-特別編4- 卑劣な罠。
季節はウィンター。
一面に真っ白い雪。今日の【リリエル】はロマーナ地方から離れて別の地方にやって来ていた。
自分達では手に負えない邪族が現れて、どうしようもないので助けて欲しいとこの地方に住む人物から依頼を受けた為だ。
邪族はこの季節には巣籠もりする者が多い。
大物程そんな感じで、たまに見掛けてもそれは小物。
なのでこの時期にはハンターギルドは邪族を狩ることに慣らさせる為に新人ことブロンズランクの者に依頼を出すことが暗黙の了解となっている。
ちなみにハンターのランクは遠い過去は下から順番にブロンズランク・アイアンランク・シルバーランク・ゴールドランク・プラチナランク迄しかなく、当時の【リリエル】は本来はプラチナランクであった筈だが、ゴールドランク以上は[国]と密接な関係になるということを嫌って永遠のシルバーランクだった。
現在ではそのランクが増やされて、プラチナランクの上にヒヒイロガネランク・ミスリルランク・オリハルコンランク・アダマンタイトランクとなっている。
今の【リリエル】はオリハルコンランク。
上から二番目。一番上のアダマンタイトランクになるのも間もなくだろうと言われている。
そうなると[国]のお抱えハンターということになって、不自由になる為に現状の【リリエル】は過去の【リリエル】同様に今以上のランクアップを望まないつもりでいる。
強制するなら「他国へ行く」とでも言えば、【リリエル】を逃したくない[国]は便宜を図ることになるだろう。
オリハルコンランク。上から二番目のランクのハンターに依頼をする。
しかもこの時期に。通常であればあり得ないことだ。
そんなにも強い邪族がこの時期に本当に現れたんだろうか。
雪の中、足を少し埋もれさせながら歩くイリーネが仲間達に呟く。
「現地迄来ておいてなんなのですが、どうもこの依頼キナ臭さがあるんですよね」
助けて欲しい訳ではなく、誘き出されたような気がしてならない。
何の為かは知らないが、【リリエル】を倒すことでなんらかの野望を達成しようとしている者からの依頼な予感。すなわち、この依頼は[罠]。
仲間達もどうも薄々そう感じていたようで、皆一様にイリーネに返事をする。
「奇遇ね。私もそう感じていたわ。ここ迄来ておいてなんなのだけど」
「実は私もー。なんかこう、怪しいんだよねー」
「依頼してきたのってどんな人だったっけ?」
「貴族だな。元々この王国の関係者じゃなく、別の国から渡ってきた者らしいが」
「……気のせいでしょうか。それを聞いて益々胡散臭く思ってきました」
「なーんか察しがついた気がするー。私達を倒して奴隷にしようとか、支配しようとか考えてるやつなんじゃないのー」
「ぼくもそう思う」
………………………………。
『帰ろうかな』
そう思った【リリエル】だったが、時は遅く相手はすでに彼女達の視界に入る範囲に立っていた。
ハイエルフの男性。燕尾服を身に纏い、首元にジャボ。確かに容姿は貴族だ。
燕尾服が上下共に真っ赤で派手なのが気になるが。
「私達に依頼をしたのは貴方で間違いありませんよね? 強力な邪族が現れたという話のようですが……」
イリーネが一応確認の為にその男性に聞いてみる。
その質問に薄ら笑いを浮かべるその男性。
「ええ、そうなんですよ。とっても困ってましてね」
東ティロット語なまりがある。
そんなことは別にそれ程珍しいことではないが、第六感が【リリエル】に警告を鳴らす。
胡散臭さ満点。不穏。とてもじゃないが、困っているようには見えない。
心の中でため息を吐く【リリエル】。やっぱりこれは[罠]か。
のこのこ来てしまった自分達が滑稽で逆に笑えてくる。
「で? 本当の貴方の目的はなんなんですか?」
「おやっ! もうバレてしまいましたか。なんともこれはつまらないですね。我が国の国家元首と同様に[罠]に引っ掛かった貴女達のことを笑いながら見てやろうと思っていたというのに。いやぁ、しかしあれは最高のショーでした。末路を聞いた時は思わず爆笑してしまいましたよ」
その男性の言葉を聞いて【リリエル】が思い出すのは先の戦争。
あれには[糸]を引いていた者がいて、その国の国家元首はそれに見事に引っ掛かってしまった。
[糸]を引いていたのはこの男性。誑かされたのは国家元首。
とはいえ、あの国の者達に同情するつもりはない。何もかも自業自得だ。
「なら、その薄ら笑いをやめておいた方が良かった気が私はしますが」
イリーネはそんなことを思いながら、言葉を紡ぐ。
「おっと。これはいけない。ついつい顔に出てしまっていました。ふふふっ」
そう述べてもこの態度。コイツはなんとも人を苛立たせる。
少々声を荒げてしまうイリーネ。
「茶番はもう結構です。貴方は何者で、どういうつもりで私達をここに呼び出したんですか?」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。我が名前は炎獄の魔公ユピテウスと言います。貴女達をここに呼び出した理由は。まぁ、そうですね。女などという生物よりも男の方が数倍は優れているということを証明する為ですかね。それから、我が造った人造邪族をお披露目する為です」
言い終わると燕尾服の懐から人間の成人男性の手にすっぽり収まるくらいの大きさの真っ赤な球体を炎獄の魔公ユピテウスと名乗った者は取り出してそれを近くの岩に叩きつける。
衝撃で割れる球体。中からは真っ赤な煙。それが段々と人の形を成していく。
それ迄は『コイツはどれだけ[赤]が好きなんだ』とただ呆れた目で一連の[事]を見ていた【リリエル】だったが、人の形を成した者の正体が分かった瞬間に全員から怒りの[魔力]と[殺気]が嵐のようにその場に吹き荒れることになった。
【リリエル】の目の前に出現したのはキメラ。
オークとグレンデルを上下半分に割ってくっ付けた見た目。
ただ、その胸に人間の少女らしき者の顔が埋まっていて、その少女は自分を殺して欲しいと嘆いている。
「どうです。素晴らしいでしょう。邪族を捕獲するのには少々骨が折れましたがね。しかし、なんとかなってこのような実に美しい存在を造り出すことに成功しました。ああ、この子を助けようとするのは諦めた方が良いですよ。顔以外は完全に融合していますからね」
笑っているのは炎獄の魔公ユピテウスだけ。
【リリエル】はソイツの非道すぎる行いに口さえ開くこともない。
心の中にあるのは『コイツは絶対に殺す』。それだけ。
炎獄の魔公ユピテウスは【リリエル】の逆鱗に触れた。
「さぁ、行きなさい。私のキメラ」
哀れなるキメラ。少女の意思は残っているものの、身体は完全に支配されているようで、キメラは敵とみなした【リリエル】に襲い掛かる。
「ごめんなさい。罪は私達全員が背負いますから」
カレラがキメラの首を撥ね、ケーラが全身をめった刺しにし、クオーレが口から魔力砲を放ち、イリーネとアリアとミーシャが最上級魔法で攻撃。人造邪族は少女と共に一瞬でこの世界から消滅した。
彼女の「ありがとう」という言葉を残して。
「なっ、あ、貴女達には[人]の心というモノがないのですか!」
お前にだけは言われたくない。
イリーネがゆっくり前に出る。
振るわれる杖。炎獄の魔公ユピテウスに使われるは禁呪の魔法。
[人]を呪う禁断の魔法。それ故に通常時にこんな魔法を使えばイリーネにも災いが降りかかる。
だが今回のような場合は別だ。災いを受けるのは炎獄の魔公ユピテウスだけ。
心の中の誰かがそれを教えてくれた気がしたので、イリーネは禁呪の魔法を躊躇いなく使用した。
人を不死にする魔法。但し、不老ではない。のでこの先年月が経てば彼は……。
女性ならスライムの溶液を使えばなんとかなるかもしれない。
いや、女性でもこんな非道な行いをすれば、スライム達から嫌われて溶液は意味のない物となるだろう。
それで男性については元々スライムの溶液は[毒]にはなっても決して[薬]にはならない。
「今、貴女は何の魔法を?」
イリーネは何も語らない。
無言のままで杖を再び振るい、今度は彼の姿を蠅に変化させる。
蠅の中でも[人]が嫌悪感を抱くモノを[食]とする大黒蠅の姿に。
過去は言霊を口にしないと魔法とならなかったが、今のイリーネは心の中で言霊を口にするだけで魔法を発動することができるのだ。
前世リーネだった少女時代。あれでも彼女の魔法は粗削りだった。
年齢を重ねると共に研鑽して磨き上げた魔法の腕。
それをそのままイリーネとなった彼女は受け継いでいる。
リーネが死の淵にいる時に行ったこと。
最後の魔法。自身の魂への魔法に関する能力と魔力と知識の引き継ぎ。
イリーネはその記憶はないが、これらはその恩恵の一部によるもの。
蠅にするついでに彼の魔力なども全て奪い世界に還元。
しかし[人]としての精神は少なくとも1,000年は残るようにした。
そうしたのはイリーネが大嫌いな神話の一説に似たような話があったから。
だから、心に渦巻く憎悪をその神話に準えてそうした。
不老ではないのに、1,000年もの間壊れることさえできない。
この先の彼の苦しみは、いか程のモノとなることだろうか。
この男は絶対に怒らせてはならない者達を怒らせてしまったのだ。
蠅となってしまった炎獄の魔公ユピテウス。
暫くはその場を飛び回っていたが、カレラがさっきこの男が球体を割る為に使った岩を持ち上げて、その岩を蠅となった男の上に置いた。
これ以上ない皮肉だ。
全てを終えて背を向ける【リリエル】。
後に残ったのは虚しさと哀しさだけ。
【リリエル】はルージェン王国、ロマーナ地方に帰り着く迄誰も声を発することはなかった。
**********
その後【クレナイ】に鉛のように重たくなった口を無理矢理開いて事情を話して、【リリエル】は隠密行動が得意な彼女達に事件の調査を依頼。
結果、この事件は炎獄の魔公ユピテウスが単独で起こした事件であることが突き止められた。
少女については孤児で残念ながら何処の誰かは分からなかった。
【リリエル】はラナの村に遺体は無いものの、彼女のお墓を作って菊の花を添えて彼女の冥福を祈ったのだった。
「無力な自分が情けないです……」
「イリーネだけじゃないわ。皆、そう思ってる」
今迄感覚が麻痺していたのか。今になって零れ落ちてくる涙。
【リリエル】は皆で抱き合いながら己の未熟さ、無力さを嘆いて泣いた。




