-序章 最終話- これからも続くスローライフ。
私はひとしきり笑った後にアンリを抱き寄せて、今度はこちら側から彼女の唇に自分の唇を重ねた。
**********
3ヶ月後。
今、私とアンリとあの時生き残った僅かなエルフ達は王都から離れてルージェン王国の地方の一角・ロマーナという所にいる。
王都も悪くはなかったけれど、私達はエルフ。
たまにならともかく、ずっと住むには都会の喧騒がどうしても落ち着かなくて、家を用意してくれた騎士団の方々に事情を話し、謝罪した上でその家を返却。
この、どちらかと言えばのどかな地方へと移り住むことになったのだ。
その道中にいろんなことを知った。
この国は他の国と比べると特殊な所で、人間と魔物の距離が近い。
だけど人間をよく思わない魔物。逆に魔物をよく思わない人間。
ついでに私達耳長人や獣人といった者達を[亜人]と呼んで見下す人間や魔物もいて、そういった者達が私達に絡んでくる度に私は優し~く、丁寧に、口で、時には肉体言語でお話することになった。
それ故に、朧げにではあるけれど、地球の神様かこの世界の神様か、或いは他の何者かは知らないけど、私をエルフとしてこの世界に転移させた理由が分かった気がした。
同情もあったことは間違いないと思う。
私は先に述べたように、そのまま地球からこの世界に転移させられていたら、確実にこの世界の人々から差別と迫害を受けていただろう。そしてある意味で恐怖の対象となっていただろうから。
ただ、同情よりもそれ以上に私にさせたかったことが謎の何者かにはあった。
それはとりあえずはこの国。できればその後はこの世界。
人間、魔物、エルフ、獣人。この世界に存在する4の種族の仲を手に手を取り合うように取り持たせること。
なんで私を選んだのか迄は分からない。
分からないが、4の種族に各1人ずつそういった役割らしきモノを持ってこの世界に転移させられている者達がいることを私は知った。
王都の騎士団の話では、転移者100名となった頃に"ピタリっ"と止まってしまったらしい。
その最後の転移者は獣人の少女。名前はミーア。親から酷い虐待を受けていて、私と似たような境遇にあった子。それでもって、私ことリーネ。あのクソゲーでの友達。
そのミーアとは王都を出る際に再会した。
どうやら彼女も王都に転移させられたものの、そこがどうにも肌に合わなくて、何処か落ち着ける場所を探す為に旅立つ。その一歩を踏み出した所だったらしい。
偶然の再会。
私達は目を丸くして互いに顔を見合わせ、お互いの名前を呼びあった。
「えっ? リーネ!?」
「貴女は、もしかしてミーアですか!?」
それから彼女とは共に旅をすることになった。
というわけで、今もミーアは私達と共にいる。
初日だけはアンリとミーアが"ぎくしゃく"していた。
しかし2日目にはお互いに私のことを話すうちにすっかり打ち解け、なんだか分からないうちに私のパートナーにミーアが加わった。
これは驚くことにアンリからの提案だった。
「一婦多妻っていうのもいいかと思うのよ。というかミーアならリーネのことを許してもいいかなってね」
それはちょっと。
って私は思ったけど、どうも私は自分が心を開いた人・大切に思う人からの強い押しに弱いらしい。
結局新しく見つけた安住の地で私はアンリとミーアの2人を妻として娶ることになった。
・
・
・
ロマーナ地方に置ける小さな村。ラナの村。
そこが私達の拠点。
元は何もない不毛の地だったけど、ロマーナ地方の領主様と交渉して、結果的にその場所の使用権利を譲って貰った。
場所の権利書が手に入ったのならば、次にするのは開拓。
私達は一丸となり、ラナの村を造り上げたというわけだ。
そこに住むのは私達の他にここ迄来る途中で会話などしていた間に仲良くなった者達が少数。
4つの種族の割合としては、エルフが20名程で他種族がそれぞれ10名程。
全部で50名。基本的には自給自足。農家とか、少し歩けば海があるから漁師とか、アラクネーがいるからその糸を使って服を縫う仕立て屋とか、皆それぞれ普段はそういう仕事をしている。
ただたまに、それが代わる時がある。
この世界には騎士や衛兵の他にハンターと呼ばれる、基本的には人が食べる為の動物とか、人に仇を成す者達を打ち倒す仕事をしている者達がいる。
その仇を成すものは主に魔物。
その中でもゴブリン・オーク・トロール・サイクロプス・アンデット・マンティコア・バジリスク・ミノタウロス・ヒュドラ・ワイバーン・クラーケンに他数種がそれにあたる。
その他の魔物達は人に友好的な者とそうでない者に分かれるのだけど、この数種の魔物達は完全に人の敵。人のことなんて[食物]か[性の捌け口]程度にしか思っていない者達。
それはもう世界各地で騒ぎを起こすものだから、近頃はこの存在と魔物とを別の種族として呼ぼうという、誰が言い出したか分からないが、伝聞が人々の間で口頭で広がってそれが本当に浸透してきている。
邪族。それが新しいこの存在達の種族名。
閑話となったけど、つまりこの邪族を狩る為に私達はハンターとなることもあるのだ。
今回の相手はトロールとサイクロプス。
トロールは私達女性にとっては決して生かしておくべきではない敵。
サイクロプスは逆に男性に取って生かしておくべき存在ではない敵というところだろうか。
理由については察して欲しい。つまり、そういう理由だ。
「ふふふっ。あいつら絶対に殺すわ」
「そうだねー。殺さなくちゃねー」
アンリとミーアのトロールを見る目が怖い。
腰に下げているダカーを抜くアンリ。
腕のガントレットを変形させてカイザーナックルとするミーア。
そのカイザーナックルは地球の、例えば任侠映画なんかで見るような握りこんで使うものじゃない。
ガントレットから生えた5つの爪で相手を切り裂いたり、突き刺したり、叩き込んだりして使うものだ。
ちなみにアンリはエルフの里での事件以降、戦闘の仕方を変えた。
それ迄のアンリはダガーを上向きに持って戦う、剣士のような戦い方だったんだけど、私に戦い方を教えて欲しいと頼み込んできたアンリに私が暗殺術を教えてからは、そういう戦い方になった。
本音を言えば、あまり気乗りがしなかったけど、アンリにも身を守る術が必要なのは確か。
アンリは実は元々そんな戦法があっていたのだろう。
砂が水をどんどん吸収するように私の教えることをすぐに習得し、彼女は立派な暗殺者となった。
忘れてたけど、元々何かと決闘で物事を決めていた。
多分エルフ達の中でも血の気の多いエルフ達。アンリもその一員だ。
里が襲われた際は人間の卑怯で卑劣な[罠]のせいで充分な力が発揮できずにやられるがままだったけど、本当ならばそんじょそこらの者には負けない強さがあるのだろう。
「行くわよ。ミーア」
「いつでもどうぞー。アンリ」
息ぴったりな2人が敵めがけて駆けていく。
その速度は尋常では無く速く、元々動きの鈍いトロールは2人にされるがままに次々に駆逐されていく。
見ているこちらがトロールをほんの少しだけ哀れに思うくらいだ。
「リーネ。サイクロプスは任せたわ」
「上級魔法でやっちゃってー。リーネ」
「……………。私、必要なくないですか?」
ミーアの言葉に私がそう言ってしまったって仕方ないだろう。
何しろトロールはアンリとミーアに殺戮されているけれど、サイクロプスはサイクロプスで他の者達に好きなように狩られているのだから。
うちの村の人達って、皆……。怒らせると揃いも揃って怖いなぁ。
私が"ぼ~~っ"とそんな村人達の様子を見守っていると、サイクロプスを相手にしていた村人達がまるで示し合わせたように"さっ"とその場から身を引いた。
「えぇ~~~っ」
ちょっと引く。
村人も揃ってアンリとミーアの言う通りにしちゃって。ってことですか。そうですか。
まぁ、そういうことならやるけどさ。
空中から杖を出現させて右手に握る。
頭の中でイメージするは[水]の魔法。
「酸の雨」
その魔法を使うと同時に周りから「うわぁ……」ってドン引きした声が聞こえてくる。
アンリとミーアも戦闘を継続しつつも、たまにこちらに見せるドン引きした目。
「えっと、なんですか? その声と顔」
「いや、だって……。ねぇ」
「そうよね」
「あれはないわぁ」
「グロい」
散々な言われよう。
周りの[自然]に配慮したのが悪かったのだろうか。
サイクロプスのみに酸の雨を降らせたから、彼らは爛れから始まって、少しずつ少しずつ骨も残さずに溶けていった。
グロいと言われたら、確かにグロかった気がする。
「そうですね。身体の内部から爆発させた方が良かったですかね。でもそれだと肉や骨が飛び散りますし、何の魔法を使うのが正解だったんでしょう?」
私の言葉を聞いて更にドン引きする村人達。
解せない。
そんなことを思っていた矢先、アンリとミーアが戦闘を終えて戻って来た。
「普通に首を落とすとかさー。そういうので良かったと思うよー」
ミーアの呆れ声。アンリは何も言わずにうんうんとただ頷いている。
「でもそれだと上級魔法ではなく下級の魔法になっちゃいますし」
「リーネって素直というか、なんというか、よね」
「あはははははっー」
なんで私は笑われてるんだろう?
良く分からないけど、私達はその日の戦闘を無事に終えた。
**********
その日の夜。
私を挟むようにして、右側にはアンリ。左側にはミーアがいる。
「リーネ。大好きだよー」
「私もミーアと同じ。貴女が大好きよ。リーネ」
2人のその……。言葉もだけど。うん、気持ち良いです。
「というわけでー」
「今夜は寝かさないわ。リーネ」
「ちょっ。2人共、今日はハンターとして活動したばかりじゃないですか!! 疲れてないんですか?」
「え? あの程度ならわたしにはちょっとした運動だわ。ミーアはどう?」
「そうだねー。同じくだよ」
「だ、そうよ? リーネ」
「えっと……。その同意は一体何の為のものですか? いえ、聞かなくても分かる気がしますが」
「貴女のことが大好きすぎるのよ」
「そういうことだよー」
「「だ・か・ら」」
まぁ、この後で何があったかは秘密です。
とりあえず私はこの日の夜が明けてから2日程足腰が生まれたての子羊みたいになったとだけ―――。
**********
私がこの世界に転移してきてから2年程が経過した。
その間に私は色んな経験や人との出会いをした。
中でも印象深く残っているのが1匹のスライムとの出会いかな?
そのスライムは元々地球人で、転生してこちらの世界に来たらしい。
そしてその隣には人間の可愛らしい女の子。
それを見た瞬間に私は理解した。
世界が選んだ4つの種族の仲の橋渡し的存在。
魔物はこのスライムで人間はその隣にいる女の子。
エルフは私で獣人はミーア。
何を基準に世界がそうしたのかはやっぱり分からないけど、何かがあって私達が選ばれたのは確かだ。
特にスライムは世界に気に入られているらしい。
その為に、たま~に世界の声みたいなものが聞こえるってそう言っていた。
で、普段は王都の隣。
元々エルフの里があった森とは反対側の森で人間の女の子と仲睦まじく暮らしているスライム。
そのスライムが何故こんな辺境の村迄来たのかと私が聞くと、挨拶を兼ねてあるアイテムを私……。
正確にはアンリかミーア。どちらでもいい。2人のうちのどちらかに手渡しに来たということだった。
一見するとチョーカー。
[黒]が基調で幅が20cmくらいの代物。
長さはその人の首周りに合わせて自動で伸縮するようになっている。
その中心部にあるのは銀色の輪とそれが取り付けられるようになっている器具。
革と魔鉱石を混合させて作られた製品。私はその正体を知っている。
―――隷属の首輪―――
それを填められた者は填めた者から半径10m以内離れると恐ろしいことが起きるという代物だ。
それと別にある効果が―――。
「あっ! それ持って帰ってもらっていいですか?」
その正体を知っている私は当然のようにそう言った。
けれど、その時には遅かった。
アンリとミーアが仲良く私の左右に立っていたのだ。
「わぁ、ありがとうございます」
「これをリーネの首に填めたらー……」
「あの。怖いこと考えるのやめてもらっていいですか?」
「でも、どちらか1人になっちゃうのが問題よね」
「いい考えがあるよー」
「あら! 何かしら?」
「簡単だよ。アンリが右側。んで自分が左側を持って2人で同時にリーネの首へと填めたらいいんだよー」
「なるほど! それは盲点だったわ」
「……。当人抜きで話を進めるのはどうかと思いますよ?」
「ねぇ、リーネ」
「リーネー」
2人の目が据わっている。
スライムと女の子は何故かその様子を微笑まし気に見つめながら帰っていった。
・
・
・
それを見届けることなく、アンリとミーアの前から逃亡を開始する私。
こちとらAgility(素早さ)カンストのエルフ。
そんな簡単には捕まったりしない。
と思っていた時期が私にもありました。
「嘘でしょ!!」
「リーネ。捕まえたー」
「ふふ。残念だったわね」
えっ? えっ? なんで? なんで2人共そんなに速く動けるの?
私は、私と同じ速度。もしかしたらそれ以上かも?
しれない速度で走り出した2人にすぐに捕まり、壁際に追い詰められることになった。
「観念しなさい。リーネ」
「そう。そうしたら楽になれるよー」
怖い、怖い。怖いって。2人共目が怖い。
「あの、やめませんか?」
「「だが断る!!」」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私はこの日から名実共に2人のモノになった。
"じと~っ"と私が2人を睨む横で2人は仲良くハイタッチを交わしている。
「はぁ……っ。仕方ないですね……」
私を含めて3人。
のほほんとスローライフ。
それなりに楽しい日々。
なんだけど、私はたまに大変。
そんな私達の生活は……。
これからも長く長く続いていく。
きっと……。
-------
序章 Fin.
ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございました。
-----
2023/05/23 お知らせとお詫び。
2023/05/21 UP当時はここまでを本編としてきましたが、書きたいことが書ききれていない為にここまでの物語は序章とさせていただきたく思います。
一章を2023/05/25よりUP予定です。
序章は書き溜めていたものを一度にUPしたので1日でUPしましたが、一章からはその日その日で書いていくことになります。ですので1日で全話UPはできません。
できれば毎日1話ずつUPできたらいいなって思います。
勝手に作品の幅を広げることになり、申し訳ありません。
-----
補足:その1
この物語でいう[人]とはこの世界の4種族全てを含めたものとなります。
人間だけではありません。人間の場合は人間と書きます。
尚、邪族は[人]に含まれません。
-----
補足:その2
人間 = ヒューマン
剣士 = ソードマン
その呼び方が作者は、とある理由により好きじゃありません。
というか大嫌いです。
なので作者が書く小説内ではその呼び方を必ずわざと変えてたりします。