最初の嘘
「そうか。今日限定なら、大抵の嘘は許してくれるんだな。」
「……私が聞いた話ではね。」
俺はクレアが知っているエイプリルフールの話を聞いて理解したが、話終えたクレアは何故か疲れ切っており、今は椅子に座っているシアンの膝の上に乗り抱き着いていた。
「これって母さんも知ってるのかな?」
「ルーベル様の事ですから、こちらでもエイプリルフールを実行してそうですし多分知ってるんじゃないんですか?」
「ああ、確かに兄さんだったらしてそうだな。」
という事は今日一日、エイプリルフールという名の大義名分があって嘘を吐いても母さんに叱られる事もないのか。ふむ……。
シアンの言葉に納得しながらも、少し考えた俺は……。
「なあシアン。シアンは嘘を吐く気はあるか?」
「それってエイプリルフールのお誘いですか?」
「まあ、そうだな。」
「うーん、興味はあるのですが私はどうも嘘を吐くのが下手らしくて、嘘を吐いてもすぐにバレてしまうんですよね。」
「シアンって隠し事だけじゃなく、嘘も下手なんだ。」
「私は正直者ですから、そういうのは苦手なんです。」
何故かシアンは自慢げに言ってるが、別に褒めた訳ではないんだけどな。そしてシアンの場合、正直者というよりうっかり者の方が正しい気がする。
「とは言っても、シアンも女の子なんだから隠し事の一つや二つあるだろ?」
「それは勿論ありますが、苦手と言っても顔に出たりポロっと喋っちゃう程度なので――。」
「程度じゃねえよ、致命的だよ。」
それで程度って言うくらいなら、大抵の人は嘘が上手いわ!
俺だけでなく、黙って話を聞いていたクレアからも呆れた目で見られたのに焦ったのか、シアンはワタワタしながら。
「そ、そこは大丈夫ですよ。油断したり通常生活してると出てしまいますが、気を張ってると隠し通せているんですから。」
「「ふーん……。」」
「何ですか、その目は!?全然信じてませんよね!?」
「「しんじてるよー。」」
「適当!」
俺とクレアが適当に返事したせいでシアンが騒いでいるけど、いい加減話を戻すか。
「それでシアン、嘘を吐く気はあるかのか無いのかどっちなんだ?」
「そうですね……。まあ嘘の練習にもなりそうですから、そのお誘いに乗りましょう。」
どちらにするか迷っていたシアンだったが、嘘の練習というそれらしい理由を付けながら俺の誘いに乗ってくれた。
「シアンは参加だな。クレアもまだ続けるよな?」
「ううん。続けはするけど、お兄ちゃんみたいに取り乱す人が出たらいけないから、お兄ちゃん達ほどは嘘は吐かないよ。」
「ああ、確かに。アレク様、クレアちゃんに大嫌いと言われて、ショックのあまり窓から飛び降りようとしてましたもんね。」
「それも「こんな悪夢とはおさらばして、俺は現実に帰るんだ!」って叫びながらね。」
「いや、あれは嘘の内容が駄目だろ!?」
クレアに賛同してシアンも納得した表情で頷いているけど、シアンもクレアに大嫌いと言われたら絶対に俺と同じ行動を取るだろ!?というより、屋敷の人だったら全員同じ行動をしそうなんだけど!?
「だからと言って夢と現実をごちゃ混ぜにしますかぁ?」
シアンはニヤニヤと笑いながら揶揄ってきたが、こいつは大嫌いって言われてないから、あの精神的ダメージが分からないんだよな。だったら……。
「よしクレア。シアンに一度大嫌いと言ってくれ。」
「え!?」
「ちょっとアレ、と。アレク様、何言ってるんですか!?」
シアンにも俺と同じ目に遭ってもらおうとクレアに頼むと、クレアは驚いて振り向き、シアンも驚いて立ち上がりそうになるがクレアが膝に乗っているため立ち上がれないまま驚いている。ははは、これぞ口は災いの元!恨むなら自分の不用意な発言を恨むんだな。
「人に散々言ったんだ、シアンだったらクレアの大嫌いを耐えれるんだろ?」
「くう……。」
自分の発言を後悔したのだろう、シアンは言い返すことが出来ず悔しそうに顔を歪めている。よし、これは勝ったな。だけど、ただクレアに大嫌いと言わせても面白味がないから、ここは好き放題言われた恨みも返させてもらうぞ。
「どうやら言い返せないようだし、やってくれるよなシアン?」
「……………………はい。」
抵抗のつもりか、シアンは長く間を空けたが最後は力なく返事をした。
「という事でクレア、もう一回だけお願いして良いか?」
「うーん、本当は嫌なんだけど、確かにシアンお姉ちゃんも言い過ぎてたしな……。」
クレアは言うかどうか悩んでいる間、シアンは祈るようにクレアを見ている。二人のどちらを選ぶかという視線が注がれる中、クレアの出した結論は……。
「気乗りはしないけど、今回だけはお兄ちゃんの頼みを聞くよ。」
「よっしゃあっ!!」
「いやあああ!」
気乗りがしない様子だがクレアは渋々ながらに頷き、俺は嬉しさが抑えきれず天井に拳を突きあげて喜び、シアンは祈りが通じず頭を抱えて悲鳴を上げた。よし!これでシアンにも俺の負った痛みを教えれる!
シアンは言われることが決まり泣きそうな顔に変わる中、クレアは膝から降りるとシアンに向き合う。
「ごめんね、シアンお姉ちゃん。今から言うのは噓だから泣かないでね?」
「そういうのなら、言わないで欲しいのですが……。」
精神的ダメージを減らす為の優しさか、分ってはいるが事前に嘘と言うクレアにシアンは一縷の望みを掛けて言わないように頼むも、その答えは……。
「ごめんなさい。」
「クレアちゃんの鬼ぃ!」
「あっ、はっはっはっ!」
一考の余地すらなく、すぐに頭を下げたクレアに普段のシアンなら絶対に言う筈のない鬼と叫ぶ。その二人のやり取りに俺は笑ってしまうが、そうだ、これは言っておかないと意味がないな。
「ちなみにクレア、言う時は笑顔じゃなくて蔑んだ目をしながら大嫌いと言うんだぞ。」
「ええ……。お兄ちゃん、それは流石に酷すぎない?お兄ちゃんの時と同じ笑顔じゃ駄目なの?」
「そうですよアレク様!これ以上、私の中にあるクレアちゃん像を壊させないでください!」
シアンへの仕返しにと思い、大嫌いを言う時の要望を伝えたのだがクレアは難色を示し、シアンは訳の分からない事を言っている。
「駄目だな。俺の時と同じ笑顔で言っても、つまらんだろ?」
「つまらんって、そんな理由で……。」
クレアは俺が仕返ししたいのに気付いたらしく呆れた目で見てくるが、良いだろ!?少しくらい仕返ししても!
「アレク様は鬼ですか!?」
「シアンがクレアに鬼って言ってたんだから、その兄である俺も鬼で結構。というより、シアンの言ったクレア像って何だよ?」
「それは、私の中にあるクレアちゃんはそんな事をしないとか、こんな事は言わないというイメージなんです!」
「ああ……。詰まりシアンが言いたいのは、推しのアイドルを応援するファンみたいな感じか。」
「そうそう、それです!」
シアンは分かってくれたと思って、何度も頷いているのは良いけど……。
「過重とかでクレアに何度も潰されてるから、既にシアンの中にあるクレア像って壊れてないか?」
「…………。」
少し思い浮かんだ疑問を言うとシアンはピタリと動きを止め、目を逸らす。こいつ、都合の悪い事は見なかった事にしてるな。
「おーい、こっちを見ろシアン。喋る時は人の目を見ましょうって、習っただろ?」
「……あ、あれは私の中ではご褒美ですから……。」
「声が震えてんじゃねえか。無理してんじゃねえよ。」
こちらに視線を戻したシアンは、過重の痛みを思い出して冷や汗を流しながら無理やり笑顔を作りながらご褒美と言ったが、痛いだけの過重を強がってるとはいえご褒美とまで言うとは、そこまでしてシアンの中にあるクレアちゃん像を守りたいのかよ。
シアンを見てクレアも声には出さないが「お兄ちゃん、本当にやるの?」と目で訴え掛けてるし、これで俺の要望を通すと完全に悪者にならないか?
「いや、あの要望を頼んだ時点で悪者でしょ。」
「頼んだ時点でこうなるとは思わなかったんだよ。」
と、今はクレアは置いといてシアンだな。好き勝手言われた俺は仕返しがしたいから要望を通したい、だけどシアンの無理をしている姿を見るとそれは躊躇ってしまう。
仕返しかシアン、どちらを選ぶか考えた俺はため息を吐き。
「クレア、やらなくて良いぞ。」
「お兄ちゃん?」
「今日はエイプリルフールだから、シアンを揶揄う為に嘘を吐いたんだ。だから言わなくていい。」
仕返しは諦めて、シアン選ぶ事にした。
「なんだ、そうだったんですね。」
シアンは俺の言葉を疑うことなく信じて先程見た無理やり作った笑顔ではなく、嬉しさからきた自然な笑顔を見せるが、クレアは何か言いたそうな顔で俺を見ている。
「……何か言いたい事でもあるのか?」
「別に何も無いよ。ただ、お兄ちゃんはシアンお姉ちゃんに甘いよね、って思っただけだもん。」
「思いっ切り言ってんじゃねえか。」
クレアは顔を背けながら言ってきたが、その横顔は言いたくない事を言わずに済んで嬉しそうに笑っていた。
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