-特別編6- ハイエルフと砂糖菓子。
ハンターギルド・ロマーナ支部。
その場所でギルドマスターとして従事するルミナは書類整理の仕事にとりあえずのひと段落を付け、椅子に座ったまま上半身のみのストレッチを軽く行い、徐に椅子から立ち上がってこの部屋の窓のある場へと歩いて行って[外]の景色を優しい眼差しで眺め始めた。
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今は少しだけ遠い過去。
他種族との関係を徹底して拒絶しながら過ごしてきていたハイエルフの面々。
近頃は一変して、彼女達の姿を普通にロマーナ地方の町中、他の国の地方に王都。様々な場所で見掛けるようになった。
「他種族との係わり方を説いた甲斐があったかな」
ルミナはハイエルフ達の姿を見ながら口角を少しだけ上げる。
そう、あんなにも頭の固かったハイエルフ達が今のようになったのにはルミナが関係していたりする。
ハイエルフとして産まれたルミナ。
彼女は物心が付いた時から同郷の者達に「他種族とは関わってはならない!!」と耳にタコができる迄聞かされ続けてきたが、心の中で教えを一蹴していた。
ハイエルフ側の言い分に全然納得ができなかったからだ。
どう考えても[非]はハイエルフ側にある。
気位いが高いのは結構なことだが、他種族から見たら何様だと思ってしまうのは当然のことだろう。
それでは人と人との関係が上手く循環する筈もない。
ルミナは7歳頃迄は誰から何を言われても右から左にそれらを横流ししてきたが、間もなく8歳になろうとする時期に溜まりに溜まった鬱憤と怒りが爆発してしまった。
ハイエルフの中で誰よりも魔法に長けているルミナ。
それに加えて彼女には産まれた頃から不思議な能力があった。
1ヶ月に1度しか使用できないが、どんな者とでも仲良くなれるという特殊な能力が。
ルミナは狂気の魔法を見せてハイエルフ達を脅し、特殊な能力により仲良くなった森の動物達を全員喚び出して、"こんこん"と彼女にとっては鬱陶しいこと、この上のない者達に説教を始めた。
ルミナの言い分に少しでも逆らおうとする者がいたら、動物達と共に笑顔で黙らせてから声のトーンをわざと1段階上げての講義。
ハイエルフ達はルミナに誰も逆らうことができなくなり、彼女の説教が終わる迄大人しく彼女の講義を聞くこととなった。
何時間ルミナから説教という名の講義を受けただろうか。
多くのハイエルフ達は目から鱗が零れ落ちたようになり、これ迄の態度を改めると言ってルミナに言われたことを実践し始めた。
ハイエルフ達はスライム達から嫌われていた。
なので溶液の恩恵を受けることができず、彼女達は自然のままに生きて、死んでいっていた。
ハイエルフ達が性根を入れ替えたと同時に里に何処からかスライム達がやってきて彼女達に懐き始めた。
これ迄の彼女達であれば、容赦なくスライム達を武器を手にして追い払っていたことだろう。
が、ルミナの説教を聞いた後の彼女達はスライム達の頭を撫でるなどして可愛がり、中には自宅で一緒に暮らす者達迄現れた。
過去にはあり得なかった光景に満足して少しだけ鼻息を荒くしたルミナ。
だったが、彼女の言葉虚しくそれ迄と態度の変わらない者も一定数いた。
過去のままの者達はハイエルフの里の長老達。
ルミナが8歳の誕生日を迎えた時、長老達はルミナを異端者として里から追い出すという行動に打って出た。
これには、正直言って呆れてしまったルミナ。
あれだけ言っても態度を改めようとしない者に再度の諭しをする程彼女は優しくはない。
出て行け! というなら出ていこうと自宅に戻ったルミナは荷物を纏め始めた。
この時は、ルミナはこの里から出ていくのは自分だけだと思っていた。
思っていたが、それは良い意味で裏切られた。
ルミナの両親達も荷物を纏め始めていたのだ。
「えっ? お母さん達も出ていくの?」
ルミナが両親達の行動を見て尋ねてしまったことは無理からずなことだろう。
娘からの言葉を聞いて朗らかに笑う両親達。
「当たり前でしょう。可愛い娘を1人になんてさせないわ」
「貴女のお陰で私達も目が覚めたしね。今はもう、長老達の化石みたいな考えには到底付いていけないわ」
ルミナは2人の女性から生まれた1人娘。
元々両親からは可愛がられて育ったのだが、両親達も娘から説教を聞く迄は長老達と同じ考えで凝り固まっていた。
両親達の思考が融解したのはルミナにもよく分かった。
分かったが、ここは両親達にとって長年生きてきた大切な場所。
生まれ育った場所をあっさりと捨てて自分に付いていくなんて両親が言い出すなんて思ってもいなかった。
「ほんとにほんとにお母さん達はそれでいいの?」
ルミナは後悔しないかと両親達に何度も言葉を投げ掛けたが、両親達の決心が変わることは無かった。
ルミナと両親。共に荷物を纏め終わり、里から外の世界へいざ出発の時。
住み慣れた家から一歩足を踏み出した時にルミナは又しても驚愕してしまった。
「え? 皆さん、どうしたんです?」
「え? 里から出ていくんでしょ? 付いて行こうかなって思って」
ルミナ達が見たのは各々背中と両手に荷物を持ったハイエルフ達。
スライム達も彼女達に寄り添うように一緒にいる。
「……本気ですか?」
ルミナが人に物事を尋ねるのは本日何度目だろうか?
ルミナの問いにハイエルフ達は「本気だけど?」と返事をした。
かくして始まったハイエルフ達の大移動。
長老達だけを残して他全員での行進。
これには長老達も慌てることになった。
こんなことになるなんて、ルミナと同様に予想だにしていなかったのだ。
長老達はそれから必死にハイエルフ達を里に留めようとした。
「里から出ていくとおまえ達は他種族から嫌悪の目で見られて孤立してしまうことになるぞ!」
とか。
「我ら誇り高きハイエルフ族が誇りを持たぬ他種族と関わるなど以ての外だ。今すぐに里に戻れ!」
などと相も変わらず自分達の気位いと世間体ばかりを気にする言葉で。
何を聞いても変われない者、時代に着いていけずに取り残される者。
哀れな者達だ。
一種の洗脳のようなものが完全に解けたハイエルフ達には長老達の言葉は何の意味も持つものでは無くなっていた。
自分達を里に戻そうと必死な長老達の姿がこれ以上ないくらいに滑稽なモノに映るようにもなっていた。
「さようなら。お世話になりました」
長老達に一応の礼を告げ、頭を下げてから再び歩き出すハイエルフ達。
里に残ったのは、結局長老達だけとなったのだった。
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里から出て外の世界。
最初のうちは他種族はハイエルフ達のことを警戒していた。
しかし、何度か話しているうちに自分達と変わらないと思ったのだろう。
警戒心は解け、ハイエルフ達はロマーナ地方の人々に溶け合っていった。
初めはルミナの里のハイエルフ達だけだったのだ。外の世界に出てきたのは。
なのに他の里からもハイエルフ達が外の世界に出てくるようになったのは、ここロマーナ地方のハイエルフ達に他の里のハイエルフ達の代表者が現れては話し掛けるようになったのがキッカケ。
「お前達はどうして里から出てきたんだ? 他種族と仲良くするなど恥ずかしいとは思わないのか?」
「え? そっちこそ自分達が言ってることが恥ずかしいって思わないんですか? よく見てくださいよ。他種族も何も、私達は同じ[人]ですよ? なのに自分達だけで固まって、他種族のことをバカにして、そんな生き方してて楽しいですか? まぁ、私達も最初はそうでしたけどね。でも、外は広いです。里にいたらこんなに素晴らしい景色を一生見ることは無かったでしょうね」
こんな具合で他の里から出てきたハイエルフの代表者を諭すロマーナ地方で暮らし始めたハイエルフ達。
特に「そんな生き方をしていて楽しいですか?」 の言葉が各里のハイエルフ達の心に"ぐさりっ"と突き刺さり、これによってモノの見方に気が付いたハイエルフ達が続々と各里から外の世界へと出てくるようになった。
数年後、ルミナが12歳となった頃。
その日迄はロマーナ地方のハンターギルドで受付嬢として働いていた彼女だったが、物知りで人当たりも良く、何より勤勉な彼女のことを密かに別の意味で狙っている者がいた。
ロマーナ地方の領主・シエラ。
この当時のギルドマスターは非常に横暴で評判が悪く、ハンターや受付嬢達からは勿論のことながら、一般人に至る迄嫌われに嫌われていたのだ。
それでも上手くハンターギルドが回っていたのはルミナのお陰に他ならない。
暴走するギルドマスターを堰となって止めていたのが彼女だったから。
彼女の評判はシエラに迄届き、変装して実際に現場を見に行った彼女は1度の視察でルミナを見初め、その後数回の視察の後にハンターギルド内で変装を解いて領主としてギルドマスターへと歩み寄り、シエラは怒りで顔を深紅にしながらギルド内でギルドマスターのクビを社会的に切った。
後釜にはルミナを推薦。まだ若く、自分的には勉強が足りないと思っていたのでシエラの[命]は断ろうとルミナは考えていたが、周りの賛成の言葉に背中を強引に押されることになり、ルミナは史上最年少のギルドマスターとなった。
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更に3年後、ルミナ15歳のスプリングの時期。
ルージェン王国と同盟国で起きたスライムの溶液の強烈な変貌。
それから少しして、魔法連盟から燈華の魔女の称号を授かった彼女は1人の女性と出会った。
「やっと会えた。我の番」
邂逅してから10秒。
ルミナに早足で歩み寄って彼女の唇を奪った女性。
[赤]のドラゴンことクリスタ。
突然のことに一瞬、呆然としたルミナだったが不思議なことに心に湧き上がってきたのは喜び。
懐かしさのようなものも感じ、ルミナはファーストキスを奪われると共に心も奪われてクリスタとの恋に落ちた。
以降のクリスタの行動は早かった。
ルミナの両親に「絶対に幸せにしますから、彼女をください」と伝えに行ったのが3度目のデートの後。
両親からめでたく許可を貰い、ルミナとの婚約を済ませたのは訪問直後の場。
ルミナは早すぎる展開に着いていけていなかったが、両親の側はクリスタのことをいたく気に入ったらしい。
「うちの子をよろしくお願いします」
「貴女ならきっと大丈夫ね」
2日後。ルミナは両親の勧めでクリスタとの同棲を始めた。
クリスタは積極的だった。毎日朝昼晩の挨拶と一緒にルミナに愛を告げ、夜には情熱的に彼女を求めた。
邂逅の時からクリスタに落ちていたルミナ。
彼女がクリスタに[夢中]になるのに左程時間は掛からなかった。
同棲から1ヶ月後には結婚。
2人は多くの者達から祝福を受けて永久の愛を誓いあい、晴れて婦々となった。
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現在。
窓から外を楽し気に眺めているルミナの耳に聞こえてくるギルドマスター室の扉が開く音。
それからこちらに向かってくる足音。
誰が来たのかは振り向かずとも分かる。
そのまま立っていると、背後から抱き締められて感じるは愛しい女性の温もり。
「何を見ているんだ? ルミナ」
「この国、かな」
「ふふっ、この窓からはロマーナ地方の一部しか見えないだろうに」
「そうだね。けど、その一部がこの国を写し撮ったものだと思うから」
「……ルミナ、こっちを向いてくれるか?」
「……んっ」
クリスタに言われて、首を横に向けるルミナ。
少しの間だけ見つめあい、ルミナが目を瞑るとクリスタは彼女の唇に自分の唇を優しく重ねる。
数秒してクリスタが離れると、ルミナは自分の身体を抱き締めている彼女の腕に"そっ"と手を置いた。
「幸せよ。クリスタ」
「その言葉は早すぎるな。ルミナはこれからもっと幸せになるんだから」
「あまり甘やかされても困る、かな」
「ははは。我は番のことはとことん甘やかす主義でな。だから、諦めろ」
クリスタがルミナの身体を反転させて自分の側へと向けさせる。
「ルミナ、愛している。我はルミナのことしか見えぬよ」
「クリスタ……」
「もう1度キスしても良いか?」
「貴女の質問、必要ある?」
「ふふっ、我の番は本当に可愛いな」
クリスタが微笑みながらルミナの唇を右手の人差し指でなぞる。
何故かそれが恥ずかしくて、クリスタの胸に自分の顔を埋めるルミナ。
「ルミナ」
クリスタから見えるのは耳まで紅色なルミナの姿。
自分の番が可愛すぎて堪らずに、片手でルミナの顔を上げさせると彼女の瞳は潤み、"じっ"と自分のことを捉えて映している。
『……理性が欲望に負けそうなんだが』
場所が場所。流石に欲望に好きなようにさせるわけにはいかない。
クリスタはなんとか理性をフル活動させ、欲望を抑え込んでからルミナの唇に先よりは濃厚に自分の唇を置いた。
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一部始終を見てしまっていた【リリエル】。
ルミナに依頼されていたことが無事に終わったので、報告に来たらこの状況。
クリスタが部屋の扉を閉め忘れたのが全部悪い。
……………。
誰も口を開こうとはしない。
ルミナの普段と今とのギャップが『尊い』。
【リリエル】は立ち尽くし、暫くすると彼女達の気配を感じたのだろうか?
ルミナによって気付かれた。
「リリ……っっっっ」
彼女達に見られていたこと。
恥辱に震えてルミナはクリスタの陰に隠れる。
それが又、【リリエル】達には可愛いと映る。
「今日のお茶会の話のお菓子が決まりましたね」
「ええ、そうね」
いつもならやり玉に挙げられるのは【リリエル】の側。
でも今日は……。
お茶会の前に味わった苦み。
その分迄【リリエル】は甘い甘い、砂糖菓子をたっぷりと堪能した。




