行き先
「あのぉ、クレアさん?」
「…………。」
痛みも引き、リマルも気絶から回復するとクレアはすぐに謝った。今回の事は流石にリマルも怒るかと思ったが、リマルも「自慢したさに周りを見なかったせいで、起こった事ですから、お嬢は気にしないでください。」との事だ。
これを聞いて、俺の中でリマル株が凄い勢いで上昇してるんだけど、どうしたらいい?
そして今、壊れた椅子は自動修復で直ったのでリマルや俺は自分の席に戻ったが、クレアは何故か俺の太股の上に座り向き合うと抱き着いて、甘噛みしてきた。その目元は泣いていたせいで赤く、離そうとすると強く噛んで拒絶してくる。どうしたら良いかと話し掛けるが、返事もしてくれず肩の辺りを噛んでるだけ。
なんだろう?前から小動物っぽいと思ってたけど、噛むようになってから余計にその感覚が強くなっている。
噛まれているが別段痛くもないし、抱きつかれて嬉しいからこのまま放置していたいが、後ろから見ているリマルの目が痛いのでそろそろ真面目に離そう。
「なあクレア。そろそろ離れてくれないか?もう少しで町にも着くだろうしさ。」
そう言いながら、確認するようにリマルを見ると頷いて。
「そうですよお嬢。あと十分ほどで、町の入り口に着きますよ。」
「ほら、聞いたかクレア?あと十分したら、町に着いて美味い物が食えるんだから、俺から離れよ?」
それを聞いて、ようやくクレアは顔を上げた。俺を見つめるクレアは心配そうな顔をしながら何か言いにくそうにして。
「……お兄ちゃん。」
「ん、なんだ?」
「私のせいで玉は潰れてないよね?」
「…………は?」
予想外の心配に頭は働かず、何を言ってるのかが理解出来なかった。リマルの方を見ると今の発言が聞こえてたらしく目を見開き、口を大きく開けている。多分、今の俺もリマルと同じ顔になっているのだろう。
そんな俺達を気にすることもなく心配そうな顔のままクレアは続ける。
「だから、お兄ちゃんがお姉ちゃんと子供を作る時に必要な玉は潰れてないよね?」
より具体的になんの為に必要な器官かを説明したクレアに俺は目を手で押さえながら天を仰ぐ。
「……クレア。」
「何?もしかして異常があるの!?大変!すぐに病院に――。」
「いや、そうじゃなくて。誰に聞いた?」
「ふえ?」
「子供を作る時に必要な玉とか、そういう類に関する事は誰に聞いたか教えて?」
勘違いしたクレアの言葉を遮り、聞きたかった事を聞いた。
ただ、路地裏の話を聞いた俺としては、誰がクレアに教えたかは予想は着いている。これは単に確認だ。狩られる者から狩る者。クレアの答えによっては、その馬鹿に少しきつめのお仕置きをする為の確認だ。
何かを感じたクレアは言い淀んでいたが、やがて、聞き取りにくい小さな声だがその者の名を告げた。
「……シ、シアンお姉ちゃんが、昨日教えてくれた。」
「くふっ、ふふふふ。ふはははは。はあ、はっはっはっ。」
教えると何か良くない事が起こる。そう感じて、クレアは小さな声で言ったのだろう。しかし、俺は聞いた!この耳で、確かにシアンお姉ちゃんと聞いた!
こみ上げる感情でつい笑いが出てしまい、見えてはいないがクレアは名を言った罪悪感を感じ、リマルは突如笑い出した俺を見て引いているのが分かる。
やがて、笑いが収まると目元から手を退け。
「リマル!」
「お、おう。」
リマルの方を見ると俺を見て、顔を引きつらせながら返事をした。
「すまんが、西の町へ行く予定は変更。」
「それは構わんが。なら、何処へ?」
その質問にニヤリと笑い。
「クレアに余計な事を教えた馬鹿の下に行く。」
「緊急車両が走ります!ご注意ください!緊急車両が走ります!ご注意ください!」
猛スピードで走る戦車のスピーカーから、それに似合わない可愛らしい声で住民に被害が出ないように注意喚起が流れる。
そんな、猛スピードで走る戦車の中では。
「飛ばせ!飛ばせ!もっとスピードを出せ!」
「どうして楽しいドライブの筈が、こんな目に……。」
クレアは既に俺から離れ、必死にマイクを使って外に居る人たちに悲鳴のような声で注意喚起をし、リマルが座っていた席には俺が座り、索敵魔法でシアンの位置を確認しながらナビゲートしている。そしてリマルは、音声自動システムでは出るスピードが制限されているので操縦席に座らせ運転させている。
「リマル!次の角を右!」
「了解!」
泣き言を言いながらも俺の指示に返事をするが、その声は若干やけくそ気味になっている。なんか少し、悪い事をしたなぁ。
しかし、悪いとは思いつつも優先順位はシアンへのお仕置きが最優先。クレアに余計な知識を与えた罪は重い!リマルへのお詫びは、今度してやろう。
「ちょっとお兄ちゃん!?いくら何でも速すぎるから、スピード落として!それに私は気にしてないんだから、こんな事はやめよ!」
索敵魔法でシアンと自分の位置を確認していると注意喚起をしていたクレアがマイクから顔を上げ苦言を呈する。
普段の俺なら、渋りながらもクレアの言葉を聞き入れるが……。
「クレアは気にしなくても、俺は気にするんだよ!クレアに性知識はまだ早い!シアンの奴に怒れる兄の恐ろしさ、見せてやる!」
これはアレク個人ではなく、クレアの兄としての怒り。クレアには悪いが、その頼みは到底聞けない。
「リマル、そこを左!」
「おうよ!」
再び指示を出すとリマルも乗ってきたのか、返事する声に楽しさが混ざっている。しかし、クレアも止める事を諦めてないらしく、俺が駄目ならとリマルを見た。
「リマルもお兄ちゃんを止めてよ!?このままじゃ絶対――。」
「すまんな、お嬢。」
説得する為に話しているクレアを珍しくリマルが遮った。まさか、遮られるとは思わなかったのだろう。クレアの目は、驚きで見開き名を呼ぶ。
「リマル?」
運転中故にクレアを見る事は出来ないが、リマルにしては真面目な声で話し始めた。
「俺は気付いちまった。」
そこでモニターを睨みつけ、強くハンドルを握る。
「な、何に?」
嫌な予感がしたのだろう。クレアは頬を引きつらせるが、リマルは気付かず、俺は気付いても何も言わず二人のやり取りを黙って見ていた。
クレアの問いに大きく息を吸い込むと目をカッと開き。
「走る楽しさ、この爽快感に!ヒャッハー!止めれるものなら止めてみやがれ!何人たりとも俺の運転を止める事は出来ねぇぜ!」
その叫びに合わせ、ただでさえ速かった戦車は更に速度を上げた。
リマルがこんなキャラとは思わなかったが、これは俺に追い風が吹いている。この流れに乗るしかない!
近くに置いてあった帽子をかぶり、危ないが席を立つと前を指さし。
「その調子だリマル!ガンガンスピードを上げて、そのまま突っ込め!目指すは……。」
そこで区切り、大きく息を吸い。
「北の町だ!!」
「了解だ!!」
俺が行き先を叫ぶとリマルも負けないくらいの叫びで返事をする。
はっはっはっ、見てろよシアン。恐怖で二度と酒が飲めない体にしてくれる。
シアンへのお仕置きを考えて、悪い顔で静かに笑うアレク。
走る楽しさに目覚め、笑いながら運転するリマル。
異常な車中で、唯一正常なクレアは目に涙を浮かべるとマイクに向かい、悲鳴のような声で叫んだ。
「誰か二人を止めてぇえ!!」
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