-外伝- 遠い未来 その07。
私はこの後、たっぷりとお二人に―――。
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おはようございます。
って言ってもすでに昼過ぎなんだけど、ね。
なんでって? それは私が起きてからもお二人から[愛]を伝えられたからだよ。
魔物の怖さを思い知った。思い知ったけれど、アリシア様もミア様も私のことを本気で大好きっていう気持ちはよく分かって、そこは嬉しく感じた。
それにしても凄かった。
アリシア様かミア様かどちらかお一人だけでも私は堕ちてたと思う。
それがお二人掛かり。私には堕ちる道しかなかったよ。
今日が休みで本当に良かったと思う。
私達侍女は交代制で休みが貰えることになっているのだ。
ちなみにアリシア様とミア様も今日はお休み。
火急の用事があれば休み返上で動くことになるけれど、それ以外の事柄の場合は領主館は開いてはいるものの、領主であるアリシア様にお目通りすることは適わない。
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部屋で"ぐったり"している時に扉が叩かれ、『誰だろう?』と思いながら扉を開けてみると、そこにはアリシア様とミア様がいた。
貴族様を侍女の部屋に通すのってどうなのかな?
という抵抗も少々感じたけれど、アリシア様とミア様が入室の許可を私に求めて来たので、私は大人の事情なんて無視してお二人を自分の部屋へと通すことにした。
「綺麗にしているのね。リーネ」
「私には殺風景にも見えるが。必要最小限の物しか置かれてない感じだな」
ミア様の言葉でアリシア様はミア様を見て、何か言いたかったみたいだけど、首を振って言葉を飲み込み、その言葉を言うことをやめた。……ように私には見えた。
これは私の予想だけど、『昔と同じね』って言いたかったんじゃないかなって。
でも新しい関係を築くと決めたから、アリシア様はそれを言うことをやめた。
当たってるかどうかは分からないけど、個人的には正解じゃないかなって思うんだけど、実際のところはどうなんだろう?
とりあえず私はソファにアリシア様とミア様に座って貰い、一旦部屋から退室してキッチンへと向かってすぐにお茶の用意に取り掛かった。
貴族様にお茶は欠かせない。お茶は私が淹れるけど、お菓子は簡単な物を菓子職人長に用意して貰い、カートに乗せて部屋へと戻る。
アリシア様とミア様をあまり待たせすぎるのは失礼に当たると思って、なるべく急いで部屋へと戻った。
ら、お二人共私が思っていた以上に寛いでいて、自分達の部屋で見せる以上にダラけた表情で私のことを出迎えてくれた。
「お帰りなさい、リーネ」
「お帰り。ああ、リーネの淹れてくれたお茶か。有難い」
アリシア様もミア様も私がお茶を机に置くと、すぐにそれに手に取って優雅な動作で口に運び始めた。
「美味しいわ。わたしはやっぱり、リーネが淹れてくれたお茶が一番好きだわ」
「そうですね。何故か癒しの効果があるような気がします」
「アリシア様、ミア様。ありがとうございます」
と頭を下げながらお礼は言ったものの、ちょっと褒めすぎな気がする。
私の淹れたお茶に癒しの効果なんて無いし、それにコレットさんが淹れるお茶と比べたら私のなんて全然まだまだだ。
それはそれとして……。
「あの、このようなことを聞くのは失礼なのですが、アリシア様とミア様はこちらに何かご用事があったのでしょうか?」
私達の場合は恋人関係とはいっても主従の関係でもある。
その主人たるアリシア様とミア様が従者の私の部屋にわざわざ来られるのは重大な用事があったからとしか思えない。
私が言うと、「あっ!」とミア様が声を上げて、自分の腰にぶら下げているアイテムポシェットから町で見たことのある品物を取り出した。
[隷属の首輪]
それが3つ。机の上に置かれる。
"じっ"とそれを眺めている私にミア様がこの部屋に訪れた理由と、それをここに置いた理由を説明し始めた。
「この部屋に来させて貰った理由はこの首輪を皆で填め合う儀式を行う為だ」
「儀式……ですか?」
「ああ。新しい関係を築くと言って置きながら過去のことを蒸し返すのは申し訳ないが、過去はこれをリーネだけがその首に填めていた。だが、この人生では3人全員に填めることで今世での[愛]を誓う儀式と、そのアイテムにしようと思ってな。リーネの首には私とアリシア様で一緒に填める。それで、私とアリシア様にはリーネが私達の首に填めて欲しい。どうだろうか?」
「えっ? ですがそれって……」
「そう。リーネは私達から離れられなくなるし、逆に私達はリーネから離れられなくなるということになる」
「そ、それは拙いのではないでしょうか? 私はともかくアリシア様とミア様は私の……。私達の主様である訳ですし」
「いいんだ。それに……。いや、今はその話はやめておこう。アリシア様、今はそれでいいですよね?」
「ええ。どうせ後半年もすれば分かることだもの。今は話す必要はないと思うわ」
「と、いうことだ。リーネ、私達の願いを受け入れてくれないか?」
……………………。
正直、葛藤はあった。とても背徳的なことをしているような気がして……。
それでも私はアリシア様とミア様の願いを受け入れた。
3人の首に[隷属の首輪]がそれぞれ填められる。
この首輪は[魔道具]。填められた者の首の太さに合わせて自動で伸縮するようになっている。
私の首にその首輪が"ピッタリ"と填まった後、私はなんとなくその首輪に懐かしさを覚え、右手で何度か首輪を撫でた。
それから私は、アリシア様とミア様に小動物と接するかのように甘やかされた。
擽ったかったりもしたけど、幸せを感じた。
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それから半年後。
[隷属の首輪]を互いに填めあう際にアリシア様とミア様が言っていたことが分かる日が来た。
アリシア様がその日、領民を領主館前に集めたかと思うと、彼女ら・彼らに向けて、3日後に自分は領主の座から降りると宣言をしたのだ。
私も領民も寝耳に水。だったけど、私以外の使用人達は皆落ち着いていたので、この[事]を知らなかったのは私だけだったらしい。
後で何故私には内緒にしていたのか聞いてみたら、驚かせようと思ったとのことだった。
驚いたどころじゃないよ! 何が起こってるのかと思って、夢かな? と思って全力で頬を抓っちゃったよ。結構痛かった。
どうやら結構前々からアリシア様は初代魔王ラピス様と手紙のやり取りをしていたらしい。
この地方のことなど他にも色々なことを初代魔王様と相談されていたそうだ。
そして、領主から降りる決断をした。
表向きの理由は体調が不良気味である為の決断。
アリシア様、体調不良どころか全然元気なんだけどね……。
[真]の理由は私への領民の差別が我慢ならないということ。
アリシア様は私が買い物などに行く時に"こっそり"と領主の使用人である[影]を私につけて追わせ、私が領民から一方的に差別を受けていること。酷い場合には石を投げられたりしていることを知ったらしい。
領主命令でそういうことを辞めるようにとお触れを出しても、ここの領民は一向にそれを聞きもしなかった。
アリシア様はそれで領民に愛想を尽かし、こういうことになったのだ。
アリシア様の跡継ぎは隠居生活をしていた前の領主が呼び戻されることになった。
「折角隠居生活を楽しんでいたのに」ってその座に戻された時にその方が嘆いていたのが少し可哀想だった。
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3日後。
領主館を出る身支度を整えたアリシア様はこれ迄に自分に仕えてくれた使用人達を1人1人丁寧に労い、「後のことはお願いしますね」と告げてゴーレム馬車へと乗り込んだ。
今更だけど、ゴーレム馬車とは馬がゴーレムな馬車だ。
なので魔力さえ注げば、故障しない限りはいつ迄も走り続けられる。
こうして私とアリシア様とミア様と、コレットさんと他数名の使用人達はこの地方を出て、他の地方へ。
ではなく、アリシア様が治めていた地方の主たる国・ルージェン王国から出国し、姉妹国であるルーディア王国へと移住することになった。
ちなみに元々この国を治めていた女王は今は寿命によって亡くなってしまい、今は別の方・[青]のドラゴンことミュリエル様が国家元首として立っている。
ミュリエル様は過去は一匹狼ならぬ一匹ドラゴンな感じの方だったらしいけど、[黒]と[白]のドラゴンの行いを見ているうちに、自分もそちら側に立つようになって、気が付けば[黒]のドラゴンことルージェン王国の女王フレデリーク様に自国の妹国であるルーディア王国の女王に指名されて戴冠式が行われ、女王になっていたという経歴の持ち主な方。
国を治めるなんて初めての経験。なのに、なかなかに上手くやれているのがこの方の凄いところ。
ううん、元々この国を治めていたオータム女王が素晴らしい手腕の持ち主だったからかもしれない。
ミュリエル様はそのオータム元女王のやり方を真似て、ルーディア王国を過去の時代と負けないくらいに一大国家にさせているようだから。
さて、私達はその国の中の1つの地方・リリカと言う名の地方に落ち着くことになった。
のどかなところで人口の95%が女性という地方。
ここの領主はエルフ族の女性で侯爵位。名前はシアン様。
国を出る際にアリシア様とミア様は爵位を返上して平民となっていたのだけれど、初代魔王のラピス様が上手く立ち回ってくれたらしい。
アリシア様は爵位の順位としては過去のモノより劣るものの、この国では女子爵位となってこの国で暮らすことになった。
尚、この国では上から順番に公爵・侯爵・伯爵・女子爵・女爵・準女爵・騎士爵となっていて、男性に爵位が与えられることはない。何故なら女性が尊重される国だから。
アリシア様は恭しくその爵位をルーディア王国の女王ミュリエル様から受け取ると共にハンターとしての活動も始めた。
貴族様がハンターって……。
って私は間違えてると思ったけど、もうアリシア様達のことは難しく考えることはやめることにした。
リリカ地方のハンターギルドに赴き、自分達の名前と通称名を登録。
それはアリシア様に任されることになった。
「【リリエル】はもう過去のこと。どうせなら、こちらも心機一転して始めたいわね。それなら……」
【アングレカム】それがアリシア様が決めた私達のハンターパーティ名。
「アングレカム……」
その名前を口に出すと、"じわっ"と私の心に喜びが満ちていく。
だってその名は花の名。その花言葉は……。
私達は近い未来、人々から【リリエル】の再来と言われるようになる。
でも今はまだ、【アングレカム】はその産声を上げたばかり。
早速邪族との戦闘。私達はそれぞれの得物を手にリリカの地を荒らす者の元へと駆けていく。
「今回は侍女の嗜みは封印です」
私は杖に魔力を集中させて―――。




