-特別編6- 審判 その3。
そうこうしているうちにオークションが始まった。
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リーネは限界だった。
奴隷売買。オークションに賭けられているのは犯罪者達ではない。
恐らくはこの為に誘拐でもされてきたと思われる極普通の女性達。
女性が女性を非合法に買っている。
男性の姿もちらほらとはあるが、この国はルージェン王国と同じで女性と女性とが愛を育みあうのが当たり前な国。
それに溶液の変貌で男性達は出て行ったから数が少ないことには頷ける。
「では続きまして美しきエルフの女性です。こちらの品、本日の目玉商品トップ3に入っておりますよ。さぁ、皆さん。金貨1枚から始めます」
「金貨10枚」
「こっちは金貨15枚よ」
「金貨30枚」
……………。
薄汚い連中の声。
ルージェン王国と同盟国は女性同士、仲が良いものと思っていた。
とんだ思い違いをしていたものだ。
隷属の首輪。これでは文字通りの品物ではないか。
望まず傍に置かれている女性がいるということだ。
逃亡なんてできずに。
魔道具士マロン。
彼女が実態を知ればどう思うだろうか?
怒りに震えて、それから自分を責めるだろう。
自分が作った物がこんな風に扱われていたのだから。
「先程第22回と言っていましたよね?」
リーネは何の感情も乗っていない声でアリシアに問う。
彼女の質問にリーネと同じ声色で答えるアリシア。
「言ってたわね」
「少なく見積もっても数百名程の女性達が何処かで奴隷扱いされているということですか……」
我慢の限界だ!!
席から立ち上がるリーネ。彼女の行動を合図にアリシア達【リリエル】のメンバー全員も立ち上がる。
ベネチアンマスクを剝ぎ棄て、それぞれの得物を手にする【リリエル】。
身体から溢れさせる魔力と殺気。
つい先程迄の喧騒は何処へやら。
【リリエル】の殺気に中てられて静まり返る会場。
リーネが檻に入れられている女性を助ける為に魔法を放つ。
魔法の輝きを見て、再び会場に喧騒が戻って来た。
但し、今度のは歓喜のモノではなく騒乱のモノだが。
「ひっ! 何よ、何なのよ!!」
「おい! 逃げろ。殺されるぞ」
「嫌よ! 死ぬなんて冗談じゃないわ」
大慌てで出口に殺到する観客達。
当然、【リリエル】が腐った連中を逃がすわけがない。
1人、又1人と意識を刈り取っていく。
殺してはいない。こんな連中は簡単に楽にさせたらいけないと思うから。
犯罪者の烙印を押して鉱山で野垂れ死んで貰う。
こいつら相応しい末路。
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【リリエル】が行動を起こしてからたったの2~3分。
会場にいた観客の鎮圧の完了。
司会者以外、全員彼女達に意識を刈り取られたことで静まり返った会場の中央の階段をリーネは歩いて下りていく。
怯えて地面に座り込んでいる司会者の元へ行き、屈み込んでベネチアンマスクを外してみると何処かで見た顔。
司教。神殿の中では2番目か3番目に立場の高い人物。
そんな人物がこんなことに手を出していたとは。
どうやら神殿の上層部は腐敗が始まっているらしい。
「こんな人が女神セレナディア様を崇めていたのですか。首を刎ねてしまいたいところですが……」
杖を振るうリーネ。一瞬前に司教の身体から赤が飛び散った。
「えっ?」
頬に取り付いてきた赤。
それはそのままにして、顔をゆっくりと会場内に向けると【リリエル】が意識を刈り取った観客達を顔色を変えずに始末している者の姿。
リーネと処刑人の視線が交差する。
処刑、始末しているのは覆滅の魔女ロジーヌ。
「どういう……、つもりですか?」
「隠しててわりぃな。あたしはこういう連中を始末することを上から請け負ってる立場の魔女なんだ」
「上!!? 国ですか? それとも連盟ですか?」
「あんま詮索しない方がいいぞ。しかしまぁ、今迄尻尾を掴むことができなかったが、やっとこさ終わりにすることができたぜ」
リーネは呆然と辺りを見回す。
観客の中に息をしている者は、もういない。
確認を終えて、ロジーヌの元へリーネは駆け出す。
「何故ですか! 何故殺したんですか!!! この人達は法の下で裁いて貰うべきでした。どうして貴女は!」
「なぁ? 【リリエル】が他人のこと言えた義理かよ?」
「……っ。それは。いえ、それより貴女は私達のことを!?」
「ああ、知ってたよ。利用して悪かったな。【リリエル】」
「利用?」
「連中をこうやって楽に始末できたのはお前達のお陰だろう?」
「っ」
ロジーヌのいる場所迄後少し。
到着門前で立ち竦むリーネ。
何かを言おうとするが言葉にならずに消えていく。
たっぷりと時間を置き、リーネが漸く絞り出した言葉はこれだった。
「これから、これからどうするのですか?」
「国の膿を絞り出す。そして二度とこんなことが起きないようにするつもりだ」
「ルージェン王国でも始まるのでしょうか……」
「多分な。お前達の国はあたしの担当じゃないが、他の魔女が殺るだろうよ」
「そう、ですか……」
リーネはそれっきり黙ってしまった。
これは[必要悪]という存在なのだろう。
頭では分かっていても、魔女が魔女として、そういう活動をしていることに抵抗がある。
沈むリーネの元に集う【リリエル】。
「リーネ……」
「ごめんね」
「どうして貴女が謝るんです? ミーア」
「あの魔女の攻撃。突然のこと過ぎて防げなかったからー」
「私もそうね。ごめんなさい」
「なら、うちも同じね。ごめんなさい」
「すまない。リーネ」
「いえ、そういうことなら私も同じです。それに、確かに彼女の言う通りに私達は他人のことをどうこう言えた立場では無いでしょう」
「「「「リーネ」」」」
【リリエル】全員がリーネに抱き着く。
【リリエル】としての活動時にはいつも被っている三角帽子を取られ、頭やら頬やらを撫でられ、触られるリーネ。
「擽ったいです」
「いつだったかしら? 遠い過去にも確かこういう感じのことあったわね。あの時も言ったけど、貴女は1人じゃないのよ。リーネ」
「そうそうー。【リリエル】全員で荷物は背負おうよー」
「いいこと言うじゃないか。ミーア」
「カミラも何か気の利いた事言ってあげたら?」
「無茶振りするなよ。ケーレ」
「……………ぷっ」
仲間達の励ましと楽しい会話。
内輪の会話を聞いて笑顔となるリーネ。
彼女が笑い出したことで笑みは仲間達にも伝染し、【リリエル】全員で少しの時を笑って過ごした。
「ふぅっ。ありがとうございます。皆さんのお陰で落ち着くことができました」
「それは良かったわ。でも本当、リーネは大胆なようで繊細よね」
「言えてる。だから1人にできないんだよねー」
「私は子供では無いのですが……」
「うちはフィーナの方がしっかりしてるような気がする」
「だな。師匠がこれだから嬢子が強くならなくては! と思ってるかもしれないな」
「皆さん、酷くないですか!」
「仕方ないじゃない。事実なんだもの」
「凹みますよ? 私」
「じゃあまた抱き締めてあげようかー?」
「……お願いします」
なんだかんだ言われても甘やかされることが好きなリーネ。
【リリエル】は彼女が満足する迄散々甘やかし、彼女に刷り込みを行った。
1人で悩むな。……と。
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場所は変わって外。
リーネの杖が振るわれる。
万象之爆裂の発動。
魔法名の通り、万象之爆裂によって完全に崩れ落ちる神殿。
魔法を使う際にリーネは魔力を多く込めたので、そこに神殿があったという跡しか残っていない。
尚、神殿内にあった遺体はロジーヌの仲間らしき者達の手によって何処かへ運ばれて行った。
【リリエル】には何処に運ばれたのかは分からない。
聞いてはいけないことだろう。その領域に踏み込んでしまえば、こちら側にはもう帰ってこれなくなる可能性がある。
肌で直観した【リリエル】は見て見ぬフリを決め込むことにした。
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依頼終了。ロジーヌとの別れの時がやってきた。
そこには誰1人として笑顔も無ければ涙も無い。素の顔。
【リリエル】のリーダー。リーネに手を差し出すロジーヌ。
「じゃあな。今回はありがとうよ」
リーネは彼女の手を見つめながら、握り返す為に自分の手を。
……差し出さなかった。
「お礼はいりませんよ。ただ……」
差し出した手を取られることのなかったロジーヌ。
苦笑いしながら出した手を引っ込める。
2人の間に吹く風。まるで何かの演出のよう。
空も演出を手伝っている。
神殿内に入る迄は雲1つ無い晴天だったというのに、今は一面を覆う厚い雲。
この様子だと、間もなく雨が降り出すことだろう。
ロジーヌは次にリーネが言うだろう言葉に当たりを付けつつも彼女に続きを言うよう投げ掛ける。
果たしてそれは、彼女の予想通りの言葉だった。
「ただ。なんだ?」
「貴女には2度と会いたくありません」
言うだけ言って、さっさとロジーヌに背を向けるリーネ。
【リリエル】の中心に行って使うは転移の魔法。
降り出す雨。
ロジーヌは雨に打たれながら笑みを浮かべた。
「それで正解だ、【リリエル】。お前達みたいなのはあたし達【トリカブト】には関わるべきじゃねぇよ」
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その後、ルージェン王国とその同盟国内では奴隷にされていた女性の救出と共に徹底した膿の排除が秘密裏に行われた。
中には王城にも潜んでいた者がいたとかいないとか……。
何はともあれ救出された女性達。彼女達はその時の記憶と汚れと穢れを消され、後に彼女達の故郷へと帰された。
記憶の改竄。リーネにもできないこと。
しかし、ルージェン王国の[影]の調査によってそれができる者が奇跡的に見つかったのだ。
その者はかつての異世界人のうちの1人。
今は【トリカブト】の一員として活動している。
それが良いことなのかどうなのか。
彼女のことを知っている者達には悩ましいところだが、国単位で考えると隠したいことがあるのも事実。だから、彼女のことは暗黙の了解となっている。
今日も彼女は国の[命]を受けて働く。
陽の当たらないその場所で。




