知らぬは本人ばかりなり
「――にしよう。……もうこんな時間か。」
「そろそろ他の人も来る頃だからやめるか。確認したかった事は終わったんだから、もういいだろ?」
「そうですね。って言っても、私の店の子なら聞いても問題ないけど。」
クレア達のステージイベントに隠れて行うオークションについて、最後の話し合いは終わった。後は母さんにバレる事なく、無事に金を稼げれば完璧だ。
「それじゃ俺は、今のうちにセマリの手伝いに行ってくる。ステージが始まったら売店を手伝えないからな。」
「それなら私も魔法陣に不具合がないか確認してくるね。魔法陣に問題があったら、イントアさんやクレアさんのステージが失敗してしまうもの。」
「ステージだけじゃなく、お前らが逃げるのにも問題があるけどな。」
「レシアの魔法、魔法陣がないと使えないって不便だな。」
「便利だけどそこが欠点なのよね。ま、アレク様の転移と違って私の移送魔法は、少ない魔力で他の人と一緒に転移出来るから、逃げる時に最適だけど。」
レシアの移送魔法は二つの魔法陣を用意し、その魔法陣の中にあるものなら移動できる魔法だ。例えば片方の魔法陣に物を送ったり、二つの魔法陣内にあるものを入れ替えることもできる。また、人が魔法陣内に入っていれば服等の着せ替えも可能で、クレア達のステージはこの魔法を使って着せ替える予定だ。
「最初に思い付くシチュエーションが逃げる時かよ。」
「さっきまで逃げる話をしてたからだろ?」
「考えすぎってくらい逃走方法、考えてましたもんね。」
「母さんを相手にするかもしれないんだ。考えすぎて困る事はない。」
正直その考えた案の内、いくつ母さんに通用するか気になる。もしかしたら一個も通用しない、なんてのもあり得るもんな。あー、神様どうか母さんにバレ……あっ、駄目だ。神様ニーシャだった。
「それもそうだな。上手くボスから逃げれば、大量の金が貰えるから頑張るか。」
「私は約束通り、店の子にはケーキで私にはイントアさんの手作り料理でお願いしますね。」
そう言いながら二人は出て行った。恐らくさっき言ってた場所に行くんだろうけど、ボスってもしかして母さんのことか?あれはボスというより魔王が正しいのでは?そしてレシアは本当にその報酬でいいのか?姉さんの料理は基本、毒入りだからどうなっても知らないよ?
俺は閉じた扉を見ながら、レシアが姉さんの料理に毒が入らないように一応祈った。
「おお!まだ開演まで時間があるのにもうこんなに人が来てるなんて。」
楽屋に残っても仕方なく。かと言ってクレアや姉さんの練習を邪魔をしたくなかったので、会場の入り口に来てみればそこから見えるだけでも、会場が人で埋め尽くされているのが分かる。開演まで、まだ一時間以上もあるのに皆早いな。
……だけど。
「これだけ人が来てると知ったら、クレアが喜ぶな。」
来場者を見てクレアが喜んで姉さんに抱き着き、そんなクレアを姉さんが優しく頭を撫でたりするのを想像して、俺は思わず笑みを浮かべた。
「あの子、あなた達と違って皆を楽しませたいって言ってたものね。」
「ヴィーちゃんと同じで優しい子だもんねぇ。私の子供にしたいな~。」
「……二人ともいつから居たの?」
この二人がいきなり現れるのに関しては今更驚かないが、ネフィーさん。母さんが優しいに関してはかなりの驚きなんですが。偶に母さんが優しいのは知っているが、それでも暴君や独裁者という――。
「あらいけない。今日はまだアレクを凍らせてないわ。」
「俺を凍らすのを日課みたいに言うな!」
「でもアレクちゃん。ここ最近は、毎日凍らされてないかな~?」
「昨日は凍らされてません!」
「なら今日は凍らせましょうか。」
「やめてくれない!?」
なんで母さんは俺を凍らせたがるの!?まあ理由は予想が付くんだけどさ。どうせ俺の思考を読んだんだろ、この親。ほんと俺のプライバシーはどこに行ったのやら……。
「アレクのプライバシーなんてあって無いようなものでしょ?」
「親が言う言葉じゃないよな、それ!?」
「まあまあ、そう怒らないで。ヴィーちゃんはこんな事言ってるけど、アレクちゃんがいい反応するから楽しんでるんだよ~。」
「嫌な楽しみ方だな、おいっ!」
いくら楽しいからって、凍らすと脅す楽しみ方は悪趣味だろ。それは父さんが喜ぶのであって。俺は喜ばないのでやめてほしいんだけど!?
「ヴィーちゃんもイタズラ好きだから、仕方ないね~。」
「お仕置きしても懲りずにやり過ぎなイタズラを繰り返す、あなたに言われたくないのだけど……。」
母さんが呆れるって、ネフィーさんどのくらい母さんにイタズラ仕掛けてんだ?俺もネフィーさんを見習って、母さんに仕返しを――。
「言っておくけど、ネフィーのお仕置きとアレクのお仕置きは別物だから、仕掛けるなら覚悟しなさいよ?」
「そんな仕返しだなんて思うわけないでしょ。仕返しじゃなくて、お返しと思ったんだよ。いやだなぁ、変な勘違いをしちゃって。」
「ふ~ん……。」
母さんが疑うような目で見てくるけど、お願いします。セーフにしてください。というより、俺とネフィーさんのお仕置きの差に文句が言いたいんだが。友達で、たぶん母さんの好きな人だから仕方ないのだろうが、扱いの差が実の息子よりも優しいのはどうかと思うんだけど。
「そんなのあなたとネフィーの扱いには越えられない壁があるのだから当たり前でしょ?」
母さんが俺に何を言ってるのこの子は?という顔で見てくるが、俺は母さんに何言ってるのこの親は?という心境だ。
「まあアレクは大人の恋愛を知らないものね。」
「そりゃ子供だからね。」
「それは関係ないよぉ。ヴィーちゃんがまだアレクちゃんくらいの頃には、既に私と大人の――。」
「はい、ストップ。ちょーと、お喋りが過ぎるわよ?」
「~~っ!~~~!」
聞いたらいけない事を話そうとしていたネフィーさんは、全部喋る前に母さんが背中に飛び乗り、口を塞がれ苦しそうにもがいている。……そりゃ苦しそうだよな。母さん、ネフィーさんの口だけじゃなく鼻も一緒に塞いでるもんな。口が軽いネフィーさんが悪いけど、鬼ごっこの時に助けてくれたから助けるか。
「母さん、ネフィーさんの鼻も一緒に塞いでるせいで、息が出来ず苦しそうなんだけど。」
「うん?……ああ、これはこの子へのお仕置きだから気にしなくていいわよ。」
「笑顔で何言ってるの!?このままじゃ、ネフィーさんが死んでしまうんだけど!?」
さっき母さんがネフィーさんのお仕置きは別物って言ってたけど、別物ってこういう事!?ネフィーさんには悪いけど、凍らされるだけのお仕置きで良かったよ俺は。
「ちゃんと引き際は心得てるから、殺すことは無いわ。それにこの子ったら、私に酸欠状態にされるのが好きだから、これでも喜んでるのよ。」
「えー……。」
楽しそうに母さんが教えてくれるが、正直聞きたくなかったよ。俺は二人の関係に少し引いた。
「それじゃあ私はもう行くわね。」
「クレアと姉さんが頑張るから、楽しんで観てね。あとネフィーさんにオープニングからって教えといて。」
「オープニングからね。ネフィーにはそう伝えとくわ。」
そして母さんは行こうとしたが足を止め。
「アレク。」
振り返らず呼んできたが、その声はいつもの声と違い真剣な声をしていた。
「何?」
「さっきイントアの姿をチラッと見たのだけれど、あの子。何か溜め込んでいるようだから、ちゃんと見てあげなさいよ。」
「は?それって――。」
「じゃ、私はこの子から聞きたい事があるからもう行くわ。変な事するんじゃないわよ。」
真剣な声からいつもの声に戻り、俺の声を無理やり遮ると母さんはネフィーさんの口と鼻を塞いだまま引きずって行った。
「……なんだよ急に。姉さんが溜め込むって言ったら、どうせ性欲だろ。それにしてもネフィーさん、あんな扱いをされてよく母さんを好きでいられるな。」
母さんの背を見ながら、誰に聞かせるわけでもないが呟くと。
「変わった者同士、波長が合うんじゃないんですか?ほら、アレク様の周りにも変わった人が多いでしょ?」
「……それで言うとお前もその一人だろ、ラーシェ。」
いつの間にか背後に立ち、俺の独り言に答えたラーシェだが、なんで俺の周りに居る女はいきなり現れたがるのかが分からない。
「私は一応、自分が変わってると自覚があるのでいいんですよ。それより、アレク様に残念なお知らせがありますが聞きますか?」
「……聞くのはいいけど、またシアンに関してじゃないだろうな?」
こういう時のラーシェの話を聞いて、何回シアンの聞いたらマズイ話を聞いたことやら。まあ、話してくれる内容は男としては嬉しいが、勝手に教えられて困るという内容だけど。
「シアンに関してですよ。」
「なら聞かん。これ以上シアンの秘密を勝手に聞くのは、紳士を目指してる――。」
「……シアンとのお風呂に関係がある、と言っても聞きま――。」
「詳しく聞かせてもらおうか。」
シアンとの風呂に関係があるなら聞くべきだな。紳士を目指す前に俺も男。好きな人と一緒にお風呂に入れるというイベントの前には、全て霞んでしまう。
「おお、言葉を遮ってまで食いつくとは――。」
「そんなのはいいから教えろ!」
「……なんかアレク様、キャラ変わりすぎじゃないですか?紳士を目指すのではないのですか?」
「シアンとのお風呂だぞ!好きな人と風呂に入れるのに比べたら、紳士になれなくて結構!そんなのに拘って貴重なチャンスを逃すなど、愚の骨頂!愚か者のする事だ!」
何言ってんだ?俺は常日頃から、全女性には優しくしようと心がけようとしてる紳士だぞ。そんな俺にキャラが変わりすぎって失礼じゃないか?
「……多分ですが、また本音と建前が逆になってますよ。」
「…………気のせいだろ?」
「いや、無理がありますって!それに妙に長い間があったのはなんですか!?自分も逆だって気づきましたよね!?」
「気のせいだ。それはラーシェの疲れからくる、幻聴。もしくは俺がそう言ったと勘違いしてるだけだ。」
「それも無理がありますけど。」
「いいから!ラーシェの幻聴にしろよ!」
「しろよって、それ……。」
まだ言おうとしたラーシェだが、俺を見てその言葉が止まってしまった。
というのも。
「……ラーシェの……うっ。……ラーシェの幻、うぐっ……幻聴なんだよぉ!」
「えー。そんなに泣かなくても……。」
「うるしゃい!…………。」
「…………。……そんなに泣かなくても。」
うるさいを噛んでしまいお互い黙ってしまったが、ラーシェがそれには触れずやり直させてくれた。ありがたいけど、その気遣いが痛い。
「うるさい。よりによって、空気よりも口の軽いお前に好きな人がバレたんだぞ!泣きたくなるわ!」
実際、ラーシェが俺にシアンの秘密を話すのを見てると一番知られたくない相手なんだよな。ラーシェがこの事を誰かに話すのが心配で夜も眠れなくなる。
しかし、ラーシェはどこか言いづらそうな顔をしながら俺を見てきた。
「なんだよ、その顔。何か言いたい事があるのか?」
「まあ、はい。その、……すみませんが知ってます。」
「何が?」
「いえ、アレク様の好きな人について、屋敷の殆どの人は知ってます。当の本人は知らないですけど。」
「…………マジで?」
「マジです。ちなみにシアンだけでなく、クレアが好きなのも知られてます。」
「「…………。」」
再び訪れる沈黙。
「あの、これをどうぞ。」
「ありがとう……うん。「収納」……もう行くわ「転移」」
ラーシェが渡してきたのは写真だった。それも昼に取り合った、シアンの着替え写真だ。多分、ラーシェなりの慰めだろう。
俺はこれ以上ラーシェと居ても気まずいので、楽屋に転移した。
その時、転移の直前に見えたラーシェの顔は何とも言えない顔をしていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみください。




