-特別編3- 遠い刻 その06。
3人揃うとお泊り会が始まった。
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3人それぞれお気に入りの寝着を着用してのパーティー。
学園の寮っていうのは案外規則なんかが厳しくて、こういうことが許されない所もある。
しかしこの寮では馬鹿騒ぎしすぎなければ良いことになっている。
寮の名前からしてキャマラーダリー寮。仲間意識とか親睦とか、そういう意味の名前の寮。
生徒達の交流は学園側が推奨しているのだ。隣同士の壁が厚いのも恐らくはその為だろう。
時間が時間。なのでケーキなどといったモノではなくて、異世界人が持ち込んだ食文化のうちの1つ。和菓子とほうじ茶を口にして私達は和やかな時を過ごす。
ケーキやクッキーなんかも好きだけど、私は和菓子も好き。
上手く表現できないけど、[甘い]が前面に出てなくて裏方として働いている感じがする。
練り切りもみたらし団子も食べてると落ち着く。そこにほうじ茶。完璧な組み合わせ。
ひと口ひと口を大事に大事に食べたくなるのも不思議だ。
ケーキとかだったらひと口サイズに切って口に入れるのが美味しさを引き立てるのに。
「ほうじ茶は本当の意味とは違うのでしょうけど、"ほっ"とするわね」
「ぷっ。アリア滑ってるけど、言いたいことは分かるよー」
「煩いわね。ミーシャ」
「あはははっ」
「あははっ。ところで今度抹茶というのも飲んでみたいですね。色が真緑で慣れない者には少々の恐怖を感じさせるものがあり、かつ苦いとは聞きましたが、和菓子によく合うとも聞きました。興味があります」
「私も飲んだことないわね、抹茶。でもエルフならば大丈夫なんじゃないじゃないかしら? 普段から聖霊樹の葉を煎じてお茶にして飲んでいるくらいだし」
聖霊樹。エルフにしか育てられない木。
他の種族が苗木など植えても決してこの木は育つことはない。
それが何故なのかは今もって解明されていない。
分かるのは、エルフにとってこの木は神聖なる木であるということと、先にも言ったようにこの木の葉を煎じればお茶になるということだけ。
これも不思議なことに他の種族にはお茶にすることができない。
煎じても出来上がるのは葉っぱの汁そのもの。
木なのに炎にも強く、この木に炎を放ってもそれを吸収して自分の栄養源とするし、何かしらの手段で木を切ろうとしても、この世界で最も硬い金属とされているアダマンタイトすら超える硬さなので絶対に無理だ。ようするに木の寿命が来る迄の間は余程のことがない限りは失われたりすることはない。
木の寿命は数千万年。その間に子孫を残すので、この木はエルフがいる限りはほぼ不老不死と言っていいだろう。
逆に言えば、エルフが絶滅したりすれば聖霊樹はこの世界から消える。
そうなると、この世界から[魔法]というものが失われる。
と言われているが、実際のところまだ研究段階で本当にそうなるのかは分かっていない。
「あれはほうじ茶と並ぶ緑茶と同じような感じで、抹茶というものはもっと苦いと聞いていますよ」
「何故だろう。人って不思議と美味しくないとか苦いとか言われると逆に興味が湧くよねー。私も断然抹茶に興味が出てきたよ」
「抹茶味の食べ物も沢山あって人気があるとは聞いているけれど、本物の抹茶とはやっぱり違うらしいわね」
「興味深いですね。抹茶」
抹茶1つの話題だけでこれだけの話。
王都の観光中もああだこうだと雑談していたのに、まだまだお喋りしたいことがある。
私達は余程相性が良いのだろう。全員笑顔で会話が途切れることが無い。
平穏に流れゆく刻。和菓子も食べ終え、洗面所を借りて全員が順番に歯磨きを終えて戻って来た時、不意にアリアがとんでもない爆弾発言をした。
「そう言えば過去の私達って一婦多妻だったのよね? 恋人ごっこをしてみたいのだけど、付き合ってくれないかしら?」
「恋人ごっこって何それ? 流石にキスとかはできないよー?」
「イリーネをちょっと抱き締めてみたいのよ。前から思ってたのよね。抱き枕に丁度良さそうって」
「なんですかそれ。抱き枕に良さそうの意味が謎です」
「お願い。嫌だったらすぐに押し退けてくれていいから」
「仕方ありませんね」
「それは了解って意味よね? ありがとう、イリーネ」
「あ! じゃあ私も背後から抱き締めてみたいなー」
「はい?」
「お願いー」
「もう! 分かりましたよ」
「良し! 言質取ったからねー」
「はいはい」
その場のノリというものは怖い。
つい了承してしまったけれど、それがまさかのまさか。ベッドの上でのこととは思っていなかった。
一応断っておくけど、そういう意味合いのではなくて普通に抱き締められるだけだからね。
ダブルベッドでも女性3人。横向きならなんとかなるものだ。
というか、私達は自分で言うのも虚しいけど小柄な方なので余裕がある。
そもそもベッドのサイズって異性同士で眠ることを想定されて作られているので、男性同士なら3人はキツいかもしれないけれど、女性同士ならそんなに問題は無いのかもしれない。
アリアが前から、私が中央で背後からはミーシャに抱き締められる。
これは、想像していたよりも遥かに拙い。
2人共シャンプーと石鹸の香りの他に女性特有の甘い香りがするし、だけではなくてなんだろう?
私を凄く惹きつける香りがする。これがフェロモン? 後、柔らかい。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。別の意味で眩暈がする。
頬が……。ううん、全身が熱い。
私の脳が"フラフラ"しつつあった時に頭上から声が降ってきた。
「その、言い出したのは私なのだけど思っていたよりも破壊力っていうのかしら? あるわね、これ」
「そ、そうですよね。アリアもそう思っていましたか。ところで身体が熱いようですが、大丈夫ですか?」
「人のこと言えないよー。イリーネ」
「ミーシャもですけどね」
………………………………………………。
無言になる私達。気まずい。のに、誰も離れようとはしない。
少しするとミーシャの私を抱き締める力がほんの少しだけ強くなった。
「ミーシャ?」
「ごめん。眠くなった。なんかこう、幸福感みたいなのに満たされちゃってー」
「ふぁ。私もだわ。おやすみなさい」
えええ!! 2人共本当に寝ちゃったし!!
この状況で良く眠れ。
……あれ? なんだか私も眠くなってきた。
緊張してるのに安らぐ。矛盾。この2人と一緒にいると矛盾を感じることが多い気がする。
決して悪い意味の矛盾じゃなくて、良い意味の矛盾。
ん……、2人の心と身体の温もりに包まれてる気がする。
ダメだ。もう、眠気に抗えない。
おやすみなさい。
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翌日。
私達が目を覚ましたのは殆ど3人同時だった。
あれで眠れるなんて思えなかったのに、思いの外"ぐっすり"と眠れてしまった。
「お、おはよう。イリーネ、ミーシャ」
「おはようございます。アリア、ミーシャ」
「うん、おはようー。イリーネ、アリア」
…………………………。
私も頬に熱を感じてるけど、アリアとミーシャも顔が赤い。
昨日のあの時間迄の私達は何処へ行っちゃったんだろうか?
3人共がそれとなく視線を逸らしている。
朝の挨拶はしたものの、それからは口を開いては閉じるの繰り返し。
何を言ったらいいのか分からない。
しかし私の脳は麻痺か何処か故障でも起こしたんだろうか?
私に阿呆なことを言わしめた。
「……抱き枕になると聞いた時は「はぁ?」と思いましたが、ですが、蓋を開けると快眠できました。アリアとミーシャには癒しの効果があるみたいですね」
待って。何言ってんの、私。
アリアとミーシャは余計に顔が赤くなっちゃったし、私も熱が高くなった気がするんだけど!?
「ご、ごめんなさい。訳の分からないことを言ってしま……」
「私も良く眠れたわ。ねぇ、イリーネ。貴女をちょっとの間だけ抱っこしてもいいかしら?」
私が返事をするよりも先に、アリアは私を自分の側へと抱き寄せてそのまま私のことを自分の胸の中へと収めた。
頬に感じる柔らかさ、耳に聴こえてくるアリアの生命の鼓動。
頭の中の何かの線が熱で焼き切れそうになる。
「ありがとう」
アリアはそう言って私を放すと、何を思ったのかな?
私はアリアの手でミーシャに手渡されて、今度は彼女の胸の中に収まった。
なんだこれ? 2人からされてることは変だと思うけど嫌じゃないから困る。
嫌どころか、もうちょっとそのままにして欲しいなって私の心が訴えてくる。
私はいよいよおかしくなってしまったのかもしれない。
会ってから間もない友達にそんなことを思うなんて。
「……あのさ、アリアとイリーネ」
「どうしたの? ミーシャ」
「私、これからは3人で寝たいなー。なんて言ったら引く?」
「毎日お泊り会をしたいってことかしら?」
「いや、寝る時だけでいいから3人一緒がいいなーって」
…………………………。
ミーシャの言葉で3人共再び無言になる。
少し恥ずかしいけど、昨日あれだけぐっすり眠れたんだから、それも有りかなとか思い始めてる自分が怖い。
「…………私もミーシャに賛成です」
「ほんとに? ほんとに良いのー? イリーネ。アリアは?」
「部屋を3人ローテーションでっていうのはどうかしら?」
「つまり賛成ってことー?」
「ええ。でも恋人ごっこのつもりがこうなるなんてね。案外私達が過去の私達みたいな関係になる日も近いのかもしれないわね。なんて」
「アリア、良くそういうことを堂々と言えるよねー」
「私は思ったことを言っただけよ」
「それより!」
私はアリアとミーシャの戯れを遮った。
突然話を切られて2人が少しだけびっくりした顔をしつつこちらを向く。
「朝食。早く食べに行かないと無くなりますよ」
「「あっ!!」」
朝食・夕食が提供される時間は決まってる。
私達は若干慌てて食堂に駆け込んだ。




