-特別編4- 小さな小さな戦争。
新生【リリエル】がかつてと同じようにロマーナの地を守護するようになってから半年程が経過した。
今日は彼女達の師匠であるトレイシーから呼び出しを受けての集合。
なんでもルージェン王国に[宣戦布告]をしてきた国があるらしい。
それをトレイシーから聞いた時は【リリエル】は『その国は正気か?』と思ったものだった。
遠い過去にこの国が戦争に巻き込まれ、一度は滅亡の危機に瀕したことがあることは学園で学んだ。
イリーネとアリアとミーシャはエルメーム女子魔法学園で。
ケーラとカレラはプリエール女子学園で。
そんなことがあったから、この国は軍事的にも力をつけた。
ルージェン王国と姉妹2ヶ国と姉妹国と懇意にしている同盟国にのみ衛兵と共に在るゴーレム。
あの時のゴーレムは過去の【リリエル】がルージェン王国女王フレデリークに世界最高峰の魔道具士マロンと巡り合わせたことでマロンによって魔改造が施されてとんでもない存在になっている。
守護モードと戦闘モードの2種のモードがゴーレムに与えられ、戦闘モードの時は1体1体が過去の【リリエル】が全盛期だった頃の能力を全て扱うことのできるという化け物になる。守護モードの時でさえも戦艦やら飛空艇やらから放たれた大砲の弾丸を易々と受け止めて、それを相手に投げ返すという荒業を成す。
だけじゃない。ルージェン王国を含めた姉妹3ヶ国の騎士や衛兵やハンターといった存在も他国と比べて学園という場所によって鍛えられてきたので強い者達ばかりだし、魔女やら聖女やら槍聖やら戦姫やらドラゴンやらがいるし、なんなら今もマロンという存在は自分そっくりに作ったゴーレムに人格などを移し替えて生きている。正確にはゴーレムではなく人造人形と呼ばれるモノ。
骨格はミスリルで皮膚などはスライムの粘液など様々なモノが混ぜられて作られている。
見た目は人と変わりない。機能も人と同じ。で、そうなったマロンは今も魔道具を作製することを続けていて、ゴーレムも変わりなく造られ続けている。
そのマロンの中でも最高傑作と呼べるのがこれから【リリエル】が会う存在。
マロンと同じ人造人形で女性2人組。
彼女達は【アングレカム】というパーティを2人で結成していて、王都を中心に活動している。
【リリエル】が何故違う場所で活動している彼女達と会うことになったかと言えば、念の為というやつだ。
これだけの軍事力を持つ国に攻め入ってくる国。
多分、この国の恐ろしさを分かってない無知な国だと思われる。
だが、もしかしたらもしかしてルージェン王国と同じ程度の強大な軍事力を持っていたりするのかもしれない。
あり得ないことと思うが……。
でも、もしもの為に予め顔合わせして作戦を練っておこうという訳だ。
「【アングレカム】……ね」
「数万の邪族大行進を2人きりで壊滅させたなんて言われていますね」
「1人はスライムの人造人形で、あのドラゴンスレイヤーこと魔剣レーヴァティンを複製させて復活させてそれを武器にする者。もう1人は人間型の人造人形で長年自ら封印処置をかけていた魔剣グラムがそれを解いて、所有者として選んだ者だったよな。確か」
「聞いただけで怖いんだけど」
「もう全部2人に任せとけばいいんじゃないかなーって気がするね」
自分達は本当に必要なんだろうか?
そんなことを思う新生【リリエル】。
彼女達も実力派揃いではあるものの、残念ながら過去の【リリエル】には僅かに劣っている。
経験の差。こればかりはどうしようもない。
………………………………。
【リリエル】のリーダーことイリーネは自分の右手薬指に填められている指輪を無意識に見つめる。
[隷属の指輪]。アリアとミーシャと甘い夜を過ごした翌日に2人からプレゼントされたもの。
過去は首輪が主流だったが、今の時代は首輪・腕輪・指輪・足輪など多様化している。
これを填められた者は填めた者から半径5km以内は離れられない。
もしもそれ以上離れた場合は、かつては身体に電撃が流れるようになっていたが、今は引力によって半径5km以内の場所に強制的に戻されるようになっている。
それと魔力循環不全症を防ぐ為に魔力制御をしてくれるシステムと共に例のあのシステムが引き続き組み込まれている。
これらもマロンの発明品だ。スライムの人造人形に依頼されて作った品物。
イリーネはこれのお陰で今迄無意識化で魔力を少し抑えめにするという呪縛から解き放たれて現在は全力で魔法を解き放つことができるようになっている。
その指輪はイリーネだけではなくて、アリアとミーシャにも填められている。
3人それぞれ愛の誓いと共に填めあった指輪。
尚、カレラとケーラはケーラにのみ首輪が填められていて、フィオナとマイリーは自分達が尊敬する[師]と同じように互いに指輪を填めあっている。
過去の【リリエル】よりは今は確かに劣っているが、全力を出せるようになった現状。彼女達が過去の自分達の英霊に近付くのも間近かもしれない。
余談だが、マロンが作った物なのでこれらが出回っているのはゴーレムと同じく姉妹3ヶ国と姉妹国と懇意な関係にある同盟国間だけ。
それ以外の他国には出回っていない。
他国は相変わらず首輪だけで離れられるのは半径1km。
それ以上離れると身体に電撃が走るという物のまま。
「ごめんごめん。待たせちゃった?」
そうこうしている間に漸く待ち人がやってきた。
クオーレの背から降ろされる3人の人物。
1人はトレイシーでもう2人は【アングレカム】の2人。
【リリエル】は【アングレカム】の2人を見た瞬間に背筋が凍り付いた。
自分達では到底敵わない人物達。
1歩でも動けば殺される。
そんな予感をさせる。言うなれば死神。
【アングレカム】の2人は【リリエル】の様子を見て苦笑いしつつ彼女達に近付いてきた。
「初めまして。ボクの名前はエスタ。そんなに怯えてなくても取って食べりしないよ? 普通に接して貰えると助かるんだけど」
「初めまして。私はナツミ……、じゃなかった。エスタの妻のコハ……。けほっ、フラルです」
「……。そろそろ名前に慣れようよ。フラル」
「だって【アングレカム】してる時だけの仮の名前と思うと、つい」
「はぁ……っ。まぁそんな訳で害はないので気楽に接して貰えたら」
明らかに作り笑いを浮かべる【アングレカム】。
ただそれは悪意のあるモノでなく、悪戯がバレた子供のような顔。
イリーネ達はまずエスタを見て、それからフラルを見て、アリアが口を開いた。
ナツミとコハル。ナツミに関しては、この国の[礎]を築いた最重要人物であると姉妹3ヶ国で暮らす者なら殆どの者が知っている。コハルはそのナツミの大切な女性だということも。
【アングレカム】の正体がその2人。
「さっきの名前の話、聞かなかったことにした方がいいかしら?」
「いや、あの……なんていうか。散歩の最中に偶然グラムをみつけたのがキッカケで、それでエスタに相談したらハンターでもしてみようかっていう流れに何故かなって、そこから【アングレカム】が誕生しまして」
誰も経緯を話せ! とは言ってない。
【リリエル】全員、『ああ、この子はそそっかしい子なんだなぁ』とフラルのことを認識して改めてエスタを見る。
エスタは何処か遠い目をしていた。
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やっと始まった話し合い。
とは言っても敵の戦力などが分からない以上はそんなに詳しい話はできない。
精々攻撃法や守備の仕方を話すくらい。
後、宣戦布告してきた国は何処かという国をトレイシーから聞く程度。
この世界ティロットは東と西に海を隔てて大雑把に分かれている。
今回宣戦布告してきたのは東ティロット語を話す国。
ということは、[金]のドラゴンの管轄化にある国かそれ以外の国。
まぁ、後者だろう。西側には[黒][白][赤]のドラゴンがいる。
[金]と[黒][白][赤]のドラゴン達はお互いに一切の関わり合いを持たないという不可侵条約を結んでいる。
[金]のドラゴンがそれを破るなんてまずない。
1体だけで[黒][白][赤]3体のドラゴンを敵に回すなんて愚行であることくらいは彼とて分かっている筈だ。
「という理由から女王フレデリーク様は人間至上主義な無法者の国が宣戦布告をしてきただけだろうとおっしゃってたわ」
「聞かなくても分かる気がしますが、狙いは私達ですか?」
「そうね。向こうからすると亜人ね」
どいつもこいつもそんなのばかりだ。
だから人間というのは、どうあっても好きになれないのだと【リリエル】は人間のことを嘲笑う。
重くなる空気。だったが、ここでもまたフラルがその空気をぶち壊した。
「あ、あのね。わ、私はそんなこと全然思ってないからね? 私も人間だけど……。人間? 今は人間じゃなくて人造人形だから人間とは言えないのかなぁ? ねぇねぇ、どう思う? エスタ」
「とりあえずフラルが可愛いとは思うかな」
エスタがフラルを抱き寄せて自分の元へ。
重いモノから穏やかなモノになる空気。
その立役者たるフラルはエスタに抱かれて自分の頬を妻のエスタの胸に擦り付けているのが可愛らしい。
【リリエル】も【アングレカム】のその様子を見守っている、そのうちに自分達も自分の愛する女性達にくっ付きたくなってきて、イリーネはアリアとミーシャの瞳を見て左右の腕を上下に動かし始めた。
イリーネが可愛くて小さく笑うアリアとミーシャ。左右の腕振りはイリーネからの合図。
その腕をそれぞれ捕まえて、イリーネの腕に自分達の身体をアリアとミーシャは巻き付ける。
「イリーネ、こうして欲しかったんでしょう?」
「えっと、2人の温もりを感じたくなりまして……」
「照れながら言うところが可愛いー」
イリーネとアリアとミーシャ。3人は小動物が遊びあうように戯れ始める。
カレラとケーラもその横でキスなどをし始めた。
戦争のことなどそっちのけ。
1人だけ取り残されたトレイシーは止む無く人をダメにするクオーレに抱き着き、自分を残して騒ぐ者達を横目に見つつ眠ることにした。
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数日後。
ついに開戦の時がやってきた。
結果から言うと、結局馬鹿はただの馬鹿でしかなかった。
ゴーレムは守備モードのまま。【リリエル】達は実力を少ししか出さないままで戦争は数時間程度で終了した。
この戦争でルージェン王国が失ったものは何もない。
相手国側は艦隊と飛空艇全部と戦車と兵士全部を失い、それだけで終わらずにルージェン王国からの猛攻的な反撃を受け、国の国家首相とその幹部、軍の司令官が抹殺された上に最終的には今現在をもって尚、国外に出られないバーシア帝国と同じ目に遭うことになった。
ルージェン王国女王フレデリークは国の騎士団長から戦争の終了の知らせを聞いて、「そうか。ご苦労だった」と騎士団長を労いつつ首を傾げた。
「戦争を仕掛けるなら相手国のことくらい調べるだろうに。調べて、勝てると思ったのか? その神経が余には分からん」
もしも自分がルージェン王国を敵に回すとしたらどんな用意をするか。
ルージェン王国の翼を捥ぐことから始める。
早く言えば【リリエル】達を自分の元へ寝返らせること。
それにはルージェン王国よりも良い政治をする必要がある。
そこ迄考えて女王フレデリークはふと気付く。
それって第二のルージェン王国になるだけではないのか?
やはり、攻めてくる意味が分からん。




