずに微笑むだけだった。
そしてクレアも応援の言葉は掛けずに、困ったような顔を見せる。
「シムちゃんが男らしく……。目標を持つのはいいけど、それだと困るな。」
「なんで私が男らしくなったら、クレアさんが困るんですか。関係ないですよね?」
「関係大有りだよ!シムちゃんが男らしくなったら、女の人に攻められるシムちゃんの本が書けなくなるでしょ!」
「何かと思ったら、そんな理由かよ!?」
まさかの理由を聞いて、珍しくシムがクレア相手に口調を荒くする。
「私にとっては大変な事だから、そんな何て言わないでよ。こうなったら、男らしさを諦めさせる為に……切り落とす?」
手刀の構えをしたクレアが、何かを斬る動作をする。
「何を切り落とす気ですか!?私はこのままで良いんです!」
「おい、俺を盾にするな!?俺は使ってるんだから、落とすならシムだけにしろ!」
「私だって落とす気はないからね!」
人の迷惑も忘れてシムと言い合っていると、何かを取りに行った兄さんが戻ってきた。
「俺は待っとけと言ったが、騒げとは言ってねぇぞ。何がどうしてこうなったんだ?」
来たばかりで状況が分からない兄さんは、クレアに聞く。
「簡単な説明をすれば、どっちの息子を切り落とすかの押し付け合いかな?」
「その説明で余計に分からなくなったわ。ルバイン、説明を頼む。」
「分かりました。少し詳しく説明しますと――。」
簡単すぎて説明にもならないクレアに替わって、ルバインさんが説明を始めた。
「――てるタイミングで、ルーベルが来たんですよ。」
クレアよりも分かりやすいルバインさんの説明が終わると、兄さんは深く息を吐き出す。
「……騒いでいた理由は分かったが、その原因はお前の女装癖にあるんじゃねぇか。」
「誰が女装癖ですか。私はただ、可愛いいのが好きだからこの格好をしているのですよ。ルーベルだって、よく私を褒めてたじゃないですか。」
「それは昔の話だろ!というより、あの時はルバインを女だと思っていた――。」
「それに学園に入学する前、私を呼び出したかと思えば告白までしたじゃないですか。初恋というのは嘘だったんですか?」
「その話はやめんか!!」
よほど嫌な記憶だったらしく、今まで聞いたことのない声量で兄さんが叫ぶ。
その大声に何事かと職員達の視線が兄さんに向けられたが、叫んだのが兄さんと分るやすぐに自分の作業へと戻っていく。
開発部には初めて来た筈なのに、この光景を見て凄く既視感を感じるのは気のせいか?
「多分あれでしょ。私たちが何かした時の、町の人たちの反応と一緒じゃない?」
「ああ、それだ。」
確かに、あの反応は町の人と同じような反応だったな。
俺と同じ反応をされるなんて、兄さんも変な事をしてるんだ。なんて思っていたら、兄さんとルバインさんを見たクレアが「それにしても。」と言い出す。
「ルバインさんに告白したとか言ってたけど、おじさんって男の人が好きなのかな?」
「たぶん違うと思うけど、何でその結論になるんだ?」
「だっておじさんの周りには、綺麗な人がたくさん居るんだよ。なのに誰も手を出さないなんて、きっと女の人に興味がないからなんだよ!」
「な、なんだって!」
「そんな馬鹿な!?」
今明かされる衝撃の事実。拳を握り力強く言ったクレアの背後に俺とシムは、雷が落ちる場面を幻視してしまう。
「そんな訳ないでしょ。何を言ってるのですか。」
「あ、お姉ちゃん。」
クレアの衝撃的な推理に驚いていると、呆れた様子で姉さんが出てきた。
「当たってると思ったけど、違うの?」
「今のクレアさんの推理は完全に納得できる理由でしたよ?」
完全に信じ切っている俺とシムの言葉を聞いて、姉さんは思わずため息を零してしまう。
「……普段は疑ったりするのに、何でこういう時は信じるのでしょうね?」
「そう言われても……。」
「反論できる要素がありませんでしたから。」
「いいですか?今のはクレアちゃんの嘘。お兄様がルバインさんに告白した、本当の理由は……。」
「「理由は?」」
「お兄様が男女見境なく、愛せるからに決まってるでしょ!」
「な訳あるか!」
姉さんの叫びと同時に兄さんが否定すると、姉さんの頭にタライが降って良い音を鳴らしながら床へと落ちた。
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